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第17話 錯綜する絆

 有原が王都中を逃げ回り、ハルベルトとクローツオがフラジュの兵隊に包囲されている頃。


 王城にて。

 飯尾と内梨と海野は、正門を目指して城の廊下を走っていた。


「急げ急げ、走れ走れ! 美来ちゃん、海野!」


「は、はひ~、飯尾さん、もうちょっとゆっくり走ってくれませんか~!」


「ゴリゴリの体育会系の走りやめろ! 俺たち文化系がついてこれなくなるんだよ!」


「そりゃ悪いな! けど急がねぇと、有原が他の誰かに捕まっちまう!」


 彼らはハルベルトの期待通り、有原の元へと向かっていた。

 もちろんその目的は『彼の真意を問いただすこと』と、『彼を冤罪逮捕から守ること』である。


「ちなみにだけどよ飯尾。アンタ有原がどこにいるのか知ってんのか!?」


「知らん! なんとなく街中の騒がしいところ探してりゃいずれ見つかんだろ!」


「こんな緊急事態の真っ只中ならどこでも騒がしいだろ! もっと計画的に動けよ馬鹿!」


「こ、こんなときに喧嘩はやめましょうよ、二人とも! お城の門がもうすぐなんですから!」


 二人は城の正門を抜けて、城下町へ続く橋を駆け抜けようとする。


「そこまでだ。お前ら」


 だが、橋を渡り切る一歩手前で、荒れ狂う海のような暗く濃い青色の髪を持つ長身の少年――真壁の右腕、『都築つづき 正義まさよし』が仁王立ちして待っていた。


 飯尾は一歩ドカンと強く踏み出して、都築へ怒鳴る。

「どけよお前! 俺たちは有原をとっつかまえに行くんだ!」


「それはミクセス王国の正規兵がすることだ。貴方たち、理津子さんからの要請を忘れたか?」


「そんなもの聞いてねぇよ!」


「なら今改めて伝える。『現在、王都内に松永充を殺害した重罪人、有原祐が逃走中。二次被害を防ぐため、無関係者は直ちに自宅や指定された避難所へ避難するように』。これで聞いたな、早く城内の自室に戻れ」


「は、はい、聞きました……けど私は納得できません!」

 内梨は勇敢に都築の横を通り過ぎようとする。

 と、都築は得物の槍を軽く振る。橋にアーチを架けるように、堀から水の柱が豪快に突き上がる。


「……これ以上前に進むというのなら構わない。俺は理津子さんから『やむを得ない場合の武力行使』を許可されているが」


 内梨は都築に尋ねる。

「う、後ろに下がるのはいいですか?」


「城の方向を『後ろ』とするのなら構わない」


 さらに都築はいち早く背を向けた海野を一瞥して、

「後ろ歩きでこっちへ向かうという屁理屈は通じないぞ」


「……ありがとうございます」


(ちっ、とんちが利いてたと思ってたのによ……)


 海野はもう180度回転し、内梨は都築を恐れ二人の元へ戻った。


「して、いつまで貴方たちはこんな橋の半端なところで立っているつもりだ、早く城内に戻れ」


 都築からの再三の勧告を聞き流し、内梨は小声で海野に相談する。


「ど、どうやって都築さんをどかしましょうか……」


「悪い無理。奴には勝てない」


「そんな弱気にならないでくださいよ海野さん。そうだ、あなたの魔法で遠くから攻撃すれば……」


「ごめんそれ無理……俺の得意魔法は水属性のだから、水使いの奴とは相性が悪い」


 都築は神寵【ポセイドン】の覚醒者。

 バッシブスキル【エナリオス・ドミニオン】により属性のもの含む『水全て』を自在に操ることができる。

 海野が魔法を使えば、それが威力を増して返却されるのはあまりにも明白だった。


「そこをなんとか……」


「だから無理なもんは無理なんだってば……」


「何度も言わせないでくれ。理津子さんからの要請に従い速やかに城へ戻れ」


「やなこったぁ!」


 脇でヒソヒソ話し合う二人をじれったく思った飯尾は、拳を構えて都築へ突撃した。


「ま、護さん! まだ作戦が……」


「おいこら無茶すんな馬鹿!」


「うるせー! 俺は最初からこうしたくてうずうずしてたんだよ! 真壁のわきっちょで偉そうにしてるこいつをぶちのめしたくってなぁ!」


 危機が迫っているにも関わらず未だ直立不動を続ける都築。そんな彼との間合いを詰めた飯尾は、

「覚悟しやがれ! 【撃砕拳】!」

 渾身の力を込めて彼の顔面に拳を入れる。


「……これに、俺はどう覚悟すればよかったんだ?」


「……え?」


 都築は思い切り首を前に振り、飯尾を叩きつけて橋にクレーターを作る。

「【トリトーン・バスター】」

 そして手にした槍に濁流を纏わせ、ゴルフボールを飛ばすように飯尾を殴り、彼を豪快に城内へ入れ戻した。


「……ま、護!? 嘘だろ、あの飯尾がこんなにまで……」


「つ、都築さん、あなた、いくらなんでもこれは……」


「理津子さんの意志に逆らったのが悪い。多少は手加減したつもりではあるが……内梨さん、私と無益な舌戦をする暇があるのなら、飯尾さんの治療でもしたらどうですか?」


「……はい。行きましょう、海野さん」


「……うん、ちょうど俺もそんなこと考えてた」


 こうして二人は真壁の要請に従い、城に戻った。


(ごめんなさい、有原さん……)



 一方その頃。


「……」


 一瞬橋の上にかかった水のアーチ、都築に強引に場内へ戻される飯尾、体外に出て見えるくらいの無念さを抱えて戻っていく内梨と海野。


 三好みよしよすがは、それら一部始終を、自室の窓から見ていた。


「あの三人でもダメだった……けど、このままじゃアイツが……」


 もはやここは自分が勇気を出すしかない。三好は決意し、ドアを開ける。


「わっ、ビクったー! 一瞬このドア自動化かと思ったよ!?」


 すると偶然にも、友達の桜庭さくらば依央いおが、お菓子と茶葉を抱えて立っていた。


「あ、うん……アタシもビビったよ。で、急にどったの依央」


「え、見ての通りだよ。当分真壁さんの言うこと聞いて、部屋に引きこもらなきゃいけないから。よすがっちの部屋でお茶会でも……と思って」


「そ、それオッケーなの? なんかあの人『自分の部屋で』って言って様な気が……」


「ギリセーフでしょ! 個人の部屋にいるのは違いないからさ!」


 桜庭は、三好の部屋にあるやかんの下の火属性魔石を作動させた後、彼女へ向かって、

「で、よすがっちはなんでさっきドア開けてくれたの? まだアタシ、ノックしてないのにさ」


「いや……それは、ほんとたまたまだよ?」


 桜庭はふーんと相槌した後、三好としっかり面向き合って、


「ところでさ、さっきの橋の上見た? なんか誰かがボーンって吹っ飛ばされてたよね!?」


「あ、うん。見た見た、あれ……可哀想だよね」


「可哀、想? 別にアタシはそんなことなかったけどな、だって真壁さんの言うこと聞かなかったアホな人が罰食らった感じだったから。ほら、たまにテレビでやってる警察に歯向かった酔っ払いが逮捕される的な……」


「……そ、そうなんだ。あ、よく考えたらそっちかも! ごめーん、アタシ言葉選びへたくそだったみたい!」


「全くー、よすがっちらしいね」


 桜庭は魔石を停止させ、湯気を吹くやかんを持ち上げ、二つ用意したティーバッグ入りのカップ二つへお湯を流す。


 その間、桜庭はこれまでと比べて明らかに低いトーンの声で、

「やっぱり人間、立ち回りが大事なんだよ」

 と、小さい声でつぶやいた。


 三好は状況もあって、決して聞き流せなかった。

「あ、ごめん。全部依央にやらせちゃって。今からでもいいからアタシも手伝う……」


 依央はさっきの明るい声色で、

「だいじょぶだいじょぶ、こーいうのは勝手に押しかけてきたアタシがやらなきゃ、ね!」


「ああ、そう……うん、わかった」


 それから二人は紅茶とお茶を挟んで、不毛だけれども楽しげな雑談を交わした。


「かなでるとつむぎるはもう死んじゃったけど……アタシたちは親友同士仲良くして生き残ろうね! ね、よすがっち!」


「うん……ありがとう、依央」


 しかし、途中途中、三好は桜庭に気付かれないよう、こぼれた涙をそっと拭う。


(ごめん、級長……誰かのせいにするなら友達じゃなくて、アタシを選んでよ。アタシは、マジごめんだけど、友達のせいにするけどさ……)



 ハルベルトの邸宅が既に、フラジュの兵隊によって包囲されたのを知った後、有原は藁にも縋る思いで、王城と王都防壁との中間あたりの地域に建つ、とある豪邸へ訪れた。


 この豪邸の持ち主は久門くもん将郷まささと。一年二組随一の悪党であり、真壁と対を成す実力者である。

 一年二組の各生徒が王城の自室に住むことを推奨されているにも関わらず、国に豪邸を押さえて貰い、ここで仲間たちと暮らしていることからも、その横柄さがよくわかる。


 そんな久門へ、真壁はこれまで『話が通じないとして距離を置いていた』。だから、この事態でも彼の領域には立ち入ることはない。

 と、有原は踏んで、この豪邸に訪れたのである。


 有原はガンガンとけたたましく、その豪邸の玄関をノックをして、

「急に押しかけてすみません! 有原、有原祐です! 誰かいますか!」

 

 しかし返事は帰ってこない。

「案の定、か……」


 有原は学級委員として、前の世界にいた頃、彼の悪行を何度も注意していた。

 そんなうざったるい人間に居留守を使っても仕方がないだろう――有原はそう思い、諦めて踵を返した。その時、


「あっれ~、おっかしいなァ~?」


 玄関の横にある花壇で、器用に両手それぞれに三つのじょうろを持って、土のみが入った植木鉢に水やりをする少年がいた。

 この少年の名前は『逢坂おうさか 雄斗夜おとや』。一年二組のムードメーカーであり、久門の同調者である。


「すみません逢坂さん、僕、久門さんに用があってここに来たんですが」


「待って、今集中してるから。クッソォ〜、俺は皿いっぱいのイチゴを食べたいのによ〜〜ッ! イチゴの実がなる時期は植えてからだいたい『七ヶ月』だから、六倍の水と異世界補正で『210÷60=3.5日』ちょっぴしで生えてくれると思ったのによォ〜〜!」


「……流石にそれは無理だと思います」


 逢坂は有原の方へ首を回して言う。

「うん知ってるよ」


「じゃあやめなよ……」


「……って、あらーッ!?」

 

 逢坂はじょうろ六つを花壇に落として、有原の手を取り、


「久しぶりじゃないの祐ちゃーん、大きくなったねー! 学校通ってる、お手伝いしてる?」

 と、親戚のおばちゃんのような雰囲気で有原に接し始めた。


 いかにも逢坂らしい『その場限りの悪いノリ』が始まった――有原は薄っすらと顔をしかめた。


「ああ、はい、してます……」


「まあよかったーッ! じゃあさ、折角だし、中でジュースでも飲んでいきなさい、よぉッ!」


 有原は逢坂に手を引かれ、久門邸の中に連れて行かれ、客室のソファに座らされる。


 逢坂はコップ一杯のオレンジジュースや、適当なお菓子の盛り合わせをテーブルに置いてから向かいに座り、

「で、俺らの家に何しに来たんだテメー」

 突拍子もなくトーンダウンして有原に尋ねる。


 こういうのには慣れている有原は、素直に返す。

「……話は薄々聞いているかもしれませんが、今、僕は無実の罪で国の兵士や真壁さんたちから追われています。なので、それを落ち着かせるまで久門さんたちに匿ってくれるとありがたいのですが……」


「ふーむ。それで、追われている理由は?」


「それは、さっき言った通り、無実の罪で……」


 逢坂は有原に渡したオレンジジュースを奪い、その中身を当人へぶちまけて、

「嘘こくんじゃねーーーッ!」


「な、嘘……僕が?」


 逢坂は矢継早に辛辣な言葉を投げつけた。

「なーにテメー自分がなんにも悪いことしてない『聖人君主』みてーなヅラして俺たちに助け求めてんだッ!

 この事件の内容からテメーだって薄々気づいてるし、俺だって気づいてるんだぜ〜〜ッ! 『全部テメーの失態』が悪いってよォーーッ!

 勝つべき戦いには『勝てない』、まとめるべきクラスを『まとめられない』、そんでもって負けたら負けたでクヨクヨして『引きこもる』ッ!

 だったら真壁の苛烈さからしてこうなるのは冬のグラコロぐらい『必然』だッ! 『有原祐は人を見る目がない』とか、『【勇者】は三人も四人もいらない』とか、『幹が腐れば枝も枯れる』とか、『超弩級ストレートに死ね!』とか思われても致し方ねーだろーがァァーーッ!」


 有原は逢坂の説教に折れず、こう言い返す。

「……それはわかっているさ。だからこそ僕はここで捕まるわけにはいかないんだよ。これから一歩一歩、みんなに認められるよう頑張って、きっとみんなを救える人に……」


「……なーんか騒がしいと思ったら、お前か級長」


 青と黒のメッシュが入った金髪に出来た寝癖を直しながら、家主兼逢坂の親分、久門が客室にやって来た。


 客室に入ってきてから、まず久門は、

「あいてッ!」

「ったく、勝手にこんな奴俺らの家に入れんじゃねーよ!」

 逢坂に一発ゲンコツを食らわせた後、有原に尋ねる。


「で、俺たちに用があるって何だ? いっとくが金はないぞ」


「お金じゃないです。助けて欲しいんです。今、僕は真壁さんたちとかから無実の罪で追われています。それを落ち着かせるまで僕を匿ってほしいんです」


「お前を……俺たちがか?」


「……はい、これまで君たちを不愉快にさせたことはわかってます。けど、頼む、これからは、君たちの気持ちも考えて行動します。だからこの瞬間だけ……」


 有原はソファから降りて、即座に床へ両膝を突いて、

「どうかお願いします! 僕を助けてください!」

 そこから頭と手も床につけた。土下座である。


「やなこったァ!」

 刹那、久門は有原の頭を蹴り上げ壁に叩きつける。そこから有原の髪を掴み、客間から引っ張り出す。


「自分の身の程をわきまえて土下座したことだけは評価してやるよ。けどなぁ、元からウザく思ってる奴がする、落ちぶれに落ちぶれた末の土下座なんて一銭の価値もねぇし、助ける意義にいたっちゃそこらの石ころ未満の価値しかねぇ!」


「……そ、んな……クラスメートじゃないか……」


 クラスメート――その単語を聞いた途端、久門は有原を吊り下げ式サンドバッグに見立て、何度も殴打する。


「それが、嫌いなんだよ、俺は! 槙島とか、畠中とかと一緒で、ろくに中身がないくせに、クラスメートだの、友達だの、仲間だの、学級委員だの、副団長だの、被害者だの、クソみたいな権力を使って、俺のことを、飼いならそうとする、お前が、クソほど、嫌いなんだよ!」


 最後に、久門は空いた玄関の扉めがけ有原を投げ、

「せめて真壁にすっげー醜く殺されやがれ! 今のテメェの価値はそれだけだ!」

 反対方向にまで出てきてしまうのではと思うほどの力で、思い切り扉を閉めた。


 重い拳の連続と、石畳に打ち付けられたショックで視界が朦朧とする中、有原の脳内では捨て台詞がこだまし、彼は無力さを吐くほど思い知った。


【完】

話末解説


■登場人物

都築つづき 正義まさよし

 レベル:55

 ジョブ:【戦士】

 神寵:【ポセイドン】

 スキル:【トリトーン・バスター】、【エナリオス・ドミニオン】


 一年二組の一人。真壁の右腕的存在。

 堅物と言えるほどの真面目。特に真壁への忠義に厚い。

 恵まれた強靭な身体を生かしドッシリと構えて敵を討つスタイルを得意とする。

 神寵【ポセイドン】に覚醒してからは、攻防一体のスキルを会得し、より一層真壁の副将と化した。

 唯一、真壁のことを『理津子さん』と下の名前で呼べる人物。

 ポセイドンとは、ギリシャ神話の海神。オリュンポス十二神の一柱。最高神ゼウスに次ぐ実力者と知られている。

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