第24話 規格外の中間試練
グレド考案の三スキルを覚えてから、有原はグレドとの立ち会いだけでなく、グレドの魔物討伐の仕事に同行することで研鑽を積んでいた。
これはスキルを覚えてから二週間後のこと。
魔物討伐に行った帰りの最中。有原とグレドはここまでの特訓の成果について雑談していた。
「だいぶ技術も身についてきたな、祐」
「そうですね。レベルはあまり上がっていませんけど」
「なあに、レベルなんて技や立ち回りでどうとでもできる。儂が初めてボコボコにした道場師範は二十レベル上の奴じゃったからの」
「二十レベル上の人を……すごいですね」
「じゃろ。だからお主ももうミクセス王国に帰ってもいいんじゃないかの? 腕前は十分じゃろ」
有原は手をブンブン振って、
「いやいや、まだまだですよ。まだ動きが拙い部分がありますし、最終奥義『虚剣』も身についてませんし、あと、【神寵】にも覚醒していませんから」
「【神寵】……たしかだいたい三週間前、儂に事のいきさつを話してくれた時、ちらっと聞いたような気がするんじゃが……何だっけそれ?」
「別な世界から来た僕たち【界訪者】のみが覚醒できる、元いた世界の神様から借りているという、超越した力のことです」
「それか。確かお主を殺そうとした真壁という奴らは、全員それに目覚めていたんじゃったな」
「はい。ですので『虚剣』を身につけるついでにそちらにも覚醒したいのですが、これは僕たちでも覚醒条件がわからないのです……」
「そうか。それは流石の儂でもなんとも教えられんな。当たり前じゃが、儂は別の世界にいたわけでも、【神寵】に覚醒したわけでもないからの。それに……」
「それに……?」
「元より神様を信じてないこともあってな。神様に祈る暇があったら、うまいもの食べたり、身体を動かしたほうが身のためじゃ。と、儂は思っておるからの。
そもそも神様なんて本当におるんかのう? 今世界が大変なことになってるのに何もせんなんて正気じゃないじゃろ」
「まぁ、それはそれぞれありますから。ただ、【神寵】に関しては実際にあるので、その神様はいるとは思いたいです……何故僕はこんなに遅いのか、って焦ってしまっていますけども」
「そうじゃよな、取り残されるのはつらいよな……」
グレドは少し考えた後、有原に笑みを浮かべて提案してみる。
「だったら、こう思ったらどうじゃ? 『お主の神はすこぶる優しい神』と。お主が自分自身で強くなれるところまでは温かく見守ってくれて、本当に辛くて絶体絶命な時こそ助けてくれる神様じゃと。そうすれば多少は気が紛れるじゃないか?」
これに有原はすんなりと納得した。
真壁はただ偶然あの驚異的な力を身に着けたわけではない。彼女の言う通り、有原が悔やんでいた一週間の努力によって得られたものだ。
ならば、自分が真壁を超えるにはさらなる研鑽が必要だ。
それを自分の【神寵】の神が待っていると考えると、多少ではとどまらない安心感があった。
故に有原ははっきりとしてグレドに答える。
「なるほど……わかりました。じゃあとにかく今は神寵のことは置いといて、自分の腕を磨くことに専念します」
「それでよし! そしてそのまま、もう神寵抜きでも無敵になるぐらいになってしまえばいいのじゃ!」
「いやぁ、流石にそれは行き過ぎかと思いますね……」
二人はグレドの家がある山の麓につき、そこを登っていく。
その途中、グレドは道の側を流れる川を見て、あることを思いつく。
「そうじゃ。お主、そろそろ腕試しをしてみたくはないか?」
「腕試し……はい、してみたいです! もしかして、グレドさんと真剣勝負を!?」
「いやそれはもうちょっと早いわ。
二週間前くらい、お主が【威盾】と【疾槍】の練習をしていた時、儂が魔物狩りに出かけて、鮭型魔物を持って帰って来たことがあるじゃろ?」
「はい、覚えてます」
(その時のムニエルの不味さも含めて……)
「実はの、その仕事の最中、あり得ないくらい大きい魔物が近くにいたのじゃ。
きっと修行に使えると思って、家からさらに山を登った先にある湖へ、そいつを引っ張ってきたのじゃ。
多分今のお主ならいい勝負ができるじゃろ。どうじゃ、これまでの成果を確かめる『中間試練』として、戦って見たくはないか!?」
有原は二つ返事で返した。
「はい、是非お願いします!」
有原はグレドと帰宅後、その魔物に挑む支度をすぐに整える。
「では、行ってきます!」
「おう、無事帰ってこいよ〜!」
そして有原はグレドに見守られ、家からより高い位置へと、山を一人で登っていった。
なお、グレドは『側にいると興奮して助太刀しちゃうかもしれない』と、自制して家に残った。
数分後、有原は直径百メートルくらいの大きさを誇る湖を目の前にする。
「多分ここかな。グレドさんが引っ張ってきた巨大な魔物は」
有原はいつ魔物が襲いかかってきても大丈夫なように、剣を中段で構えて、神経を研ぎ澄まし、魔物の気配を探り始める。
直後、湖のど真ん中から水柱が立ち、体長十メートルはくだらない、浅葱色の体色のサメが有原めがけ飛び込んでくる。
「で、デカァ!? これ、邪神獣くらいある……っていうより、まさか……!」
サメの眼光と自分の『気づき』により、有原は一瞬怯み硬直する。
「いけないいけない……こういうときこそ冷静にならなきゃ……【疾槍】ッ!」
が、有原はすぐに我に返り、魔力を足裏から噴出し真横へ高速移動。飛び込んできたサメの影から逃れた。
そしてサメはなにもない土に食らいつく……と思いきや、口から水流を噴射し、その勢いで水場に戻った。
「……器用な魔物だ。やっぱりこのサメはまさか……」
有原のお察し通り、このサメはただの魔物ではない。邪神獣の一体【叛逆のディアジンギ】である。
ディアジンギはしばらく湖内を遊泳した後、開けた口を水面から出し、ズラリと生えた歯を一斉射出する。
全ての歯はゆったりと曲がりながら、有原を追尾して飛んでいく。
「【威盾】ッ!」
有原は魔力の壁を展開し、それで全歯弾を受ける。歯弾は有原の両横へいなされ、有原の後方の木々の中で爆発した。
ディアジンギは開けたままの口から水流レーザーを発射する。
「【威盾】ッ!」
先程同様、有原は魔力の壁を正面に展開。魔力壁に当たったレーザーは左へと屈折した。
スキル【威盾】で作った魔力壁は長くは持続しない。レーザーを曲げた後、有原が反撃に出ようと思った時には丁度良くバリアが消えた。
その時、ディアジンギは今だ空間に存在する水流レーザーを伝い、陸にいる有原へ、水中を泳ぐよりも勢いよく突撃していた。
さっきの水流レーザーは単なる飛び道具ではなく、ディアジンギの突撃経路を作る役割もあるのだ。
「【ヘブンズ・レイ】!」
有原は剣を突き出し光線を放つ。
ディアジンギは口を下に向け、有原に脳天を見せるようにし、そこで光線を受けた。
しかしあまり効いていない。奴の皮膚は魔法被弾時、ヤスリのように魔法の威力を削り落とす効果を持っているのだ。
「魔法が効きにくいのか……だったら直接斬るしか無い!」
有原は剣を後方に構え、丁度いい間合いになった瞬間、叩き切る準備を整える。
しかしいくら獰猛な魔物とて、むざむざ敵の得意な間合いに入ることはしない。
ディアジンギは尾ひれで伝っていた水流を叩き飛び上がり、空中から有原へ飛び込む。
(そういう使い方もできるのか……)
有原はディアジンギのトリッキーさに驚きつつも、剣を上に掲げ、空からの襲来に警戒する。
だが、ディアジンギの攻撃は単なる突撃では終わらない。奴はここで生え揃った歯を撃ち出した。
有原は焦った。【威盾】の防御範囲はスキルの動作上、今立っている地面から約二メートルの高さまでしか届かない。自分より高い位置にいる攻撃には対処できないのだ。
なので、
「……【ブライト・カッター】!」
まず有原は光の斬撃を放ち、歯弾を全て撃ち落とす。
その時既にディアジンギはもう目の前まで来ていた。だから有原は、
「【崩槌】!」
光の塊を纏わせた柄握る両手でディアジンギの鼻先を思い切り殴る。
当てた箇所と【崩槌】の衝撃がかけ合わさり、有原は巨体をものともせずディアジンギをふっとばした。
(表面の実力差だけで判断しちゃいけない……こういう風に、『技と立ち回りでどうとでもできる』んだから)
ディアジンギは水にドボンと落ちてすぐに、歯弾の一斉射出をする。
「【威盾】ッ!」
有原は魔力の壁を展開しこれをいなす。
続けざまにくる水流レーザーも、
「【威盾】ッ!」
同じく魔力の壁で防いだ。
ディアジンギは再びレーザーを伝い、陸にいる有原へ突撃する。
最中、有原は、
「【ブライト・カッター】ッ!」
ディアジンギの目前に光の斬撃を飛ばす。それにより、ディアジンギが伝おうとしていたレーザーが途中で断絶。
ディアジンギはスキージャンプのようにレーザーの途切れ目から飛んでしまい、ここまでレーザーを伝った際につけた勢いのみで有原に突撃する。
(歯弾とレーザーはしばらくこない。連続で使えば有効だったタイミングは山ほどあったのに、それはなかったから……だから今回は……)
有原は身体をひねり力をため、剣が届く間合いに達した時、
「【ブレイブリー・スラッシュ】!」
光を帯びた剣を全力で振るい、ディアジンギの鼻から頬までに切傷を刻む。
突撃の勢いが余って陸に叩きつけられたディアジンギは、傷の痛みも相まって激しくのたうち回ってから、跳ねて水中へと戻る。
「【ヘブンズ・レイ】!」
最中、有原はディアジンギの傷に光線を当てる。
傷がつき皮膚の魔法攻撃の威力を軽減する効果が薄くなっている。ディアジンギはこの的確な追撃のダメージに悶絶する。
しかし湖に戻ったディアジンギはそこを遊泳しつつ有原を睨み続ける。
やはり邪神獣、この程度の攻撃では致命傷とはならないのである。
だが有原は一切気圧されていない。むしろ、武者震いしている。
「僕はまだ【神寵】に覚醒していないから、邪神獣を一人で倒すのは『不可能』かもしれない……だからこそ、僕はこいつを倒して超える。それを『可能』にして、みんなを救える人への足がかりにしてみせる!」
有原が気勢を見せた直後、ディアジンギは歯弾を一斉射撃する。
「何度でも来い、【威盾】ッ!」
*
それから六時間後。
「そろそろ、儂が出ても大丈夫な頃合いじゃろ……」
やはり助太刀したくてウズウズしてたグレドが湖にやってきた。
そこでは、怪しげな光を湛えた大きな結晶に、有原はもたれかかっていていた。
有原はグレドが来たことに気付くと、傷だらけの顔で無理くり笑顔を作って、
「や、やりましたよ…グレドさん……ついさっき、倒しました……」
グレドは有原の元まで来てしゃがみ、彼の肩にポンと手を置いて、
「……うむ。でかしたぞ、祐!」
と、豪放磊落な彼らしく、彼の健闘を褒め称えた。
「……ところで、このバカでかい宝石は何じゃ?」
有原は絶命したディアジンギの方を指さして、さぞかし嫌そうな顔をして、
「これは【邪結晶】って言われている魔石の大型版みたいなものです……」
「へぇ、そうか、邪神獣を倒すとこんなふうになるのか……で、なんじゃ祐。さっきから不愉快そうにしおって? あのサメをかっさばいたショックでか?」
「それもそうですけど……簡単に言うと、この邪結晶がここにあると『僕の居場所がミクセス王国のみんなに知れ渡ってしまう』んです」
「ほう、そうか。ならよかったではないか?」
「よくないですよ! 多分ここに来るのは『僕の仲間』じゃなくて、僕を殺そうとした『真壁さんの仲間』ですから! ……ああ、まだそんな強くなってないのに……」
「まぁ、なんとかなるじゃろ! もしそいつらが襲ってくる時があったら、儂が今度こそ助太刀して、仲を取り持ってやるから安心せい!」
「ありがとうございます。もちろん、できれば一人でも何とかできるように修行は引き続き頑張ります! まだグレドさんの最終奥義、『虚剣』を会得出来てませんし!」
「ああ、『虚剣』な……そういえばそうじゃな……うん、そうじゃな! その来るべき決戦のためにも、よりビシバシやらせてもらうぞ祐!」
「はい、よろこんで!」
真壁たちと有原、決戦の日は近い……
【完】
話末解説
■魔物
【叛逆のディアジンギ】
レベル:47
主な攻撃:歯の一斉射撃、水流レーザー、およびそれを伝っての突撃
サメ型の邪神獣。見かけに反して淡水でも生息可能。
邪神獣特有の巨体を生かした力任せの突撃に加え、遠距離攻撃、魔法を軽減する皮膚など、多彩な能力を利用し、たとえ大軍を束ねて襲いかかったとしても叛逆して見せる。




