第27話 昏き過去より這い上がる者
「うるさい。人の家壊しといて何様だ手前ら」
と、海野は片手を突き出した――魔法【スコール・ガトリング】を発射した後の体勢のまま怒る。
酒井はとぼけた様子で返した。
「海野さん。あなたは今何をしたかわかってる? 真壁さんの配下同士で争ったら罰則が生じるよ?」
「ああ、それね。知ってる。けど、関係ないことだろ」
「ある。そういう例外を無闇矢鱈に作ることは組織の緩みにな……」
酒井が恒例の理屈を並べる最中、海野は食い気味に言った。
「だって俺は、端から真壁に忠誠を誓ったわけじゃない、真壁の配下になった覚えはないからな」
「それは屁理屈だ。心境がどうであれ、あなたは真壁さんに助力した。だったら真壁さんの配下でなければならない」
自分が言ったことに対し無感情で逐次反論する酒井と、さっさと結論を言わなかった自分。その双方に海野は苛立ってから、ついに言ってのける。
「ああそうかい。わかったよ……だったら、俺はこの場限りで真壁と絶縁する。これでいいか?」
「駄目です。そうしたいのであればまず、あなたは真壁さんに直接会って相談しな……」
「【アクア・スフィア】」
黙れ。と言う代わりに海野は、、酒井に向けて水の球体を問答無用に発射する。
それは文字通り横槍を入れた桜庭により消された。が、
「【ウェーブ・ライド】」
その間に海野は床に、自分へ向く小規模の波を作り出し、三好を自分の方へ引き寄せた。
「……いい加減立てよ、三好さん。毒消えてるだろアンタ」
「ご、ごめん……ダブルの意味で」
「ダブルの意味? どういうこと?」
ひとまず立ち上がってから、三好は海野の質問に答える。
「『目立ちたくないから』っていう性格上、真壁さんに歯向かいたくない。って言ってたのに、結果歯向かわせちゃって……」
「ああそれね。どうでもいいよ、そんなの」
「へ……?」
海野は意地汚く桜庭を一瞥した後、三好へ答える。
「……さっきのアンタのやり取りを盗み聞きして思った。所詮俺『も』、嫌ってはずの過去や環境を頼って、チョロチョロ逃げ回ってる馬鹿野郎だって。だから奴らとは手を切ることにした。こんなん続けたら、常識的に『悪目立ちする』からな」
「そうなんだ……ありがと」
「礼はいらない。俺が勝手にしたことだから」
改めて、三好と海野は、酒井と桜庭の方を向く。
「ってわけよ。異論あるか? あっても聞かんけど」
酒井は得物の、先端が松ぼっくりのような意匠をした杖を構える。
「ない。君たち組織の和を乱す輩は、ただ処罰すればそれでいい。じゃあ、やれ、桜庭」
桜庭は両手に持つ槍二本を試しに一回転させつつ、
「ええ、あの馬鹿とは違って、やるべきことは必ず果たしま……」
刹那、酒井はこれまでの張り付いたような微笑みを真顔に戻して、冷たく言う。
「『ええ』ではなく『了解しました』だ。世の中年功序列ですよ。真壁さんに従属を誓って間もないあなたが、生まれてからずっと真壁グループの看板を背負っている僕に軽口を利くなんて非常識にも程がある」
「は……はい、すみません、酒井さん」
桜庭の言葉には一切耳を傾けず、酒井は杖を構えて、海野と三好へ笑みを向ける。
「では海野さん、三好さん。少々手荒だけど、署に来てもらいましょうか」
臨戦状態に入った二人に、さっきの痛手も相まって三好は慄き、海野へ小声で尋ねる。
「スイッチ入ったところ本当悪いんだけどさ、あなたこの二人に勝てる自信あるの……?」
海野は一瞬三好と目を合わせてから、
「お二人さん。その前にクイズしようか」
と、桜庭と酒井に問いかけた。
「しない。こちらも時間があるのですから」
「そうそう、なんでこの期に及んでそんな……」
「問題。『一年二組の内、神寵覚醒が早かった人を、一位から三位まで順番に答えなさい』」
このあまりにも唐突に出題されたクイズだが、その回答者たる二人は一切取り合おうとせず、どう戦闘を切り出そうか考える。
最中、三好は真剣な目をしてこめかみを押さえながら言う。
「ええと、一位は篠宮さん。二位は久門。三位はアタシ、だったっけ……?」
「お前に出してねえよこれ。しかも不正解だし」
「えー? 少なくとも一位と二位は合ってないの?」
「合ってない。そして時間切れだ。正解は……」
海野は両目を隠すように右手を顔に置き、
「【能力偽装】、【容姿偽装】、両方解除……!」
と、詠唱しつつ、髪を前から後ろへ一気に撫でる。
すると撫でられた箇所から、星雲の如くコズミックに煌めく緑色に戻り、襟足も肩にかかるまで伸びた。
「三位は久門、二位は篠宮さん、で、一位は……『俺』だ」
「あ、はい?」
「さっきアンタ、『勝てる自信あんのか』って聞いたけど……安心しろ、それしかないから」
「そうなんだ、それしかないんだ……じゃあ大丈夫だね!」
「違うね。何度言えばわかるのです? 根拠もなしに大丈夫と思い込むことは僕たち建設業界にとってはご法度だと……」
酒井は神寵覚醒者であることを明かした海野を警戒し、彼へ杖を向けて、
「【イカリオス・バブル】」
紫色の水泡を五つ同時に撃ち出す。
「俺の父親は弁護士だ。建設業界の理屈を押し付けるな。そして自分たちの常識が他人にまで及ぶと思うな! 【スコール・ガトリング】ッ!」
海野は水の弾幕を展開する。二割の水弾は酒井の水泡を打ち消し、残りはその先にいる二人へ襲いかかる。
「【アロアダイ・コリジョン】ッッ!」
二人へ飛んだ水の弾丸は、桜庭が目の前で一対の槍を回転させることで弾かれる。
さらに桜庭は一対の槍を回す手を両脇へ伸ばし、戦車さながらの勢いを持って二人へ突撃する。
「【アロアダイ・コリジョン】。魔法を防ぎながら突撃するスキルか。いかにも【アレス】らしい無鉄砲な技だ」
桜庭の神寵は【アレス】。
覚醒者は【アロアダイ・コリジョン】を筆頭に、反撃を顧みない力押しのスキルを多数覚える。
この特性が、桜庭が真壁の『切り込み大将』と呼ばれるようになった所以である。
それを海野は桜庭の能力示板を覗いて調べた。
情報の詳細度は距離に反比例する。相手が自分よりレベルが大きすぎる場合は不可。という成約はあるものの、半径五十メートル以内のものの能力示板を閲覧できるパッシブスキル【ルルイエの掌握】。
これを用いで一通り敵の情報を調べ上げた後、海野は三好に言う。
「おい三好さん。こいつはなるべくお前が相手してくれないか?」
「……え、でも……」
三好は思った。さっきの通り、桜庭は魔法だけでなく自分の闇属性エネルギーも防御できる。だから自分にまかせても相性は良くならないのでは。と。
けれども海野は彼女をこう突き動かす。
「自分の友達くらい自分でなんとかしてみせろ。でないと後々後悔するぞ」
「……わかった」
三好はそう返事して、少ない歩数で桜庭の左側面を取り、
「【ルドラ・ブラスト】!」
片手を突き出し、闇属性エネルギーを放出する。
「邪魔だ、三好!」
桜庭は海野へ突撃する中、左手で回している槍を左横へ持っていき、闇属性エネルギーを押し返す。
「【危機跳躍】ッ!」
三好は返された闇属性エネルギーと高速回転する槍を大ジャンプで飛び越えて、
「【急所急襲】!」
桜庭の首に蹴りを当てる。
この衝撃は流石に応えたか、桜庭はハンドルを切り間違えた車のように右へ急カーブし、壁を突き破り大広間へ移動した。
三好も後を追い、彼女が開けた穴をくぐっていく。
「ちっ、こりゃ掃除が大変だな……」
「建物のことなら真壁グループにお任せ。どうだい、頼んでくれれば安く修理してあげますよ?」
と、酒井は遠回しに海野へ考えを改めるように言った。
「お断りだ。だいたい真壁グループは征服者じみた地方密着力のみで立ち回ってる会社だ。技術力も値段もおおむね凡なのは知ってるからな」
「【イカリオス・バブル】」
酒井は海野の言葉を無視し、紫の水泡を五発同時に、左にある壁に放つ。
(酒井栄次。ジョブは【魔術師】、神寵は【ディオニュソス】。相手の頭と身体の機能を異常化させる状態異常【酩酊】にするのが得意だ。で、この【イカリオス・バブル】は一発一発に【酩酊】にする効果が含まれ……)
壁に当たった水泡はスーパーボールのように大きく跳ね、二人のいる部屋で不規則な軌道を描いて飛び回る。
「トリッキーなことに跳弾するんだよな」
と、海野はがむしゃらに動き回り、自分に襲いかかる水泡を避けながら言う。
「なぜ避ける? 海野さん」
「こんなもん避けるに決まってるんだろ。身体が動けなくならまだしも頭までやばくなるとか、頭だけが取り柄の俺にとっちゃ一大事なんだからよ。だいたい俺は親父の仕事柄、酒にはいい印象がないからな」
「ふざけないでくれ。お酒というのは建設業界の原動力だ。建設業界は3K(きつい、汚い、危険)の宿命から逃れられない。けれども仕事が終わった後の宴会が――特にお酒さえあれば、そんなことどうでもよくなる。これは真壁グループの宴会部長と呼ばれている、僕の父さんからの素晴らしい教えだ。そして同時に僕の父さんはこんなことも教えてくれた。『上司の酒を断る奴は価値はない』。だから死にな、海野さん」
「へぇ、そうかい……それなりにすました顔してるくせに、アンタやっぱ真壁の人間だな。言うことが前時代的過ぎるんだよ」
「【イカリオス・バブル】」
酒井は海野の言葉を受けて、跳弾する水泡を五つ追加した。
「ムカつくことがあったら暴力で黙らせようとするのも前時代的なんだよ」
と、海野はつぶやき、回避行動を続ける。
「すべこべ言わず食らって。さっき行った通り『勧められた酒は飲む』のがマナーだから」
「ああそうかい。お前ごときにこれを使うのはもったいないとも思ったが……しゃあないから『食らって』やるよ」
海野は得物の本を開き、
「【ゾス=オムモグの饗宴】」
と、詠唱すると、本の紙面から水でできた手乗りサイズの恐竜の頭が現れる。
恐竜の複雑怪奇な軌道で飛び回り、近くを跳んでいた水泡を食らい、そのサイズを飛躍的に巨大化させつつ、酒井へ迫る。
同時に、その速度は、大きさに反比例して遅くなっていた。
これは酒井の目論見通りだった。
恐竜の頭が大きくなればなるほど動きが散漫になることに着目し、さらなる魔法を食らわせる。彼はこれを紙一重での回避を目論んだ。
「【イソグサの円環】」
もっとも、それを始めた刹那、音速じみた速度で放たれた水の丸鋸で胴を斬りつけられたが。
「なっ……」
「なっ、これでわかったろ……アンタとお前じゃ【魔術師】としての格が違過ぎるって……」
と、海野は言った。
直後、彼は両手で頭を押さえながら、片膝を突く。
【完】
話末解説
■登場人物
【桜庭 依央】
レベル:53
ジョブ:【戦士】
神寵:【アレス】
スキル:【アロアダイ・コリジョン】など
一年二組の一人。三好の友達。
陽キャらしく明るく親しみやすい性格。感情的なところが少々ある。
現在は、クラス内でその手腕を発揮し活躍している真壁の配下になっている。
神寵【アレス】に覚醒して会得した、遠距離攻撃を弾きつつ突撃する【アロアダイ・コリジョン】を始めとする突破力に優れたスキルを使い、真壁の切り込み隊長として活躍する。
好きな飲み物はアップルティー。
アレスとは、ギリシャ神話における戦争の神。特に破壊や狂乱を司る。オリュンポス十二神の一柱。
【酒井 栄次】
レベル:49
ジョブ:【魔術師】
神寵:【ディオニュソス】
スキル:【イカリオス・バブル】など
一年二組の一人。真壁の仲間の男子生徒。
感情を悟らせない態度と、何事も建設業界のルールにあてがって話すのが特徴。
神寵【ディオニュソス】に覚醒し、会得した相手の頭と身体の機能を一時的に低下させる状態異常【酩酊】にするスキルを多用し、相手をジワジワと追い詰める戦法を行う。
流石に未成年飲酒はやってない。
ディオニュソスとは、ギリシャ神話のワインと酩酊の神。オリュンポス十二神の一柱(※諸説あり。代わりに炉の女神ヘスティアが入る場合もある)。




