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第123話 王たちの猛襲

 槙島と邪神討伐軍の最終決戦の場、ヒデンソル王国王都。


 そこの第二層へと通じる八門の内、南西にある門の付近にて。


 松永は槙島が放った【英霊エインヘリャル】の一体と交戦していた。


 名前は『ソロモン』。杖を片手に持った、まさしく賢王と言うべき姿の英霊だ。


 ソロモンは虚空から黄金で作られた刃を二十本ほど生成し、松永へ杖の先をかざして一斉に放つ。


 松永はソロモンへと駆けて近づき、相手との距離を五メートル以下に詰めた瞬間、地面を殴る。

「【不殺の世戒】」

 刹那、松永に黄金の刃がいくつか命中する。


 だがそれらは彼女に傷を与えること無く、着弾と同時に消滅する。

 スキル【不殺の世戒】の範囲である半径五メートル以内にいるものは誰であろうと誰にも傷つけられない。


 これを用いてソロモンの魔法を防いだ松永は、再び駆け出し、ソロモンの懐に潜り込む。

 そこで素早く地面に拳をつけた――【不殺の世戒】を解除した直後、松永は帯電する右拳でソロモンを殴る。


 しかし、拳が命中する寸前、ソロモンは手前に黄金の壁を作り上げ、紙一重で防御する。そしてソロモンは素早く後ろにさがって、松永から六メートルほどの間合いを確保した。


 これに松永は舌を鳴らす。

「さっきはこれで一発入ったってのに……流石に二度同じ手は通用しない、か」


 ソロモンは、六メートル先にいる松永に重ねるように、手前の空間に右拳を突き出してくる。

 すると、彼の人差し指にはめられた、真鍮と鉄で作られた精巧な作りの指輪が神々しい光を放った。


 松永はいかなる魔法が来てもいいように構えを取る。

 

 その時、指輪の光によりソロモンの背後に出来た影が不気味に蠢く。

 そしてそこからライオンやヤギや孔雀などの動物を模した魑魅魍魎たる悪魔が、次々と現れた。


「召喚か……アイツ自身が召喚された存在だってのに、ソイツがまた召喚するとは少々くどい話だな」


 しょうもないな。と、松永はついさっき言ったことを内心唾棄しつつ、地面に一回拳をつける。

「【崇奉の世戒】」

 

 すると松永の周囲に、雷で構成された彼女の分身五体が呼び出された。


 ソロモンは杖を松永へ向け、召喚した悪魔たちを松永へと突撃させる。

 松永は分身たちと協力し、迫りくる悪魔たちへと立ち向かう。


 幸い、悪魔たちは姿の仰々しさに反して実力は然程なく、松永は分身と共にそれらを次々と倒していく。

 

 ソロモンは無尽蔵に悪魔を呼び出しては差し向ける。しかし松永はそれをことごとく返り討ちにし、

「どうせこういうのはきりが無いに決まってる……さっさと本体を叩いてしまおうか」

 ある程度片付いてきたところで、雑兵の悪魔たちは分身に任せて、悪魔の親玉であるソロモンへと突撃する。


 しかし、松永はその途中で足を止めた。

 松永は両膝に手を置き、息を荒くしていた。

「クソッ、何だこれは、思うように力が出ない……!」


 その時、さっきまでは余裕に悪魔たちを片付けていた分身らは、本体と同様に弱っていた隙を突かれて消滅した。

 さらに分身を倒した悪魔たちの内の七体が、勢いにのって主も討ち取ろうとして迫る。


 松永は振り向きざまに回し蹴りを放ち、前のめりに来た四体の悪魔を倒す。

 続けて、手のひらから電撃を放ち、弓や猟銃などの遠距離武器を構えていた悪魔三体も撃ち殺す。


 直後、松永は視点が定まらないままふらつき、後ろから倒れそうになるのをかろうじて持ちこたえた。

 

 このふらつきの最中、松永は偶然にも自身の不調の原因を知った。

「……なるほど、アレの仕業か」


 今、松永とソロモンが戦っている場所は、神殿の土台のような光によって囲まれていた。


 そこへ、今まで倒されていた悪魔から抜けた光球が集まっていく。そうして光は徐々に神殿らしい形へと変貌していく。


「あの悪魔はただの兵力じゃない。倒されることでこの一帯に敵を弱らせる空間を展開するのが最大の目的なんだ。

 物量作戦ついでに敵の弱体化を続けて、二重にジリ貧に陥らせる……それがお前の腹積もりだな、テメー」


 松永は改めてソロモンの方を振り向く。

 ソロモンは無言――そもそも槙島の【英霊】は声を発することはない――で黄金の刃を連射する。


 松永はそれを全て電撃で相殺してすぐ、ソロモンへ急接近する。


「そう来るならなおさら策の根源を速やかに潰すまでだ……」


 悪魔を呼び出すトリガーとなった指輪。

 松永はそれを封じるため、ソロモンとの距離を三メートル以内に詰めて、地面を殴る。

 

 その直前、ソロモンは、持っていた杖を明後日の方向に放り投げる。


「【利己の世戒】!」

 松永が殴った地点から半径三メートルに、【利己の世戒】が展開される。

 だが、何も起きなかった。


 利己の世戒は、その範囲内にいる者は『持つ武器を一つと制限される』。

 もし二つ持っていれば片方が松永の判断で弾き飛ばされる。というのがこの世戒の恐ろしいところであるのだが、ここでそれは発揮できなかった。 


 松永はこれを発動し、ソロモンの武器を『杖』と認定し、そうではない指輪を弾き飛ばすつもりだった。

 しかしソロモンはこれを予測して、直前で自ら杖を放棄することで、自分の武器は予め『指輪のみ』という状態にし、能力の要を守ったのだ。


 こうして松永の策を打ち破ったソロモンは彼女から離れつつ、呼び出した悪魔に松永を包囲させ、四方八方から一斉に襲わせる。

 刹那、悪魔はまとめて薙ぎ払われて倒された。


 松永は悪魔を一掃した勢いのまま、【利己の世戒】から取り出した大槍――【利己槍テルアキ】をソロモンへ振るう。


 その突然さ故に、ソロモンは壁の生成が間に合わず、松永の一撃を受ける。

 だが、間合いの関係上、命中したのは柄の部分。ソロモンは胴を叩かれ、突き飛ばされるだけで、致命傷には届かなかった。


 それでも、この一撃は松永が自信をつけるのには十分だった。


「いくら俺の能力がわかってても、こういう小細工なしの攻撃には弱いんだな……」


 松永は最初から【利己の世戒】を対策されるとわかっていた。


 先程、【不殺の世戒】解除後の鉄拳を防ぐや否や、ソロモンは自分から六メートルほど――【不殺の世戒】をすぐに再発動されても届かない距離に避難した。


 このことから松永は、ソロモンは相手の能力を読み取れると気付いた。

 そしてきっと自分が指輪を無力化しようと企み行動すれば、それを潰すように動くだろうと松永は考えた。


 故に松永はその先回りの上を行き、ソロモンが自分の【利己の世界】を無力化し終えて油断した瞬間に、先の一撃を叩き込んだのである。


 それも、【利己の世戒】のルールを転用して生成した、ただ能力を読むだけでは先読み出来なかった武器を用いてだ。


 ソロモンが体勢を立て直す中、松永は利己槍テルアキを杖にし、一瞬呼吸を整える。

 先程悪魔を一掃したことにより、再び周囲の光は大きくなり、効果を強めていた。


「悠長にはやってられない、だったらやはり貴様本体を速攻でぶっ潰すだけだ!」


 松永は残りの気力を振り絞り、再びソロモンへ槍を振る。


 ソロモンは両手を突き出し、黄金の弾丸を放つ。だが、得物の杖を先程投げ捨てた故に、その威力と精度は明らかに落ちている。

 故に松永はソロモンの魔法を片手間程度で処理し、ソロモンを一方的に攻撃した。


 叩かれ、刺され、殴られ、蹴られ、松永の衰弱の進度以上にボロボロになっていくソロモン。

 ソロモンは最後の望みをかけて、右手の指輪を輝かせ、呼び出せる限界である七十二体の悪魔を呼び出す。


 刹那、松永は槍の穂をソロモンに向けるように強く握り、そこへ雷を圧縮し充填する。


「【絶対至敗】は十分に強力なスキルだが、生憎俺はアイツみたいにバカスカ雷属性エネルギーを生み出せるタイプじゃない。だからこっちはこっちなりにアレンジさせて貰うぞ……」


 そして松永は雷を充填した利己槍テルアキをソロモンへ突き出す。


 ソロモンは手前に五体の悪魔を出しつつ、後ろへ退く。


 松永は手前に現れた五体の悪魔を貫き殺し、その槍を地面に突き立てる。それを軸にし、槍と同じく電気を溜めていた右足を強烈に突き出す。


「【絶対世戒ぜったいせかい】!」


 松永が放った右足は、ソロモンの腹部に命中し、莫大な稲妻がそこで炸裂する。

 同時に、槍に圧縮されていた稲妻は地面を伝い、ソロモンに通電する。


 蹴りと槍、その二方向から強引に流された膨大な雷属性エネルギーを内側から味わい、そしてソロモンはたちまち塵と化した。


 生き残っていた悪魔たちと周囲の光が消滅するのを一通り眺めて、松永はため息混じりに言った。

「どうして俺の敵はこういうめんどくさい奴ばっかなんだかな」



 真南門付近にて。


 そこには他の八つ門と同様に、一体の【英霊】が放たれていた。


 トサカのような装飾が備わった兜を筆頭に重装備を纏い、盾と槍を携えた筋肉隆々の男――【英霊】レオニダスだ。


 その相手を引き受けたのは石野谷だった。

「アイツが新手の敵か……さっさとケリつけてやるぜ! 【イカロス・ライジング】!」


 石野谷はレオニダスを見てすぐ空中へ飛び上がり、レオニダスを眼下に置いた状態で弓を引き、

「【ピュートーン・ブレイカー】!」

 炎を纏わせた矢を放つ。


 レオニダスは盾を構え、自分に降り注いだ矢の雨を完璧に防ぐ。

 防御後、レオニダスはすかさず持っていた槍を、石野谷が放った矢と同等の速さで投げつける。


 石野谷は横へ移り紙一重で回避。だがその先にもまた、いくつもの槍が凄まじい勢いで飛んできた。

 

 彼の相手はレオニダスだけではない。暗黒兵もいる。

 レオニダスの力の影響を受けて強化された暗黒兵三百体は、王にならって空中にいる石野谷めがけ槍を投げる。


 次々と飛んでくる槍を、石野谷は空中を飛び回り必死に避ける。

 最中、石野谷は数十本の矢をまとめて弓にかけて、

「【ミダス・ラピッド】!」

 黄金の炎を纏わせて一気に射る。


 レオニダスと暗黒兵は大きな壁を作るように同時に盾を構え、誰一人傷つくことなく、矢野雨をしのぎ切った。

 そしてレオニダスらは虚空から新たな槍を取り出し、石野谷へ再度投げつける。


「クソっ! 無敵かアイツら……ひとまず、空中に居ても意味はあんまないから……」

 石野谷は、魔力や気力の消耗を押さえるべく地上に戻る。


 直後、レオニダスたちは一切の隙間も乱れも見せず、盾と槍を構えて密集して並びファランクスを形成。

 その最前列に立つレオニダスは、暗黒兵を連れだって、重厚な威圧を纏い、巨大な壁のようになって石野谷に迫る。


「【ダフネ・バースト】!」

 石野谷はレオニダスのいるファランクス最前列の手前の地面に矢を放ち、火柱を巻き起こす。


 しかしレオニダスたちは進軍し続けている。

 レオニダス当人は無傷。最前列の兵士は数人傷ついたものの、ファランクスはまるで崩れていない。


「じゃあ次はこれだ!」

 石野谷は頭上に手のひらを向け、そこに炎の円盤を作り出し、レオニダスたちへ投げつける。

「【ヒュアキントス・ソーサ―】!」

 

 炎の円盤は最前列の暗黒兵に命中し、これでようやく三名が消滅した。

 その勢いのまま炎の円盤はレオニダスに命中したものの、それはただ盾を構え続けて、それの勢いが止まるまで耐えきった。


 この間も、ファランクスの接近は続く。


「だったら今度は……」

 石野谷は右脇で両手を合わせ、そこに炎をチャージしようとする。彼が最も得意とする【ロクシアース・ノヴァ】の予備動作だ。


 だが、そのチャージの進みはひどく遅かった。


 石野谷は不安になっていた。

 自分の数々のスキルを防ぎ切ったアイツならば、【ロクシアース・ノヴァ】ですら通用しないのではないのかと。これを使ってもどうにもならないのでは。と。


 そして石野谷は、フッと小さく笑った。

「何を今更考えてんだ俺は。祐とかエストルーク王子とかだって俺くらいヤバい相手と戦ってるんだ。なのに俺はこんな程度で悲観しやがって……俺はもっともっと先に行く必要があるってのによ……!」


 石野谷は合わせた両手の炎を再び大きくする。


 この間もファランクスを成して歩み寄るレオニダスたち。やはりその威圧は未だに重く強い。

 

 それらをしっかりと見据えて狙いを定め、石野谷は、

「そもそも、最近【ロクシアース・ノヴァ】に頼りすぎなんだよなぁ俺……もっと他にも色々出来ることはあるのにさぁ!」

 炎を蓄積した両手を突き出す。ただし今回は、足元へ向かって。


 両手から放った炎の反動で、石野谷はレオニダスへ真正面から突撃する。最中、彼は全身に炎を纏わせつつ、右こぶしを強く握り、

「食らえっ! 【ヘクトル・スパーキング】!」

 レオニダスへ豪快に殴りかかる。


 レオニダスは盾を突き出して受けようとした。だが、その盾はまるで氷のように溶けて無くなり、石野谷の拳を顔面に直撃してしまう。


 レオニダスは全身を燃え上がらせた状態で、ファランクスの最後尾までぶっ飛ばされる。ついでにその炎で後方の味方を焼き尽くしていく。


「……見たか、これが俺の力だ!」


 この一撃によりレオニダスたちのファランクスは崩れた。

 暗黒兵たちはただちに王へ傷をつけた張本人に束を成して襲い掛かる。


 その士気は普通の暗黒兵とは遥かに違う。

 この後ろにある計り知れない大きな物を守ろうとするような、ここを死地と定めてでも敵を破ると覚悟しているような、士気の高さがこの暗黒兵たちにあった。


 石野谷もそれを肌で感じ取っていた。こいつらは自分と同じくらい、この一戦に熱く激しい気概を持っている。

「だったらなおさら負けられねーんだよ俺は! 槙島が何の感情も抱かずに呼び出した雑兵ごときに負けてたまるか!」


 石野谷は弓矢とバッシブスキル【ヘリオス・アーツ】による格闘術をフル活用し、暗黒兵を次々と倒していった。


 そこにふっとばされたレオニダスが戻ってくる。

 全身は先程の炎によって大火傷に覆われて、まさしく満身創痍となっている。だが、自分に連れ添ってくれた兵士たちの魂に応える王さながらの気迫が、今のそれにあった。


「さっきの隊列組んでいた時よりも強そうじゃねーか……だがな、俺たちはもっと強いぞ!」

 

 レオニダスは石野谷めがけ余力がある限りがむしゃらに槍を振るった。

 石野谷はそれら全てを避けつつ、王を援護しようとする暗黒兵たちを倒す。


 暗黒兵一人一人が倒れるたびに、散漫だったレオニダスの槍術の鋭さが増していく。想いによって強くなっていく。


 だがそれに合わせて石野谷の動きもますます激しくなっていく。


「勿論、お前ら【英霊】にもだ! 俺たちのいろんな意味での『歩み』は、槙島が間違った思いで呼び出したコマごときに負けねーんだよ!」


 そして石野谷はレオニダスが振りかぶった槍を掴んでへし折ってから、

「【ピュートーン・ブレイカー】!」

 炎を纏わせた蹴りをレオニダスの腹に食らわせ、ついに消滅させた。


「どうだ見た……かぁッ!?」


 だがそれでも石野谷の戦いは止まない。

 王の仇を取る。その一心の元、それに連れ添っていた暗黒兵たちが玉砕覚悟で石野谷に襲い掛かってきたのだ。


「こいつらも必死だな……けど、ここはウザいとか言っちゃダメだよな」


 それから残った暗黒兵は、石野谷に立ち向かい続けた。

 どれだけ力の差を見せつけられようとも、全ての攻撃を見切られても、一切やめなかった。

 これは意志のない暗黒兵にとっては当たり前のことかもしれないが、その勇ましさは決してありえないことだ。


 と、石野谷は信じながら、三百体の兵士を一人一人全身全霊で倒していった。



 そして、南東門にて。


 真東門を有原に任せた後、飯尾は王都第三層を時計回りに回ってそちらにやってきた。


「いたいたアイツだ……おい、今助けに来たぞぉッ!」


 まず飯尾は、そこで暗黒兵に襲われている味方を、相手を倒して助け出す。


「ありがとうございます飯尾殿!」

「そして飯尾殿、貴方に頼みごとが……」


「言わなくてもわかってる! だからお前らはとっとと逃げろ!」


 負傷した兵士たちがここから離れて、また別の暗黒兵と戦い始める。


 飯尾は、ここにいる台風の目ともいうべき存在を睨む。


 宝剣と、それを模倣し作られた剣の二刀流で構える、中国三国時代の甲冑を纏う仁徳に溢れた風体の男――【英霊】劉備がそこにいた。


「劉備か……やっと俺でも知ってる偉人が出てきたな」


 劉備と飯尾はお互い見つめ合い、構えを取って相手の出方を伺う。

 暫しの静寂を挟んだ後、劉備が先に飯尾へ駆けた。


 まず雌雄一対の剣を上下左右別々の軌道を描くように振るい、飯尾を二方向から攻撃する。

 飯尾はそれを全て見切り、片方は身を反らしてかわし、片方は肘で太刀筋をへし曲げる。そして、

「【雷卦破砕脚】!」

 劉備の顔面に蹴りを命中させる。


 蹴り本来の衝撃と、そこから流された音属性エネルギーによる遅れてくる衝撃により、劉備は二段でダメージを受けた。


 当然、選りすぐりの【英霊】がキック一発で沈むはずがない。


 劉備は続けて、幾度となく双剣を振りかざし、怒涛の如く飯尾を攻める。

 しかし飯尾はそれら全てを見切り、ところどころ反撃を与えて、劉備の体力を削る。


 飯尾はバッシブスキル【八卦攻防陣】によって、自信を中心に半径二メートルの相手の行動をハッキリと読める。


 劉備の攻撃の鋭さは中々のものであった。しかしそれを事前に把握されてしまってはどうしようもなかった。


 劉備は飯尾に一撃たりとも入れられないまま、気の毒になるほどボコボコにされていく。


「悪いがこっちも他んとこ行きたいんでなぁ! さっさと消えろテメェ!」

 と、飯尾は劉備に言いつつ、止めを刺すつもりで拳を突き出す。


 しかし、二人の間に二つの槍が突き出され、飯尾の拳は劉備に当たる前に、その柄二つに阻まれた。

 正確に言えば槍ではなかった。片方は湾曲した幅広の刃を持つ大刀『青龍偃月刀』であり、もう片方は刃が蛇のように曲がりくねった矛『蛇矛』である。


 その持ち主は、劉備と同じ色彩の鎧で武装した男二体。

 片方は長いひげを生やした武人――関羽。

 片方は獰猛そうな豪傑――張飛。


 現在、槙島が【英霊顕現ヴァルハラ・アドヴェント】で同時に呼び出せる【英霊】は十体。

 この二体は、余った二枠を有効活用するため、劉備を支えるために追加で呼び出した【英霊】だ。


「桃園の誓いの義兄弟が集結か……クソッ、俺は三人も相手しなきゃいけないのかよッ!」


 劉備、関羽、張飛の三人は飯尾一人を囲い、個々の得物を振るって飯尾を集中攻撃する。

 たとえ人数が増えようとも、飯尾の【八卦攻防陣】は適応される。三人の行動は全て把握できる。

 だが対応できるかについてはまた別の問題。

 雨が降っているとわかっている状態であっても、雨粒を全て避けて移動するのは無理であるように、三兄弟が繰り出す攻撃は、量といい角度といい、飯尾が物理的に対処できる量を超えた。


 そして三兄弟は、完全な防御が出来ない飯尾の隙を容赦なく突いて、彼の身体にダメージを刻んだ。


 だがしかし、

「そんなありきたりな戦法で俺に勝てると思うなぁッ!」

 単純な頑丈さに定評のある飯尾を崩すにはまるで足りなかった。


 飯尾は今更傷つけられても気にしないと言わんばかりの気概で、一番間近にいた張飛に捨て身で掴みかかり、そして遠くに投げ飛ばす。


 これで一旦相手は二体になった。


 劉備が二剣を振りかざすのを連続して手刀で弾いてから、飯尾は関羽との間合いをゼロまで詰めて、

「【地卦転伐脚】!」

 サマーソルトキックで関羽の顎を蹴り上げ、その巨体を宙に浮かせ、

「【天卦咆穿拳】!」

 跳躍し、追撃のアッパーを思い切りそのみぞおちに食らわせる。


 これらの一連のダメージと、遅れてくる音属性の衝撃、落下時の衝撃によって、関羽は消滅した。


 飯尾が着地した途端、劉備と張飛は兄妹の仇を取るべく、飯尾に同時に襲い掛かった。


 飯尾は比較的前のめりに襲い掛かってきた張飛へと向き合う。

 それから繰り出された蛇矛の一振りを、飯尾は軽々と掴み、そのまま張飛を左へと投げる。


「【沢卦裂空脚】!」

 飯尾は投げ飛ばされて無防備な体勢となった張飛に向かって飛び蹴りを与え、

「【風卦撃砕拳】!」

 すかさずダメ押しの鉄拳を一つ食らわせる。


 そして張飛は周囲にある討伐軍と暗黒兵が戦っている場へと吹っ飛ばされる。


「お前ら、よけろ!」


「は、はい!」


 そこにいた味方の兵士はその場を切り上げ、張飛から逃げる。

 しかし暗黒兵たちはそれに間に合わず、張飛と激突。そして両者は消滅した。不運にも暗黒兵が持っていた剣で身体を貫いたのがトドメになったのだ。


「部下に殺されるなんて可哀想に……」

 と、飯尾は張飛に同情した瞬間、一体になった劉備が襲い掛かった。


 先程の巧みな双剣さばきはもうない。義兄弟を殺された激情に飲まれたかのように、乱暴に飯尾へ振りかざした。


 その動きの無駄の多さは、もはや【八卦攻防陣】に頼らずとも対処できるほどだった。

 劉備の力任せの剣を、飯尾は適当に身体を反らしつつ、適切な間合いを作り出す。


 そして飯尾は劉備をしかと捉えて、腰を落とし、右拳を引いて力を溜めて、

「【火卦剛衝拳】!」

 劉備の顔面を思い切り殴りつけた。


 数秒遅れて、顔面を源とし、劉備の脳天からつま先まで余すこと無く、音属性エネルギーの衝撃が轟き伝わる。

 この衝撃に劉備の身体は持たず、奴は光の塵となって爆散した。


「怒りに飲まれて敗北したか……けど、俺ごときがああでもないこうでもない言っちゃダメだよな」


 こうして、槙島が呼び出した八体の主の英霊は全滅した。


【完】

話末解説(また雑学なので読まなくてもいいです)


■英霊

【ソロモン】


 黄金を生成する魔法と、悪魔を呼び出す指輪を用いる叡智の英霊。

 呼び出した悪魔を倒すと、特殊な光の結界の一部となり、その範囲内にいるものを衰弱させていく。

 元ネタは旧約聖書に登場する古代イスラエルの王。

 神の恩寵により知恵を得て、国を繁栄させた紛うことなき英雄。

 晩年は享楽に溺れて財政を悪化させた上、異教を黙認し、国の分断の原因を作り出したと言われている。

 指輪によって悪霊を使役し神殿を建設した。ソロモンは72体の悪魔を使役したという逸話が存在する。


【レオニダス】


 自分の300体の兵士を強化し、その最前線で槍と盾を携え奮戦する勇敢な英霊。

 元ネタは古代ギリシャの都市国家『スパルタ』の王。ペルシア戦争にて武名を轟かせた紛うことなき英雄。

 自国の300人の重装歩兵含むギリシア連合軍を率い、テルモピュライという土地でペルシア軍の約20万の軍勢を食い止めた。

 防衛地点が狭い土地であるため、大軍を思うように展開できなかったという理由もあるが、何よりも彼の軍は屈強であった。

 槍が折れれば剣を抜き、剣が折れれば素手や歯で戦うなど、不屈の闘志を見せつけたとされる。


【劉備】


 雌雄一対の剣という双剣を操り威厳ある戦いを見せる英霊。

 同じ英霊の関羽・張飛と組み合わせることにより、その戦力は凄まじくなる。

 元ネタは中国・後漢末期から三国時代に活躍した武将にして、蜀の初代皇帝。

 史実を元にした創作『三国志演義』における関羽・張飛との義兄弟の契りである桃園の誓いが有名。

 演義においては軍略面では諸葛亮に頼る印象が強いが、史実においては屈指の戦上手であり、火を見るより明らかなほどの勝ち目のない状況での戦を除けば『最後まで』勝ち続けた。


【関羽】


 青龍偃月刀を怪力によって豪快に振るう英霊。

 元ネタは中国・後漢末期の武将。

 挙兵時から劉備に仕え、張飛と共に劉備軍の両翼として戦った豪傑。

 義理堅い人物であったとされ、そのことから商業の神として祀られていたりもする。

 その一方で自信過剰かつ傲慢な面もあったとも言われており、それが身を滅ぼす原因となった。


【張飛】


 蛇矛を怪力によって豪快に振るう英霊。

 元ネタは中国・後漢末期の武将。

 挙兵時から劉備に仕え、関羽と共に劉備軍の両翼として戦った豪傑。

 劉備への忠義は見事なものなのだが、性格は粗暴で荒々しく、自分より下の人間に対しては暴虐であったと言われており、それが身を滅ぼす原因となった。

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