第26話 友情、破壊、衝突
三好は何食わぬ顔してドア付近に立つ酒井から、顔を押さえて後悔している海野へ目線を移す。
「……海野さん、真壁の手下が来るまであと十分くらいって言ってましたよね? もう、来ちゃってるじゃん」
「よりによってコイツかよ。コイツは約束の時間から大幅早く来るんだよ……」
「約束の時間より早く来るのがビジネスの基本、優秀な真壁さんに仕える人ならより早くて当然。これのどこが悪いのかな?」
「だとしても、チャイムとかノックとか無しに勝手に俺の家に入るな……」
「それでは海野さん。早く本日の研究成果を渡してよ」
(話が通じないタイプねコイツ……)
三好は酒井の図々しさを頭の中で蔑んだ。
一方、海野は何度か酒井と会った経験があるため、その辺りは仕方なく無視して、
「ちょっと待ってろ、今書類を持ってくる……」
酒井が開けたドアではない別のドアを通って、研究室へと行った。
その間、部屋で待つ酒井は、
「おはようございます、三好さん」
今更ながら、三好に対して丁寧に挨拶する。
「はぁ、おはよ」
(なんだ、てっきり『なんで部外者がいるんだ』とか言ってくるかと思った)
ちょっとだけ安心しつつ、三好も挨拶を返した。
「そうだ。本当は書類を受け取ったらすぐ帰る予定だから、僕一人だけ顔を出すつもりだったけど、せっかくだから……」
酒井は窓を開け、外へ向けて、
「おい、あなたもこっち来て挨拶しなさい」
「あ、はい!」
「連れもいるんだ……って、え!?」
ここで三好はひどく驚かされた。
酒井が呼んだ連れは、今唯一生きている彼女の友達――桜庭依央だったのだ。
「なんで、依央がここに!?」
「それは、真壁さんの決めたルールがあるから……てか、質問する順番逆でしょ! なんでよすがっちがいるの!?」
「アタシは……」
今の立ち位置上、三好がここにいるのは激しく不自然。
下手な言い訳をしても、きつい詰問されるのは目に見えていた。
だから三好は、あえてこの機会を活かすことにした。
「……依央! あなたに話したいことがあって、ここで待ってたの!」
酒井は淡々と言う。
「嘘だね。僕と桜庭さんがここに来るなんてどこの情報にも載せていないのに、ここでピンポイントで待てる訳な……」
「ごめんなさい酒井さん、ちょっとプライベートな話するんで外行ってください」
桜庭は酒井を部屋の外に押し出して、尋ねた。
「それで、話って何!?」
ついに三好が自分の誘いに応えてくれることを想像し、桜庭はわかりやすく色めき立っていた。
そんな桜庭へ、三好は申し訳なく思いつつ、はっきりと答えた。
「色々待たせて悪かったから……ここだけは結論から言うね。アタシ、真壁さんに従いたくないんだ」
「……え? え? あ、そんなことないよ! 真壁さんはよすがっちを従わせるとかじゃなくて、『仲間』にしたいって……」
「ごめん、言葉選びが下手だったから言い直す。アタシ、真壁さんと一緒に行動しないことにする」
「……え、それって……まさか真壁さんと……!?」
本心は『真壁を倒す』と言いたいところだが、ここでそれをはっきり言うのは早計過ぎる。なので三好は慎重に言葉を選んで、話を続ける。
「……流石にそれはない、一応クラスメートだから。けど、もうあの人とは居たくない。だから、これからどうするかは具体的には決めないけど……」
そして三好は出会って初めて、桜庭に真剣な眼差しを向けて、
「……一応、最後にお願いさせて。依央、あなたも真壁さんから離れて、またアタシと一緒にいようよ、ね?」
三好に懇願された時、桜庭も桜庭で、これまで友達に見せてこなかった表情をしていた。
失望。その感情が包み隠さず表れていた。
「……ねぇ、よすがっち。あなた、自分の立場わかってる?」
「わかってる。アタシはアンタたちの『最低な友達』だって、アンタの希望に応えられなかったし、奏と紬は殺しちゃうし……そもそも、出会いからして最低だったし」
*
小学二年生の頃、三好は都会から、今住んでいる田舎に引っ越してきた。
父親が、実家のカレー屋を継がなければいけなかったからだ。
その頃の三好はまだ幼く、現実を隅々まで見通せなかった、転校前に大勢いた友達と別れる時にわんわん泣いた後は、よく知らない街で暮らすことに心躍らせていた。
しかし、いざ現実を見た途端、彼女は絶望した。
転校後、都会から来た三好は、根っからの田舎者なクラスメートにとって『風変わりな子』だったため、周りは三好に近づこうとしなかった。
だから三好は田舎に来て早々、一人ぼっちになった。
しばらくすると、ずっと一人ぼっちだったことが火種となったのか、周りから根も葉もない悪い噂話が流れ始めた。
それで三好はますます一人ぼっちになった。
学校から帰る度に三好は親に泣きつき、『前のお家に帰りたい』と言った。
けれども両親は店と、元店主の祖父祖母の介護をしなければならなかったため、ただただ『ごめん』としか言えなかった。
代わりにといっても何だが、三好の両親はお客さんに『私の娘と同じ年の娘さんはいますか?』と片っ端から尋ねて、三好の孤独を紛らわす友達を『用意した』。
そして桜庭依央、御崎奏、佐伯紬――この三人が、三好の友達に『なってくれた』。
*
「まるで『寄生虫』だよ。なんでもかんでも人のせい、環境のせい、不幸のせい、そんな周りのせいばっかにして、自分から変わろうとしない……人として最低だよ」
「『寄生虫』は言い過ぎだと思うけど……自分で道を選ぶっていう決心はすごいと思うよ、よすがっち!
じゃあさ、ここは反省の気持ちを持って、ちゃんとした自分の居場所を見つけるために、アタシと一緒に真壁さんの元で働こうよ!
今までのイメージ通り、真壁さんは厳しいところがいっぱいあるけどさ、ちゃんと成果を出す人はしっかり褒めてくれるから! 真壁グループと何の関係もない私なんかも大切にしてくれて、衣食住もいっぱい良いもの用意してくれるから……」
桜庭が真壁からの良待遇を必死にアピールする中、三好はしばらく天井を仰いでから、話の途中に、桜庭へ申し訳なく答える。
「ごめん無理。アタシもう決めたから。今からアタシは、自分のしたいことをするって! 都合のいい方向に偏ったりしないで、周りに流されたりしないで、良い結果も悪い結果も言い訳しないで全部一人で受け入れて、自分が正しいと信じたことをするって決めたから!」
類は友を呼ぶというように、三好も三好だが、桜庭も桜庭でノリが全ての人間であり、頭が回る方ではない。
しかしこの状況においては、桜庭は三好が何を企んでいるかは、残酷なくらいはっきり察せた。
「それって、つまり……やめなよ、よすがっち! あなたはそのままでいいんだよ! でないとアンタは……有原級長と同じようになっちゃうって! そんなのよくないって、天国にいる二人にも申し訳ないって!」
「……じゃあもう一個聞くね。依央、あなたはまだ、アタシのこと友達と思ってる?」
「うん、思ってるよ。けど……」
桜庭は背負った二本の槍を両手それぞれで構えて、
「よすがっちが真壁さんに歯向かおうっていうなら……違う!」
「……やっぱりバレてたか、アタシの気持ち。けど、そっちもバレてたよ。やっぱ今は、真壁さんの手下なんだね、依央」
桜庭は片方の槍を突きつけつつ、答える。
「うんそうだよ! 何が悪いのそれが! だって真壁さんは級長が副団長だったときよりうまくみんなをまとめられてる! 一日でも早く元の世界に帰れるようにしてる! アタシのことも認めてくれる! そんなすごい人に忠誠誓って当然じゃん! 有原の死に様を見たら尚更心変わりして当然じゃん! 何が悪いの!?」
三好は鋭利な槍先に物怖じせずに言う。
「……悪いとは言わない。けど、私はマジで良いとは思わない」
桜庭は逆に動揺し、槍を引っ込める。そして彼女は三好に頼み込む。
「……ねぇ、よすがっち。もう、やめなよそういう反抗期みたいなの……お願いだから私と一緒にいてよ。今はちょっとイラついてるからよくわかんなくなってると思うけど、真壁さんの下でいるのも楽しいから……」
「嫌だ。だってもう私は決めたから。今のアンタとは考え方が違うから」
と、三好は即答してから、腰元に携えた一対の短剣を引き抜いた。
「……そっか……じゃあ、もう……!」
桜庭は一瞬うつむき、一対の槍を構える。
そして桜庭は面を上げて、三好へ蔑みと悲しさが入り混じったような瞳を向ける。
刹那、二人はお互いの得物を押し付け合い、火花を起こした。
「もう、知らないからね、三好縁!」
「願ったり叶ったりだよ、桜庭依央!」
それから二人は幾度と刃をぶつけた。序盤は均衡を保った。
均衡は一分も経たずに打ち破られた。三好がジョブ【暗殺者】のアイデンティティたる素早さを利用し、桜庭の連撃の合間を潜り、彼女の懐に右手の短剣を当てる。
ただの短剣ではない。黒紫色のオーラを纏わせた短剣である。
「うあぁっ!」
桜庭は懐に、短剣ではなく両手持ちのハンマーを打ち付けられたような衝撃を受け、背後の壁を突き破り、玄関前の大広間の床に叩きつけられた。
「……三好、それ使うって正気なの!」
「私でもわかってるよ。けど、これがハッピーエンドに繋がるんだったら……きっと奏も紬も許してくれると信じてる!」
「勝手に死人の感情を決めつけるなァッ!」
桜庭は槍を握る両腕を伸ばし、両手を同時に開く。
すると両手のひらに不思議な力で張り付いた槍は、凄まじい勢いで加速し、回転しだした。
「【アロアダイ・コリジョン】ッ!」
桜庭は車輪のように一対の槍を高速回転させ、三好に突撃する。
前方から来る威圧と風圧からして、三好は悟る。
(アタシのジョブは【暗殺者】。パワーはあんまないから、あれをまともに防御しようとしたらマジでヤバい! ……だったら!)
三好は覚悟を決め、桜庭に右手のひらを向けて、
「【ルドラ・ブラスト】!」
そこから黒紫色のオーラを放つ。
「それを使うんだっだら、まず報いを受けろ!」
桜庭は両手を両脇から前へ動かし、高速回転する二本の槍で前方に風を起こす。
すると黒紫色のオーラは風を受けた煙のように、三好の方へと曲がり、彼女の左肩をかすめる。
「がぁっ!」
そして彼女は左肩を負傷した。
三好は神寵【シヴァ】の覚醒者。
能力は『並外れの濃度を誇る闇属性エネルギーの生成』。
闇属性は『物を破壊する』効果があるため、それの高濃度のものとなれば、まともに食らえば鉄も発泡スチロールのようにズタズタにする破壊力を誇る。
だがこの能力で生み出した闇属性エネルギーは、制御が効きづらく、単なる風でも軌道が曲がってしまうほど不安定。という決して看過できない弱点を持っている。
「やっぱり、まだ制御できないんだね! あの時の反省もしてないくせにさっきはよくも偉そうに言ったね!」
この能力により、三好と桜庭の友達、御崎と佐伯は命を落としてしまった。
桜庭は壁を打ち壊し、向こうの部屋にいる三好に、心残りなく高速回転する槍を押しつけようとする。友達二人を殺してもなお悔い改めなかった咎人への復讐のつもりで。
「……こんなすぐに、死んでたまるか! 【危機跳躍】ッ!」
三好は瞬発的に大きく跳躍し、天井を滑るように桜庭を跳び越し、背後で着地する。
さっき桜庭を大広間にふっとばしたように、彼女の闇属性エネルギーは至近距離で当てれば、周りに流されることなく打ち込める。
それを狙い三好は、今だ突進を続ける彼女の背後へと突っ走る。
「ろくな根拠もなしに安全だと思いこむことは、僕たちの建設業界においてはご法度だよ。【イカリオス・バブル】」
その時、大広間でずっと待機していた酒井が、ピンポン玉大の紫色の水泡を五弾、三好の背後に命中させる。
三好はそのダメージによりふらつき、うつ伏せに倒れる。
桜庭は【アロアダイ・コリジョン】をようやく停止し、踵を返した。
「く、くそっ……」
小粒な魔法をたった五発食らっただけなのに、三好は意識が朦朧し、身体が思うように動かなくなった。
そこへ桜庭は歩み寄り、
「この、裏切り者がっ!」
三好が仰向けにひっくり返るほど、彼女の頭を思い切り蹴り上げた。
それでもまだ怒りが収まらず、もう一度蹴ってひっくり返そうとする桜庭。酒井は落ち着いて彼女のそばに立ち、諭す。
「やめなよ桜庭さん。僕の毒の効果は五発当てた程度じゃ、あまり長続きしない。そんな抵抗出来ない人を冗長に痛めつけるのは危険だよ」
「……それはわかってます、酒井さん。けど、コイツはクズだから、納得行く形でぶち殺させてくれないですか!?」
「だめ。現場は報連相が大事だから、まずは真壁さんの御前に連れて行って、そこから……」
「【スコール・ガトリング】」
桜庭は左、酒井は右に飛んで、自分たちを狙った水の弾丸の乱射を避ける。
「ちっ、邪魔しないでよ!」
「……どこの風の吹き回しかな、今の?」
「うるさい。人の家壊しといて何様だ手前ら」
と、海野は片手を突き出した――魔法【スコール・ガトリング】を発射した後の体勢――まま怒る。
【完】
話末解説
■登場人物
【三好 縁】
レベル:31
ジョブ:【暗殺者】
神寵:【シヴァ?】
スキル:【ルドラ・ブラスト】、【急所急襲】など
一年二組の女子陽キャのリーダー格。
楽観的でその場のノリで行動するタイプだが、根は義理深いタイプ。
友達二人を事故で殺めてしまってからはそのパッションとエネルギッシュさは失われていたが……
戦闘では短剣を二刀流で扱い、ジョブ特有の素早さで相手を迅速に、勢いで圧倒する。
神寵【シヴァ】の効果により、通常の数倍の破壊力を持つ高濃度闇属性エネルギーを生み出せるようになった。が、このエネルギーは制御がしづらく、場合によっては自滅することもあり、今のところ使い勝手が悪い。
実家はカレー屋。メインはオシャレな欧風カレーであり、インド感を期待して来た人にしばしばガッカリされている。
シヴァとはインド神話の破壊神。トリムルティの一柱。




