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第16話 神がかる断罪者たち

 突然、首に剣が刺さり、血を流して倒れた松永。

 有原は彼女を前にし、事態を一つ飲み込めず、混乱し、ただ立ち尽くした。


「え……松、永さ……」


 かろうじて我に返ったその時、有原は、疾風が吹く平原を彷彿させる淡い黄緑色の髪をした少女――クラスメートの『つじ 利乃りの』の刀を受け止めていた。


「何をするんだ急に!」


 何故彼女がここにいるのかということも疑問に持たせないまま、辻は無表情のまま、有原に剣戟を強制させる。

 辻の剣さばきは、剣道経験者である有原よりも明らかに早く鋭く、彼に劣勢を強いさせた。


(この力、この髪色……さては辻さんも【神寵】に目覚めたんだ……だったら!)


「【ブレイブリー・スラッシュ】!」

 多少の荒事は受けてくれるはず。そう信じて有原は光を帯びた剣を思い切り振る。


 辻は軽やかに背後へ飛び、いともたやすく有原の剣を避け、

「【ハデスズ・ヘルム】」

 神寵【ヘルメス】に覚醒して会得したスキルを使い、忽然と姿を消した。


「何だったんだ今のは……僕は早く松永さんを手当しきゃいけないのに……」

 有原が篠宮の剣を鞘に戻そうとしたその時、


「何だ! 何が起きている!」

 有原と辻の戦闘による騒音を聞きつけた兵士三人が、有原の部屋に突入する。


「ああ、丁度いいところに! すみません、突然僕の仲間が倒れ……」


「はっ……貴様、さてはその少女を!」


 この時、兵士の目に写っていたのは、血まみれで倒れる松永と、剣を半分ほど抜刀した有原の二人。

 まず一目して想定できる状況はこれしかなかった。


 有原もそう思われては仕方ないと思っている。なので有原は兵士たちの誤解を解くこと試みる。

「違います。僕でもわからないのですが、突然、気付いたら松永さんの身体に短剣が……」


「そんな言い訳通じるものか!」

「この部屋には貴様とその子と二人しかいなかったのだ!」

「だから貴様がやったこと以外考えられまい! とにかく逮捕だ!」


 有原の弁解も虚しく、兵士たちは有原を捕縛しようと、槍を構えて彼へ迫る。 


 逃げるか。それともここはあえて逮捕され、正式な場で無実を訴えるのか。有原は迫る兵士たちを前に、一歩ずつジリジリ後退しながら考える。

 その途中、有原は床に落とした手紙を踏む。


(そうだ、この手紙は、『真壁さんが僕に副団長の座を降りろ』っていう内容の手紙……そして辻さんは、真壁さんの仲間……まさか)


 ここで有原は、クラスメートを疑うということに罪悪感を覚えつつも、気付いてしまった。

(この事件は全部……真壁さんが僕を陥れるために……!)


 故に、今有原が取るべき選択は一つになる。

「……ごめんなさい、またお城を壊してしまって!」

 有原は窓へ飛び込み、ガラスを割って城外へ脱出する。


 まず城の近辺から離れる、屋根を走り、城下町へと降りようとする。


 それをミクセス王国王城の最も高い尖塔から見下ろしているのは、澄んだ夜空の月光めいた空色の短髪を風に揺らす少女――真壁の仲間の一人『矢野やの 恵実めぐみ』。


 神寵【アルテミス】に覚醒して研ぎ澄まされた集中力と洞察力を以てして、矢野は風を読み、狙いを定め、約百メートル離れた有原へ向けて、一本の矢を射る。

「……【オリオン・スレイヤー】、Fire」


「がぁっ!」

 矢野の放った矢は有原の左肩を掠め、彼は屋根の上でのたうち回った。


「Failure……」

 本来は頭を射貫きたかった矢野はそれで彼への攻撃を止めるはずもなく、二の矢を弓に掛ける。


 その間、有原は未知なる狙撃手の存在を警戒し、左肩の痛みを堪え、全速力で屋根から走って降りる。


 市街地という人と遮蔽物の多い場所では狙撃は難しい。と、矢野は判断し、一旦弓を納めて場所を移す。


「すみません、すみません、どいてください!」


 有原は人の行き交う街を駆け抜けて、城下にほど近いクローツオの邸宅を目指していた。


「きっとクローツオさんなら僕の無実を証明してくれる! ひょっとしたら今そこにハルベルトさんとか、護や美来や海野さんもいるかもしれないから!」

 その望みへ掛けて、有原は街を駆ける。


「いた、奴が指名手配犯だ!」

「大人しくしろ、殺人鬼め!」

「逮捕だ、有原祐!」


 だがこの時既に、王都に駐在する全兵士が彼の身柄を押さえようと動いていた。

 有原の罪状は王国の兵士たちに伝えられてあった。


「こんな理不尽なんかで捕まる……ものかぁ!」


 有原は兵士たちを突き飛ばしたり、峰打ちするなどしてどかし、突き進む。

 彼は敗戦の将だが腐っても界訪者。この世界にいる兵士と比べれば、その実力差はあまりにも大きいのである。


 だがしかし、そんな彼でも立ち向かえない者が――【神寵】持ちが、今彼を追っている。

 彼が走る路地で待ち構えていた、温かみのある桃色の髪を伸ばした抱擁感のある少女――真壁の仲間『小清水こしみず はる』もその一人。


「【ライフ・サプライズ】」


「がはぁっ!」


 小清水は有原へ回復魔法を放ち、有原へ内側から響くようなダメージを与えた。


 パッシブスキル【ウラニア・オア・パンデモス】――神寵【アフロディーテ】に覚醒して得たスキル。

 回復魔法を使った際、『回復量を一.五倍にする』か『回復せず、四分の一のダメージに変換する』二つの補助効果を切り替えて使える効果を持つ。


「あらら、痛かったかなぁ? ごめんねぇ、この反転能力、加減が難しいの…….けど、もしここでごめんなさいしたら、優しくしてあげますよぉ?」


「ごめんなさい、それは結構です!」

 有原は一度ついた膝を根性で上げて、小清水の真横を通り過ぎようとする。


「【イージス・シールド】」

 が、どこからともなく現れた光の障壁に激突し、阻まれた。


「あらあら、来てたなら言ってほしかったなぁ、衛守ちゃん」


「未連絡ですみません、小清水春さん。ジョブ【祈祷師】の貴方では物理的な静止は難しいと推定し、衛守えもりじゅん、馳せ参じました」

 と、言いつつ、澄んだ青色の髪を整然とまとめ、かけた眼鏡がよりその冷静沈着さを強調している少女は道角から姿を現した。

 真壁の仲間にして、神寵【アテナ】の覚醒者、『衛守えもり じゅん』だ。


「有原祐さん。大人しく真壁理津子様の元へ自首してください。今ここで停止すれば、手荒な真似は実行しません」


「……いや、僕は行くよ!」


 有原は近くの建物へとジャンプし、壁から壁を蹴って飛び、小清水と衛守を乗り越える。


「あらあら、せっかく注意したのになぁ。私よりも後ろの方が怖いのになぁ」


 有原が二人の後ろで着地した時、彼の頭上からカボチャが落とされた。

 この流れからして、絶対ただのカボチャではない。そう踏んだ有原は、

「【ブライト・カッター】!」

 光の斬撃を放ち、カボチャを空中で切り裂く。

 刹那、カボチャは大爆発し、周囲の建物の上階部を破壊した。


「あーあ! いっけないんだー! 人のお家とお野菜壊すなんていっけないんだー!」

 ハロウィンのカボチャランタンに酷似したオレンジ色の髪をした、はつらつとした少女――『豊本とよもと 穂香ほのか』は、壊れた建物の屋根の上でぷんすか怒る。


「罰だぞー! 【アイトーン・グレネード】!」

 豊本は屋根瓦を一回踏みつけて、そこからカボチャ一つを実らせ、それを有原へ投げつける。

 彼女の神寵は【デメテル】――覚醒した際、爆発性を持った野菜を即栽培できるスキルを多数得ている。


「【ブライト・カッター】!」

 有原は命中する前にそれを光の斬撃で切断し爆発。その爆炎にまぎれて逃げ出した。


(たった一週間の間にこんなに神寵覚醒者が増えているなんて、ということはきっと真壁さんも……)


 有原は神寵覚醒者たる彼女たちの力に恐怖心を抱く。

 そしてあれにさらされ続ければ自分の身が危ういことを一層理解する。

 故に、有原はこの騒動を何としても早急に治めるべく、さらに足早にクローツオの邸宅を目指した。


 そして苦難の末、クローツオの邸宅を目前としたとき、彼は絶望した。

 数百人の兵士が――それも全員フラジュの私兵が、クローツオの邸宅を取り囲んでいた。



 数分前。有原が松永を殺したという報せが、瞬く間に王都内に知れ渡った時。クローツオの邸宅にて。 


「まさか、有原さんがそんな……」


「それは本当か!?」


 国王直属の兵士が例の報告した途端、研究所内は騒然となる。

 解毒のポーションをしていたハルベルトとクローツオも、例に漏れず鳩が豆鉄砲を食ったようになっていた。


「はい、王城護衛の兵士からの確かな情報です」


「だとしても私は信じられません。あんな優しい方が何故そんなことを……動機などは判明していませんか?」


「確定したものではございませんが、現場にはかの敗戦を理由とした『副団長辞退を請願する手紙』が落ちていたことから、『その内容に激昂し、八つ当たりとして殺した』という線が最も濃厚と噂されています」


「だとすればますます信じられません。たったそれだけの理由で有原殿が凶行に及ぶとは思えません。ハルベルトさんはどう思います」


「私は、信じる信じないというよりかは、絶対あり得ないと思う。私は昨日、有原殿と一対一で話していたのだが、既に奪還戦の結果を悪いもの含めて全て受け入れ、前向きに頑張ろうとしていた。だからそれを責められたところで、申し訳ないとは思いながらも、人に当たるような真似は決してないと思うのだが……君、その手紙の内容については聞いていないか?」


 兵士は一瞬二人から目をそらした後、

「……いえ、それはすみやかにこの事件を管轄する者が回収してるため、私はわかりません。お役に立てず申し訳ございません」

 と、謝った。


 いいのですよ。と、クローツオは兵士を慰めた後、

「では次に私から質問させてください。今有原殿はどうしているのです?」


「はい、有原殿は現在王都内を逃走中です。そのため、街中の兵士が出動し、厳重警戒態勢に移っております……」


「そうですか。でしたら私たちもそれに加勢致しましょう……」


「うむ。私もそのお手伝いをさせていただけないだろうか?」


 この時、二人は同じ考えを持っていた。

 自分たちの手で有原の身柄を押さえて、彼をかくまうと同時に事情を聞く。

 それが『有原ではない別の何かの思惑』を疑っている彼らの考えである。


「いいえ、もう市街の警備体制は、吾輩の精鋭のみで間に合っておりますぞ」

 二人が決意したその瞬間、勝手に研究所へ入ってきた騎士団長筆頭フラジュは二人へ言った。


「フラジュ様。どうしてここに!?」


「貴様らはやけに界訪者の肩入れをしているものですから、万が一有原死刑囚を保護しないようにと、監視にまいりました」


「……誰の意志でだ?」


「はて、誰の意志でしょうかねぇ? 吾輩としては、そんなのどうでもいいと思いますがねぇ?」


 ハルベルトは、漠然とした答えを返すフラジュによって顔をしかめる。

 その隣で、クローツオは窓を除いて外の様子を伺う。


 自分の邸宅はフラジュの兵隊によって包囲されているのが見える。


「これでは誰が悪いのかわからなくなりますね……」


「おっと、誤解がないように言っておきますが。『まだ』吾輩は貴様らをどうしようとも思ってないですよ……有原が大人しくなるまでは、ねぇ?」

 と、フラジュは挑発的に歯を見せて笑って言った。


 もはやフラジュが自分たちを有原へ近づけさせたくないことは明白。故にクローツオはハルベルトに小声で提案する。

「……うまいこと欺いて、ここから脱出しましょう、ハルベルトさん」


「あれだけの兵士に囲まれているが……まさかクローツオ様、何か名案が?」


「はい、実はこの建物には、万が一のために地下へ通じる避難経路が……」


 ここで、一人の兵士がフラジュへ報告する。

「フラジュ様! 地下倉庫に異様な通路へ通じている扉があることを発見しました!」


(なっ……言ってるそばからもう発見されただと!?)


(あの扉は複雑な仕掛けを動かさないと発見できず、その方法は一部の部下にしか伝えていないのですが……)


「そうですか。けどどうでもいいですね。この二人の部下がいくら逃げても、焼け石に水としかなりませんよ。ま、この二人も例え逃がしたところで、どうともならないと吾輩は思いますが。そうしたら真か……周りから傲慢と貶されてしまいますから、形式的に見張っておきますよ、フフフ」


 もはや自分はこの件を傍観するしかできない。そう悟ったハルベルトは、付近にある椅子へどっしり腰を下した。


「おやおや、ついさっき獣みたいにうなってた人が急に大人しくなりましたね?」


「……フラジュ様、それが何の問題で?」


「いいえ、いいことだと思いますよ。物分かりがよくて助かりますよ」


 ハルベルトは胸の内で祈った。

(頼む、飯尾殿、内梨殿、海野殿……君たちなら有原殿を救えるはずだ……)


【完】

話末解説(※新キャラ大量登場につき、長いです)


■登場人物

つじ 利乃りの

 レベル:44

 ジョブ:【暗殺者】

 神寵:【ヘルメス】

 スキル:【ハデスズ・ヘルム】、【タラリア・フライト】など

 

 一年二組の一人。真壁の仲間の女子生徒。

 非常に無口であり、考えていることがまるで読み取れない。

 神寵【ヘルメス】で得た透明化能力や飛行能力を有効活用し、冷徹に暗殺を行う。

 抹茶が何なのかつい最近知った。

 ヘルメスとは、ギリシャ神話の伝令、盗賊、商業……などなどの神。オリュンポス十ニ神の一柱。


矢野やの 恵実めぐみ

 レベル:43

 ジョブ:【狙撃手】

 神寵:【アルテミス】

 スキル:【オリオン・ブレイカー】、【セレーネー・サーチ】など

 

 一年二組の一人。真壁の仲間の女子生徒。

 集中力に優れ、無駄なことは極力しない性格。

 神寵【アルテミス】により一点狙撃から一斉掃射まで、様々な矢を射るスキルを覚えている他、遠く離れた相手の動きを注視できるスキルも覚えており、まさしく【狙撃手】となった。

 TOEICは既に570点を達成した。

 アルテミスとは、ギリシャ神話の狩猟と月の女神。オリュンポス十二神の一柱。

 

小清水こしみず はる

 レベル:41

 ジョブ:【祈祷師】

 神寵:【アフロディーテ】

 スキル:【ライフ・サプライズ】、【ウラニア・オア・パンデモス】など


 一年二組の一人。真壁の仲間の女子生徒。

 包容力があり、誰に対しても優しく接してくれる姉的存在。

 神寵【アフロディーテ】で得た常時発動型スキル【ウラニア・オア・パンデモス】により、回復魔法の回復量増加、あるいはダメージ化の切り替えられる器用なヒーラーとなった。

 ヤンキーものの作品が見ていられない。

 アフロディーテとは、ギリシャ神話の美の女神。オリュンポス十二神の一柱。ローマ神話のヴィーナスと同一視される。


衛守えもり じゅん

 レベル:48

 ジョブ:【魔術師】

 神寵:【アテナ】

 スキル:【イージス・シールド】、【ディオメデス・ジャベリン】など


 一年二組の一人。真壁の仲間の女子生徒。

 真壁たちの中では頭脳派の部類の人物であり、とても冷静。

 神寵【アテナ】に覚醒し、驚異的な硬度を誇る障壁【イージス・シールド】を筆頭に、強力な光魔法を多数覚える。

 二週間前のニュースでもスっと思い出して言える特技がある。

 アテナとは、ギリシャ神話における戦争の女神。特に栄誉や計略を司る。オリュンポス十二神の一柱。


豊本とよもと 穂香ほのか

 レベル:43

 ジョブ:【暗殺者】

 神寵:【デメテル】

 スキル:【アイトーン・グレネード】など

 

 一年二組の生徒。真壁の仲間の女子生徒。

 自然大好きの元気ハツラツなマイペース少女。

 神寵【デメテル】に覚醒し、爆弾に変わる特殊な野菜を瞬間栽培でき、破壊工作を得意とする。

 今、家で育てているのはトウモロコシ。ゆで六割焼き四割でいただく予定。

 デメテルとは、ギリシャ神話の豊穣の女神。オリュンポス十二神の一柱。

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