第117話 最悪な置き土産
ヒデンソル王国の侵攻軍とミクセス王国が激突する中、侵略側の総大将である現国王、槙島は暗黒兵と普通の兵士に囲まれながら、仇敵の有原たちと交戦していた。
「やれ……モードレッド、ラムセスッ!」
槙島は兵だけでなく、【英霊】モードレッドとラムセスを差し向ける。
モードレッドは双剣を、ラムセスは大剣を掲げ、有原へと突撃する。
「ここは俺に任せろ! 祐!」
その前に飯尾が立ちふさがる。ならばと二体の英霊は標的を有原から飯尾に変えて、各々の得物を彼めがけ振るう。
飯尾は自分のパッシブスキル【八卦攻防陣】により、一定範囲の相手の動作を精密に把握できる。
飯尾はこれを用いラムセスの豪快な一撃を楽々と避け、逆に蹴りを返してふっ飛ばす。
直後に来たモードレッドの双剣の二振りは、両拳で地面で叩き落とし、
「【地卦転伐脚】!」
すかさずサマーソルトキックを繰り出し、モードレッドの首を思い切り蹴り上げた。
さらに飯尾は追撃のアッパーを使おうとする。
が、その時、レオナルド・ダ・ヴィンチの【英霊】が装備するマシンガン二丁からの大量の弾丸と、
「【凍裁擲槍】!」
槙島の無数の氷槍が、飯尾めがけ同時に掃射される。
「今度は僕に任せて護! 【湍津ノ疾槍】!」
すると今度は有原が飯尾の前に素早く出て、
「【田霧ノ威盾】!」
地面を強く踏みしめ、周囲に竜巻を作り出す。飯尾めがけ放たれた飛び道具を全て飲み込み防御する。
「あんがとよ祐! 【天卦咆穿拳】ッ!」
こうして飯尾は心置きなくモードレッドにアッパーを食らわせ、それを空中で光の塵に変えた。
「どういたしまして、護!」
と、有原は礼を述べつつ、レオナルドと槙島へ、竜巻の回転で勢いづけた弾と槍を反射した。
槙島は自身の眼前でグングニルを回転させ、自身とレオナルドに跳ね返された飛び道具を全てかき消す。
「小賢しい……大人しく報いを受けろ!」
目前で回していたグングニルを止めた後、槙島はそれを有原と飯尾を貫くべく凄絶に勢いづけて放つ。
この時、レオナルドは撹乱のため、第二の乱射を有原と飯尾へ放つ。
「さがれよ、このうっとうしい野郎が。【スコール・ガトリング】」
同時に、海野はレオナルドめがけ水の弾丸を連射する。
威力でも数でも勝ったのは海野の弾丸。レオナルドの弾丸は全て相殺され、当人は水の弾丸に撃たれ蜂の巣になり、消滅した。
そして有原と飯尾はタイミングを揃えて剣と拳を振り、いとも容易くグングニルを弾き飛ばす。
刹那、ラムセス二世が二人へ右手のひらを向けて、直径四メートルの大きさを誇る火球を撃ち出す。
「【ピュートーン・ブレイカー】!」
だがこれは二人に当たる前に、石野谷の炎の矢に穿たれ爆散する。
その煙にまぎれて石野谷はラムセス二世へと急接近する。
ラムセス二世は石野谷めがけ大剣を振るう。だが、スピードで上回る石野谷は臆することなく、剣が迫る前にラムセス二世の懐に潜り込み、
「【ミダス・ラピッド】!」
両拳に黄金の炎を纏わせ、ラムセス二世の身体に拳の雨を叩きつける。
この衝撃によりラムセス二世は怯み、大剣を手放す。
だが、ラムセス二世はすかさず石野谷を挟むように両手のひらをかざし、双方向から炎を溜め、反撃を始める。
最悪の事態の前に石野谷はラッシュを終える。だが攻勢はやめない。彼は右横に引いた両手を合わせて、そこにパワーをチャージし、
「【ロクシアース・ノヴァ】!」
ラムセス二世の胴体にゼロ距離で豪炎を放った。
ラムセス二世は豪炎で身を焼かれながら上へ上へと押し上げられた後、遥か上空で爆散した。
「うっし、これで邪魔は一旦消え失せたな……」
石野谷は【イカロス・ライジング】で飛翔し、有原の元へと戻る。
そして有原、飯尾、海野、石野谷……
「皆さんお疲れ様です! ひとまず、これを……【ライフ・サプライズ】」
「あ、俺からも一応……【ライフ・ギフト】」
「ありがとうございます! 美来、畠中さん!」
それと内梨と畠中は一同に集い、槙島へと歩み寄る。
槙島の周りには今、己を護衛するためのヒデンソル王国の兵士はいなかった。普通に戦いの中で倒れたか、
「改めて言う! ヒデンソル王国の諸君! 我らに下るならいつでも構わんぞ!」
「責めたり咎めたりすることは決してしない! 安心するがいい!」
ハルベルトとゲルカッツ、二人の騎士団長による降伏勧告によって槙島への忠義を放棄したためであった。
その事実を拒むように、槙島は周囲に千の暗黒兵を呼び出す。
「【兵霊詔令】……!」
しかし眼前にいる六人の仇敵はそれを簡単に蹴散らしていく。
最中、槙島は辺りを見渡し、見つけて叫ぶ。
「……貴様、約束通り俺への忠義を見せてみろ!」
その後、暗黒兵の四体が五倍もの体格を得ると共に、八本の腕が新たに生える。
「あの変身は……懐かしいな……」
「そうか、海野は久しぶりか。俺と石野谷はつい最近見たぜ」
「チッ、まさかここに逃げられてたのかよアイツ……」
「【ユノ・ヴェンジェンス】……ですわ!」
ただいま槙島の元に戻った鳥飼が、十八番のスキルでそれを強大な魔物へ――ヘカトンケイルへ変貌させたのである。
「【大屋津ノ閃刀】ッ!」
「【火卦剛衝拳】!」
「【ヒュアキントス・ソーサー】!」
「【イソグサの円環】!」
だが、それすらも今の六人にはまるで敵わなかった。
四体のヘカトンケイルはたちまち有原、飯尾、石野谷、海野の戦闘要員四人に処理された。
「そんな、あれだけ良質な素体を使った魔物まで……」
英霊六体も、暗黒兵も、忌まわしい助っ人の奥義も通用しない。
槙島はここでようやく有原たちの努力と覚悟の重さを理解せざるを得なくなった。
だが槙島はそれを拒み、ただ顔をしかめていた。
有原は側にいる仲間たち五人に、
「一旦攻撃はしないで」
と言って、槙島へ穏やかに告げる。
「……槙島さん、お願いですからもうやめましょうよ。これ以上したって貴方が悲しくなるだけですよ……」
すると槙島は両手を顔に当てつけ、前髪を震える手で掴む。そして彼は呪詛のように嘆く。
「……元はと言えば俺が被害者なのに……先に嫌がらせを受けたのは俺なのに……どうして、どうして、どいつもこいつも『俺が悪い』みたいに言いやがるんだ……!」
「槙島さん、僕たちは貴方のことを悪いなんて言ってませ……」
「嘘を付くなァァッ! なら今お前たちが俺を寄ってたかっていたぶっているのは何なんだ! 『人の和を乱す奴は消えればいい』とでも、『わかり合えない奴は黙らせればいい』とでも思っているんだろうが!」
「僕たちはそんなこと……」
「それはお前の勝手だろうが!」
と、六人の最後方にいた畠中は、有原の言葉を覆うように叫んだ。
「畠中……きさ……」
「さっき僕が言ったこと忘れてないよな!? 『幸せになるには自分から踏み出して頑張らなきゃいけない』って! お前はその逆を地で行っているんだよ!
自分の不都合なことをピックアップして、自分が頑張りたくない理由を並べて、本当に進むべき方向に背を向けて逃げているんだ!
だからお前はこうして結果追い詰められているんだろうが! せっかく有原さんが助けてくれているのを拒んでいるから辛いんだろうが!」
この時、他の仲間五人は、大小の程度はあるが心の中で畠中の『槙島の核心』を突いた度胸を褒めた。
一方で槙島は、視点を異様に泳せて、激しく動揺した後、
「黙れ黙れ黙れ黙れェェェェェェ!」
憤怒をありのままに吐いた後、傍らに浮かせていたグングニルを天へと放つ。
この技は畠中を除く五人にとっては悪い意味で非常に記憶に残っている。
槙島は自身の最強魔法【界樹理啓】を発動しようとしていた。
その途中、
「お待ちくだされ、槙島様」
どこからともなく、槙島の側に一人の壮年の男が現れる。
突然現れた謎の人物に、有原たちが戸惑う中、老人は彼へ耳打ちした。
「自軍に被害が及ぶからやめろ……とでも言いたいのか。生憎今はそんな悠長なことは言ってはいられない!」
「それもそうですが……槙島様、今の劣勢下でこれを使うのは、確実性が無いかと思います」
「つまり、『無駄なあがきはやめろ』ということか……貴様、それでも俺の味方か」
「はい、味方です。ここで無闇に戦い続けるよりも、より優位な局面を整えたほうが良いかと思います……例えば、我らの本陣など」
「……ヒデンソルの王都か」
「左様でございます。この場は一時的に奴らへ勝利を与えてやりましょう。どうせ我々が最後に勝てばそれで良いのですから……」
槙島は首を横に振りかけた。
やはり今自分に宿る、有原と石野谷たちへの深い深い憎悪は一秒でも早く晴らしたい。
しかし今、畠中を切先とした自軍の壊滅状態を見ては、雪辱を果たせないどころか死しても耐えきれないほどの屈辱的敗北の可能性も否定しきれない。
そして何よりも、今日は散々と自分の一挙手一投足を尽く踏みにじられ、とにかく気分が悪い。
故に槙島は、
「……あいわかった」
老人の進言を不本意な部分はありつつも了承した。
自分の意見を飲んでくれたことに老人は感謝してから、
「ではこの場は直ちに退くとしましょう。ご安心を、かような意見を述べるからには、きちんと撤退の術も考えております」
「ほう、どんな術だ……」
老人は漆黒の宝玉を懐から取り出す。
その宝玉は槙島が初めて見たときよりも放たれる邪気が鋭く感じられた。
「こうするのですよ……!」
老人は漆黒の宝玉を槙島……の隣で、状況が飲み込めずどういう立ち振舞いをするか迷っている鳥飼へ突き出す。
「へ?」
すると邪神珠から漆黒のおびただしい魔力が放たれ、それらが鳥飼を包み込む。
「!? そこの貴方! 一体鳥飼さんに何をしたのですか!?」
「ひ、ひぎゃぁ……こ、これは何です、の……!?」
有原は驚きながら、鳥飼は悶えながら、老人は当然この状況を尋ねた。
「では、王都でお待ちしております、槙島殿」
しかし老人は一切耳に入れず、自ら作り出した空間の裂け目から去った。
槙島も、苦悶する鳥飼に何の興味も憐憫も抱かず、
「その他、逃げられる者は戻ってこい……【神馬疾駆】」
自ら作り出した氷の馬に乗って、疾風の如く逃走した。
「だ、大丈夫ですか鳥飼さん……!」
内梨は鳥飼の身を心配し、彼女に歩み寄ろうとする。
それを海野は魔導書を持った右手を真横に伸ばして遮る。
ここで別場所で戦っていた松永と三好と武藤が、有原たちの元に駆けつける。
「遅くなってすみません、皆さん」
「あれ、槙島さんは……ってか! 鳥飼さんは!?」
「何だアイツ! なんか黒いモヤモヤに包まれて苦しんでるよ!?」
その三人を一瞥し、『ちょうどいいところに来たな』と一言つぶやいた後、海野は仲間たちに注意する。
「気をつけろ皆! 俺ですら今は何がなんだかわからないが、鳥飼から良くないことが起こるぞ!」
直後、鳥飼は言葉にならない獣のような叫びをこの戦場に轟かせる。
それは徐々に比喩ではなく、まさしく獣のそれに変わっていった。
鳥飼の体を包んでいた漆黒の魔力は煙のようにおぼろげな形を取りながらも凄まじい勢いで膨張し、有原たち九人はそこから発される詳細不明の衝撃に耐えつつ、距離を保つ。
そして漆黒の魔力はたちまち消える。
これによりようやく実体が見えた。
鳥飼が悶え苦しみ叫んでいた場所には、高飛車な少女の姿は無かった。
代わりに立っていたのは、黄金の四肢にステンドグラスのような極彩色の翼を持つ、全長五十メートルの巨体を持つグリフォンだった。
海野は自分のパッシブスキル【ルルイエの掌握】でステータスを閲覧し、それの記載に戦慄しつつ、仲間たちに告げる。
「奴の名前は【鳥飼 楓】……だがその分類は、『魔物』だ」
【完】
今回の話末解説はございません。




