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第127話 邪悪の救済

 ヒデンソル王国・王都の空は、禍々しい暗雲に覆われていた。


 その下の元にいるミクセス・ファムニカの連合軍は畏怖し、戦慄し、そして絶望しかけていた。

 言うまでもないが、ただ天気の悪さのために嫌な気持ちになっているわけではない。

 同じ空の下にいる、自分たちと相容れない存在に畏れをなしているのだ。


 王都の中心にある王城の土台。

 その上には、堂々と天を衝くほどの巨体を誇り、遥か彼方まで邪気を放つ超越した存在――邪神が降り立っていた。


 だが、今ここにいる邪神は、これまで大陸の王国をいくつも滅ぼしたあの破壊の権化ではない。

 つい先程までミクセス・ファムニカ王国に恐怖を齎していたヒデンソルの王、槙島英傑に魔力を注いで顕現した邪神と槙島の融合体――言うならば、【邪神・槙島英傑】である。


「……ガアアァァァァッ!」

 槙島はヒデンソルの王都全土を揺るがすほどの雄叫びを放った後、右の剛腕を真上へ掲げて、拳を握る。


「い、いかん……皆、速やかに奴から離れろ!」

 この咄嗟のミクセス王の号令の元、討伐軍は大至急、王城付近から、王都第一層から逃げる。


 討伐軍が完全に第一層から逃げ去った時、槙島は漆黒の魔力を帯びた右拳を王城の土台に叩きつける。

 刹那、王城の土台と、王都第一層にあった建物が、大地から炸裂した魔力によってまさしく塵芥と化した。


 その壮絶な光景と、第二層に逃げてもなおひしひし伝わる衝撃を全身で受け止めながら、ミクセス王の傍らにいる有原は言う。

「これが邪神の力……なんて圧倒的なんだ……!」


 そして有原は、槙島の次なる行動を見て叫ぶ。

「皆さん! 邪神の視界からなるべく外れてください!」


 槙島は右の虚空に手を突き刺し、そこから【界樹理啓ユグドラシル・オーダー】の最後に現れていた極大の氷槍を引き抜く。

 槙島はそれを両手で持って構え、視界のど真ん中めがけて豪快に振り下ろす。

 そして放たれた斬撃波は、逃げ遅れた兵士たちを消し飛ばしつつ、王都から百キロメートル西にまで伸びる切り込みを、大地に刻み込んだ。


 こうして過剰なほどにまで槙島の脅威を思い知った討伐軍は、王都第二層から第三層へとさらに避難し始めた。

 その際、どの将も『逃げろ』以外の号令も出すことはなかった。今はこれしか生き延びる道は無い。それが今の討伐軍の共通の考えだ。

 

 撤退の最中、有原と同じくミクセス王の側にいた騎士団長ハルベルトは、慄然しつつ言った。

「やはり、今の奴は邪神であって邪神でない……今の奴は、邪神すら超えたのだ……」


 その言葉を聞いて、有原はハルベルトに尋ねる。

「……槙島さんと合体したも同然だから、ですよね……!?」


 貴方もそれに気づいてしまったか。と、ハルベルトは一瞬苦い顔をした後、有原へ告げる。

「恐らくそうだ……なんせあの邪神は、私の故郷を含む数々の国を滅ぼした邪神よりも遥かに強いのだから」


 神寵【オーディン】の覚醒者、槙島英傑。

 その身体に余すことなく注がれた魔力は、彼の憎悪と共鳴して尋常ならざる強化を果たした。

 そして魔力は彼の身体を依代とし、その力を全て我がものとし、かつての単なる強大な魔力の塊であった怪物よりも、遥かに優れた性質の厄災と化したのだ。


「やはり、そうでしたか……」

 と、有原は静かにつぶやき、槙島を救い切れなかった無念をひしひしと感じながらも、


「皆さん! 後少しで第三層に戻れます! あと少しの辛抱ですよ!」

 最悪の未来を避けるべく、周りの味方の鼓舞を始めた。


「……すまない、本当にすまない……有原殿……!」


 槙島が雄叫びを上げながら、第二層を片っ端から破壊する。

 その時既に討伐軍はかろうじて王都の最も外側の部分である第三層に逃げ切っていた。


「ご無事でありますか! 陛下!」

「ご心配をおかけしました、陛下!」

 そこでミクセス王の元に騎士団長の二人、ゲルカッツとレイル、


「よかった、ミクセス王国の方も逃げ切れたんだな!」

「心配掛けてたらごめんな、ミクセス王国の皆!」

「こら殿下、姫様……いや、ここは口調程度にとやかく言ってられませんか」

 ファムニカ王国のエストルーク、エスティナ、ルチザが集う。


 さらに、

「おーい大丈夫か、祐!」

「怪我はありませんか、祐さん!」

 飯尾や内梨など、一年二組の仲間も全員ここに集結した。


 そして討伐軍の主要人物と、続々と集まる兵士たちは、揃って災厄の権化を見上げた。


 邪神・槙島は第二層へ己の力を幾度も与えて、完全な破壊を成し遂げようとしていた。


 畠中は全身をガタガタ震わせつつ言った。

「きっとアイツは俺たちがまだあそこにいないか探しているんだ……アイツはあの邪神の魔力を受けた影響で俺たちの恨みを再燃させて、嫌なもの全部消そうとしてるんだ……」


 石野谷は近くにたまたまあった瓦礫を蹴り壊して、

「最後の最後でやっと改心しようとしてたってのに……悔しいがあのジジババどもの言う通り、『タイミングが遅すぎた』んだな……クソッ!」


 それと奇しくも同時に、槙島はさっきの斬撃波で入れた、第三層と第二層を隔てる防壁の切り込みを片手で叩いて広げた。

 第二層には用は無いとし、いよいよ第三層への破壊に着手しようとしているのだ。


 武藤は言う。

「ボクたち、アイツに勝てるのかな……?」


「そのためにあれこれ準備してきたんだから、きっと最低でもギリギリでは勝てるはずだ。ただ……」


 三好は海野の台詞を先読みして、

「……心理的な問題がある。だよね」


「……ご迷答」


 邪神を倒し、世界を救って元の世界に帰ること。クラスメートの槙島を助けること。これら二つが、有原たち九人の界訪者が来た目的であった。

 しかし今、邪神が槙島と合一した。それはすなわち、世界を救うことは槙島を殺すことと同義だ。

 

 槙島を邪神から取り除くという術は決して無い。

 以前、邪神の魔力を注がれて魔物に変貌した鳥飼が、魔物のまま息絶えたのがいい前例だ。


 一年二組の面々は、世界を救うのが最善とわかっていても、ここを乗り切れば元の世界に帰れると頭でわかっていた。

 しかし、心がそれを全力で阻む故に、邪神・槙島英傑の討伐へ踏み切ることができなかった。


 そんな中、有原は仲間たち全員の方を向いて言う。

「ミクセス王国の皆さんと、ファムニカ王国の皆さんは、王都から逃げてください。ここはもう危険過ぎますので。邪神は、僕たち界訪者で倒しますので」


 直後、畠中は恐る恐る手を挙げて、

「あの、界訪者には僕も含まれますかね……?」


「あ……畠中さんは無理しなくていいですよ」


「ですよねー……わかりました、引き続き兵士の皆さんの補助を頑張ります!」

 と、畠中がやたらと威勢よく返事した後、

 

「祐さん、それってつまり……槙島さんを……」

 内梨は尋ねた。


 有原は内梨に無言でうなづいた後、腰に提げた剣――この大陸で出会い、剣術と精神を鍛えてくれた恩師、グレドから受け継いだ剣を強く握り、その鍔をガタガタと震わせながら、

「これ以上は御免なんだ。躊躇して、確実に得られる結果を失うのも。邪神を暴れさせ続けて、みんなを殺されるのも。これ以上槙島さんの罪が増えるのも!」


 そして有原はクラスメート七人の顔を一通り見て、頼む。

「だから、お願いします。皆さん、僕を信じて戦ってくれませんか! この世界を救って、元の世界に帰って、槙島さんを助けるために、邪神と戦ってくれませんか!」


 すると七人は即答した――『勿論』と。



 邪神は第二層と第三層へ、防壁を踏み潰しながらやってきた。


 その先に待ち受けていたのは、八人の少年少女。

 有原、内梨、飯尾、海野、三好、武藤、松永、石野谷――一年二組の救済者パーティーが瓦礫の山に立ち、邪神を見上げていた。

 ――全ての悲劇を乗り越え、全ての戦いを終わらせる。その覚悟をもってして。


「じゃあ行くよ、皆……ありとあらゆるものを助けに!」

「「「「「「「おーーッ!!!!!!!」」」」」」」


 槙島は八人を見据え、魔力を帯びさせた右拳を突き出す。


 八人は跳躍して周囲へ散る。


 その寸前、

「【アルフヘイム・ブレッシング】!」

 内梨は自分を含む八人に、妖精を伴わせる。たとえ自分の回復が間に合わなくても、妖精がその対象を癒やしてくれるようにしたのだ。


 槙島の右拳はいくつもの建物を打ち砕いて、地面にめり込む。刹那、その一帯から魔力が噴火の如く炸裂する。

 その魔力の炸裂が止んだ直後、


「【アタック・グレイス】! 【マジック・グレイス】!」

 内梨は味方全員に物理または魔法攻撃力を強化し、


「【アガートラム・エンハンス】!」

 武藤は右腕に装甲を模した光を纏わせ、右手に持ったクラウ・ソラスのエネルギー噴射で一気に槙島の右腕との間合いを詰め、


「【カラドボルグス・ヴァリアント】!」

 刀身に光を帯びさせたクラウ・ソラスを、下から上へ豪快に振るい、槙島の右腕を斬りつける。


 刹那、三好は両隣に闇属性エネルギーで生成した三叉槍とチャクラムを浮かばせ、自分は一対の短剣を構えながら、武藤と同じく槙島が突き出した右腕に迫り、

「【トリムルティ・ディザイア】!」

 二つの武器と、一対の短剣による怒涛の連続切りを食らわせる。


 二つの大技を受けた槙島の右腕は肘から先が崩れ、おぼろげな形の魔力の輝きと化した。

 槙島は突き出した右腕を引っ込め、崩れた右手の形を元通りにしようとする。


 最中、左手に持った極大の氷槍を、有原たちへ乱暴に振り下ろす。


 そこへ向かって飯尾は果敢に跳躍し、

「【覇卦護神闘】!」

 氷槍の穂に向かって、手刀、回し蹴り、正拳突き、前蹴り、ジョルトブロー、跳び蹴りを、音属性の衝撃も加えつつ矢継ぎ早に繰り出し、

「コイツで終いだァァァッ!」

 氷槍の穂に両手を食い込ませ、音属性の衝撃を内部に浸透させる。刹那、氷槍を穂から柄の四割まで粉々になった。


 槍を破壊された後、槙島はそれを持つ手を引っ込める。

 代わりに槙島は口を開き、そこから魔力の息吹を放つ。


 海野はそこへ狙いを定め、頭上に完璧に淀む水の球を浮かせる。

「どうせなら完全に『攻撃』として使いたかったんだが、まあいいか……【ダコンの祝福】!」

 海野の頭上にある水の球から糸のように細い水流を猛烈な勢いで放つ。


 水流は槙島の息吹を両断し、槙島の口内へ命中。

 貫通とまでは行かなかったものの、息吹を吐くことがままならなくなるほどの深い傷が、槙島の内部に刻まれた。


「これで十分だ……お前ら! どこでもいいから奴にありったけの攻撃を食らわせてやれ!」


 片腕を負傷し、槍を壊され、息吹を封じられ、できる行動を大幅に減らされた邪神。

 そこへ救済者パーティーの八人は今出せるだけの攻撃を一気にぶつけていく。

「【五十猛ノ斬刀イソタケル・スラッシュ】ッ!」

「勝利さん、お願いします!」

「【山卦猛断拳】!」

「【イソグサの円環】!」

「【アヴァターラ・ブリッツ】!」

「【トゥアハ・グローリー】!」


 この怒涛の攻撃で多大なるダメージを負った槙島は、両膝を突いて体勢を崩した。

 だがその時、破損していた右腕はようやく再構成され、左手に持つ氷槍も修理されていた。

 槙島は穂が下を向くように氷槍を両手で握り、足元の八人めがけ突き出す。


「だったら何度でもぶっ壊すまでだ……松永、手伝ってくれるか!?」

「はい、やってやりましょう、石野谷さん!」


 石野谷と松永は隣り合わせで立ち、前者は炎を、後者は雷を拳に溜めた刹那、迫る氷槍へ跳躍し、

「「合体奥義! 【真久双破】!!」」

 その切先めがけ、同時に拳を叩き込む。


 そして炎と雷は穂から石突までを穿ち、氷槍を完全に破壊し。さらに攻撃の余波は氷槍を持っていた両手にまで伝わり、槙島は両腕を開いて大きくのけぞった。


「今だ! 畳み掛けるぞ祐、美来ちゃん!」

「ああ、行こう、みんな!」

「はい! ではお願いします、勝利さん!」


 勝利の剣は内梨の意思により特大の剣へと変形する。

 有原と飯尾はそれを二人で協力して持ち、邪神の真正面へと飛翔する。


 そこで二人は勝利の剣に風と音、そして彼らの意思が呼び起こした雷属性エネルギーを帯びさせる。天を照らすほど刀身が伸びた勝利の剣を、思い切り振り下ろす。

「「「これが俺たち『四人』の合体奥義だ!!! 【カルテット・セイバー】!!!」」

 

 槙島は両腕を交差し、その一刀を受け止める。

 だが、この攻撃の威力は、彼らの夢へ突き進む意志は、その程度では止められなかった。

 槙島は両腕を消し飛ばされ、脳天から縦一閃に斬撃を浴びた。


「グァァァアアアアアッッッ!」

 そして邪神・槙島英傑は全身に宿る魔力を制御しきれなくなり、人型の姿のかろうじて保つ魔力の塊のような状態で、延々と絶叫を轟かせた。


 合体奥義を終えたあと、有原はすみやかに【須勢理すせり翔矛しょうむ】を発動し、自力で邪神へ向かって飛行する。


 飯尾と内梨は、変形を解除した勝利の剣の背中に乗って、ゆっくりと落下していく。

 最中、内梨は彼へありったけの攻撃力強化を与えながら、飯尾や、地上にいる仲間たちとともに有原へ叫ぶ。


「決めてください、祐さん!」

「決めろッ! 祐!」


「ああッ!」


 有原は崩壊寸前の槙島を見据え、呼吸を整えつつ、剣を構える。

 刹那、有原は全身に竜巻を纏い、足裏から突風を噴射し、背後に色とりどりに煌めく三十六本の風の剣を浮かばせて、疾風怒濤に槙島へと迫り、

「これで、これで全てを救ってみせる! 【天原救済あまはらきゅうさい虚剣きょけん】ッ!」

 自身が纏う風を得物であるグレドの剣に集中させ、計三十七本の風の剣で、槙島の身体を一閃した。


 有原が着地した時、槙島は完全に崩壊し、雲ひとつ無い青空へと、おびただしい魔力が昇り、そして消えていった。


「あの魔力はもしや……ハルベルト……」


「はい、そうです陛下……遂に、遂に終わったのです」


 これを見るや否や、決戦の行末を見守っていたミクセス・ファムニカの人々が、再び王都になだれ込む。

 そして、この大陸の住民たちと、界訪者九人はこの大陸に盛大な歓声を響かせるのだった。


【完】

話末解説


■魔物

【邪神・槙島英傑】

 レベル:計測不可

 主な攻撃:法外な怪力を利用してのパンチ、極大の氷槍による攻撃、膨大な魔力の息吹


 一年二組の一人、槙島英傑が、邪神を構成する『幾数千年間人々が募らせた負の感情』由来の強大な魔力を全て注がれ、変貌した規格外の存在。

 その姿は天を衝くほどの巨体を誇り通常の邪神が憎悪が形となった結晶の鎧をまとったような人型をしている。

 槙島が持っていた力を奪うと同時に、彼の中で晴れかけていた憎悪が魔力と共鳴したことにより、通常の邪神すらも超えた力を誇る。

 

■登場人物

有原ありはら たすく

 レベル:100

 ジョブ:【勇者】

 神寵:【スサノオ】

 スキル:【天原救済あまはらきゅうさい虚剣きょけん

 

 一年二組の学級委員を務める少年。救済者パーティーのリーダー。

 父親の『誰かを助ける人になってくれ』という約束と、恩師グレドから教わった『過ちを超える』という絶対不変の信念を持つ。

 ジョブは【勇者】。持ち前の剣術と、神寵【スサノオ】由来の風と、グレドから伝授された三スキルを駆使し、全てを助けるために戦う。

 スサノオ(素戔嗚命スサノオノミコト)とは、日本神話に登場する嵐神(※諸説あり)。八岐大蛇を討伐した説話が有名。

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