第32話 反乱の始まり
何でもない日の昼下がりのミクセス王国、とある邸宅にて。
「それじゃあ、まず現在のミクセス王国の状況について再確認する」
という出だしから、この邸宅の主である海野は話を始めた。
相手は同じ一年二組の三人。そのうちの一人である飯尾は聞く。
「俺たち真壁を倒すための作戦を聞きに来たんだが、なんでその話をしなきゃいけないんだ?」
「それはアンタのおつむが心ぱ……ゲフンゲフン、そういう前提の話はきっちりすり合わせとかないと後々面倒だから、今のうちにやっておこうと思ったからだ」
「なるほどな。ところで海野、お前、今俺のこと馬鹿とか言おうとしなかったか……」
三人の内の一人である内梨は、両手をバタバタさせて、火花を散らしかけた二人の間に割って入る。
「あー! ふ、二人とも、まだ始まったばっかりなのに喧嘩しないでください!」
すると飯尾と海野は、
「してないからまだ」
「してないですってまだ」
と、息を合わせて否定した。
「よ、よかった……」
「……実際、海野さんが失礼なこと言いかけたのは事実だけどね」
と、三人の内の一人である三好はぼそっとツッコんだ。
「じゃ、今度こそ現在のミクセス王国の現状について話すぞ。まずは、『王と騎士団長の皆様』についてだ」
現在のミクセス王国の統治を支える重役、騎士団長の人数は五人。
ハルベルト、フラジュ、ゲルカッツ、レイル、そして真壁理津子だ。
彼女が騎士団長に就任したのは、一ヶ月以内という最近のこと。海野たち四人にとっても記憶に新しい。
それの少し前に、騎士団長クローツオが『邪神を崇め、国家転覆を目論んだ罪』で一族・臣下もろとも処断したことも記憶に新しい。
「あ、勿論みんなは真壁の策略だって気づいてるよね?」
「ああ、流石の俺でも気づいてるぜ。なんかハルベルトさんと一緒になって真壁の所業を非難したことへの仕返しだろ?」
「は、はい。私もです……だってあんなに私たちに親切にしてくれたクローツオさんが、そんな悪いことするわけないですもの」
「アタシは、そんなにクローツオさんに会ったわけじゃないけど……まぁ、一連の流れからして黒だとは思ってた」
「かくいう俺も確固たる証拠は握ってないんだけどね。真壁とフラジュが相当な根回しをしたんだろうな……あ、そうそう、フラジュと言えば」
この五人の騎士団長の中で現在、最も権力を握っているのは『真壁』である。
クローツオが存命だった時点では名族出身のフラジュが頭一つ抜けていたが、有原の事件があった頃から二者は何故か協力関係となり、結果真壁はフラジュの権威と実質同格になった。
そして現在、真壁が『邪神獣を連続撃破』するという功績を成した今では、フラシュはすっかり真壁の言いなりになっている。という差が生まれている。
「ほんと都合のいい奴。俺たち【界訪者】をボロクソけなしてたくせに、途端に界放者に尻尾振りやがって……」
「それなー。で、あの人と一緒になってアタシたちをバカにしてた、ゲルカッツさんとレイルさんはどうしてるの?」
「それは今話すとこよ」
五大騎士団長の内二人、ゲルカッツとレイルも真壁に事実上従属している。
これは『信頼しているフラジュと意見を合わせたから』、『真壁の功績を認めたから』、などの理由があるが、やはり『真壁が国王の警護を任されるようになったから』という理由が大きい。
武藤の反乱が起こってから数日後、王は体調を崩した。
そこで直近の出来事もあり、裏切者に寝首をかかれても安全なようにと、真壁の監視下にある王都内の別荘で療養し始めた。
このことから、王へ過剰なほど絶対の忠誠を誓うゲルカッツと、神々への信仰心に厚く、『王を任命するのは神々』であると信じてやまないレイルは、自然と真壁を信頼するようになった。
そして残る騎士団長のハルベルトは、クローツオと同じく真壁の横暴を非難した立場でありながら、現在も存命し、騎士団長としての職務を行っている。
ただし、外出の頻度を大幅減らされ、二十四時間体制でフラジュの私兵に監視される。という制約があるが。
ハルベルトは界放者を大陸に転移させた実行者。
彼がいなければ邪神を倒したとしても元の世界に帰れる可能性が低くなる――だから、いくら妨げになろうとも、彼を始末するわけにはいかないのだ。
こうして真壁は、国王と騎士団長四人を管理して、王国の実質的支配者になった。
「……そして今現在、真壁はミクセス王国の司法行政立法を全て自分の都合の良いように操り、強行軍を乱発し、多大な犠牲を払いながら邪神獣を倒し続けているって訳よ」
「質問いいか、海野?」
「何だ?」
「わりと関係ない話なんだが、そういえば木曽先生ってどこ行ったんだ? なんか最近見てない気がするんだが……」
「それはマジで関係ないし、ガチで知らん。多分どっかしらのタイミングで真壁に消されたんだろ。真壁もああいう性格悪くて役に立たない奴は嫌いだろうし」
「だよなぁ。悪い、話の流れ遮っちまって。で、アイツ、なんか祐に『私は貴方よりうまく事を動かしてみせる』とか言ってたらしいが、クソみたいな有言実行しやがってんな」
「マジでそれ。真壁さん頭いいんだから、もっとみんながハッピーになれる方向でなんとかできないのかな? あ、もしかして頭いいからこそ、そういう風に人を雑に扱ってるのかな?」
「違うよ、三好さん。アイツがあんな冷酷なのは、真壁グループの人間だからだ」
「真壁グループの人間……だから? え、どゆこと?」
「冷酷なのは真壁理津子に限ってのことじゃない。真壁グループそのものが冷酷なんだよ」
地域の安心と未来を築く――この社是に反して、真壁グループの歴史は陰湿で殺伐とした出来事が多い。
建設業界というものは提供するサービスが故に、他社との差別化が難しく、ある程度の実力が備わると後は自社と同格の会社を蹴落とす以外では会社を広げることはできない。
そのジンクスを打破し、地域の同業他社から一歩抜きん出るべく、真壁グループはまず『経路』、次に『速度』の補強を行った。
経路とは、『公共事業』や『大規模事業』などの大規模案件を官公庁や大手企業から優先的に取れるようにすること。
真壁グループは積極的にその『依頼者』を接待するだけでなく、一族の女子を政界や大企業の重役に嫁がせることで、その強固たる経路を築き上げた。
速度とは、いかなる現場も『安く』、『早く』完了できるようにすること。
真壁グループは子会社やアウトソーシング会社を有効活用し、施工を行った。
こうすることで言葉巧みに不都合を隠せ、立場に物を言わせて強行的な指示を出すことができる。
この理不尽な不文律を用い、会社に限りなく無理難題に近い注文を連発し、自らは手を汚さない強行的な施工を行った。
当然、何社かの子会社などは逆らい、真壁グループから手を切った。
しかし、そうした会社はもれなく真壁グループの『血のネットワーク』によって悪評が流布され、世間によって企業生命を絶たれた。
このような前時代的かつ悪徳に満ちた――まさしく『覇道』といえる企業戦略を繰り返し、真壁グループはライバルを『潰す』か『飲み込む』かして、地方財閥に名を連ねるようになったのだ。
海野からの話を聞き終えた飯尾は、近々に真壁によって進められた街の復興工事に従事したことを思い出す。
「なるほどな、どおりで俺の現場で上司のパワハラ……っていうより、ドシンプルな暴力食らって死んだ奴が出ても、何もなかったように代わりが来ると思った……頭が腐ってんのか」
「パワハラに関してはどこの建設会社もよくあることだけどな。現場にはそういう前時代的な指導しかできない輩が多いから。
ただ、それが一親方の専横ではなく、頂点が実質推奨してる会社は真壁グループ以外知らんけどな。
ちなみにこれは俺の父さんが担当した裁判の記録から辿って知った。真壁グループの上司からのパワハラで精神がズタボロになった人が慰謝料を請求してな……」
「あ、あの!」
「あ、どうした内梨さん?」
「真壁さんの家の話よりも……そろそろ作戦会議しませんか……?」
と、催促したときの内梨の辛そうな顔を見て、海野は『過激な話をしすぎた』と反省し、
「そうだねごめん。変な熱が入っちゃって……じゃあ、今から俺が考えた『真壁打倒作戦』の全貌を明かすからな。いいな、これだけはちゃんと聞けよ飯尾」
「おう! この前の話もしっかり聞いてたけどな!」
「『真壁打倒作戦』……なんか、とても海野さんが考えたとは思えない、めっちゃ知性を感じないネーミングだね」
「ま、まぁ、名前は作戦の内容に関係ないですから、三好さん……」
真壁打倒作戦の内容は、極限まで簡潔に言うと『ミクセス王の勅命の元、真壁を処罰する』ことである。
一年二組の中で最上位の強さを誇る真壁を含む【神寵】覚醒者十人に、【神寵】覚醒者が半数しかいない海野たち四人が真っ向から挑んでも絶対に勝てない。
だから海野は、真壁を実戦ではなく『社会的』にぶちのめすことにしたのだ。
「いくら奴とはいえ、邪神討伐の最大の支援者である王から大目玉を食らえばひとたまりもないだろうからな」
「な、なるほどですね! それならある程度平和に終わりますし、いいですねそれ!」
「けどよ。国王って今、真壁曰く病気になってて、真壁の手の届くところで守られてるんだろ。どうやって国王に『真壁は出ていけ!』って言わせるんだ?」
「簡単だ。真壁たち十人の大多数が王都不在の時に、療病先を襲って国王を匿えばいい」
「ならマジで簡単だな。真壁たちは頻繁に邪神獣討伐とか王都の防衛とかでしょっちゅう出かけているからな」
と、飯尾は海野の考えを手放しで褒めた。
一方で、三好には懸念があった。
「待って、確かに真壁たちはいろんな用事で王都から出かけてるけど、ここ最近は半数で行って、半数は居残りするようにしてる! ……って、アタシの友……知り合いの桜庭に聞いたことあるんだけど」
「それはわかってる。だから俺は、真壁たち十人の大半が王都から出撃しなければならない事態を作る。勿論、そのためのとびっきりの策も考えておいている」
「邪神獣が近くにいるってときでも半分しか出ていかないのに……それよりもヤバい事態を引き起こせるの?」
「ああ、起こせる……久門一味を王都に接近させるんだ」
久門――久門将郷。真壁と同じジョブ【勇者】であり、彼女と比類する力を誇る、一年二組の支配者の片割れだ。
現在は真壁を忌み嫌い、彼女への従属に反発して同胞九人と共に王都を出て、各地を放浪している。
そんな無法者をこの作戦に組み込めるのか、三人はそれに激しく疑問を抱いた。
海野はその疑問をすぐ解消する。
「久門たちが出奔してから、真壁は旅人や立ち入った村の民などに扮させた斥候を使い、奴らの動向をしっかり見張っている。
どうやら奴らは王国に頼らず自分たちだけで邪神獣を倒して回っているようだ、何がしたいのかは知らんけど、積極的なのは確かだ。
実際、真壁が倒したと喧伝した五体の邪神獣の内二体は、本当は久門たちが倒したからな。で、真壁は奴らが重くて置き去りにした邪結晶を回収するだけ」
「ま、また真壁さんの話に脱線しないでくださいね、海野さん……」
「予めの忠告ありがとう、内梨さん。で、俺はその久門への斥候をうまいこと引き込んで、奴に『邪神獣が地点Pにいるらしい』っていう、普通の村民の噂話にしたてたガセ情報を流させるで、邪神獣を倒したがってるだろう久門を地点Pに誘導するんだ」
「地点P……数学かよ」
数学のテストに出てくる謎原理にして謎理由で線上を動く点を思い出し、露骨に嫌な顔をする飯尾へ、『こうしたほうが説明がしやすいんだよ』と、訴えてから、海野は話を続ける。
「その地点Pは、細かいことは気にしないタイプの久門としてはあまり王都に近いとは思わないが、注意深い真壁としては王都に接近していると思われるような絶妙な位置にする。
すると真壁は、たぶん有原に次いで嫌っている久門を、今度という今度こそは裁こうと躍起になり、部下を大勢引き連れてそこへ向かう。
そして真壁VS久門、世紀の一戦を催す。してその間に俺たちは、守りが手薄になった国王の療病先へ行く……っていう算段だ。」
現在の国内の情勢、真壁と久門、使える環境は全て使った海野の大掛かりな作戦に、三人はただただ圧倒された。
「数日前のアタシ、マジでグッジョブだったな。こんなヤバい人放っておいたら何も出来なかったよきっと……」
「私からも、その節はグッジョブです! 三好さん!」
「俺も、これはただすごいとしか言えないな」
「そりゃそうだろ飯尾。お前ごときにこの作戦の繊細さがわかってたまるか」
「だよなー」
そう納得する飯尾に対し、三好は、
(あのー、飯尾さん、今あなたディスられてましたよ?)
と、心の中でツッコミを入れた。
「……じゃあもちろん、その最終段階の王様を奪還する手立ても考えてあるよな?」
「おうとも。俺のスキルで王様の療病先は把握済みだし、作戦もバッチリ考えてある……」
「じゃあこの際だから聞かせてくれよ」
「いいよ。俺の考えた王様を匿う作戦はまず……」
*
そして三日後。
「おらぁ! 国王はどこにいるんだぁ!」
「海野隆景様のお通りじゃあ! さっさと道開けないとワシの水魔法で溺れさせるぞワレェ!」
「どけろ……いやごめんなさい、どけてくださーい!」
四人は国王が療病する邸宅へ、真正面から堂々と突入した。
【完】
話末解説(※今回の話とあまり関係がありませんが、忘れないうちに)
■登場人物
【柊 結和】
レベル:29
ジョブ:【祈祷師】
神寵:【フレイヤ】(未覚醒)
スキル:【ブリーシンガメン・ギフト】など
一年二組の女子生徒。武藤の友達。
大の恋愛作品好きで、その時期に放送されているドラマはすべて押さえていた。
神寵【フレイヤ】に覚醒していれば、味方一名のみの全能力を強化できるバフ魔法【ブリーシンガメン・ギフト】で、信頼する友達の夢を後押しできた。
フレイヤとは、北欧神話の愛と豊穣の女神。フレイの妹。
【今川 咲希】
レベル:26
ジョブ:【狙撃手】
神寵:【ケルヌンノス】(未覚醒)
スキル:【カルノノス・サモン】
一年二組の女子生徒。武藤の友達。
家は牧場で、親ともども動物好き。
神寵【ケルヌンノス】に覚醒していれば、放った矢に動物のオーラを纏わせ戦わせるスキル【カルノノス・サモン】で、動物と同じくらい大切な友達の危機を救えた。
ケルヌンノスとは、ケルト神話の狩猟神にして冥府神。




