第110話 本当に大切なこと
三好、石野谷、松永が力を結集し、そこに畠中が微小なバフを加えてもなお防げなかったテラフドラ・テュポーンの息吹が、飯尾の拳一つで消失する。
その異常な状況に、テラフドラ・Tに乗る主、鳥飼は目を点にするしかなかった。
「え……き、急に何が起こったのですか!? 畠中があまりにも弱い強化をしただけですのに……」
やっぱ熱い。と、飯尾はボソッとつぶやきつつ、唖然とする畠中たち四人の前に三点着地する。
そして飯尾は鳥飼を睨んで告げる。
「お前の言う通り、畠中のバフは残念だが弱っちいままだった……けれどもな、アイツがそれを使う時に見せた根気はな、最高峰のバフとして俺たちの心に届いたんだよ!」
「つまり飯尾、あなたがあれをかき消したのは……」
「ああ、単純に気合だ!」
「そ、そんな強引な方法で……この私のテラフドラ・テュポーンが……」
次なるテラフドラ・Tの光線を撃つのも忘れて、鳥飼は呆然とする。
そんな中、石野谷はさっきの飯尾の活躍を見て、
「そうだ……俺たちはテラフドラを心のどっかで自覚なく恐れていたあまり、本当に大切なことを忘れてた……『諦めない』ってことを」
続いて三好も自省する。
「相手の強さとか、特訓の成果がとか、ゴチャゴチャした理由を並べるよりも、まず出来ることをやる……だったらここまで苦戦するのも無理ないよ。アタシたち、それがまず出来ていなかったんだから」
そして松永は、遠く後ろにいる畠中へ振り向いて、
「ありがとう畠中、アンタの頑張りで何とかなりそうだ」
こうして四人に感謝された畠中は、顔を赤くしつつそっぽを向いてしまった。
「本当に、役に立ったのかよくわかりませんけど……ど、どういたしまして……」
畠中は、初めて他人に本気で褒められたことを受け止めきれなかったのだ。
改めて、四人は鳥飼を見上げる。
一応冷静さを取り戻した彼女は、自信満々に四人へ言い放つ。
「や、やかましいですわ! たかが一難乗り越えたくらいで、この私を倒せると思わないでくださいまし!」
「いいや、勝てるさ! 特に根拠はないがな!」と、飯尾。
「一難どころじゃない、もうお前の小細工は何回も超えてきた! だからこれ以上何されたってどうってことはねーよ!」と、石野谷。
「……というか、ずっと言いたかったんだけど、俺たちが戦ってるのはお前というより乗ってるテラフドラだと思うんだが」と、松永。
「そんなマジレスしても無駄だよ、松永さん……」と、三好。
「だからやかましいと言っていますのに……ええい、もう貴方がたと付き合うのは御免ですわ! 今度という今度こそ、貴方を完膚無きまで叩きのめして差し上げますわ!」
「うるせえッ! そのセリフをそっくりそのままリボンでもつけてかえしてやる! 【イカロス・ライジング】!」
石野谷はテラフドラ・Tの腹部めがけ飛翔し、燃え盛る左拳を突き出す。
「【ピュートーン・ブレイカー】!」
「そんなありきたりな攻撃が今更通用するとでも!」
テラフドラ・Tが翼を羽ばたかせ、周囲へ突風を放ち、石野谷を地面へ押し戻す。
石野谷はふっとばされる最中、バク宙の横領で空中で回転して体勢を制御してから、
「【ヒュアキントス・ソーサー】!」
右手で作り出した炎の円盤を投擲。円盤は突風を切り裂き、放った直後の勢いのままテラフドラ・Tの腹部へ迫る。
テラフドラ・Tは尻尾に稲妻を帯びさせて補強し、それを振るって円盤を受け止める。
円盤と尻尾がぶつかり競り合う中、石野谷は後方を向き、両手をバレーのレシーブの体勢を取る。
直後、飯尾は跳躍して石野谷に迫り、
「俺もお前や有原みたいに飛べればよかったのによ!」
「空を舞う術を知りたいってなら、後でいい漫画貸してやるぞ?」
「それは願い下げだ! だいたいもう家にあるし!」
彼の両手を踏み台にして、加速をしてテラフドラ・Tへ向かう。
飯尾の打ち上げを終えた石野谷も【イカロス・ライジング】で再び上昇し、飯尾へ追いつき横並びになる。
そして二人は、円盤を受け止める尻尾を横目にテラフドラ・Tの腹部へ迫る。
「二人して来ても、通用しませんわよ!」
テラフドラ・Tは前脚の爪に氷を纏わせ刀のように鋭く延長し、思い切り振り下ろす。
それに臆すること無く、二人は鏡合わせになるように拳を引いて力を溜め、
「「合体奥義、【陽卦黎明拳】!!」」
迫る氷爪めがけ、まず石野谷が左拳を叩き込む。左拳から烈火が炸裂し、爪に纏わせた氷が溶ける。
一秒ほど遅れて、飯尾が燃える炎に重ねるように右拳を突く。
直後、飯尾は拳から音波を炸裂させ、テラフドラの前脚に衝撃を響かせると同時に、石野谷の火勢を爆発的に強めた。
そしてテラフドラの前脚は、本来の爪が砕けたのを筆頭に激しく負傷した。
「見たか鳥飼!」
「これが心機一転した俺たちの本気の力だ!」
「……さぁ、何のことかわかりませんわねッ!」
テラフドラ・Tは翼を羽ばたかせ、周囲全方位へさらに突風を引き起こし、飯尾と石野谷を吹き飛ばす。
間髪を入れず、テラフドラ・Tは地上へ向き、短く息を吸い上げ火炎の息吹を放つ。
その時、地上では三好と松永が並んで立っていた。
三好が【ヴェーダ・ジェネレート】により闇属性エネルギーで長大な矢を生成する中、松永は完成途中のそれに雷を織り交ぜて強化する。
「投げるのは……三好さんの方が得意ですよね?」
「だね! 任しといて、松永さん!」
三好は雷と闇が混ざり形成された矢を強く握って、
「「合体奥義、【インドラの戒箭】!」」
テラフドラの空いた口めがけ投げる。
闇と雷の矢は炎の息吹を、それが持つ破壊の力で無力化して貫き進み、やがてテラフドラ・Tの口の中へ突き刺さる。
刹那、矢の内側に込められた雷がそこで放電。テラフドラ・Tは内側からダメージを与えられた。
ようやくまともなダメージが入り始めたテラフドラ・Tであるが、撃破にはまだまだ遠い。
それを五人へ示すように、テラフドラ・Tは何事もなかったように荘厳に空中へ佇んでいた。
それに乗る鳥飼も、多少冷や汗を流しながらも、未だに余裕を見せ続ける。
「何が合体奥義ですの……ただ二人ペアになって一緒に攻撃しているだけじゃないではありませんか。そんな仲良しこよしを見せつけて、さも王道のヒーローかのように気取っても、この私にはまだまだ勝てませんわよ!」
テラフドラ・Tは両翼に生えたクリスタルを輝かせる。
まもなく、自分たちを散々苦しめた光線が降り注ぐとは、もはや四人にとってはわかりきっていた。
「ただ二人ペアになって一緒に攻撃してるだけか……それは言えてるかもな」と、石野谷。
「そんなこと言うんだったらよ、こっからは他の技を使ってやるよ」と、飯尾。
「だね。別に合体奥義に限らず、アタシたちが団結して頑張れる方法はあるもんね」と、三好。
「そうですね、石野谷さん、飯尾さん、三好さん。俺はつい最近になって皆さんの仲間になったばっかりなんで足並み揃えられるかわかりませんけど……頑張ります」と、松永。
そして、さっきから四人の遠く後ろからチョコチョコと【夜食国の願】でバフを与えていた畠中も言う。
「は、はい! 僕も逃げずに頑張ります!」
その時、テラフドラ・Tは翼の輝くクリスタルから、百本もの光線を放つ。
それと同時に、
「畠中を見習ってだ……ビビらず行くぜ!」
「ええ、石野谷さん!」
石野谷と三好は息を揃えて跳躍し、一対の翼に生えるクリスタルへと向かう。
無論、今そこからはゆくゆく百本の光線となりうるエネルギーが溢れ始めていた。
しかし二人は光線に焼き尽くされる未来を一切考えず、臆すること無くクリスタルを目前として、
「【ダフネ・バースト】!」
石野谷は紅蓮の炎を帯びさせた拳で、テラフドラ・Tの左の羽のクリスタルを殴り、
「【ガルーダ・ストライク】!」
三好は闇属性エネルギーを纏わせた足で、テラフドラ・Tの右の羽のクリスタルを蹴る。
この二つの衝撃でテラフドラ・Tの双翼のクリスタルに充填されていた膨大なエネルギーが不安定になる。テラフドラ自身も無駄に翼をバタバタさせて体勢が不安定になる。
鳥飼がテラフドラ・Tの背の上でかろうじてバランスを取りつつ命じた。
「て、テラフドラ! 貴方この程度の攻撃でもたつくなんて情けないですわよ! いいからさっさと光線を発射して、あのバカコンビを至近距離で撃ち抜きなさい!」
これに応じ、テラフドラ・Tは、不安定なクリスタルのエネルギー状態を考えず、何よりも優先して再び光線を放とうとする。
その時、二人から遅れて跳躍した飯尾がテラフドラ・Tの頭へ迫り、
「【地卦転伐脚】!」
サマーソルトキックを顎に食らわせ、渾身の力で奴の頭をかち上げる。
これほどの衝撃が頭に加われば流石の最強の邪神獣も、平常な思考を保つことはできなかったのだろう。
テラフドラ・Tは溜め終えたエネルギーを不安定なまま用い、デタラメな方向と威力で二百本の光線を放った。
この反動により、テラフドラ・Tの翼のクリスタルが砕け散り、翼そのものまでボロボロになる。テラフドラ・Tはさらに体勢の維持が困難となり、ついには一気に高度を落とし始めた。
その斜め下で松永は待ち構えていた。
「もう十メートル以内には入ったな……【一心の世戎】!」
松永が地面を殴った刹那、落下中のテラフドラ・Tは何か球体のものに乗ったように、空中で止まる。
その時、鳥飼は何故かテラフドラ・Tの背から降り、松永の目の前に立っていた。
「【一心の世戎】は半径十メートル以内にいる敵を一つとし、他を半径十メートルを隔てるバリアの外へ弾き出す。して、今俺がこの世戎内で戦う敵と定めたのは……鳥飼、お前だ!」
テラフドラ・Tと切り離された鳥飼へ、松永はまず顔面に電撃の鉄拳を叩き込む。
鳥飼は【一心の世戎】で出来たバリアにもたれかかって、
「い、痛いですわァァァッ!? 貴方、なんでこんなひどいこ……」
「そうやって自分の過ちを認めないからだッ!」
松永は鳥飼へ電撃を帯びる蹴りを与え、彼女をバリアに叩きつける。
鳥飼は涙目になりながら、必死になって松永へ訴えた。
「ヒィィ! と、止めなさい! これ以上やったら貴方が悪くなりますわよ!」
「今までの貴様の十年間の悪行に比べればどうてことはないだろう……」
「貴方のせいで、外にいる連中が大変なことになってもよろしくて!?」
「?」
テラフドラ・Tは下僕らしく、以心伝心で鳥飼の指示を受け取っていた。
奴は世戎の外で翼、尻尾、後脚の爪……持ち合わせた武器を全て振るい暴れながら、息吹を放つための力を溜めていた。
息吹を炸裂させ、ここでトリゲート城塞の再演を行い、今度はここで四人の犠牲者を出す。
これが鳥飼の考えた、期待外れの下僕の最後の活用方法である。
「幼い頃の恨みを根に持ち過ぎて、仲間と連携するのを怠りましたわね! やはり貴方が自ら言っていた通り、他の皆様との仲良しこよしが足りていませんでしたわね……」
「仲良しこよしは足りていないかもしれないが……連携については、もうやった」
「へ?」
と、鳥飼が首をかしげた瞬間、
「【火卦剛衝拳】!」
飯尾は思い切り力と体重を乗せて拳を突き出し、
「【ターンダヴァ・フューリー】!」
三好は闇属性で生成した短剣二本で怒涛の連続斬りを繰り出し、
「【ロクシアース・ノヴァ】!」
石野谷は合わせた両手から豪炎を豪快に放ち、テラフドラ・Tを三方向から攻める。
これら三つの攻撃を同時に、テラフドラ・Tは傷ついた身体で、強引に暴れていた最中で無防備に受ける。
そして奴は、これまでの威厳を感じさせない、天地を揺るがすほど悲鳴を轟かせ、そして絶命した。
「『託す』……これもまた連携だと思うが?」
【完】
話末解説
■魔物
【邪悪のテラフドラ・テュポーン】
レベル:97
主な攻撃:火炎の息吹、属性を帯びた攻撃、百本の光線、など
黒竜の姿をした、十三体の中で最強の座に君臨する邪神獣。これまでに王国八つを滅ぼし、トリゲート城塞奪還戦において一年二組に多大な損失と禍根を残した。
それを邪神珠を持つ鳥飼がスキル【ユノ・ヴェンジェンス】で、最悪な奇跡により強化した存在。
主である鳥飼の意のままに動き、彼女の傲慢さと冷酷さを反映した大破壊を齎す。
テュポーンとはギリシャ神話内における最強の怪物の名前。
出生に関しては女神ヘラ、もしくは地母神ガイアが関与する、などの諸説がある。
その目的は最高神ゼウスの暴虐への制裁のためとされている。




