第126話 復讐の果てに
槙島が作り出した極大の氷槍を打ち砕いた石野谷は、玉座の間に着地するや否や、槙島へ訴える。
「もうわかっただろ槙島……お前の憎悪はもう意味がないんだよ……」
槙島はひどく狼狽えた。
自分が使える最強の魔法【界樹理啓】すら通じなかった。
あまりにも残酷な事実を突きつけられたことに対して、どうすればいいのかわからなくなった。
そんな槙島へ、石野谷は深々と礼をしてから、
「……久門さんたち九人の分も含めて謝る。今までお前に散々嫌なことさせてごめん! そしてどうか頼む、一緒に帰って、好きなことのびのびしてくれ!」
「……嫌だ、嫌だ、嫌だ嫌だ嫌だァァァ!」
槙島は頭を抱えて絶叫する。
「【極氷神盾】、五連!」
そして全力の否定を形にするかのように、自身の周囲に五重の氷のバリアを展開した。
「俺は貴様らなんかに負けていない! 俺は貴様らなんかに屈しない! 俺は何も悪いことなんかしていない! 俺は、絶対に目的を果たすまで……絶対に諦めはしないんだ……!」
と、槙島は氷のバリアの中に閉じこもりながら、涙混じりに有原たちに訴える。
「うるせェェェ! 謝って帰れば済むことをゴチャゴチャ言って逃げようとするな!」
飯尾は彼の元に接近し、
【火卦剛衝拳】!」
思い切り力を溜めて拳を叩き込み、まず一枚のバリアを破る。
「確かに選択次第では嫌なこともあるかもしれない……けど、良いことも悪いことも受け入れていかないとどうしようもならないんだよ、槙島さん!」
三好は両脇に三叉槍と円刃を浮かばせ、
「【トリムルティ・ディザイア】!」
それらをぶつけ、直後に一対の短剣を連続で振るって攻撃し、二枚目のバリアを破る。
「今でも間に合うって槙島さん! ボクたちは今も貴方を嫌ってないんだから!」
武藤は【アガートラム・エンハンス】を発動した状態で、クラウ・ソラスのエネルギー噴射による推進力で、勢いよく槙島に近づき、
「【カラドボルグス・ヴァリアント】!」
光を纏わせたクラウ・ソラスを下から上へ豪快に振るい、三枚目のバリアを両断して壊す。
「俺が言える立場じゃ無いけど……過去ばっか気にしたってどうにもならないんですよ、槙島さん!」
松永は【利己槍テルアキ】を携えて槙島に接近し、
「【絶対至敗】!」
雷を圧縮充填した槍を振るい、四枚目のバリアを打ち砕く。
「もう諦めるんだ槙島……諦めるってのは悪いことでもないんだから」
海野は自身の周りに八つの水の球を浮かばせて、
「【ヒュドラの喝采】」
八つの水流を放出し、最後のバリアを破壊した。
こうして、自分と外を隔てるものと、微かに残った復讐への希望を失った槙島は、虚ろな顔をして両膝から崩れ落ちた。
そして八人は、余計な警戒をさせないように臨戦状態を解いて、槙島の元に集まる。
さらに、城での騒ぎが小さくなったことを気にした、包囲軍の面々も、この玉座の間にポツポツとやってくる。
「お、終わりました……よね、皆さん……」
勿論畠中もその中にいた。彼も槙島のことを心配して、八人と彼の元へ駆け寄った。
畠中は槙島の燃え尽きた様子を見て言った。
「……英傑、これでわかってくれよ。お前は、自分のするべきことを間違えたんだって」
有原はこの言葉にうなづいてから、
「仲間同士で争っても何も生まれないんですよ、槙島さん。お互い助け合うのが一番良いことなんです。今こうして、元の世界に居た頃には関係のなかったみなさんが、こうして一丸となってここまで来たのがその証拠です」
そして有原は槙島へ手を差し伸べて、
「ですから、お願いですからもう、こんな戦い終わりにしましょうよ。僕たちも、貴方をこれ以上苦しめたくないんです。僕たちは、貴方がまた戻ってくるのを待ってますから」
有原の周りにいる一年二組の八人は、それに頷き、槙島へ向けて微笑む。
その後ろにいるハルベルトやエストルークたち――この大陸の住民も、彼へ一切敵意を見せず、穏やかに彼の返事を待っていた。
そして槙島は、床に伏せて大粒の涙を流しながら言った。
「……ごめん、みんな……もう一度だけ俺にチャンスをくださ……!」
「「「!?」」」
その直後、玉座の間にいる有原たち討伐軍一同は絶句した。
槙島に、禍々しい漆黒の魔力の光が浴びせられた。
神々の一員は、燦然と邪悪な魔力を煌めかせる邪神珠を掲げ、槙島にその内に宿る魔力を流しながら不敵な笑みを浮かべていた。
有原は悶え苦しむ槙島の背後に移り、竜巻を展開する。
「……【田霧ノ威盾】!」
しかし魔力の流れる軌道は竜巻を避けるように曲がり、引き続き槙島に注がれ続ける。
「【アクア・スフィア】!」
「【ピュートーン・ブレイカー】!」
海野や石野谷らは、根源そのものを断つべく、神々へ攻撃を仕掛けた。
しかし神々の面々は強固なバリアに包まれており、それらの攻撃は決して届かない。
槙島の絶叫が響き続ける中、槙島を助けようと討伐軍が試行錯誤する中、神々らは超然とした態度で語る。
「戦略的にあえて言っていいましょう。その邪神珠は、我々が作り出したものなのです」
松永は動転しつつも神々へ尋ねる。
「この大陸の創造主である貴様らが、あんないくつもの国を滅ぼした元凶を創った……だと!?」
神々らは答える。
「創造主であるからこそ、あの大陸の破壊者を創ったのですよ、松永様」
「かつて、あなた方が元いた世界――『表世界』を支配していた頃、下等な人間たちが『科学』などの余計な知恵や実力をつけ始め、やがて我々を淘汰しようとしていた」
「我々は下等な人間からの謀叛を避けるため、隠れ家としてこの世界――『裏世界』を創造し、こちらにとって都合よく動かすための人間も生み出した」
「それから我々は裏世界の住民から当然たる奉公を受けつつ、古代から蓄積した財産や人脈を用い、表世界の政治、経済、産業の根幹を操っておりました」
「しかし、そこでもまた下等な人間どもがいらぬ知恵を身に着けた」
「このままでは表世界の二の舞となると予測した私たちは、ここの住民を減らすことにした。
その際我々は、かつて裏世界で起こった騒動に着目した」
「突如、大陸に凶悪な魔物が蔓延り、世界に被害をもたらした騒動だ。当時、我々は、表世界で養育していた一族をも結集し、それらを征討した」
「その最中、我々は魔物から取れた邪悪で強大な魔力が宿る魔石を集めていた。我々は一つに凝縮し、【邪神珠】を作り上げたのだ」
「後はわかるな? あれで邪神なり邪神獣を放って裏世界の国や人を滅ぼしていったのだとな……」
老人たちの長話に軽くうんざりしながらも、松永は尋ねる。
「……で、テメェらは何が言いたいんだ?」
神々らは答える。
「あの邪神珠は裏世界を掃除するには非常に便利なものだった」
「しかし、我々はそれを用いながら、ずっと疑問が一つ残っていた……この邪悪で強大な魔力は何なのかと」
「だがつい最近、あの鳥飼という小娘のお陰で、ようやくあの魔力の根源がわかった」
「我々のような上位の人間には理解しがたかったが、よく考えれば非常に簡単なものだった……妬み、恨み、怒りといった何億何兆という人間が宿した『負の感情』が、長い時と膨大な量によって変質したものだ」
「逢坂に盗られる前まで、邪神珠の魔力は半年放置してやっと五割溜まっていました。しかし奪われてから数日後、鳥飼から邪神珠を奪い返した時、なんと魔力の蓄積量は八割五分にまで回復していたのです」
「このことから我々は理解した……邪神珠とそれに含まれる魔力は、高すぎるプライド故に憎しみを抱いたあの矮小な小娘のように、強大な『負の感情』を抱いた者に共鳴して強化されると!」
「であれば、いかなる恩義をも忘れて、権力者とそれをのさばらせた世の中そのものも激しく憎悪する槙島と共鳴させれば、より更に高みへ行くのです!」
魔力に包まれ、下手な操り人形のように歪に身体を暴れさせる槙島。
それを神々六人は揃って眺め、彼を心の底から嘲笑う。
「大した能力もないにもかかわらず、身の丈を超えた正義感を持ち、誰も望まない世直しを望む愚者――こうした人間は、いつになっても『弾丸』として使いやすいですね」
「恨むなら己を恨め槙島! 自分が絶対的弱者としての道を歩んでいることに気づけなかった己をな!」
「強者たちは永遠に強者であり、弱者たちは永遠に弱者なのです……だから貴方の努力は全て何の意味もないのです」
「ありがとうございます、槙島。こうして私たちは引き続き世界の権力者として君臨し続けられるでしょう!」
そして、有原たちの抵抗虚しく、邪神珠に充足していた魔力は全て、槙島に注がれた。
槙島は暗い暗い魔力に包まれた状態で宙へ浮き、
「嫌だ、嫌だ嫌だ嫌……だ……アアアアァァァァァァァァッッ!」
自身が纏う魔力を膨張させると同時に、辺り一帯に強烈な衝撃波を放ち、有原たち討伐軍を王城の下へ吹き飛ばした。
一方、バリアを張って身を守り続けていた六人は、この相手に取って絶望的な光景に喝采を送った後、
「さて、今ここですべきことは終わりました」
「あれがある限り、裏世界に居続けることすらも危険でしょう」
「ならば、元の世界に戻るとしようか」
「……ああ、では今回は私が空間転移魔法を……!?」
自分たちが展開したバリアが飴細工のように湾曲して、やがて木っ端微塵になるのを目撃した。
王城を包囲していた兵士たちは、すぐさま吹き飛ばされた討伐軍の元へ駆け寄った。
ある兵士は、ミクセス王と有原が揃って倒れる地点へ走った。
「ご無事ですか、陛下! 有原殿!」
「ああ、私は無事だ……有原殿は」
「僕も大丈夫です、ですが、槙島さんが……!」
王都第三層に置いていた十二の邪結晶と、王城の地下に保管されていた一つの邪結晶はひとりでに飛び、王城の上にある魔力の塊に吸い込まれる。
さっきまで青空が広がっていた空は、暗黒の雲によって閉ざされていた。
その真下にある魔力の塊は蠢き、煌めき、そして形を成す。
歪に曲がった大きな双角、月星が消えた闇夜よりも黒い姿、天を衝くほどの巨体を、憎悪を具現化したような禍々しい蒼氷色の結晶の鎧で武装した人型の存在に。
「陛下、あれはまさか……!」
「そうだ、有原殿……あれこそがまさにこの大陸を破滅へ導いた邪悪の権化……いや、今のあれは、それすらも超えているやもしれん……!」
邪神軍は畏怖と戦慄の意を抱きつつ、見上げた。
王城の土台に降り立った最悪の敵――邪神・槙島英傑を。
【完】
話末解説
■登場人物
【海野 隆景】
レベル:97
ジョブ:【魔術師】
神寵:【クトゥルフ】
スキル:【ヒュドラの喝采】、【ガタノソアの束縛】など
一年二組の眼鏡男子。救済者パーティーの参謀。
父親に降り掛かった悲劇から、『目立ちたくない』という信念をもってクラス内で行動していたが、あることから元より抱いていた正義感を蘇らせる。そして今は自分を助けてくれた有原に恩返しすべく、持ち前の賢さをフルで発揮している。
神寵【クトゥルフ】から得た情報把握能力や、強力無比な魔法で戦局を意のままに操る。
クトゥルフとは、関連する小説設定をまとめ上げて設定された架空の神話である『クトゥルフ神話』に登場する神。人知を超えた力を持つが、神話内では下の位とされる。
【飯尾 護】
レベル:98
ジョブ:【格闘家】
神寵:【フッキ】
スキル:【覇卦護神闘】、【八卦攻防陣】など
有原の親友の少年。救済者パーティーの守護者。
親友の有原と、その仲間たちを単純に守るため戦い続ける。
神寵【フッキ】由来の音属性エネルギーの衝撃と、近距離での敵行動の察知能力により元より鍛えていた格闘術がより強烈になり、近接戦においてはほぼ無敵となった。
伏犠とは、中国神話に登場する、妹の女神・女媧と共に大洪水から生き延び、人類の祖となった神。八卦、魚釣り、婚姻制度など、様々な文化を発明した神でもある。
【内梨 美来】
レベル:81
ジョブ:【祈祷師】
神寵:【フレイ】
スキル:【アルフヘイム・ブレッシング】、【神器錬成:勝利の剣】
有原の幼馴染の少女。救済者パーティーのヒーラー。
幼い頃から助けられた間柄の有原と、その友達みんなを助けるために、勇気を持って彼らを支えている。
ジョブ【祈祷師】らしく回復・バフが得意。さらに神寵【フレイ】の能力によって、伴わせた相手を回復する妖精を召喚したり、児童駆動する剣士の鎧を召喚して、より強固な援護を行う。
フレイとは、北欧神話の豊穣の神。
【槙島 英傑】
レベル:75
ジョブ:【魔術師】
神寵:【オーディン】
スキル:【神器錬成:グングニル】、【英霊顕現】
一年二組の男子。ヒデンソル王国の新国王。
自身へ大小問わず害を与えた人物への復讐に妄執し、様々な凶行に手を染めてしまった。
神寵【オーディン】に覚醒し、空間上で自在に動かせる槍【グングニル】を錬成し、狙った敵を仕留めることと、強靭な兵士である暗黒兵の召喚。そして偉人を元にした究極の戦士【英霊】をも召喚できる。
これらの権能により、たとえ孤独であろうとも、強大極まりない力を手にした。
しかし数々の壁を乗り越え、強く固い覚悟を胸に宿した有原たちによって敗北した。
かくて槙島は自分の復讐の無意味さを悟り、有原たちの元へ帰ろうとしたが……
オーディンとは北欧神話の主神。戦争と知恵の神。
自らの目や命を代償として数々の叡智を得た偉大な神ではあるものの、北欧神話における最終戦争ラグナロクの最中、『悪戯好きの神ロキ』の息子であるフェンリルに飲み込まれてあっけなく戦死したと言われている。




