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第12話 トリゲート城塞奪還戦・勝利の行方

 槙島と畠中を庇うため、邪神獣【破滅のイビルノーザ】の毒息を直で浴びてしまった篠宮は、膝から崩れ落ちた。


「な、何やってるんだよ勝利ィィィッ!?」


 刹那、飯尾の悲痛な叫びが城塞をこだまし、


「飯尾……悲しいけど、お前はちょっぴしあの蛇を相手して! 内梨さん、あなたは毒の治療を!」


「は、はい! 海野さん!」


 海野は水魔法で篠宮に付着した毒を洗い流し、すかさず内梨が、

「【ライフ・サプライズ】! 【リフレッシュ・サプライズ】!」

 回復魔法と状態異常を治す魔法を与える。


 これで外見上は毒も外傷も無くなった。けれども、篠宮の具合は一向に良くならない。


「なるほど、とんでもない猛毒過ぎて、ちょんとそこらの魔法じゃ治らないってことか……」


「うう……ごめんなさい……! 私が力不足なばっかりに……」


「ああ、ごめん内梨さん! あなたは悪くないです、悪いのは……」


 海野は一瞬、この悲劇をただ呆然と立って眺める槙島を見てから、続いて飯尾を犠牲者にしようとするイビルノーザを見て、

「あの邪神獣ですから……」 


「そうだよ……あなたは悪くないよ……内梨さん……」

 と、篠宮は内梨になぐさめの言葉を送りつつ、ゆっくりと立ち上がる。

 それを有原は強引に押し止める。


「勝利、君は安静にしててくれ! まだ、まだ治る方法があるかもしれないんだから!」


 その時、彼らの側で久門が急降下して着地する。


「【ホルアクティ・ライジング】の時間切れか……ずっと続いてくれりゃいいのによ」


 有原が久門へ問いかける。

「久門さん! 頼みます、ここに【祈祷師】とか、回復出来る人を呼んでください! 例えば梶さんとか! あの人、確か【祈祷師】でしたよね! 今ここに死にかけてる人がいるんです! だから……」


「うるせぇ、今忙しいんだよ俺は! 【ホルアクティ・ライジング】!」

 久門は海野の懇願を一蹴し、再度炎の翼を生やし、テラフドラへ立ち向かっていく。


「この薄情者……」

 海野は小さくなる久門へ向けて、罵りの言葉を発した。


「……もういいよ……みんな……もういいんだ……」

 その間、篠宮は剣を持ち、おぼつかない足取りでイビルノーザへ近づていた。


 有原はすかさず彼の前に立ちふさがる。

「おい、篠宮! だから、もうこれ以上動かないでくれ! まだ、まだ助かる方法が……」


「……いいんだよ……なんとなくわかる……僕はもう助からないって……だから……せめて……せめて……ごめん……」


 篠宮は【神寵】で得た怪力で、目の前の有原を突き飛ばし、


「【メギンギョルズ・エンハンス】」

 残された力を自己増幅し、


「行くな、勝利ィィィッ!」


 有原の必死の静止も聞かず、イビルノーザへ突撃する。


「!? おい、なんで来るんだよ勝利! こいつの相手は俺が!」


「ごめんどいて、護!」


 イビルノーザと交戦していた護を掴んで後方に投げ飛ばした後、新たな標的を睨むイビルノーザへ飛びかかり、


「【ミョルニルズ・ヴァリアント】!」

 落雷の如く最上段の剣撃を脳天へ叩きつける。


 投げられた飯尾は受け身を取って着地した後、篠宮の決死の戦いを見て、

「やっぱり俺には無理だ……待ってろ勝利! お前だけ捨て石になんかさせないぞ!」

 気炎を吐き、再びイビルノーザへ足を向ける。


「やめろ、護!」

 有原は、彼にしては珍しく、威圧的な声色で飯尾へ訴える。


「なんでだよ祐! お前まさか勝利を……」


「……結果そうなるのはわかってるよ。けど、今の僕たちじゃあ、ここにいても篠宮だけじゃなく、もっと大勢の人を悲しませるだけだ……」


「まだ負けるとはわかんねぇだろ! グエルトリソーの時みたいにいきなり神寵に覚醒すればきっと……」


「でも、ごめん……ここは勝利の気持ちを優先させてくれ……!」


「勝利の気持ち……クソっ!」


 ここで倒れるのは、もう助からない自分だけでいい。それが篠宮の抱いた悲愴の覚悟だ。

 それをもう覆すことは出来ない。その事実を噛みしめ背を向け、有原たちは屈辱の撤退を始めた。


「ごめんなさい、ごめんなさい……ごめんなさい、勝利さん……」

 内梨はとめどない大粒の涙で顔をグチャグチャにした。


「クソっ、どいつもこいつも……!」

 海野は自分を含む、この結末を助長した原因全てを恨んだ。


「……」

 その間槙島は、自分ではどうすることもできず何も言えなかった。


 彼らが帰路の中盤あたりに差し掛かったその時、聞く者全てを畏怖させるようなテラフドラの咆哮が、空中から放たれた。


 それを合図に、今まで城塞内部に潜んでいた魔物たちが姿を現した。

 もちろん、有原たちの近辺にいた魔物たちは、彼らの撤退を阻みむべく、襲いかかる。


「【ブライト・カッター】」

「【破砕脚】」


 有原たちはそれを淡々と処理していく。


(こんなところで立ち止まれるものか……)

(勝利のためだ、せめてその意志は継がないと……)


 有原と飯尾は決意を胸にしまい、仲間たちの先陣を続ける。



 同時刻。


「急にバカでかい声出したからなんだと思えばよ……何がしたいんだテメェは!」


 未だに久門とテラフドラは終わりの見えない空中戦を繰り広げていた。


 最中、地上にいる式部と石野谷が彼へ叫ぶ。


「ま、将郷さん!」

「一大事っス、一大事!」


 久門はテラフドラへ適当なスキルを繰り出して牽制した後、テラフドラから距離を取って、

「何だお前ら! 俺等に水を差すなとなんど言えば……」


 久門が地上へ振り返ると、大広場の仲間たちが大勢の魔物と混戦を繰り広げていた。


「なんか急に雑魚……いや、『まあまあしぶとい雑魚ラッシュ』が始まってるんですよぉ!」


「さっきのデカ咆哮の後からずっとこんな感じです! ワンチャンやばいかもしれないっス!」


「へぇ、お前らがヤバいと言うか……ふざけんな、もっと気張れ! と、言いたいところだが……」


 正直なところ、現在、久門はここでの戦闘に飽きていた。

 特に、攻撃こそ強烈だが一向に傷ついてくれないテラフドラにだ。


 だから久門は、大剣の一閃で魔物を五十体ほど消し飛ばしつつ大広場へ着陸し、

「今日はもうここまでにするか! 級長もなんか帰ったっぽいしな!」


「「そうっスね!」」

 仲間たちとともに撤退を始めた。


 その裏で、

「【ミョルニルズ・ヴァリアント】……!」

 篠宮は本日三度目の渾身の一撃をイビルノーザの脳天へ叩き込んだ。


 イビルノーザは激しくのたうち回り、やがてぐったりと地面に倒れた。

 同時に、毒と疲労と無数の傷で満身創痍となった篠宮も、ヒビ割れた剣を放って倒れた。


「……ま、まだだ……またこいつは脱皮して立ち上がるかもしれない……食い止めないと……」


 だが、いくら念じても、いくら力を振り絞っても、もう篠宮は立ち上がれなかった。


 勝ち目もないのに抵抗を続ける厄介者が消え失せた後のテラフドラは、天へと邪悪な漆黒を湛えた息吹を放つ。

 終末を彷彿させるような猛火の五月雨が、城塞全土へと降り注ぐ。


 その猛火の一部は、意図せず、同胞の介錯と、友達思いの戦士の葬送の役割を果たした。


「あのドラゴンめ、さては俺が恋しくなって泣いてるのかぁ!?」


「それは流石にないでしょ将郷さぁん!?」


「多分俺たちを皆殺しにしたいんですよきっと!」


 久門たちは、この猛火の五月雨に大混乱しながら、妨害する魔物の除去と撤退を続ける。

 最中、不運にも特大の火炎の塊が、ちょうど彼らの真上から降ってくる。


「だとしたら、少なくとも俺にはこんなのぬるすぎらァ! 【シュー・エクスプロージョン】!」


 久門は火炎の塊を、自ら頭上で起こした爆炎で相殺する。


「おおい、お前ら無事か!?」


「ああ、十人とも無事だ!」

 式部はグッドサインをしつつ返事する。


 だが石野谷は得物の弓と矢でバツ印を作って、

「いや無事じゃねーだろ! ほら、さっきから桐本追っかけてきた女子四人がいねーだろ!?」


「ああ、そういや黄色い声上げて勝手についてきてたな」


 久門は周囲の燃え盛る廃墟の街を見渡し、女子四人――三好たち四人を探す。


「確かにいねぇな。桐本、お前は知らんのか?」


「上の竜が火を降らすまでは近くにいた気がするね。けど、それっきりだよ」


 そうかい。と、久門は桐本に言った後、しばらく、三好たちがやってこないか待ってみる。

 しかしそ、三好たちは久門たちのもとに戻ってくる気配がない。


「……もう待ちくたびれた! 行くぞお前ら、勝手についてきたことから全部奴らが悪い!」


「はい、将郷さん!」

 そう式部は元気よく肯定し、


「いやちょっと待てぃ!」

 石野谷はそうしなかった。


「将郷さん、時正、そして引率者桐本ゥ! 置き去りにしちゃっていいのかよそれで!? 真壁とか級長とかがバチギレするぞ!?」


「知らん。いつも通りとぼけとけ」


「そっそ。わざと置き去りにするってわけでもないし」


「そして彼女たちは全員とも神寵覚醒者だ。そう悪いことは思わないと、僕は信じてるよ。可愛い子には旅をさせよ。とも言うしさ」


「……あ、そうですか。じゃあ、了解っス」


 こうして久門ら十人は、三好たちを待たずして、自分たちが侵入した北西門を目指す。


 さっきのテラフドラの炎の五月雨により道が炎上していることと、魔物たちが跋扈していることで、帰りの道は行きよりも険しいものになっていた。


 だが神寵を得た久門にとっては、どちらが険しいかなど五十歩百歩に過ぎない。

 久門は武力でいともたやすく道を切り拓き、仲間と共に北西門へたどり着いた。


「ようし、これで出れるぞ! って……あれ、橋が……」


 久門たちはそこで立ちどまった。

 今は毒で満たされた堀を越えるための橋が、壊れて無くなっていたのだ。


 が、久門は全くして気に留めていない。

「このぐらいならなんとかなるな。梶!」


「へい、おまかせください!」



 トリゲート城塞内部、北東方面。


 有原たちは仲間一人を失った後悔を抱えながら、北東門へと駆けていた。


「そ、そう言えば真壁さんと久門さんはどうしたのでしょうか……?」


「さあな! 久門はともかく、真壁はあの竜が来た瞬間に逃げてると思うぜ! 『勝ち目のない戦いとなれば優先すべきなのは保身だ』とか言ってな!」


 飯尾が言った通りであってくれ。どうか、これ以上の犠牲は出ないでくれ。と、有原は走りながら祈った。


 そして六人はついに、北東門をはっきりと目の前にした。


「よしっ、ゴールはもうすぐだ……はっ!?」


「どうした海野、その『はっ』は一体何だ!?」


「脳死で質問すんな飯尾! 後ろを見やがれ後ろを!」


 その時、有原たちの背後から数多の魔物が波浪のような密度で群れを成して追っていた。


 有原はその群れの勢いと数と強さを考えて、

「この体数だったら戦うよりも逃げるほうが手っ取り早い! 全力で走ってくれ、みんな!」

 と、指示し、六人は『逃げ』に集中した。


 彼らの最終目標地点、北東門から対岸へ伸びる橋の先には、ハルベルトとクローツオが待っていた。


「こっちです、皆さん!」


「助けられず申し訳ない、有原殿! 真壁殿の部隊が『戦闘続行不能』の狼煙を上げていた故、援軍をよこせなかった!」


「いいんですハルベルトさん! むしろ皆さんを巻き込まなくてよかったです……今そちらに戻ります!」


 そしてついに有原たちは門を潜り、橋の石材を踏みしめる。


「【サンダー・ショット】」


 有原たちが渡りかけた橋に雷が落ちる。

 落雷地点からバキバキとヒビが広がり、橋は崩れだす。


 有原たちとハルベルトとクローツオは同時に、同じ方角を向いた。

 そこに雷を落とした張本人、真壁がいた。


【完】

話末解説


■魔物

【破滅のイビルノーザ】

 レベル:40

 主な攻撃:毒の吐息、毒の牙による噛みつき


 蛇型の邪神獣。トリゲート城塞に巣食う魔物の主的存在。

 毒の吐息や牙で敵をなぶり殺す。また、脱皮することで受けたダメージをリセットすることも可能。

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