第3話 初陣
ミクセス王国・王都から数キロメートル進んだ先に、『かつて』街があった。
平和な大陸にはよくある、栄えた街だった。
だが今となっては、邪神の先兵とも言える凶暴な魔物らに幾度となく蹂躙され、僅かに民家の基礎が残る平原と化した。
そして今日も、黒い邪悪な魔力を放つ、狼や鷹や蛇など、まさしく魑魅魍魎な魔物の群れが、そこを踏みにじって王都へと突き進む。
その進撃を阻むべく、廃墟を利用し造られた仮設の砦の櫓より、
「いつ見ても忌々しく、恐ろしい獣どもだ……だが、今日の我々は微塵にも恐れなど持ち合わせていない。むしろ、今の我々は自信に満ち溢れている! なぜなら今、我らが軍には救世主たる存在、三十六人の【界訪者】がいるのだから!」
と、ハルベルトは軍全体を鼓舞するように言い放った。
そしてミクセス王国の将兵に混じる、三十六人の【界訪者】――ハルベルトより拝借した、個々の能力に適した装備を身に纏う一年二組の生徒たちは、魔物の群れへ立ち向かう。
有原は、持ち前の使命感故に防衛軍の最前線に身を置いていた。
ただし彼は無鉄砲に戦っているわけではない。
有原は、警察官の父親の影響で剣道を習っているため剣の扱いには抜きん出るものがあるからだ。
自分に近い魔物を己の剣で、次々と的確に斬り結んでいる。
「おい祐ッ! そこちょっとしゃがめ!」
突然ながらも、言われた通りに有原はしゃがむ。すると彼の頭上に飛来した鷹型の魔物が、飯尾のドロップキックで粉砕される。
飯尾の父親も警察官であり、彼は柔道を習っている。ただし彼の場合は様々な格闘技のマニアなため、無暗に柔道にこだわらず、このようなドロップキックも無節操にするのだ。
「助けてもらってごめん、護!」
「後ろから見てすげーやる気が湧くくらいすげー戦いぶりだったんだがな。今のは一気にヒヤっとしちまったな。もうちょい周りには気をつけろよ?」
と、飯尾は家族間での付き合いもある親友、有原に向き合い、その突出を優しく注意した。
そんな彼の背後へ、狼型の魔物が飛びかかる。
「君もだよ、護」
そしてその狼は、有原と飯尾の友達、篠宮の一刀の元に倒される。
「うわっ、危なかった……ありがとな、勝利。それと、説得力ないことい言ってごめんな、祐」
「大丈夫、全員無事ならそれでいいから」
この時、有原は立ち位置の関係上、本当は飯尾の後ろから迫る影に気づいていた。が、篠宮が来ていたことも相まって、あえて意地悪く教えなかった自分をちょっと恨んだ。
そして三人は背中合わせで魔物の群れをにらみ、
「そうだね、祐。ようし、じゃあ今度は危うげないように、協力して取り掛かろう」
「だな! この初陣、ビシッと決めてやろうぜっ、なあ勇者・祐さんよ!」
「うん、頑張ろう! 勝利、護!」
「そ、それと……私も忘れないでください! 【アタック・ギフト】!」
三人の幼馴染――内梨は杖を掲げ、こう詠唱する。すると三人はほんのり、赤い光に包まれる。
「あ、ごめん、美来さん。魔物退治に夢中になりすぎてました」
「俺からもごめんな! あと……この光はなあに? なんかさっきから力が湧いてくるけど……」
内梨は自分の【能力示板】を参照し、誤りがないように答える
「ジョブ【祈祷師】の私の、スキルです! 説明文によると……与えた人の物理攻撃力が上がる魔法らしいです!」
「物理攻撃力……つまり剣とか拳とかで与えたダメージが大きくなるのか。わかった、ありがとう、美来さん!」
「ど、どういたしまして、祐さん!」
かくて内梨からバフを受け取った三人は、より勢いを増して、魔物をなぎ倒す。
「そうだ、僕もスキルを使って貢献しなきゃ。確か、さっき能力示板を見たときに……」
有原は自分の技術欄の記述を思い出し、
「【ブレイブリー・スラッシュ】!」
魔力を帯びさせ強化した光剣で、魔物五体を一気に薙ぎ倒した。
「念じただけで勝手に身体が動いて……なるほど、これがスキルか」
時同じく、有原のそばにいる飯尾と篠宮も、
「【撃砕拳】ッ!」
「【ライトニング・ソード】ッ!」
強烈な拳と、迅雷の如き速さの一太刀で、魔物たちを撃退した。
スキルの有用性を学び、有原たち四人はますます勢いづく。
もちろん、この防衛戦において活躍しているのはこの四人だけではない。
他の三十二人のクラスメートたちも、各々の職業の性質を探りつつ、魔物を撃退していた。
中でも別格なのは二人。
「【セイント・パニッシュ】」
魔力を刃先に一転集中させた槍を突き出し、前方の魔物を遥か先まで一閃したのは、真壁。
「【ジャッジメント・フレア】」
魔法を詠唱し生成した火球を投げ、爆裂させて魔物を焼き尽くしたのは、久門。
この職業【勇者】の二人は、自分のグループの生徒たちと共に、この防衛戦の二星と化していた。
防衛軍の中衛で軍全体の指揮をとっているハルベルトは、真壁と久門を見て思う。
「やはり【勇者】は別格だ。大陸の住民では数年掛けてたどり着く強者の領域へ、いとも簡単に入れているのだからな。おそらく、これから続く邪神討伐戦の主力はあの二人になるだろう……」
今後の戦模様を想像し、期待するハルベルトは、真壁と久門から、有原へと目線を動かす。
「そして有原殿。あなたはきっと……」
その時、戦場一帯に身の毛もよだつ雄叫びが轟き、防衛軍の将兵は雷に打たれたように慄く。
何だなんだ。と、兵たちが焦燥する中、ハルベルトは経験者として、吐き捨てる様に言う。
「……まさかここで来るか……邪神獣」
邪神獣。
それは邪神の影響を受けて生み出された魔物の中でも、特に優れて凶暴な魔物。
主であろう邪神よりも力は劣るが、その数と獰猛さから、直接的損害は邪神を遥かに上回る。
大陸全土の有識者の意見を照合し仮定すると、現時点で十三体存在すると言われている。
名も無き魔物たちを草花のように焼き払いながら、防衛軍に迫りくるのはその内の一体。鮮血のような赤毛と刃のような銀毛が入り混じる、狼の姿をした巨大な魔物――【殺戮のグエルトリソー】。
その姿をしかと目撃したハルベルトは、軍全体へ号令を放つ。
「邪神獣を確認した! 全軍、直ちに退避せよ!」
これにて、防衛軍は先ほどの攻勢を投げ出し、我先にと撤退し始めた。
「ひぃぃぃぃ、無理無理無理ぃぃぃ!」
とのように情けなく絶叫しながら全速力で逃げる畠中の様に、防衛軍に属する一年二組の生徒たちも、先の号令に従い撤退する。
しかし、それに反して邪神獣に立ち向かおうとする者がちらほらといた。
「あれが邪神獣ってのか……その辺の魔物より五倍くらいでかいだけで、そうでも無いだろうに」
ハッキリと肉眼で確認できるほど接近してきたグエルトリソーを前に、得物の大剣を構え、久門は不敵な笑みを浮かべる。
「えっ、戦っちゃうのか久門さん!?」
「あんだけ逃げろ言われてるんだから逃げましょうよ……」
と、彼のシンパである式部と石野谷は、久門の無謀な挑戦を止めようとする。
普段なら久門の大抵の無茶にはガッツリ乗っかるくらい彼らだが、グエルトリソーの殺気はそんな二人を冷静にさせるほど鋭かった。
ただし、その殺気は決して主君には伝わらなかった。
「馬鹿。逃げって騒がれるならまだ逃げるわけにはいかねぇよ。俺がアイツをぶちのめして、臆病者どもに後悔させてくれる!」
そう気炎を吐いて久門はグエルトリソーへと駆ける――その刹那、
「【サンダー・ショット】」
久門の目前で雷が降った。
久門は足を止め、グエルトリソーを見据えたまま後ろの気配へ向かって、
「……何すんだ真壁」
「何故私が邪魔したと決めつける?」
久門はわざとらしく舌を大きく鳴らして、踵を返す。
案の定、後ろには真壁が槍を構え、周囲には自分の手下を伴わせて立っていた。
「ちっ、相変わらずお前は言いたいことを直で言わないで、まるで自分から謝罪させるように促してくるよな……ったく意地悪い」
「答えなさい。何故私が邪魔したと決めつける?」
これを答えるのは、自分は真壁に屈すると宣言するのに等しい――よって久門は、
「……帰るぞ、式部、石野谷」
「あ、ああ……それでいいんだよ久門さん」
「きっかけは胸糞悪いスけどね」
二人と一緒に、しぶしぶ撤退した。
数分遅れて、真壁たちもそれに続いた。
一方その頃。
有原たち四人は他以上に魔物の群れに囲まれ、思うように逃げられないでいた。
飯尾は近寄った魔物に膝を食らわせつつ、
「やっぱぶちのめし過ぎて、魔物どもの恨みを余計に買っちまったか?」
篠宮は次々と魔物を切り倒しながら、
「恨まれるようなことをしてるのはそちらだと僕は思うんですけどね……まぁ、そんなことぼやいてもどうともなりませんよね」
内梨は他三人に回復魔法を与えて、
「と、とにかくここは早く突破口を開けて逃げましょう! ね、祐さん!」
有原は十数体の魔物を光の刃で一網打尽にして、
「もちろん! 初戦でクラスみんなの足を引っ張るわけにはいかないもの!」
三人のため、学級委員としてのクラスの規範を見せつけるべく、この危機を脱しようと試みる。
最中、突如として魔物が身震いし、動きが止まる。
「ど、どうしたこいつら? まるで蛇に睨まれた蛙みてーに怯え始めた……」
何かがおかしい。そう四人が思ったその時、魔物たちは有原たちから、いくつかの群れに分かれて離散した。
そんな魔物たちの群れを、グエルトリソーは目に入ったものから次々と両前足の爪で斬り裂き、その前足の銀毛を赤に塗り変える。
魔物たちから漏れる血潮がグエルトリソーへ吸収され、グエルトリソーの身体から禍々しくドス黒いオーラが溢れ出す。
そして、篠宮が「何故味方殺しを……」と言いかけたその時、グエルトリソーは速度を増して四人へと接近する。
不本意ながら撤退中の久門は、それを横目で見ながら、
「さぁどうしてくれる、級長さんよ……」
これからの有原の行く末を期待して、ほくそ笑んでいた。
それより少し後方にいる真壁は、彼らの様子を一瞥して、そのまま撤退に専念する。
「な、なるほど、あの魔物は他の魔物を殺して強くなるんですね……!」
「悪いけど今それに気付いたところで無駄ですって、内梨さんよぉ!」
有原たちは完全にグエルトリソーの標的にされ焦燥する。
だが有原は自身の使命感の元、多少の冷静さを取り戻し、希望を見出そうとする。
「あの速度じゃあ僕たちの足では逃げられない……助けを頼もうとしても、僕たち以上の犠牲を生んでしまうかもしれない……だったら」
有原は、グエルトリソーと向き合い、剣を構え、
「こうなったら、戦うしかない!」
「た、戦うんですか!? あんな恐ろしい魔物と……」
「ハルベルトさんがあれだけ逃げろって言っているくらい危険な魔物なのに……」
「言いたいことはわかる……けど、戦って、最低でも追い返す! それしか僕たちが生存できる可能性はない! だから、美来さん、勝利、それから護! ほんの少しだけ力を貸してくれないか!?」
と、有原が内梨と篠宮に問いかけたその時、
「【破砕脚】っ!」
一人でにグエルトリソーへ突っ込んだ飯尾は、グエルトリソーが振りかざした左前脚へ、強烈な蹴りを繰り出す。そして力負けして五メートルほど吹っ飛ばされる。
「だ、大丈夫ですか、護さーん!?」
内梨は飯尾の元へ駆けつける。幸いにも軽症であり、内梨の回復魔法ですんなり全快した。
「へ、へーきへーき……それとごめんな祐、アンタの考えが秒でわかって、先走っちまった……」
有原は愛想笑いとしてでなく、素直に親友として飯尾の言葉で苦笑する。
「何やってんだよ護……ありがとう」
そして幼馴染の四人は気を引き締め、グエルトリソーの眼前にて臨戦態勢を取り、
「し、信じます、私! 祐さんの言う生存への道に!」
「さっきの護くんの攻撃で気付けた……確かに奴は強い、けど、今の僕たちでは完全に歯が立たないという相手でもない!」
「一発ぎゃふんと言わせられればそれで良いんだろ、なら楽勝ってもんだぜ! だから、今更怖気づくんじゃねぇぞ!」
「みんな……こんな戦いに付き合わせてごめん。そして、絶対勝つよ、みんな!」
邪悪で強大な力を一切恐れず、目の前にいる敵へ立ち向かう。
【完】
話末解説(※今回のは長い上、作中でもなんとなくわかることだったりします)
■詳細説明
【基礎ステータスの項目について】
・物理攻撃力 : 剣や拳などでの物理的攻撃の強さの値。高ければ高いほどダメージが大きくなる。
・魔法攻撃力 : 魔法での攻撃の強さの値。高ければ高いほどダメージが大きくなる。属性を帯びた物理攻撃もある程度強力になる。
・物理防御力 : 噛みつきや体当たりなどの物理的攻撃を受けた際の耐性の値。高ければ高いほどダメージが小さい。
・魔法防御力 : 魔法攻撃を食らったときの耐性の値。高ければ高いほどダメージが小さい。属性を帯びた物理攻撃もある程度軽減できる。
・素早さ : 文字通りどれだけ早く動けるかの値。高ければ高いほど俊敏に動ける。
・魔力 : 生物の体内に宿る不思議なエネルギー。魔法を使うと消費する。時間経過や食事などで回復する。
・スタミナ : 生物が動くときに使うエネルギー。特に物理攻撃のスキルで消費する。時間経過や食事などで回復する。
【ジョブの分類】
この世界のジョブは計8種類。
同じジョブでも個々人によって得意とする武器・属性に差異が出るので、ここでは基本的なことを説明する
・【戦士】:剣や槍などの近接武器を用いた戦闘を得意とする攻防一体のジョブ
・【魔術師】:魔法の威力に優れた後援のジョブ
・【格闘家】:拳一筋で戦う物理攻撃・防御と素早さに長けたジョブ
・【祈祷師】:回復・バフ魔法で味方を補助するジョブ
・【暗殺者】:奇襲と連撃を容易く行う素早さに特化したジョブ
・【狙撃手】:弓を得物とし、射程において勝るものなしの遠距離戦闘向きのジョブ
・【呪術師】:敵へのデバフや結界で妨害をするジョブ
・【勇者】:武器と魔法、両方を得意とするジョブ。存在は稀