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第21話 行き倒れと老人

 詳細な日数は覚えていないが、真壁によるクーデターが勃発した後。


 敗北者の有原は、自分ではどこなのかわからない森の中をフラフラと歩いていた。


 帰る場所もなく、目的もなく、食料も水もなくさまよっていた。

「……う、うう……」

 そして今ちょうど限界が迫り、彼はごく普通の獣道で、仰向けに倒れた。


 彼は空を見て、胸の内でつぶやいた。

(ごめんなさい……木曽先生……せっかく生かしてもらったのに、結局なにも出来ませんでした……)

 その時、彼の身体は影に覆われた。


 目の前には禍々しく歪んだ角を持つ、巨大な牛型の魔物の頭があった。

(……それと、こんなつまらない死に方をして……本当にごめんなさい……)

 有原はこれで観念し、せめて最後は楽になろうと、首をバタンと降ろして目をつむった。

 

 魔物の頭は徐々に有原の方へ迫り、


「おーっと、危うく轢くところじゃった!」


 荷車を後ろから押し、魔物の死体を運んでいた老人の男は、車輪の手前にいた有原の存在に既のところで気づき、荷車を止めて彼に寄る。


「おいお主、生きておるか?」


「……い、いちお……」


「一応か!? よしわかった、とりあえずこれを飲め!」 

 そう言って老人は腰に提げた水筒を有原の口にあてがい、強引に水を飲ませる。

 喉の潤いを取り戻し、有原は正常な呼吸が出来るくらいには回復した。


「ぜぇ、ぜぇ……ありがとうございます……」


「礼はまだ要らん。お主、その残り体力からして腹も減っておるじゃろう?」


「は、はい……もう何日前に口に物を入れたかもわかりません……」


「そうか。ならそれもすぐ……には無理じゃな。生憎儂も手持ちの食糧を切らしていてな。とりあえず、支えてなら立てるか?」


 有原は地面に手を突き、ちょっとだけ自分の身体を持ち上げて、

「はい、支えてくださるのなら……」


「よしわかった! じゃあちょっと臭うがこれに乗ってくれ!」


 老人は有原を、荷車の上、魔物の横の空いたスペースに寝かせて乗せ、

「待ってろ、すぐ近くに農村があったはずだ! そちらで食糧を用意してやるまで待ってくれい!」

 年に似合わないくらいの速さで荷車を押して、農村を目指した。


 十分後。


「うう……も、もうだめ……」

 老人は疲れ果て、大の字に倒れた。


「すまーん、お主、儂の代わりにこれ押してくれんかー?」


 さっき死にかけてたのに――と、有原は思いつつも、水を飲んで寝ていたことで、ある程度は快復したことと、老人も老人で大変そうなのもあり、

「は、はい……」

 有原は仕方なく老人の無茶な頼みを引き受けた。


 それから有原と老人はだいたい十分間隔で交代を繰り返し、荷車を押した。


 このローテーションを計三巡した後、二人は目的地の農村に到着した。

 すぐさま老人は村の中へ駆けて行き、素早く食料を買ってきた。


「ほれ、スイカが手に入ったぞ。これなら腹も膨れるし水分補給も出来て一石二鳥じゃろ」


「あ、ありがとうございます……」


 魔物の死体を持ったまま村に入るのもよくないので、村の外れでスイカを割って食べてから、二人は再び荷車を押して進む。


 ローテーションを計六巡して着いた先は、名も無き山の中腹にある、手作り感満載の丸太小屋――老人の家だった。


 老人は丸太小屋の隣にある拓けた場所に魔物の死体を降ろしながら、

「今日は手伝ってくれてありがとな。しばらくはここで休んでおれ」


 有原は近くにある、丸太を切っただけという簡素な作りの椅子に腰掛けて、

「はい、どういたしまして……って、あれ? ここまで来た理由がいつの間にか変わっているような……」


 魔物の死体を降ろし終えた老人は、振り向いて有原へ尋ねる。

「ところでお主は何者で、何故そこで倒れてた? 今はだいぶズタボロじゃが、その装備、それなりにいい代物じゃな……どこかの国の敗残兵か?」


 老人がしっかり自分がここまで来るに至った理由を覚えてくれたことに、有原は心中で感謝して、

「僕は有原ありはらたすくといいます。前はミクセス王国の戦士として戦っていましたが……今は訳あって追放されました。さっきあそこで倒れていたのは、露頭に迷っていたからです」


「ほう、ミクセス王国の戦士、有原祐か。あそこから国外追放者が出るとは、邪神が幅を聞かせている時勢も相まって不思議じゃのう。奴は寛大で慈悲深い男だったはずじゃが……」


「あ、僕を追放したのは王様ではなく……というより、そもそも追放されたっていう言い方がまずかったかもしれませんかね……」


「……?」


「すみません、本当にカクカクシカジカありすぎるんです……」


 有原は、自分がこことは別の世界からやって来たことから、あの獣道で倒れるまでの経緯を老人へ説明した。


「なるほど、そのマカベリツコという仲間に殺されかけたということか……それは災難じゃったのう」

 老人はうんうんと頷き、有原にわかりやすく同情する。


 けれども有原は、辛い経験を思い出してしまい、すっかりしおれた様子で、

「まぁ、元々悪いのは僕なんですけどね……」


「そうか……で、お主、これからどうするつもりじゃ?」


「……わかりません、僕はもう、帰る場所がありませんから……」


「帰る場所? ミクセス王国ならこの山をずーっと……あれ、西だっけ東じゃっけ? どっちじゃっけ……」


「……どっちみち、ミクセス王国には帰りませんよ」


「ああそうか、最終的に帰りたいのは、元いた世界のほうじゃったな。だったらそこがあるじゃろ、そこに帰ればよかろう」


「……それも無理です。だってそこにはもう帰る術がないんですから」


「……何故じゃ?」


「さっき話したことと重複しますけど、僕が元の世界に帰るには邪神を倒さなければいけません。そのために僕はミクセス王国にいるみんなと協力しなければいけません。けど僕はもう、ミクセス王国にはいられないんです。だからもう……僕は元には戻れないんです」


 そう言えばそうじゃったな。と、老人は自分の察しの悪さを照れてごまかす。


 その刹那、老人は笑顔を一瞬で真顔に変えて、有原に尋ねる。

「なら、その貴様を追い払った張本人をどうにかすればいいのではないか?」


 すると有原は膝においた手を握りしめ、声を震わせて、

「……それができないんです、僕は……だって僕は、みんなを納得させる知恵も、みんなに認められるほどの力も、みんなを引っ張る勇気も、何もないんですから……」

 真壁に信念を打ちのめされた故に溜まった鬱積を吐露し、目を潤わせた。


 それを聞いた老人は再び笑み、有原に一言。

「有原祐! お主は偉いぞ!」


「……偉いわけないですよ。だって僕には何もない……」


 ここで老人は一気に有原へ迫り、彼の両肩を両手で叩いて、

「いいや『ある』! 多くを失いながらもお主は『今自分は何が足りていない』かに気づき向き合っておる! それはただ目の前のことを為すために必要なそれよりも遥かに優れた、勇気であり、知恵であり、力じゃ!」


「……無理に褒めてくださってありがとうございます。けど、それに気づいたところで僕はどうとも……」


「それに気づけたからこそお主は偉いのだ! なんせ後はそれを改善さえすればすぐ終わる話じゃからなぁ! 特に、力に関してはすぐのすぐに出来る!」


「……力に関しては、すぐに……?」

 有原は老人の最後の一言により首を傾げる中、老人は家の中から一本の錆びついた剣を持ち出してきて、


「すまんのう祐、儂の自己紹介が遅れてしまってな……」


 老人は魔物の死体の方を向き、そこで剣を上から下へゆっくりと振る。刹那、魔物は鮮やかに両断された。


「す、すごい……あの動きからこの威力が出せるなんて……」


「儂の名前はグレド。この地域の村々で魔物狩りをして糊口をしのいでいる、しがない剣の達人じゃ。気軽にグレ爺とでも呼んでくれ」


 老人――グレドは有原へと振り返り、

「念押しして聞いておく。お主、真壁を成敗するための力がほしいか?」


 有原は椅子から立ち上がって、グレドへはっきりと答える。

「真壁を成敗……というよりかは、みんなを助ける力が欲しいです!」


「それでも良し! もはやこの苦境において、答えは一択じゃろうが……どうするお主、儂の剣の妙技を学んでみぬか?」


「……申し訳ないですけど、こちらも念押しして聞いていいですか」


「構わん、どんとこい」


「貴方の元で修行すれば、必ず強くなれますか?」


「儂の修行を受ければ強くなれるか……それは残念だが言い切れん。がしかーし! 自分の過ちを超えるほどの信念を持つものは、絶対に強くなれる! さあどうする、『はい』か『YES』かどっちかで答えてみろ!?」


 有原にとってその答えは、ただ『強くなれる』と言われるよりも遥かに嬉しかった。

 これからグレドに教わるものは、ただ力を身につけるためじゃなく、自分自身の意志も改め、鍛えられるとわかったからだ。


 だから有原は即答した。

「わかりました……『ぜひ教えてください!』」


「そうか……儂は『はい』か『YES』で答えろと言ったんじゃがな……そんな細かいことはどうでもいいか! あいわかった、では今から儂の妙技全てを叩き込んでやるから、どんとついてこい! 有原祐!」


「はい、よろしくお願いします!」


 こうして、崖っぷちに立たされた元副団長、有原と謎の宿老、グレドの特訓が今ここに……


「あ、すまん。やっぱ修行は明日からにする。今日はこの魔物の解体作業をしなければならないからな……」


「そうですか。じゃあ、それ手伝います」

 そういって有原はグレドの方へ歩み寄る。途中、有原の身にここまでの疲労の重さがのしかかり、彼はバタリとうつ伏せに倒れた。


「……手伝いもいい。アンタも今日は休んどれ。だるいままで修行されても困るからのう」


「わ、わかりました……ごめんなさい」


【完】

今回の話末解説もございません。


ちなみに、登場人物の紹介はただ名前が出るだけではなく、多少の活躍があった後に行う方針です。


もし質問したいことがございましたら気軽に感想いただけますと幸いです。

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