第22話 グレド流剣術指南
翌日の早朝。
「起きろ祐! 起きろ起きろ起きろー!」
「わーっ、もう起きましたってばーッ!」
有原は海苔巻きのように布団に巻かれた状態で、グレドの頭上で振り回されて目覚め、
「魔物も動物に近いからの、種類次第なら食えなくもないのじゃ……で、どうじゃ、魔物牛丼のお味は?」
「う、うう、うまいす……」
まずいを三周した先にあるようなまずい朝ごはんを食べて、
「では今日からお主に稽古をつけてやる!」
「……は、はい……」
大分だるい状態で特訓を開始した。
グレドは有原へ適当に作った木刀を手渡して、自分も同様の物を持つ。
「まず、お主の力量を知りたいから、一つ立ち合おうか」
「はい、わかりました」
丸太小屋の前にある平地で、二人は約十五メートルの間隔を空けたところから構えを取り、奇しくも同時に突撃し、一度打ち合う。
「ほう、初撃からかなり重い一太刀だ」
この詰まった間合いを維持し、二人は幾度と木刀を振るい、お互い、相手の攻撃を弾く。
「それに所作に無駄が少なく……」
途中、有原は巧みな切り返しで、やや疎かに見えたグレドの左側面を狙う。
「相手の意表を突くことも忘れず……」
グレドはその剣撃の軌道に刀身を重ねて防御すると同時に、右足で有原へ蹴りを繰り出す。
有原は剣を引き戻すと同時に右足を軸に身体を回し、グレドの蹴りを避ける。
「逆に相手からの奇襲も応対可能……か」
グレドは有原の右側頭部を狙った横払いの剣を手で受け止めて、
「もうよい。お主の剣術の練度は概ねわかった」
「え、もうですか……? まだ十分も経っていないのに……」
「ああ。これで大丈夫じゃ。ひとまずこの段階での感想を言うとすれば、『基礎はキチンと出来上がっている』な。お見事」
父親に鍛えられた剣道の腕が認められたことで、有原は照れくさく笑う。
そんな有原へ、グレドは雷を落とすように突然と提案する。
「よしじゃあ次はスキルを使ってこい!」
「す、スキル!? も、もちろん剣を使うスキル限定ですよね?」
「いや、強化魔法でも何でも遠慮無用情け無用で使ってこい! 次はそれでお主の全力を量るとする! では早く位置につけい!」
「……はい、わかりました! では遠慮なくやらせていただきます!」
有原はさっきと同様に約十五メートルの間隔を空けながら、本来ならば、剣士相手には無礼とも言えることを考えていた。
「グレドさんはきっと【戦士】だから遠距離攻撃が出来ないはず。だからここは、魔法で牽制して立ち回れば……」
有原のジョブは【勇者】。剣の扱いに加えて魔法を使える。
遠距離攻撃が使えない相手へ、遠距離攻撃を押し付ける。ここに無礼さを感じつつも、有原はさっきのグレド『遠慮無用情け無用』という言葉にとことん甘えることにした。
再び両者の心の準備ができるや否や、以心伝心めいて二人は何も言わず立ち合いを始める。
有原は突撃するグレドを狙い、
「恨まないでくださいよ……【ヘブンズ・レイ】!」
剣を前方の虚空に突き出し、光線を射出する。
「【威盾】」
グレドは駆ける最中に前に出した左足で、思い切り地面を踏みつける。
刹那、有原が放った光線は、グレドの目前で明後日の方向に折れる。
こうも簡単に自分の魔法が防がれた状況を、有原はすぐには飲み込めず、
「えっ、今何が……あだっ!」
まともな防御もせず、グレドにまあまあの力で木刀で殴られた。
――ここまでの時間、試合開始から僅か三秒。
「さっきの冴えはどこいったのじゃ? この程度の攻撃くらい、お主なら息でも止められるじゃろ?」
「いぃぃ〜、いやいや。だって僕のレーザーが何故かグレドさんの手前で曲がって……」
と、有原は言い訳をすると、グレドが眉をまゆをひそめる。
「だとしても何とか抵抗して見せんか! 戦いにおいては知らない技を使われるのがほとんどじゃぞ! そんないちいち腰抜かしていたら命がいくつあっても足らんぞ!」
そうグレドに叱られ、有原は謝る。
「は、はい、すみません! 僕の注意が足りてませんでした!」
「ま、儂のスキルは例外で、好きなだけ驚いてもらって構わんがな! どうじゃ、今のすごかったじゃろ!?」
「……あ、そうですね……はい」
有原は気持ちの切り替えが半端なまま返事した。
するとグレドは満足げに高笑いした後、丸太小屋へ戻り、数冊の本を抱えて来る。
「この本の山は一体なんですか?」
「大陸にある古今東西の剣術の指導書じゃ。儂はこの流派全てに入門したことがある」
「全てに入門!? この本、いっぱいありますよね。本当にこれ全部を……?」
「ああ、全部入門した。そして全て師範をボコボコにして抜けた!」
「え、ええ……」
有原は普通にドン引きする。
グレドは指導書の一冊を手にとって、適当にパラパラめくって、
「儂は自分の得意武器は『剣』だと悟った頃から、『勝負とは弱点の突き合い』ということに気づいた。ベタに言えば『剣は刃の長さ以上のリーチを誇る相手に弱い』といったところじゃな。
儂は弱点をなるべく減らすべく、そういった対策も平然と組み込み、剣術を超えた剣術と謳う道場に片っ端から入門した」
途中、その本を思い切り後ろへ放り投げて、
「そして期待外れだったので師範をボコボコにした! どこもかしこもその対策を一つ二つ行ったくらいでうぬぼれ、さらには他の流派を机上の空論でコケにしてばかりの、弱点を潰しきれていないヘボ流派だったのだからな!」
「ですけど、いくらなんでも弱点を全て潰すのは無理ですから、師範をボコボコにするのはちょっと違うような……さっきグレドさんが言ったように、『剣は刃の長さ以上のリーチを誇る相手に弱い』っていう、どうあがいても改善できないところもあったりしますし」
と、有原が言った直後、グレドは山積みの本を全て掴んで、
「それではいかんのじゃそれでは! 儂が欲するのは『無敵の剣』! 半端に弱点を残した剣術など、けっして無敵ではない! むしろ『脆弱』じゃあ!」
怒り任せにこれまた後ろへ放り投げつけた。
そこからグレドは自身を落ち着かせ、話を続ける。
「……そしてついに無関係な道場からも出禁になった時、儂は自ら最強の技を作ることにした」
「どちらもやっぱりそうなりますよね」
グレドは、剣士の弱点を補うための術を考え始めてまず念頭においたのは、『剣を使う上ではやはり補えきれない限界があること』。
それを超えるためにグレドは、剣だけでなく『己の身体』を使うことを考えた。
中でもグレドが着目したのは『魔力』である。
「儂のジョブ【戦士】は魔法を使うわけではないので生み出せる魔力は少ないが、決して無いというわけではない。儂はそれを利用し、簡易魔法とも言うべきスキルを編み出した。
その一つがさっきの光線を反らしたスキル【威盾】じゃ」
グレド開発のスキル【威盾】。
地面を踏むと同時に魔力を足から地面に流し、その魔力を上方へ噴出させ即席の魔力の壁を作り出し、魔法や矢弾をいなす技である。
「結局、剣術から離れていってしまいましたね……」
「違う。これは剣術の弱点を補う技じゃから、立派な剣術じゃ」
「ものは良いようですね」
「じゃな。して、この【威盾】は原理が簡単故に僅かな魔力で、即座に発動できるのが強みじゃ。てなわけで早速やってみせよ!」
「早速ですか……はい!」
有原は構えを取り、体内にある魔力をじんわりと右足に集中させ、
「【威盾】ッ!」
右足で思い切り地面を踏む。
すると有原の前方から……ではなく足元から魔力が勢いよく噴出し、彼はその勢いで一瞬宙へ打ち上げられ、そして尻もちをついた。
「うーん、魔力をしっかり出せたことは良かったが、ただ出すのではなく、今のはもう少し斜め前に魔力を噴出することを意識すべきじゃったな」
「はい、ごめんなさい……」
「ではもう一度! と言いたいところじゃがその前に、もう一つ、儂考案のスキルを教えよう。それは【威盾】と理屈が似ているから、予め教えておけば両方同時に練習できるのでな……」
グレドは前方に障害物がないことを確認して、また剣を構えたところから一歩踏み出す。
「【疾槍】」
そこからグレドは、前に約五メートル――明らかに一歩の距離ではない位置に移動していた。
グレド開発のスキル【疾槍】。
踏み出すと同時に足裏から魔力を噴出し、その推進力で短距離を瞬間移動する技だ。
「な、こちらも簡単じゃろ? 今度は一発でいい線いってくれよ」
「はい!」
有原は先程と同様、剣を構えつつ足に、魔力を気持ち控えめに集中させて、
「【疾槍】ッ!」
一歩踏み出したところで足裏から魔力を噴出する。そして約二十メートル先の木に顔面から激突する。
「こちらも魔力を出せたことは褒めるべきじゃな。だが……なぜにそこまで飛ぶのじゃ?」
「わ、わかりませんよ……さっきズッコケたこと反省して、若干出力を抑えたつもりなんですけど、こうなりましたぁ……」
「そうなのか。おかしいな……こんなこと、前にこのスキルを【魔術師】に教えたとき以来だ」
グレド考案のスキルは、微かに魔力を持っていれば誰でも有効活用できるというわけじゃない。これには二通りの理由がある。
まず【魔術師】、【祈祷師】、【呪術師】などの魔力量の多さに優れたジョブのものは、使えこそすれど、実践に活かすことはできない。
その理由は魔法のダメージ、威力、破壊力、勢いに関する基礎ステータスの一つ、『魔法攻撃力』の高さにある。
グレド考案のスキルは、全ジョブ一魔法攻撃力の低い【戦士】以上の魔法攻撃力を持っていると、自然と出力が過剰になってしまい、まともに制御ができなくなるのである。
次に、【戦士】、【格闘家】、【狙撃手】、【暗殺者】などの魔力をあまり持たないジョブは、そもそも使うことが難しい。
そのジョブの者は属性攻撃こそしばしば使うが、それは魔力を意識的に体内を巡らせて行っているわけではない。そして魔力操作の技術の習得は彼らにとって非常に難儀であり、スキルを覚える段階に立つことができないのである。
おおよそ十二年の歳月を経て編み出して以来、グレドは近しい者にこれを教授しようとしたが、誰もが上記のいずれかの理由で習得を諦めてしまった。
結果、このスキルの使い手は、今のところグレドただ一人である。
「おかしいな、ジョブ【戦士】がこんなになるまで魔法攻撃力を持っているとは珍しいのう……」
木に激突した故にズキズキ痛む顔面をさすりつつ、グレドの元へ戻ってきた有原は、申し訳なくこう伝える。
「ごめんなさい、言い忘れてました……僕、ジョブ【勇者】なんです……」
「【勇者】!? あの、【戦士】と【魔術師】のハイブリッドと言われ、それになったものは伝説の英雄となれると言われているほどの希少性を誇る、あの【勇者】じゃと!?」
念のため、有原は自分の【能力示板】を出して、
「はい、僕、本当に【勇者】なんです……」
「本当じゃな……そうか、だからあんなに出力が馬鹿になっていたのか! なるほど、となるとお主、恐らく儂のスキルを覚えるとなると、相当な年月を必要とするが……」
しかし有原は、一切の迷いなく、
「心配いりません。僕はグレドさんの元で修行して、今後はお父さんの約束を守って、絶対にみんなを救える勇者になるって、昨日覚悟しま……」
そんな有原の答えをまるっきり無視して、グレドはドカ笑いした。
「まぁ死にものぐるいでなんとかなるじゃろ! 【勇者】なんだからきっと特例でなんとかなるじゃろ!」
と、グレドは自分で言い出した不安を自分で吹き飛ばした。
「そ、そうですね……頑張ります!」
有原もそれにつられてニカッと笑ってみせた。
【完】
【第22話】
■詳細説明
【スキルを開発するためには】
【絶対至敗】や【威盾】、【疾槍】のように、一連の行動・技術をスキルと定義するための条件は未だに誰にもわかっていない。
ただ少なくとも言えることは、それが全て『有用』だということ。
なので、『一から既存のスキルとは一線を画す強力な行動・技術を生み出した時』、それがスキルと定義されるのではないかと考察されている。




