第28話 望む先へと超えて征け
投稿時間が大幅に遅れてしまい、大変申し訳ございません。
海野の邸宅、玄関から入ってすぐにある大広間にて。
桜庭との交戦中、三好は隣の部屋で戦っている海野が、頭を抱えて膝を突くのを見て驚いた。
「どうしたの海野さん!?」
「よそ見するなッ!」
そして桜庭の猛攻により、すぐに自分の戦闘に引き戻された。
突然の海野の異常に驚いているのは三好だけではない、海野の相手である酒井もだ。
(何だこれは。さっき海野さんは僕の攻撃を防ぎ切ったはずなのに……)
さらに言うならば、海野自身もこの異常事態に違う意味で驚いていた。
「たった二スキル使っただけなのに、もうこうなるのかよ……!」
こうして苦しむのは知っていた。だが、そのリミットがここまで近いとは想定できなかったのだ。
海野が覚醒した神寵は【クトゥルフ】。
これにより海野は、敵情報の察知、起動制御可能な魔法、超高速で撃てる魔法など、ジョブ【魔術師】として至高とも言えるスキルを数多く会得した。
ただし、これ由来のスキルは、使えば使うほど、脳内で得体のしれない不快感が現れ、彼の心身を苛むというデメリットが存在する。
大陸に来た直後にすぐ神寵――当時はそう命名されていなかったが――に目覚めた彼だったが、その事実をすぐ公開しなかったのは、本人の『目立ちたくないから』という性格のほかにも、このデメリットを恐れてのこともあった。
海野が奇怪な頭痛に苦しむ中、酒井は薬草を一枚かじり、水の丸鋸の傷を癒す。
「……なにがともあれ、『格が違い過ぎる』という発言は慢心にも程があるということだ。じゃあ」
酒井はうつむく海野の後頭部に杖の先を向けて、
「危険は早期に対処するに限る。【イカリオス・バブル】」
海野へ向けて至近距離で紫色の水泡を五発撃つ。
「……【ウェーブ・ライド】!」
海野は足元に波を作り出し、素早く後方へ避難したため、かろうじて被弾は免れた。
神寵由来ではない普通のスキルならノーリスクで使える。ただし一度蓄積した反動はそう簡単には消えない。
さっき避けた五つの水泡が室内を跳弾する中、海野はヨロヨロと立ち上がり、水の球を酒井へ放つ。
「【アクア・スフィア】」
しかし頭痛により、練りこみが甘い。水の球は酒井が杖を軽く振り、打ち消されてしまった。
さらに、海野は壁で跳弾していた水泡五発を食らってしまい、よろめいた。
「やはり慢心はよくない。反動の大きいスキルを意地を張って使って、そんな戦闘続行不能になるのなら」
焦点の定まり切らない目で酒井を睨みつけようとする海野。
(大丈夫なの、あれ……?)
桜庭との戦闘中、三好はその様子を合間に一瞥し、不安に駆られていた。
神寵を扱いきれない自分と、神寵のデメリットで苦しむ海野。この二人では、この場をやり過ごせるのかと。
「どうかな。無意味に真壁さんに逆らって失敗した気分は?」
海野は近くにあった椅子を立て直して座ってから、答える。
「……まだ失敗してない」
「嘘はよくない。現場ではたとえ重篤なミスがあったとしても報連相しなければ……」
「かくいうお前は嘘以上によくない『誤った常識』を押し付けるんじゃない」
海野は近くの机に置きっぱなしにしていた、埃を被った食べかけのモンブランを手に取り、
「そもそもそれを言うアンタの態度が気に食わない。全部の物事を『真壁』っていう寸法ガタガタな物差しで測って、自分の意見は何一つ持たない。もし真壁に見限られたら何もできなくなるぞ、アンタ」
と、息を切らしつつ言い切った後、酒井の前で堂々とモンブランを食べる。
「人が話してる最中に物を食べることについては、僕じゃなくても責めるべきだと思うよ」
「だったらこれも『常識』に則って何とかしろ。アンタら建設業の人間は、良くないことをした奴はぶん殴って注意するんだろ? だったらやれよ。お前ならやれんだろ、『杖で刺して』な」
確実に決めるのならば、自分の中で最もダメージを与えられる近接魔法【テュルソス・エッジ】がある。
だがいくら神寵の副作用で全力が出せないとはいえ、海野の智謀は決して見くびってはならない。
きっと近寄れば手痛い反撃をするだろう。と、酒井は警戒し、
「了解。【イカリオス・バブル】」
海野の誘いを無視し、距離を詰めないまま、彼めがけ水泡五発を撃つ。
今回は跳弾はさせず、海野めがけ一直線に飛ばした。
そして海野は、一切防御せず五発の水泡を食らった。
(彼は【魔術師】。魔法防御力もそれなりにあるだろうから、あと十発打ち込んで、それから今度こそ【テュルソス・エッジ】を……)
と、今後の行動について考える酒井。
「【イソグサの円環】」
そこへ海野は容赦なく水の丸鋸を命中させた。
「!? 何故……あなたは反動で……!」
「今はあんま気にしてないね。なんせ今の俺は【酩酊】しちゃってるんで」
状態異常【酩酊】は頭と身体の機能を、あたかも酒に酔ったように低下させるもの。
海野はさっきあえて酒井の【イカリオス・バブル】を直撃し、自ら【酩酊】状態となり、脳内の不快感をあまり考えないようにし、軽減しているのだ。
水の丸鋸で左肩から右脇腹へ大きく傷をつけられた酒井は、そこを押さえつつ、薬草をかじる。
それを海野は椅子に足を組んで座り、食べかけのモンブランを食べつつ語る。
「これはあくまで俺の考察だが、【神寵】っていうのは闇雲に与えられている訳じゃない。
勇気を振り絞って前に立つ天才肌の篠宮さんは【トール】、大勢の人たちを別次元の才能で支配し君臨する真壁は【ゼウス】……という風に、個々の性格にあった感じの神様が【神寵】になる。
アンタもその例外じゃない。ギリシャ神話に登場するディオニュソス神は自身の神性を認めないヤツを非道徳な手段で強引に認めさせるエピソードが多々ある神だ。
まさしくアンタだ、大した理屈もないくせに前時代的な建設業界、あるいは真壁グループの常識を押し付けようとするアンタによく似合う……悪い意味でな」
「……だから、何が言いたい?」
「ムカつくから悪口言っただけ。教訓とかはない」
海野は立ち上がり、得物の本を開き、魔力を集中させて、
【ガタノソアの束縛】」
酒井の周囲からどこからともなく水の触手が伸び、彼の四肢を拘束し、完全に身動きを封じる。
「それは計算上、邪神獣でも動けないくらいの拘束力を誇るものだ……条件さえ良ければ慢心してもOKって言ってたよな?」
海野は酒井の手前まで迫り、彼の顔面に手をかざして、
「このままどんな魔法を使っても文句は言えないよな?」
流石に死が迫ればこうなるのか。酒井はついに人間らしい感情――恐怖を表情や声色に滲ませて、
「だめだ! やめてくれ……!」
「その気になればお前の頭なんかブドウみてーにグチャってできるんだからな」
「や、やめてくれ……さもないとあなたは真壁さ……」
「だから他人とか慣例を都合にして逃げるなっての。【アクア・スフィア】」
海野はある程度威力を加減した水の球を酒井の顔面にぶち当て、彼を気絶させた。
直後、海野は後ずさるように椅子に座り直し、そして頭を抱えた。
「ああ、やっぱ酔い覚めると辛いわ……というか、さっきまで酔ってたのでなおさら辛い……これ当分は寝込まないとダメだ……」
本当ならば隣の部屋へ助太刀に行きたかった。
しかし今にも頭が爆発するのではと思えるような激しい頭痛と倦怠感により、海野はそのままテーブルに突っ伏した。
(ま、お前ならうまくやれんだろ……な、三好さん)
一方その頃。隣の部屋では。
「【アロアダイ・コリジョン】ッッ!」
桜庭が槍二本を高速回転させながら部屋中を駆け、三好を切り刻もうと彼女を追い回していた。
手数とパワーの差をこれまでの戦いで思い知らされ、桜庭と真っ向勝負をしても勝てないと悟った三好は、大広間の中で必死で逃げ回る。
途中、余裕がある瞬間は、桜庭を飛び越えて奇襲などを仕掛けてみた。
「【危機跳躍】!」
しかし、桜庭も三好の攻撃の常套手段『かわしてからの奇襲』にはもう慣れた。
「いい加減諦めろ!」
三好が飛びかかった方向に高速回転する槍を向け、弾き飛ばし、壁に叩きつけてダメージを追わせた。
三好は軽やかに跳び、体勢を立て直す。
「諦める……わけない! 真壁に勝つために、こんなところでは止まれない!」
「無理なんだよ三好! お前のその、自分の友だちを自分で殺すような力で、真壁さんを倒せるわけないでしょ!」
「いいや、きっと出来る! 少なくとも、アンタは絶対超えられる!」
三好は自身を鼓舞しながら、突撃する桜庭から再び逃げ回る。
この時の三好の脳裏には、隣の部屋で盗み聞きしていた海野の言葉があった。
(【神寵】は、その人に相応しい神様のものが与えられている。アタシの場合、【シヴァ】っていう神様は、なんかよくわかんないけどやばい破壊神だったって聞いたことがある……
そんなのがアタシに似合うとは思えない。だから今はまだ、アタシが本当にやりたいことを反映した感じの真価が発揮できていないはず!)
「いいや、アンタにアタシを超えさせるものか!」
桜庭はその場で踏みとどまり、一対の槍をX字に交差させて、
「【フォボス・アサルト】ッッ!」
両足で思い切り地面を蹴り、荒馬の如く勢いよく突撃し、三好を二本の槍でX字に斬りつけた。
突き飛ばされた三好は拙くも受け身を取り、できるだけ早く立ち上がる。が、その時、桜庭は槍二本を持つ腕を左右へ呼ばし、
「【アロアダイ・コリジョン】ッッ!」
槍二本を戦車の車輪のように高速回転させつつ、三好に突撃する。
「さあ、その仲間殺しの力で勝ってみろ!」
桜庭が迫りくる中、三好は考える。
(アタシのしたいこと……それは、もうアタシみたいに『自分の意志と関係なく何かを失う人』をこれ以上増やしたくないこと。だから……!)
「叶えてみせる! この力を、みんなの仲を『維持』するための力にするって!」
と、叫んだ直後、三好は自分の中にある何かが開放される。
同時に、彼女の紫髪の左側が、うっすらと青みがかる。
「【ルドラ・ブラスト】!」
三好は右手のひらを桜庭へ向け、闇属性エネルギーを一直線に撃つ。
「またそれ……もういい加減にしろ!」
突進する桜庭は両横へ伸ばす腕を前に向け、高速回転する槍を盾のように構える。
闇属性エネルギーは高速回転する槍二本の右側に激突し、威力が削られながらも、桜庭めがけ飛び続ける。
「な、何で!? さっきは風だけでも軌道が曲がってたのに!」
人ひとりが持てる神寵は一つ。だが三好はその例外だった。
彼女はついさっき、神寵【シヴァ】に加えて神寵【ヴィシュヌ】にも覚醒した。
この覚醒により得たバッシブスキル【クリシュナ・ウィル】により、自身の遠距離攻撃の射線を制御することができるようになったのだ。
破壊力には優れるが制御が難しい――という弱点を解消して放たれた闇属性エネルギーは、桜庭の回転する槍に当たったまま拮抗し、結果、突撃状態の桜庭を食い止めた。
その間三好は右足に闇属性エネルギーを纏わせ、高く飛び上がり、
「【ガルーダ・ストライク】」
重力を味方に桜庭へ蹴りを繰り出す。
桜庭は闇属性エネルギーを受け止めていない方の、左手の回転する槍を、迫る三好へ向け、彼女の飛び蹴りを止める。
だが無謀だった。激突してまもなく、闇属性エネルギーと蹴りが合わさって生まれた破壊力に負けて、槍そのものが折れたのだから。
「なっ、アタシの力が……うっ!」
三好は彼女の胴に思い切り蹴りを入れてから着地し、この詰まった間合いをそのまま利用し、
「【ターンダヴァ・フューリー】ッ!」
闇属性を帯びた一対の短剣で、連続で斬りつける。
そして桜庭の意識が飛びそうになった刹那、三好は連続斬りを止めた。
桜庭は後退り、折れかけの片方の槍を杖にして体勢を保ちながら、
「……何で続けない、三好……?」
「今ここでアンタを殺したら、さっきの誓いが全部無意味になるからだよ……依央」
「知らないからね、後々後悔しても」
と、告げた後、桜庭は槍を折りながら前のめりに気絶した。
「……もう後悔はしてられないってば」
*
それから三日後。真壁は三好と海野へ処罰を……することはなかった。
許可なく二人と交戦し、返り討ちにあったという事実から、自分も処罰されることを恐れた酒井が、この件を『単なる事故です』と隠蔽したからだ。
桜庭もその隠蔽に助力した。
おかげさまで二人は『その程度で怪我をするな』と注意を受けつつも、今の立場を追われることはなかったという。
「報連相しっかりしろ言ってたのはどこのどいつだよ」
海野はそのことを、真壁から度々寄越される連絡書から知り、自宅の研究室の中で舌を打つ。
「まぁまぁいいじゃん。おかげさまでアタシたちも無事なんだし、家も直ったし」
と、三好はショートケーキを食べつつ言う。
先日の戦闘で破壊された海野の邸宅はすぐに修復された。
酒井が事件の証拠を隠蔽する目的で、修理業者を寄越してくれた。
海野は近くのテーブルに置いたチョコレートケーキを一口して、
「けどやっぱ体裁がムカつくな……てか三好さん、あんま家に来ないでくんない?」
「なんで? だってお城いるよりもここいたほうが真壁さんたちと会う機会少なくていいじゃん」
「それもそうだけど、頻度がおかしいんだよ。毎日友達の家で感覚で来てさ……」
「え、アタシたちもう友達ってことじゃないの!?」
「いやそれもそうだけどさ……距離感とスピードがおかしいんだよ。特に陰キャの俺にとっては堪えるんだよその勢いは」
「ところで今日のケーキのお味はどう!?」
「疲れた頭によく効きますね! はい以上、もう帰ってくれ!」
この後三好が『つれないなぁ』などと声をかけてくるが、海野はそれを全て無視して研究に集中した。
「……おや?」
その最中、海野は研究室においていた邪結晶の反応に目が留まる。
(またどこかで邪神獣が倒されたみたいだ……)
海野は邪結晶の共鳴を注意深く調べ、これまでの傾向を元に、新たな邪結晶のある場所を大まかに推測する。
(北西方面、ミクセス王国……どちらかというと、かつて存在したという『ヨノゼル王国』という国寄りの位置にある、山脈のどこかか……ん?)
続けて海野は疑問に思った。
確認される限り、今この大陸で邪神獣に打ち勝てるのは真壁一派か久門一味の二大勢力のどちらか。
しかし、真壁の遠征予定地はそこに該当していない。
真壁が放ったという斥候によると、出奔中の久門たちの居場所は現在ミクセス王国の南西方面。
両勢力ともそちらへ動いていないのに、邪神獣が倒された。これが彼の疑問の所以であった。
(一体、誰が邪神獣を倒したんだ? あの二人以外にもそれに該当するやつがこの世界に……)
この時、海野は一人、その希望に適うかもしれない人物を思い出した。
(まさか……アンタがか?)
【完】
話末解説(※再度お伝えしますが、話の進行次第で、既に解説された登場人物がまた解説されることもあります)
【第28話】
■登場人物
【海野 隆景】
レベル:46
ジョブ:【魔術師】
神寵:【クトゥルフ】
スキル:【ルルイエの掌握】、【ガタノソアの束縛】など
一年二組の眼鏡男子。陰キャと自称し、陰湿で口が悪く、表に立たず裏方に回ることを好んでいる。
テストでクラス四位の成績を取るほどには頭が良く、なし崩し的に協力関係になった有原たちの知恵袋として活躍していた。
得意の水魔法による援護射撃と、神がかった洞察能力で貢献する。
さらに神寵【クトゥルフ】で得た情報把握能力や、強力無比な魔法で戦局を翻すことができる。が、神寵で得たスキルは反動により主に頭への負担がかかるため、多用は出来ない。
SNSのフォロー欄はアニメ公式アカウントでいっぱい。
クトゥルフとは、関連する小説設定をまとめ上げて設定された架空の神話である『クトゥルフ神話』に登場する神。人知を超えた力を持つが、神話内では下の位とされる。
【第26話】
■登場人物
【三好 縁】
レベル:31
ジョブ:【暗殺者】
神寵:【シヴァ/ヴィシュヌ?】
スキル:【ルドラ・ブラスト】、【クリシュナ・ウィル】など
一年二組の女子陽キャのリーダー格。
楽観的でその場のノリで行動するタイプだが、根は義理深いタイプ。
友達二人を自身の能力の暴走で殺めてしまってからはそのパッションとエネルギッシュさは失われていたが、自身の意思を見つめ直し、覚悟を改めた。
戦闘では短剣を二刀流で扱い、ジョブ特有の素早さで相手を迅速に、勢いで圧倒する。
神寵【シヴァ】の効果により、通常の数倍の破壊力を持つが、制御が不安定な『高濃度闇属性エネルギー』を生み出し、神寵【ヴィシュヌ】の効果でそれを制御して戦う。
実家はカレー屋。メインはオシャレな欧風カレーであり、インド感を期待して来た人にしばしばガッカリされている。
シヴァとはインド神話の破壊神。ヴィシュヌとはインド神話の維持神。どちらもトリムルティに属する。




