第120話 救済前夜の追憶
槙島を止め、邪神を倒す。
この有原たちが再び表にした決意の直後、人々はその大望を叶えるべく各々の使命に勤しんだ。
兵を集め、武器を揃え、物資を整え、訓練を施し、などなど、王も臣下も兵士も国民も、そして有原たち界訪者も出来ることを一つ一つ行い、一丸となった。
そうした数多の努力が募って五日後、ミクセス王が統率し、騎士団長三人が直接指揮を取る軍が出撃した。
さらに一日後、ヒデンソル王国に突入する寸前、事前に援軍を要請していた隣の同盟国、ファムニカ王国の軍と合流。
そしてミクセス王国軍は約六万、ファムニカ王国軍は約四万。合わせて十万の大軍はヒデンソル王国へと踏み込んだ。
ヒデンソルの王都に向かう道中、妨害に遭うことは決してなかった。
槙島が『王都で待つ』という宣言通り、そこ以外では刃を向けないように命令を放っているのか。
国内の混沌から王都以外の土地に割く戦力がないのか。
などなど、一同は警戒しながらその理由を考えていたが、道中に通った街が例外なく戦禍によって荒廃しているのを見て、後者だと確信した。
そして一同はこの悲惨な戦いに終止符を打たなければならない。と、使命感を強めた。
ミクセス王国軍が出発してから二日後、それとファムニカ王国軍は、夕暮れ時に王都から約十キロメートル離れたところにある廃砦に到着。
両軍はそこを王都侵攻の仮拠点と定め、明日起こるだろう決戦を前に、ここで一晩最後の準備を整えることにした。
*
夜。二国軍拠点にある屋敷にて。
海野は広い一室に並べられた邪結晶十二個を眺めていた。
これまでと同じく魔物などのレーダーにするのは勿論、邪神を討伐し次第、すぐに界訪者たちが元の世界に帰れるようにと持ってきたものだ。
海野はそれらが放つ輝きを見て分析する。
「あの王都の方に、もう一個の邪結晶がある。それ以外の反応はまるでない……邪神珠は現状反応しないから、少なくとも魔物や邪神などはいないということか……?」
「おーい、お前こんなとこで何してんだ海野?」
最中、飯尾が背後からのんきに声をかけてきた。
海野はそのまま邪結晶の方を見続けたまま尋ねる。
「見ての通り邪結晶を使って敵陣の調査をしてる。で、そっちは俺に何の用だ?」
「こっちも見ての通りお前を呼びに来たんだよ。祐たちが待ってんぞ」
「見ての通りってなんだよ……断る。俺は今敵陣調査っていう大事な務めをしているんだからよ」
「それは軍議でもしてだだろ。何でそれをまたやるんだ」
数時間前、有原たちや国王などの軍の上層部が集まり、この場で軍議が行われた。
その中で、海野は今と同じように邪結晶の輝きの分析をして敵索を試した。しかしそちらでも結果は変わらなかった。
だから飯尾にとって、今海野がしているのは『無駄な居残り』としか思えなかった。
しかし海野は、
「もしかしたらまだ見落としている部分があるかもしれないと思ったからだ」
「軍議の時もわりかし血眼になって探してただろ? だったらもうこれ以上の発見は無いってことでいいんじゃないのか?」
「よくねえよ。お前みたいなアホにはわからないことがまだあるんだよきっと」
「もう中断しちまえよ。祐たちが待ってんだぞ?」
「だったらお前が言っといてくれ、『海野は忙しい』と」
「断る」
飯尾は部屋の端に片付けていた椅子を一つ持ってきて、それにどっしりと腰を下ろして、
「お前の仕事が終わるまできっちり見張って待ってやる」
「……勝手にしろ」
それから五分後。
海野は結局これ以上の情報を見つけられなかった。
(こいつに呼ばれる形で行くのは嫌なんだがな……)
「今終わった。さっさと案内しろ」
「思ったより早めに切り上げてくれて助かるぜ」
というわけで海野はしぶしぶ飯尾と一緒に屋敷を出た。
その道中。
「それともう二人、呼んできてくれてって頼まれてたからそれに付き合え」
「はいはい……ってことはさっきの時間で下手したらあっちも待たせてることになるのか」
飯尾は道をそれて、ファムニカ王国の軍が多く集まるエリアにやって来た。
そこで石野谷と内梨が、ファムニカの王族兄妹、エストルークとエスティナとそれぞれペアになって話していた。
一方は国の恩人。一方は片目の恩人。どちらも王族兄妹と縁が深い人物であり、両ペアはとても仲がよさそうに話していた。
「おーい石野谷、美来ちゃん! 祐が呼んでるぜ!」
そこへお構いなしに飯尾は入っていく。
「おいこらお前! そこは空気読めよ空気を!」
「そう言えばそういう予定が入ってたな。じゃあエストルーク、すぐ後で会おうな!」
「ごめんなさいエスティナさん。お邪魔しました」
「おう、そっちでも楽しんで来いよ石野谷!」
「こっちにもまた来いよー! 何度も言うけどこの恩は忘れないからなー!」
エストルークとエスティナは二人へ激しく手を振って見送ってくれた。
「思いのほかすんなりいったな」
と、海野はペアの解散の早さにツッコんだ。
「んじゃ、さっさと行くか、石野谷、美来ちゃん」
「おう!」
「はい、護さん!」
そして飯尾は三人をミクセス王国軍が使っているエリアへ移動し、目的地へと案内した。
その目的地とは、ミクセス王が『界訪者の方々には誰よりも英気を養っていただきたい』と用意した、一年二組専用の宴会場である。
既に有原、三好、武藤、松永、畠中が集まっており、遠征中に出されるものとしては良質な料理の数々に舌鼓を打っていた。
「おーっす、お待たせー! 他の三人をきっちりと呼んできたぜ祐ー!」
「ありがとう、護! あと先食べててごめん、皆!」
飯尾、内梨、海野、石野谷の四人も席につき、
「それじゃあ全員集合ということで、乾杯!」
「「「「「「「「かんぱーい!!!!!!!!」」」」」」」」
各々注いでもらったジュースや紅茶などで乾杯した。
それから各自、クラスメートとの談笑を始めた。
その最中、
「ところでさ、皆は元の世界に帰れたら何したい?」
と、三好は他の八人に問いかけてみた。
武藤は真っ先に答えた。
「勿論これまでどおりのことをするよー……」
「ごめんアタシの聞き方が悪かった。もうちょっと具体的な『したいこと』を教えてくれないかな? できれば、道徳の授業みたいなのじゃなくて、フツーに俗な感じので」
「えー、だったらお家帰って、ご飯食べて、お風呂入って、後は寝る……あ! そうだ! あと好きなサッカーチームの試合結果とかも見なきゃ!」
「っていう感じのを皆も答えてね」
次に答えたのは内梨。
「私はお母さんとお父さんに『長い間帰ってこれなくて心配かけてごめんなさい』って謝りたいです」
「そうだね。かれこれ二か月弱ここにいるからね……あっちとこっちで時間のズレとかあって、ひょっとしたらあっち帰ったら一日しか経ってなかったってパターンもありそうだけど」
「道徳の授業みたいなのじゃなくて、フツーに俗な感じでっていう縛りが早々に破れましたね」
と、松永はボソッとツッコんだ後、黙々とアイスココアを飲んだ。
三番目に答えたのは飯尾。
「俺も母さんと父さんに『ただいま』言いたいかな……でもって、父さんとここで手に入れた力で、柔道で初勝利を上げてやる!」
「ここで得た超能力はあっちに引き続けないとは思うけどね……でないとあっちの世界が大変なことになるだろうし」
四番目に畠中は答える。
「僕は、好きなゲームのアップデートが入ってたからそれを適応して、好きなVtuberの過去のアーカイブを見つくして、後は今まで通りの……」
「これこそ俗だな」
と、海野は言った。
「確かに。けど……せっかく命からがら帰って来てすることがそこまで俗っていうもなんかアレなような……」
「……そうですかね。やっぱりもっとすっごい夢持った方がいいですかね……はぁ、そういうの考えたことないから全然わかんないや」
「その辺をゆっくり考えるのも立派なことだと思いますよ、畠中さん」
と、有原は畠中へ優しく言った。
「わかりました、有原さん。なるべく、すごいことしたいと思います!」
続いて三好は海野に目線を向ける。
「うわ、ロックオンされた」
「いいからほら、皆答えたんだから、海野さんもなんか言ってよ」
はいはい。と、海野は嫌そうに返事してから答える。
「俺はやっぱ勉強三昧……かな。親元離れていい大学に通えるようにな」
「親元、ね……」
三好は八人の中で、この話を一番に聞いている。
弁護士である海野の父親が、十束貴史の国選弁護人となったせいで誹謗中傷を受けて精神的に参ってしまい、海野の両親は関係が悪化している。
海野はそういう厄介事を避けたいと思っていたのだ。
「……けどさ、海野さんが帰ってきたら、夫婦仲が良くなるかもしれないよ?」
「は、何で?」
「ほら、なんかよくあるじゃん。別れる寸前の夫婦が子供のことを考え直して、もう一回頑張ろうってなる展開。あれみたいになるんじゃない?」
「なるほど……それだと、いいね……」
と、答えた後、海野は赤面して、そっぽを向いた。
これを飯尾は茶化してみる。
「おーい海野、なーに恥ずかしがってんだよお前ー」
「……ちげーよ飯尾。『俗な回答でいい』って言われてるのに、クソマジメな回答したのが恥ずかしいんだよ」
「結局恥ずかしがってんじゃんかよ」
海野は無表情を保った状態で向き直し、
「というか、三好さん。あなたの答えをまだ聞いてないんですけど?」
「え、アタシはだいたい一週間前にチラッと言わなかった? 奏と紬と依央の分まできっちり生きるみたいなこと言ってたよね?」
「ああ、それか……良いことなんだけど、メチャクチャ漠然としてるし、さっきの俺以上にクソマジメだな」
「ま、それはご愛敬ということで」
「何がどうご愛敬だ」
七番目に問いかけられたのは石野谷だ。
普段は快活で決断の早い性格の彼だったが、今回はやたらと時間を開けて、搾り出したような声で答える。
「……俺は、とにかく色々環境を変えたい」
畠中は尋ねる。
「どういうことですか、具体的に教えて……くれませんか」
「前にちょっと話したことあるんだけどな……俺、家族から嫌われるんだよ。ずっと昔の『やらかし』を延々と責められてさ。だから、今俺が帰ったらすることってそれくらいしかないんだ……」
石野谷のやらかし――寒い日、交通事故にあった友達の見舞いを優先して、妹の塾からの迎えをすっぽかして風邪を引かせたことだ。
それから石野谷は、両親や妹から『だらしない子』のレッテルを張られ、少しでも良くないことをすればその一件を引っ張り出されて執拗に責められている。
石野谷は会釈程度に頭を下げて、
「……ごめん、ますますクソマジメな回答しちまった。他の候補が『槙島とか畠中とか、迷惑かけた人全員に謝る』とか『友達の分も生きる』とかしかなかったから……」
「い、いいよ別に……楽しいことが思いつかなかないくらい切迫してるんだったら仕方ないし」
「それに、後にいる奴はもっと暗い話しか出てこないですからね」
と、その『後にいる奴』こと、松永は言った。
某市史上最大の犯罪者の実の娘であり、市長に許嫁として送り出すため『だけ』に、真壁グループに育てられたていた少女、松永。
社長の娘にして後継者であった真壁と、九人の重役の子供が死んでいる以上、彼女のみが元の世界に帰れば、きっとその悲しみは『何でお前だけが生還しているんだ』という松永への身勝手な憎しみに変わる。
それはこの場にいる全員が容易に想像できた。
故に、場がしんみりとしている中、松永は答える。
「被ってしまって申し訳ないですが、俺も今の環境を変えたいですね。経緯は長いし重いんで話せませんが。だからその前に……」
そして松永は有原と向き合って、
「親父の犯した罪と、自分の首を刺したことから始まった俺自身による迷惑については、俺が次の戦いでちょっとでも償いますんで、暫しお待ちくださいね、有原さん」
すると有原は空気を呼んで慎みつつ、少しだけ口角を上げて、
「ありがとうございます、松永さん。けど、何度も言っています通り、あなたは何も悪いことをしていないんですから、自分を責めなくていいんですよ」
松永はそれにつられてほんの少し微笑みつつ、目から薄っすらと涙を滲ませつつ、
「……本当にすみません。ありがとうございます」
と、有原に返した。
「じゃあ後は……有原さんだね。じゃあ学級委員らしく、リーダーらしく、そんでもって【勇者】らしく言っちゃってください」
「はい、わかりました三好さん!」
「あ、言っとくけど『あの漫画』の話はするなよ」
「はいはい、わかってるよ護……僕はね、全員で帰ったら、またどこかで集まりたいです」
「集まりたい……それは学校でとか、ではないですよね?」
「はい、美来さん。休みの日とか暇な時に、どこかで遊んだりしたいと思ってます。なんてったって、護や美来さんはともかく、他の皆さんともっと仲良くなりたいですから」
飯尾と内梨と発言者本人を除く六人は一緒のことを考えた。
大陸に来る前、自分たちはそれぞれクラスメートであることを除けば接点はあまりなかった。
しかし数々の出来事を経て、バラバラのクラス内グループにいた自分たちは、『仲間同士』になった。
と、その事実を思い出した一同は、感慨深く思った。
そして一同は、
「確かに、それはいいかもな」
「だね。もうあれこれ乗り越えた間柄だしね」
「うんうん、いいねそれ!」
「……俺なんかが一緒にいても楽しいかわかんないですけど。喜んで」
有原の提案を喜んで受け入れた。
「すっごく祐さんらしくていいですね。それ」
「だな、美来ちゃん! これはやる気が俄然湧くぜ!」
「ありがとう、皆! じゃあこの戦いに勝って、大陸を助けて、そしてもうこれ以上仲間に『さよなら』と言わないように、『十人』全員で生きて帰ろう!」
「『十人』……そうだな、十人全員で帰ろうぜ! 絶対にな!」
石野谷は有原に同調してうなずいた。
「あ、ところで祐。ここで一つ提案いい?」
「うん、いいよ陽星」
「元の世界に帰った後の集まりでさ、皆で映画みないか? ほら、去年の夏の新作がもうネットで配信されてるだろうし!」
「いいねそれ! あれ意外なキャラが強くなってすっごく面白かっ……」
「だから例の漫画の話はすんなって言ったよなぁ! アニメ映画見るんだったらせめて『RED』にしてくれ!」
「……人数は減ったが、まさかあれだけいがみあっていた『一年二組』がこうも団結力が増すとは、な」
と、ハルベルトは、一年二組の九人の宴会を、遠くの建物の影に隠れつつ眺めて言った。
「そして彼らのような少年少女たちが、この世界を救ってくれるとは思いもよらなかった」
「つくづく過去の私が恨めしい。彼らのような救世主を異端者だの好き放題罵るとはな……」
ハルベルトが振り向くと、ゲルカッツとレイルが同じように一年二組を眺めに来ていた。
「お二方もですか、ゲルカッツ様、レイル様」
「まあな。改めて言うが、紆余曲折はあったが、彼らのような善良な救世主を召喚してくれてありがとう。大義だったぞハルベルト」
「そしてすまない。あの時は新参者の貴方ということも相まって、貴方の勇気ある行動を頭ごなしに否定して……」
まずハルベルトは謝罪するレイルに、
「レイル様。今はもう謝らなくていいのです。なんせ貴方は、もう既に私と志を共にしているのですから」
「は、ありがとうございます」
次にハルベルトは自分を称賛するゲルカッツに対して、
「そのお言葉、感謝致します。ですが、少々時期尚早かと私は思います」
「はっ、その訳は……さては邪神を討伐してからにしてくれ。ということか?」
「左様でございますゲルカッツ様。ここまで来たからには、私への称賛は、邪神を討伐してからでお願い致します。既に散ってしまった兵と民幾数万と界訪者二十七名、それらの悲願が叶うのを目前として、私は満足してはならないと思いますので……」
ゲルカッツはドッと笑いながら言う。
「ここは遠慮なく受け取ってくれ! 悔やむのもいいことだが、喜んで景気づけるのも将にとって必要だぞ!」
レイルもクスクスと笑って、
「その使命は私達も背負っているもの。一人で抱え込み過ぎないでくださいよ、ハルベルト」
この二人の言葉を受けて、ハルベルトは自分の過剰な畏まりを恥じ、照れくさそうに笑う。
「は、それは……そうかもしれませんね。ありがとうございます、お二方」
そして三人の騎士団長は、一年二組に気づかれないように笑い合った後、彼らの様子の観察を再開した。
「クローツオが悲運の死を遂げ、フラジュが愚行に走った故に国外追放となり、そして残った三人の騎士団長――あれだけ個々の姿勢から対立していた三人が手を取り合うとは……こうした面でも、界訪者の皆様はありがたいな」
と、そんな三人の様子を遠くの建物の影から覗いて、ミクセス王は微笑んだ。
このようにして、二国が合わさって出来た邪神討伐軍は、これまでの歩みを振り返りつつ、この一晩で士気と団結力を高めた。
――そして翌日明朝、全軍は最終決戦へと臨む。
【完】
今回の話末解説はございません。




