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第14話 忘れないでくれますか

 トリゲート城塞奪還戦に失敗した翌日から、敗戦の傷をえぐろうとするかのように、邪神の尖兵である魔物たちが群れを成し、ミクセス王国の王都へと進撃した。


 対してミクセス王国軍は、逆に敗戦の屈辱を乗り越えようと、前以上に奮戦し、魔物たちを討滅した。


 余程、傷口を広げたがっているのだろうか。魔物たちの進撃は、一日一回のペースで続いた。


 傷口。それを最も深く刻まれた人物は、紛れもなく、トリゲート城塞奪還戦で最も過酷な運命を経た少年――有原祐だろう。


 彼はこの一週間続いた防衛戦のどれにも参加しなかった。


 それどころかミクセス王国王都からも、王城にある自分の部屋から一歩も出ることなくなってしまった。


 篠宮、御崎、佐伯、槙島、畠中……五人のクラスメートの死という悲運はあまりにも重すぎた。

 学級委員にして一年二組の統率者であり、皆を救い抜くという信念を持つ彼にとっては尚更だ。

 

 飯尾、内梨、海野の三人は防衛戦が終わるたびに有原の部屋に行って、彼の様子を見に行った。


 けれども内側から鍵が掛けられており、顔を伺うことすら出来ない。

 室内へ声をかけても応答することはなかった。

 彼はとにかく悲しみに暮れ、沈黙してしまっていた。


 トリゲート城塞奪還戦から一週間後。


 この日も三人は、七回目の訪問をした。


 扉の横には、空の食器がいくつか乗ったトレーがあった。


「やっぱ、食事はきちんと食ってくれるのな、有原さん」


「きっと私たちを心配させないように食べてくれているのでしょうね……」


「アイツは飯捨てるタイプの人じゃないしな。いかにもアイツらしい気遣いだ」


 そこから三人は例のごとくドアをノックし、

「祐さん、今日も来ました美来です! お元気ですか!」


「おい祐! そんな狭いとこに居ても暇だろ! ちょっくら俺と話しようぜ! ちょうど滅茶苦茶面白い話仕入れてきたんだよ!」


「そんなハードル上げて大丈夫か、護?」


「うるさいぞー。廊下で騒ぐなお前たち」

 と、三人へ注意したのは有原……ではなく、たまたまここを通りかかった一年二組の担任、木曽先生だ。


「あ、こんにちはです木曽先生」


「こんにちは内梨さん。で、ここで何してんだお前たち?」


「そりゃ見ての通りですよ、先生」


「ドアの前で騒いでるの見て何がわかるんだよ、飯尾。先生、誰かから『あの話』を聞いてないんですか?」


「篠宮たち五人が死んだことだろ。聞いてるよ、ご愁傷様。で?」


「察し悪いなこいつ……」

 海野は思い切り木曽先生へ舌を打つ。

「その件で有原が落ち込んで、かれこれ一週間引きこもってるんですよ」


 飯尾はトレーの皿を両手それぞれに持って木曽先生に見せる。

「俺たちを心配させまいと飯は食ってくれるんですけどね」


「はーん、そうなのか」


((なんだその軽い反応……))

 飯尾と海野は同時に、木曽先生の態度にムッとする。

 

 一方、内梨は木曽先生にこう頼んでみる。

「そうだ。先生からも……励ましてもらえませんか?」


「え、俺? 俺が有原になんか言えばいいの?」


「はい、よろしくお願いします!」


「うーん。わかった、やってみる」

 木曽先生は内梨の頼みを引き受けて、有原の部屋のドアの前に立ち、


「あ」

 と、言ってから踵を返して、

「じゃ、また今度ね」


「「おいこら待て!」」


 海野と飯尾は、ここを立ち去ろうとした木曽先生を引っ張って連れ戻す。


「なんか言ったよね、俺?」


「ああそりゃ言いましたよ! バッチシ聞こえてましたよ! 『あ』としか言ってないのをね!」


「そんな小学生みたいなボケするな! お前ほんと教師かよ!? 悩んでる生徒がいたら寄り添って話聞いて助けてあげるのがお前の仕事だろうが!」


「本当にお願いします! 木曽先生!」


 三人に真剣に詰め寄られた木曽先生は『えーっ』と困る。


「『そういう悩んでる人に過剰に関わると、ますます殻に籠ってしまう場合もある』って大学で聞いたよ、俺。だから、そっとしてやったら勝手に出てくるんじゃないか?」

 と、遠回しに『関わりたくない』と言わんばかりのアドバイスを三人に送り、


「んじゃ、俺はクローツオさんの研究の手伝いで忙しいんで。特に最近はポーションの開発が盛んでさ……じゃ、なんか変わったことがあったらよろしく」


 有原の部屋前から離れていった。


 今度は飯尾と海野は止めなかった。


「まじでアイツ教師かよ……」


「そもそも人間として道徳があるかって問題だろ……あれ」


 木曽先生のあまりの無関心さに呆れ果て、止める気力も湧かなかったのだ。


「で、ですけど……木曽先生の言うことにも一理あると、私は思います。もしかしたら私たちがこうやって、毎日詰めかけてることが有原さんがもっと悩んでしまう原因になるかと思いまして……ご、ごめんなさい! 木曽先生のことを悪くないみたいに言って」


「大丈夫だよ、内梨さん。俺たちのことも考えて言葉選んでるのは伝わってるから。俺も、一旦有原さんを休ませるってのはいいことかもしれない。って思ってるから。有原さん自身も、あの日は色々ありすぎて、気持ちの整理がしにくくなってるのかもしれないし」


「なるほどな。だったら……美来ちゃん、海野、この後どうする?」


 先に答えたのは海野。

「さっき言った通り。ひとまず今日はもうそっとしてあげるつもりだ」


 続いて内梨が答える。

「わ、私はやっぱり有原さんの気持ちを考えて……あんまりしつこくならないようにしようと思います……」


「そっか。じゃあ俺は……」


 飯尾は有原の部屋のドアへ向かい、思い切り蹴りを入れた。


 飯尾はドアに空けた穴をくぐって開口一番に、

「わりぃ、少なくとも四日は遅れた!」

 部屋中に響き渡るくらいの声量で謝った。


 ベッドで横になり虚無を見つめていた有原は、目だけ飯尾へ動かして、

「……まも、る……?」


「そうだ。皆さんご存知飯尾いいおまもるだ。早速だがお前に言いたいことがある……もう篠宮のことでクヨクヨするのはやめろ!」


 飯尾の叱責に対して有原は、何も言わず、布団を頭まで被る。


 飯尾はすぐそれを引っ剥がした。

「勝利はお前をこんな風にしたくて死んだんじゃないことぐらい、お前ならわかるだろ! だからさっさと表出て、また俺たちのリーダーとして戦ってくれよ!」


 有原は枕に顔を埋め、丸まるように膝を折りたたむ。

「……それはわかるよ僕も、勝利の分も戦うべきだってこともわかるよ。けど……」


「けど……?」


「……それで」


「……もう、どうすればいいのかわかんないんだよ。今までみたいに『誰かを助けたい』一心で頑張っていいのか、わかんないんだよ……」


 誰かを助けられる人になってくれ――父親との約束に従い、有原はトリゲート城塞奪還戦を駆け抜けた。

 しかし結果は、篠宮ら五人の戦死という悲しい現実。それと、真壁からの叱責。

 自分が信じてきたことが実にならなかった。故に、心の支柱が折れて絶望した。それが今の有原の心境である。


「わかんない……か……」

 飯尾はそう小さくつぶやいた。それから飯尾は何も言えなくなった。絶望しきった友達に掛ける言葉が、無念にも思いつかないのだ。


「……ごめんみんな、明日からはもう来ないでいいよ。これからは真壁さん、ないしは久門さんのどちらかに与して……」


「『そのまま』でいいじゃないですか!」

 と、有原の部屋に入っていた内梨は、さっきの飯尾を軽く上回るくらいの声量で言った。


「そんな声出るんかい内梨さん……」


「そのまま……どういうこと美来……」


「今までみたいに私たちを助ける! それで祐さんはいいんです! だってそれで……勝利さんは残念でしたけど……私たちは助かってますもの!」


 それだ! と、言わんばかりに飯尾は相槌を打って、

「祐! あの時お前は誰も助けられなかったわけじゃないだろ! 少なくとも、俺と美来ちゃんと海野は助けられてるだろ! お前が俺らと一緒に逃げてなきゃ、どうなったかわかんなかったからよ!」


「……それ、だけだろ……」


「それだけじゃありません! その前のグエルトリソーとの戦いでも、前の世界にいたときも、ずっとずっと私たちは有原さんに助けられていました!」


「そうだよそうだよ! もっとさかのぼれば色々あるだろ! 例えば……初めて美来ちゃんと会った時とかよ!」


「美来と、会った時……はっ」



 これは有原が小学一年生の頃のこと。

 夏休みのある日、有原は両親と、飯尾と篠宮と一緒に川に遊びに来ていた。


 最中、有原は川のそばにある林の中に、一人の女の子がいるのをチラッと見た。

 この林は危ないというわけでも、立入禁止ということでもないため、『ただそこにいるだけなんだろうな』と思った有原は、その時は特に声をかけたりせず、親や友達と遊ぶことに夢中になった。


 そして帰宅後、有原は父親に学校からの緊急メールを見せてもらったことで、その女の子の名前を知った。

 同時に、女の子が林にいた理由もわかった――内梨未来ちゃんは、有原たちが遊んでいた川の上流の方で、親とはぐれてしまったのだと。


 今振り返れば、親にそれを教えて対応してもらうのがベストだったと反省している。

 その時有原は、自転車を全速力でこいで、さっき来た川まで戻った。


 そこから林に入り、

「うちなしちゃーん!」

 と、何度も呼びかけ、彼女を探した。


 一時間後、日が暮れ夜になろうとした頃、有原は叫び過ぎて枯れかけた声で内梨へ呼びかけた。


 するとどこからか、

「こ、ここでーす……」

 と、小さな女の子の声がした。


 有原はその微かな声がする方を辿って、林の奥の奥へ進み、木の根に腰掛けうずくまる内梨を発見した。


 この後、有原は道に迷った。

 しかし内梨を追った有原と同じ感情で、自分たちを探しに来た飯尾と篠宮に発見され、こちらも迷子になることはなかった。


 そして有原たちはまとめて、無茶をしたことを両親にこっぴどく怒られた。けれども、最後に両親はにっこり笑ってくれた。

 有原は怒られたことを含めて嬉しかった。『誰かを助けられた』から。



「だから今、祐さんがいなくなったら、私たちは今の祐さん以上に悲しみます! ごはんだって食べません!」


 この宣告で有原は追憶から現実に意識を戻した。二重の意味で、


「お、起きた」


「そうだ、僕は……何もかも出来なかったわけじゃない」

 ベッドから降りた有原は、飯尾と内梨、それとドアの穴から様子を覗く海野と目を合わせ……


「あ、俺は見なくていい。幼馴染の方に集中して」


「ごめん、海野さん……」


 有原は飯尾と内梨と目を合わせて、

「最後に一つ聞いていい? もしこれから、僕がまたしくじって、みんなに迷惑かけたら……それでも僕を許してくれる?」


「それは無理です。だって、私信じてますから、もう祐さんは何にも負けないって!」


「そうだ! 祐、お前は立派だ! だから俺たちはお前の傍にいる限り絶対死なない! 最悪の不幸を超えた最悪の不幸があったとしても……そんときは今度は俺が祐含めて全部守ってやるよ!」


「ありがとう、じゃあ……」


 有原は素早く土下座をして、

「みんなごめん……一週間も仕事ほっぽって、顔すらも出さないで、ただただみんなに心配させて!」


 二人はすぐに返事をする。

「大丈夫です!」

「いいってことよ!」


「ありがとう、みんな!」


 そして三人は抱き付き合い、わんわん泣き出した。


「……友情っていいね。すさんだ心によく効くわ」

 と、ドアから様子を覗く海野は、しみじみ思った。


「ん、ちょい待てよ」


 海野は廊下の曲がり角の方から、何者かの気配を察知し、そちらへ行ってみる。


「なんちゅう落とし物だよ」

 そこには、王都にあるお菓子屋さんで売られている、カラフルで可愛らしく、簡潔に言うと『映える見た目のケーキ』が入った箱が置いてあった。


【完】

【第14話】

■詳細解説

【一年二組の居住スペースについて】

 一年二組には一人一部屋ずつ、王城内にある部屋を与えられており、そこで寝泊まりしている。

 広さ約12畳のワンルームで、ベッドなどの家具は予め備え付けられている。風呂トイレ別。

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