第118話 もう戻ることはない
鳥飼は眼下にある有原たち九人の敵へ雄叫びを放つや否や、彼らめがけ黄金の爪を振り下ろす。
今の鳥飼楓は真壁の威光にすがる下劣な令嬢ではない。
黄金の四肢にステンドグラスのような極彩色の翼を持つ、全長五十メートルの巨体を持つグリフォン型の『魔物』である。
槙島が決戦のためにヒデンソル王国の王都へ撤退する際、そのしんがりとして彼の臣下の『老人』が、【邪神珠】の魔力により、魔物に変貌したのだ。
「……鳥飼さん……!?」
黄金の爪が迫りくる中、九人の最前列にいる有原は剣を構えたまま、一歩も動こうとしなかった。
皆のためにもここは何らかのスキルを用い防御したほうがいいのは重々承知。
されど、師匠グレドを殺したことなどの因縁があるとしても、クラスメートが魔物と化して襲いかかったという事実には、流石の有原も狼狽えた。
最中、武藤は有原の前へ出て、
「【ヴァハ・ガード】!」
クラウ・ソラスの刀身から光のバリアを展開し、鳥飼の爪を受け止める。
さらに飯尾が武藤の横から駆けて、
「【風卦撃砕拳】!」
鳥飼の右前足の側面へ、飯尾は右拳を思い切り叩きつける。
殴打そのものの衝撃と遅れて来る音属性エネルギーの衝撃で、鳥飼は右足を引っ込めた。
多少反動が残っている右手をブンブン振りつつ、飯尾は有原へ向かって言う。
「祐。一番前にいたんだからお前が動いてくれよ。ま、俺に期待してたから。って言うんだら別にいいけど」
続いて武藤も、
「だよだよ? ボクはかっこいいところ見せられてそれはそれでよかったけど」
「いや……ごめん護、武藤さん……」
と、有原は本心を漏らすこと無く、二人へ謝った。
ここで、【ルルイエの掌握】で一通りの情報収集を終えた海野は、有原のためを思いながら遠慮なく言った。
「……祐、残念だが、アイツはもう救えない」
有原は特に動揺せずに返す。
「もう鳥飼さんは僕たちのクラスメートとして戻ってこれない。ってことですね?」
「そういうこと。さっき手短に言った通り、アイツはもう『人』じゃなくて『魔物』に成り下がった……いや、成り下がってたのはもうずっと前からかもな」
ここで内梨は尋ねる。
「何か、元に戻す方法はないのでしょうか……?」
海野は即答する。
「実際はあるかもしれない。ただ、前例がまるでないし、何よりも……あの様子じゃあ多分探しても絶対無いんだろうな」
それから有原、飯尾、内梨、海野、武藤の五人は空を見上げた。
鳥飼は空中に留まり、翼を羽ばたかせ、七色に煌めく光の刃の雨を降らせる。
これに対して、
「【ミダス・ラピッド】!」
石野谷は黄金の炎を帯びる矢を数十本一斉に放ち、
「【ヴェーダ・ジェネレート】……うりゃーッ!」
三好は闇属性エネルギーで大量にナイフを作り出し、矢継ぎ早に宙へ投げ、
「はぁッ!」
松永は手を挙げ、稲妻を放つ。
これら三人の攻撃によって、光の刃の雨はかろうじて空中で相殺された。
刹那、鳥飼は四肢を一点に向けて、虚空に黄金の光の球を作り出す。
そしてそれを直径十メートルまで巨大化させた後、地上へと落とす。
「【ゾス=オムモグの饗宴】」
海野は開いた得物の魔導書の紙面から、恐竜の頭を象った水の塊を作り出し、黄金の光の球へと打ち上げる。
「ぼ、ぼ、僕も手伝うぞ! 【夜食国の願】!」
さらに畠中は海野の水の塊に光球を当てて、その攻撃力をほんの僅かに上昇させる。
水の塊は黄金の光球に激突した瞬間、そのエネルギーを吸収し、一気にそれと同等の大きさにまで成長する。
そして二つの攻撃は空で激しく輝き破裂して消えた。
「あれでも食いきれなかったか……だとしたら地上に落ちたら俺ら一同消し炭にされてたな。危ない危ない。
というわけで、わかっただろう? もうアイツは鳥飼ではあるがかつての媚売り薄情お嬢様ではない、邪神獣と遜色ない獰猛な魔物だってな……」
「……そ、そんな……でも……!」
内梨の顔の前に、有原はそっと手を出す。
「美来、僕たちも戦おう」
自分が躊躇し続ければ、かつて師匠を失った時のように、誰かが傷ついてしまうだろう。
鳥飼にとっても、このまま魔物として暴れ続けるのは悲しいことだろう。
有原は、不変の『誰かを助ける』という使命のもと、最善を目指して鳥飼を真剣な眼差しで見上げた。
「……はい!」
そんな彼の意思を内梨は親友として、感じ取り、これ以上の問答はしなかった。
「そうだな。俺たちも早く奴を止めないと」
「そうだね。俺たちも早いとこアイツを倒さないとね」
同じく有原の友である飯尾と海野も、有原の決意を同時に肯定してくれた。
(やっぱり、二人とも目的が一致すると息が合いますね……)
そして武藤は、
「わかったよ有原さーん! なんならせめて有原さんが手を下す前に僕がアイツを倒してあげるからねー!」
先程の有原の言葉を耳にした瞬間、クラウ・ソラスの光属性エネルギー噴射で、空中へと飛び立っていた。
「ありがとうございます、武藤さん……けど! 僕も、学級委員として、一応皆のまとめ役として、引き続き誰よりも頑張りますから!」
そう空中へ飛んだ武藤に言った後、
「ハルベルトさん、ゲルカッツさん! 兵士の皆さんはなるべく離れたところで固まって警戒していてください! 鳥飼さんはなるべく僕たちでなんとかします!」
「承知した! 有原殿!」
「お気をつけて、皆様!」
騎士団長二人に兵を避難するよう頼み、
「じゃあ隆景、これまでどおり補佐は任せるよ」
「はい、ご心配なく」
海野にお願いしてから、
「陽星! 僕たちも武藤さんを追いかけるよ! 【須勢理ノ翔矛】ッ!」
「おう! やっぱ俺たちと言ったら空中戦だもんな! 【イカロス・ライジング】!」
石野谷と共に空へと舞い上がった。
鳥飼は迫りくる武藤と有原と石野谷を見据え、色とりどりの羽根を周囲にばらまく。
有原と石野谷の二人は高度を上げながら、
「【爪津ノ飛刀】!」
前者は剣を振り、風の斬撃波を放ち、
「【ピュートーン・ブレイカー】!」
石野谷は引き絞った矢を炎を纏わせて放つ。
二つの遠距離攻撃が鳥飼へ間近に迫った時、近くに漂う羽根が桜吹雪のように彼女の周囲を回る。
風の斬撃波と炎の矢は、この羽根の束に飲まれ、切り刻まれ、鳥飼に届かなかった。
続けて武藤はクラウ・ソラスの刃に光を纏わせて、
「【トゥアハ・グローリー】ッ!」
全身全霊で鳥飼へ振るう。
鳥飼は周囲を舞う羽根を武藤の前に結集させ、盾として強固に固める。
「こんなの突き破ってやる!」
武藤はお構いなしに羽根が重なって作られた盾にクラウ・ソラスを当てる。
案の定、その攻撃は鳥飼に直接届かず、羽根の盾の配列を多少崩した程度で終わった。
「武藤さんの努力は無駄にしない! 【湍津ノ疾槍】ッ!」
有原は足裏から風を噴射し、すぐさま武藤の側に接近し、
「【市杵ノ崩槌】」
得物の剣の柄頭に固めた空気の塊を、構成が緩んだ羽根の盾に押し付け、突風を炸裂させる。
すると盾を構成する羽根はバラバラに飛び散った。
「や、やっぱすごいな有原さ……うわぁーーッ!」
武藤は有原の技に感心するあまり、クラウ・ソラスのエネルギー噴射の調整をおろそかにしてしまい、地上へと落ちかける。
しかし有原がすかさず彼女の手を空いた左手で取って、落下は免れた。
「気をつけてね、武藤さん」
「は、はーい……すみません」
この時、石野谷は弓に一本の矢を掛け、限界ギリギリまで引き絞っていた。
「仕上げは俺に任せろ! 【ヒュアキントス・ソーサー】!」
弦から手を話した途端、矢は炎を帯びつつ横に回転し、あたかも炎の円盤のようになって飛んでいく。
横回転する炎の矢は、防御手段が有原に散らされた鳥飼の右の羽に命中し、それを根本から切断する。
「まだまだこんなもんじゃないぞ!」
さらに炎の矢は石野谷の意思でUターンし、立て続けに鳥飼の左羽をも切断した。
こうして飛行手段の無くなった鳥飼は地上へと落下する。
だが、ただ落下するのではない。くちばしを地上へ向け、体を捻り、眩い光を湛えながら高速回転して地上の六人へ迫った。
ある程度恐怖を乗り越えた畠中も、この勢いを見ては不安にかられてしまう。
「や、ヤバイくないですかアレ……」
「ま、確かにヤバイかもな……けど!」
飯尾は右腕をブンブン回しながら、自信満々に言い放つ。
「俺だったら真正面からぶっ飛ばせるがな!」
「そ、それはちょっと自信過剰な気がします……」
畠中の指摘に、側の女子三人はうんうんとうなづいた。
「俺も畠中と同感。いくらお前でも無茶にも程がある」
「ですよね、海野さ……」
「だから、やるんだったら俺にも手伝わせろ。たまには息合わせて戦ってみようじゃんか」
「オッケー、そんでもってミラクル大爆発起こしてやろうじゃねぇか!」
「……ええ、海野さんもですかぁ……?」
と、畠中は海野の考えに半分呆れ、
(思ってるより結構息が合う機会は多い気がしますよ……)
内梨は二人の様子を微笑ましく思っていた。
猛回転する鳥飼は地上から約十数メートルというところまで迫った。
海野は魔導書に手をかざし、頭上に一切の淀みしか無い水の球を作り上げ、そこから凄絶な勢力をもって水流を鳥飼へ当てる。
同時に、飯尾は地面を思い切り蹴り、勢いよく跳躍する。
飯尾は既に当たっている水流に拳を掠らせて、鳥飼のくちばしを全力で殴る。
「「合体奥義、【溟卦比類撃】!!」」
飯尾の拳は水流により勢いが増し、海野の水流は音属性エネルギーにより高周波ブレードの横領で勢いが増す。
二人の攻撃が重なり共鳴したことにより、単なる足し算では済まされない程の威力と衝撃が鳥飼に襲いかかった。
このダメージに鳥飼は絶えきれず、突撃を中断し、その巨体を地面に叩きつけた。
だが鳥飼はまだ息絶えてはいない。鳥飼は四肢を動かしゆっくりと起き上がる。
最中、鳥飼の切断された両翼の断面から光が漏れ、徐々に再生しつつあった。
飯尾は海野の側に着地してからそれを見て、舌を打つ。
「チッ、勝負ありと思ったらそうじゃないどころか、また元通りになろうとするか……」
「だが治りは遅いな。今すぐに一押しすればこいつは終わるな……」
と、海野はつぶやいた後、有原に補佐を任された身として、指示を出すべく振り返る。
そこには内梨と畠中しかいなかった。
「……頼もしい味方だな」
「お願いします! 【アタック・グレイス】!」
「一応僕からも! 【夜食国の願】!」
内梨と畠中は各々のスキルで攻撃力のバフを与える。
その対象は、海野が指示を出そうとしていた三好と松永だ。
二人は既に鳥飼の側面にそれぞれ回り込む。
さらに空中にいた有原、石野谷、武藤も地上の鳥飼を狙い落下する。
五人の一斉攻撃を防ぐべく、鳥飼は四肢を地面に食い込ませ、魔力を注ぎ込み、周囲の地面から無数の光線を噴射する。
しかし五人はその隙間を縫うように容易くかわし、鳥飼へ接近し続ける。
そして鳥飼がそこはかとなく悲愴の感情がこもったような咆哮を放った直後、
「【天羽々斬虚剣】ッ!」
「【ロクシアース・ノヴァ】!」
「【トゥアハ・グローリー】!」
「【アヴァターラ・ブリッツ】!」
「【絶対至敗】ッ!」
五人は渾身の一撃を同時に、鳥飼へ命中させた。
それからまもなく、真壁一派最後の残党にして最低の一員は、醜い魔物に変わり果てたまま、塵と化して消えた。
「……ごめんなさい、鳥飼さん……」
そして有原はその塵を見つめ、それが完全に視界から消えるまで、ただ純粋にクラスメートの末路を憐れみ続けた。
一方その頃、鳥飼の死地から数十キロメートル離れた平野にて。
槙島は殿の死に様を眺めていた。
「ありがとう、鳥飼。お前の往生際の悪さのお陰で、俺はついに大義を全うできそうだ」
と、槙島は無感情につぶやいてから、氷の馬を再び走らせる。
――目指す先はヒデンソル王国の王都、そして、そこを舞台とした全ての運命を終わらせる最終決戦だ。
【完】
■魔物
【鳥飼 楓】
レベル:55
主な攻撃:黄金の爪によるひっかき、光球、光を纏っての突撃
一年二組の一人にして真壁一派の残党が、【邪神珠】の魔力を注がれて変貌した魔物。
人間時代の彼女が多用していた下僕、グリフォンの姿をしている。
かつて自分で過剰に甘やかしていた評価づけていた気品は言わずもがな、理性も矜持もまるで無い。ただひたすら、邪神獣のようにその超越した力を本能のままに解き放つ。




