第25話 歪な信念に向き合って
ミクセス王国・王都にて。
早朝、三好は居住スペースのある城から街へと出かけた。
今のところなんの役職についていない彼女は、城の中に居ても暇でしかないので、外で散策して時間を潰す……
「……昨日は色々ひどかったな、アタシ」
……という訳ではない。
昨日、助けて貰った恩人だというのにも関わらず、こちらの私情で怒ってしまった海野へ謝りに行くのである。
まず彼女は昨日も行ったカフェへと向かう。
そこはドリンクだけでなく美味しいスイーツも売っている。
篠宮を失ったことで有原が絶望していた頃にも、三好はそこで買ったケーキをプレゼントしようとしていた。
結局、関係の薄い自分がそんなことしても喜んでくれるのかと悩み、何もしなかったが。
「あれ、あの子は……」
カフェの近くまで来た時、見覚えのある、羨ましいくらい透明感のある髪をした小柄の女の子がいた。
相手が相手なので、クラスの陽キャの代表格たる三好は妙にぎこちなく挨拶する。
「……お、おはよ、内梨さん」
突然近くに三好が来て、飲んでいたミルクティーを吹き出しそうになった後、内梨も内梨でよそよそしく、
「……あ、は、はじめまして、三好さん」
「こ、こちらこそ初めまして……今日は……お休みなの?」
「は、はい、六日働きましたので、今日はお休みです……」
「そうなんだ……ちゃんと休みはあるんだ……あ、アタシも一緒に座っていいですか?」
「あ、どうぞどうぞ」
三好は内梨と丸テーブルを挟んで座り、店員にコーヒー一杯を注文してから、
「それで、病院のほうはうまくやれてるの?」
「はい、私が回復した人はみんな元気になったので……」
「あ、そっちじゃなくて……なんていうかその……仕事楽しい?」
内梨は辺りをキョロキョロ見渡してから、
「楽しくは……ごめんなさい、あまりないです。何度か戦争に行った護さん曰く、『真壁さんは無茶な作戦も強引にやらせている』らしくて、それで怪我人が絶えなくて……ごめんなさい」
「アタシに謝らなくてもいいって! ……そっか、そうだよね。やっぱり大変だよね……」
三好は内梨に同情した後、今何もしていない自分がそれをする権利は無いことに気づき、
「……ごめん」
と、謝った。自信の無さ故にボソッとだが。
内梨はそれに気づかず、三好の『大変だよね……』にこう返す。
「……ですけど、私は今、『一生懸命頑張りたい』と思ってます。真壁さんは……次々と邪神獣を倒しています。だから私がああして真壁さんを支えていれば、きっと近いうちにこの世界を救えて、元いた世界に帰れるはずですから……」
これに三好はぎょっとした。まさか彼女もこんなことを言うなんて。と。
「……内梨さんは、それでいいの? だって真壁さんは……有原級長を……」
そう三好に詰め寄られた内梨は、にっこり笑って見せて、
「……わかってます……けど、今はこうするのがみんなのためだって、わかってますから……」
「そっか……ごめん、急に来たくせして暗い話しちゃって」
「いいんです、いいんです。久々にクラスの女の子同士でお話できて楽しかったですから!」
「……そうなんだ。じゃあ、よかったよかった……」
三好はそう口では安心するように言うが、内心は『ちっともよく』思っていなかった。
彼女はけっして見逃していなかった。内梨の目から一筋の輝きが漏れるのと、テーブルの下で握った拳が震えていたのを。
だから『ちっともよく』なかった。
(有原級長と親しい内梨さんは、アタシ以上に真壁さんの支配下にいることで苦しんでる。けど内梨さんは、どうしようもできなくなっている……この人こそ、一番この現状をなんとかしたいはずなのに……)
故に、三好は今自分がすべきことに気づいた。
(なら、有原級長と縁の薄いアタシこそ、神寵に目覚めて力を得たアタシこそ、今一番自由の利くアタシこそ、率先して動くべきでしょうが……!)
「……どうしました三好さん。さっきからうつむいて、具合悪そうにしてますけど……」
「あ、いやー、ううん、なんでも!? ちょっと『コーヒー来るの遅いなー』って! ムカついてただけ、あはは……」
三好は慌ててとぼけながら、無意識にコーヒーを一口含む。
「あ、あはは……そうですか……あはは……」
*
三好は内梨と小一時間、くだらなくてぎこちない雑談をした後、かねてからの通りカフェでケーキを購入して、海野の家を訪れた。
「へー、てっきりアンタの性格上、自分の趣向の押し売りしてくると思ったけど、わりと俺の好みを狙えてるな。ありがと」
と、海野は三好に礼を言ったあと、贈り物のモンブランを早速頂く。
「喜んで貰えて光栄です……それで、アタシ、今日はここに言いたいことが会ってきました」
「いいよ。けど手短にね。今から三十分後くらいに、真壁の配下が俺の研究成果を受け取りに来るから」
わかった。と、三好は短く返した直後、海野へ向けて深々と頭を下げる。
「じゃあまず、昨日はごめんなさい! ついさっき助けられた分際で勝手にこちらの感情押し付けて怒り散らかして!」
「やっぱそれね。いいよ別に、アンタも一人ぼっちでイライラしてるんだなー。ってわかってたから」
ありがとう。と、三好は短く返した直後、再び海野に頭を下げる。
「じゃあ次、今日もごめんなさい! 海野さん、アタシと協力してください!」
「……は、えー?」
三好は頭を上げて、昨日の反省から昂ぶる感情をできる限り押さえつつ、海野に訴える。
「やっぱりアタシ、真壁を倒したいんです! ただし今度は『何となく』とか、『有原級長を半端に崇めて』とかじゃなくて! みんなを苦しめないために真壁を倒したいんです!
だって、友達とか仲間とか、誰かが真壁に振り回された結果、何かを『失う』ことになるのは、もう見てられないから!」
「ほう、それは昨日より立派な理由だね……それで、それを俺に伝えてどうするの? あ、勿論俺が今、真壁に与してるってのは知ってるよね?」
「それを承知で海野さんに頼みたいことがあります! アタシと一緒に戦ってくれませんか!」
海野は半分くらい食べたケーキをそっと近くの机に置いてから、勢いよく立ち上がり、
「さっきの『ごめんなさい』は何だったんだよお前! 昨日言ったじゃないか! 『目立ちたくない』、『善悪関係なく何かしらの権力の影でコソコソ活躍したい』って!」
三好は海野の語気に気圧されず、彼の勢いを上回るように、
「それも承知! けど、アンタ本気で『この現状をどうにかしたい』と思ってないの!? 有原さんとかクローツオさんとか武藤さんとか、歯向かった人間が何人も消されている、このギスギスした状態をなんとも思ってないの!?」
対する海野もより一層激して、
「流石に人間として『いかがなものか』とは思ってるさ! だが些細なことだろ! 各地の戦線において、早期決着を狙うあまり多大な犠牲が発生したりもするが、結果的に邪神獣は多数討伐出来ている! ならそんなの辛抱できるだろ!」
「辛抱できないって! たとえこの勢いのまま邪神を倒したとしても、大陸の人たちは外から来た過激な指揮官のせいで傷だらけになって、アタシたちも『アイツのせいでアタシは……』とか禍根を残したまま前の世界に帰るんだよ!
アタシはそんなの嫌だよ! 絶対もっと大勢の人が仲良く幸せにハッピーエンドを迎えられる方法があるはずなのに!
アンタはクラス四位の頭の持ち主だからわかるでしょ、どうせそういう真壁だけが得をするオチになるって!」
海野は三好からダウンを取られたように、ドスンと椅子に座る。
そして海野は鎮火したように、さっきとは打って変わって弱々しく言う。
「……わかってるさ……けども、俺は、本気の本気で『目立ちたくない』んだよ……」
三好は『ごめん、言い過ぎたかも』と一言謝ってから、遅れて椅子に座り直して、
「……なんでよ、なんで『大勢の人が苦しまないようにすること』よりも『自分が影に居座ること』を優先するの?」
ここで黙れば、三好の性格上、ますます自分は追い込まれるだろう。そう海野は思い、あえて身を切る覚悟を決めて、
「……お前、あの街で起きた、『十束貴史の事件』を知ってるか?」
「あれか……アタシはあの後のちょっと後に引っ越して来たから、テレビのニュースで見たくらいだけど……知ってる。ヤバい人が役所の人を大勢殺したっていう……」
「……あれだよ、あれがあったから、俺は『目立ちたくない』って思うようになったんだよ」
*
海野興景。
某市に事務所を構える弁護士であり、どんな些細な仕事でも正義感を持って全力で取り組む
、街では評判の人物だった。
彼の誇りは周りからの評判。も、そうだが、何よりも一番なのは親愛な妻と幼くも賢い息子――海野隆景だった。
正義と家族。それが彼はどんな仕事にも全力で取り組める原動力である。
息子が小学校一年生の頃、海野は国選弁護制度により、とある犯罪者の弁護をすることになった。
名前は十束貴史。
有原祐の父――警官『有原匠』含む九人を殺害した、市内どころか全国にその名前が伝わるほど悲惨な事件を引き起こした人物である。
もはや受ける刑は一つに定まったようなものだが、彼はそんな人でも見捨てず、正義感を持って仕事に取り組んだ。
それが彼の転落の始まりだった。
海野は十束容疑者の罪を正しく裁いて貰うべく、彼は十束容疑者あれこれ指示を出した。
しかし、彼はまともな思考をしておらず、何か一言言うたびに『お前も秘密結社の差金だろ!』、『この卑怯者! 俺たちは正義だ!』など、到底常人には理解できない内容の叱責を、脈絡なく浴びせてきた。
その十束容疑者の意味不明な発言は裁判中にも起こり、海野の弁護は何一つ意味をなさなくなった。
また、裁判期間中、国選弁護制度について詳しくない遺族関係者や、メディアでその事件を知り、誤った正義感に駆られた第三者から誹謗中傷の手紙やメールが山程送られ、海野は妻と一緒に胸を痛めた。
判決は――これは決して、海野の腕が問題だった訳では無いが――当然の如く『死刑』だった。
判決が下された時、十束容疑者は例の如く『間違っているのはお前らだ! お前ら全員洗脳されているんだ! 俺は組織の人間が誰か知っている! そいつを先に死刑にしろ!』と、喚き散らした。
その時、裁判前から体重が七キロも落ちた海野は、『安心』した。
やっと、『大悪人を匿う非道徳な弁護士』のレッテルから逃れられると。
しかし、悪名はそう簡単には拭えないことはこの世の摂理。
彼の元への誹謗中傷は、当時からは数がいくらか減ったものの、九年ほどたった今でも絶えることはなかった。
「父さんはもう生気が無くなったみたいになってる。声を聞いたのも何ヶ月か前かも覚えてない。母さんと話してる時も何年も見ていない。もう近いうちに夫婦揃って法廷に立つ時も大いに有り得るくらい、あの日のせいで俺の家庭は冷え切った……
全部あの時の判断が悪いんだよ。制度で選ばれたとは言えど、あんな世間の冷たい目にさらされるようなところに行くから。だから俺はあの日から『目立ちたくなくなった』……って訳よ」
海野が自分がこのような性格になった経緯を語り終えるや否、
「……あなたはそのままで良いの!?」
三好はそうはっきりと尋ねた。
海野は苛立ちながら答える。
「良いに決まってるだろ……それが性に合ってるんだから! しかも今回はそうじゃないっぽいけど、俺なんかが有原さんの真似事しちゃいけないだろ……俺の父さんは、有原の父さんを殺した奴を庇ったんだから……」
「していいじゃん! 百歩譲ってアンタのお父さんが有原級長の父親を殺したっていうならまだしも、アンタはそれっきりの縁じゃん!」
「だとしても俺は『目立つようなところ』――真壁に反旗を翻すなんて絶対しない、する意味だってないんだから!」
「……本当は、お父さんみたいに、正義に貢献したいんじゃないの……?」
三好の唐突な発言に、海野は思い切り首を傾げる。
「は……?」
「アタシそんな頭良くないけど、ここに来るまでにアタシもアタシなりに考えたんだ。
昨日、有原級長を助けたのは『無視して逆に目立ちたくないから』、『真壁派とも久門派のどちらにもなりたくなかったから』って言ってたけどさ、その時も、今こうやって真壁の黒幕になれてるみたいに、アンタなら適度な距離感保ってどうにかできたはずでしょ。
なのにアンタは、有原級長の仲間っていうちょっとリスクのある立ち位置を取った! これは、アンタも根っこの部分で『正義の味方になりたい』って願ってたからじゃないの!?」
「……当事者でもないくせにそんな達観ぶったこと言うなっての……こちらも色々細かいこと気にして動いてんのによ……なぁ、ほら……」
真壁を倒す覚悟が出来ているのなら、仲間にならない奴なんて無視して出てってくれ。
そう言いのける気力すらなくなった海野は、代わりに玄関前の大広間に通じるこの部屋のドアを指さした。
「いいや、アタシはアンタが本心に従うか、本気で真壁さんに従うつもりだって証明するまでここにいるよ」
「とんだ迷惑な客だなぁ……なぁ、だとしてもあと五分以内には出てってくれないか!? さっき言ってたこと思い出せ! 真壁の手下が来るまであと十分くらいなんだよ!」
「あ、そういえばそんなことあったね……じゃあそれが終わったらまた戻って……」
「もう二度と来るなっての!」
と、海野が三好に怒鳴ったその時、
「それは海野さんも僕も困るよ。研究の成果と情報の配達の『報酬』がなくなるから」
ワインのように深みのある紫色の髪で片目を覆った少年――真壁の仲間の一人『酒井 栄次』が、二人の部屋にやってきた。
【完】
※今回の話末解説はございません




