第108話 最後にして最強の邪神獣
ミクセス王国の西の辺境、ウェスミクス村にて。
飯尾、三好、石野谷、松永、それと畠中の前に、禍々しい黒竜――最後の邪神獣【邪悪のテラフドラ】が佇む。
それもただのテラフドラではない。
鳥飼が、所持している邪神珠との共鳴と、己の執念によって一時的に効果が強まったスキル【ユノ・ヴェンジェンス】。
それによりさらなる力を与えられたのと同時に、彼女の従順な下僕と化した怪物――【邪悪のテラフドラ・テュポーン】である。
「さぁ、では早速、さっきの苦痛をお返しいたしますわ!」
鳥飼がテラフドラ・Tの背をつま先でつつくと、テラフドラ・Tは彼女の意のままに羽ばたき、近くの民家数件を半壊させ、神寵覚醒者四人ですら踏ん張らなければ立っていられないほどの突風を引き起こす。
その間、村の全土を見渡せるくらいの高さへテラフドラ・Tは飛翔し、騎乗する鳥飼とともに四人を見下す。
それからテラフドラ・Tは真下へ口を開ける。
「アイツ、また火を吹くつもりだぞ!」
「だろうな飯尾……だったらまたやってやる!」
「だね、石野谷さん!」
そしてテラフドラ・Tは村へ、四人めがけて業火の息吹を放つ。
四人はまず村人たちにここからとにかく離れるように伝える。
その通りに村人たちが避難していくのを確認してから、石野谷と三好は息吹の方へ向いて、
「【ロクシアース・ノヴァ】!」
「【ルドラ・ブラスト】!」
炎と闇属性エネルギーを凄まじい勢いで放ち、テラフドラ・Tの息吹へ真正面からぶつける。
普通のテラフドラの時は……さっきはこの方法で相殺できた。
だが今の相手は、【ユノ・ヴェンジェンス】により最悪に次ぐ最悪な形で強化されたテラフドラ・T。
そんな奴の息吹は当然ながらさっきと比べて威力が遥かに増しており、二人の攻撃を攻撃を明らかに押し返していた。
「さぁ、灰と化しなさい!」
「断る!
そこへ松永は力を振り絞って稲妻を打ち出し、テラフドラ・Tの息吹へとぶつける。
さらに飯尾は決死の覚悟で息吹へと跳躍し、
「こんなところでくたばってたまるかァッ! 【雷卦破砕脚】!」
三人の遠距離攻撃に混じって息吹に跳び蹴りを食らわせる。
跳び蹴りを当ててから数秒遅れて、音属性エネルギーが炸裂する。息吹の炎は激しく揺れ動き不安定化し、やがて消滅した。
「うおお! やるな飯尾!」
「マジでナイス、飯尾さん!」
その直後、飯尾は受け身を取って着地し、
「うわぁあっつッ! いってッ! 痛あっつゥッ!?」
地面を転がってジタバタした。
「なんていう野蛮な防御ですの……よりによって、たかがこんな小手調べにそんなことするとはね!」
と、鳥飼が言った直後、彼女が乗るテラフドラ・Tの翼に生えたクリスタルが光り輝き、そこから極彩色に輝く百本もの光線が下へ放射される。
それを見た松永は、【慈愛の世戎】を展開しようと屈んだのを中断する。
「チッ、おちおち回復していられる時間もくれないかアイツ……」
「ま、だろうな」
飯尾は軽やかに起き上がり、他の三人の側に立つ。
「もう皆は避難したよな?」
三好は辺りを見渡し、人気がどこにもないことを確認して一旦喜ぶ。
「っぽいね……これだけでもまずよかった」
「だな、三好さん。こんな無差別攻撃は俺たちでもどうにも出来ないからな!」
降り注いだ光線はウェスミクス村の民家や田畑をことごとく打ち壊していく。
その悲惨な戦場と化した場所を、四人は駆け回り、光線を避ける。
その最中、彼らはテラフドラ・T本体へ攻撃を食らわせた。
傷は入った。だが全て極めて浅く、テラフドラ・Tの猛威は止めるまでには至らない。
四人はテラフドラ・Tへの勝機を見いだせないまま、必死で光線の雨の中を逃げ続けた。
この時、他の住民と一緒に遠方の丘へと避難した畠中は、闇夜に異様に輝く壮絶な光線の雨を見て、ガタガタ震えていた。
「ヒィィィ……やっぱりテラフドラには勝てないんだぁ……」
「そんな弱気なこと言わないでよ畠中……」
そしてテラフドラ・Tに乗る鳥飼は、無様な四人をとことん嘲笑う。
「ハハハ! テラフドラが死ぬか、貴方たちが死ぬか、どちからが現実となるかは火を見るより明らかですわね!」
「あんまり調子に乗ってるんじゃないぞ鳥飼!」
そこへ【イカロス・ライジング】で飛行した石野谷が迫り、彼女めがけて矢を放つ。
「それは貴方もでしょう!」
しかしテラフドラ・Tが光の刃を纏わせた尻尾を一文字に振るい、石野谷は弾き飛ばされた。
「確かになぁ! でも貴様ほどじゃあないぜ!」
しかし石野谷はすぐに体勢を立て直し、鳥飼へと再接近する。
「ちっ、しつこいですわね貴方……」
石野谷は右手を突き出し、生成した炎の矢を鳥飼へ撃ち出す。
「食らえ! 【ピュートーン・ブレイカー】ッ!」
「そんな低層な技では私に勝てませんわよ! やりなさい!」
対して鳥飼はテラフドラ・Tに命じ、翼を羽ばたかせ、突風と稲妻を四方八方へ同時に放つ。
炎の矢をかき消したのは言わずもがな、石野谷と、地上で光線の雨を避けていた他の三人を負傷させた。
光線の雨を撃ち尽くした時、四人は【慈愛の世戎】の範囲内で、疲弊して立っていた。
「……どうです、内梨さんほどじゃあないですが、回復はできてますか?」
「ええ、何とかね……ありがと松永さん」
「畜生、本体をやっつければ何とかなるかもと思ったのによ……」
「全く、徹底的にテラフドラの恩恵に預かりやがって……!」
そんな四人へ鳥飼は告げる。
「ハハハ! わかりましたか愚民の皆様! これが血統と才能による歴然とした差でございますわ! 貴方がたでは例え一瞬追い詰めることはできても、総合的に見れば、ワタクシの勝利は揺るがないのですわ!」
松永は言い返す。
「どこにそう言える根拠があるんだ、この真壁の腰巾着が!」
「貴方には言われたくありませんわこの下賤の極みみたいな女が! まぁ、証拠が欲しいのでしたらこうして与えてあげるつもりでしたけれどもね!」
と、鳥飼が言った直後、テラフドラ・Tは四本の足の爪に冷気を纏わせ、それらを四人へ向けて一気に高度を落とす。
四人はまだ傷が癒えきっていない身体を押して、全速力で駆け、テラフドラ・Tとの激突から逃れた。
「甘いですわよ!」
数秒後、テラフドラの四つ足から冷気が地面に伝達され、周囲一帯へ氷の棘が伸びる。
落下そのものは回避できたものの、四人は氷の棘にかすり、相応のダメージを食らってしまう。
「うおおお! このまま負けてられるかーッ! 【ミダス・ラピッド】!」
直後、石野谷は目の前に広がる氷の棘が連なって出来た壁へ、黄金の炎を帯びた拳を連打する。
そうして氷が解けて生まれた道を、石野谷は指さして、
「さぁ、速攻反撃してやれ!」
「おう、気が利くじゃねぇか石野谷!」
他の三人はそちらへ駆ける。
テラフドラ・Tは横に回転し、炎を帯びた尻尾を三人へと振るう。
「ここは俺が! 【水卦旋刈脚】!」
飯尾は回し蹴りを放ち、横から迫った尻尾を食い止める。
「ありがと! 石野谷さん、飯尾さん! てなわけで食らえッ!」
三好は両手に【ヴェーダ・ジェネレート】により闇属性エネルギーでコーティングした短剣を装備。
さらに左右に闇属性による分身二体を作り出し、
「【アヴァターラ・ブリッツ】!」
分身二体はテラフドラ・Tの脇腹を、自分はテラフドラ・Tの頭を強烈に斬りつける。
三方向からの攻撃にテラフドラ・Tは一瞬怯んだ。しかし、即座に翼を羽ばたかせ突風を引き起こし反撃を繰り出した。
三好の分身二体はかき消え、本物の三好と、続いて攻撃しようとした飯尾と石野谷は吹き飛ばされる。
しかし、三好の背後に続いていた松永は、根性でその場にとどまっていた。
そして風が収まるや否や、彼女は背後の氷の棘を踏み台にして跳躍し、テラフドラ・Tにいる鳥飼へと迫り、
「せめて一回はアンタのことをぶん殴っとかないと気が済まないんだよ!」
真壁グループの教育下において、最も自分を『犯罪者の娘』として陰湿かつ派手にいじめてきた怒りを込めて、鳥飼の顔面に雷を纏わせた右拳を叩きつけた。
鳥飼は三メートルほどテラフドラ・Tの背を転がる。
鳥飼は痛む顔を押さえつつヨロヨロと立ち上がながら、指と指の間からまるでゴミを見るかのような目を覗かせる。
そして鳥飼は言う。
「貴方なんかにそんなこと言う権利はないのですよ……アンタはいつまでたっても真壁グループの奴隷として頭を下げていればいいのですよ! この頭から指先まで全てにおいて汚らわしい下等で下劣な人間が!」
直後、テラフドラは激しく翼を動かし、自身から突風を生み出し、松永も他の三人と同様吹き飛ばす。
松永が村の土に着地した瞬間、テラフドラは短く息を吸い、横に回転しつつ全方位めがけ火を吹く。
四人は同時にジャンプし、薙ぎ払われた息吹を回避した。
全方位を焼き払った後、テラフドラ・Tは空へ舞い上がる。
そしてテラフドラは翼についたクリスタルを輝かせ、百本もの光線を地上へと放つ。
凄まじい威力と範囲を持つこの攻撃を、四人は燃え盛る村を駆け回って避け続けた。
圧倒的な力を誇るテラフドラと、一向に劣勢を覆せない四人、そしてさっきまであったのどかな村が為す術なく荒廃する様。
遠くに避難している村人たちはこの酷い現実を見せつけられ、ひどく不安に駆られた。
「も、もう無理だ……これ以上やってもアイツら死んじまう……」
「このままじゃあ私たちも殺されちまうんじゃないのか……」
「あれだけ頑張ってくれてるところ申し訳ないが、ここは何もかも諦めて逃げた方が……」
と、この先を絶望視して弱音を吐く村人もチラホラ現れる。
「ヒィィィ! そうだよ、それがいいんだよきっと……ヒィィィ……」
特に畠中に至っては、その場に頭を抱えてうずくまり、延々と悲鳴を上げていた。
そんな中、ネーナは閃き、畠中にこう尋ねる。
「ねぇ畠中? アンタも能力とか何かないの?」
「……へぇ?」
「ほら、あの四人みたいに凄い技出したりできないの!? アンタもアイツらの仲間だから、同じ感じでそういう能力を持ってないのかい!?」
畠中はうずくまったまま言う。
「……何で今更そんなこと聞くんですか……」
「だってそういう機会がなかったんだから! 今あの四人の戦いぶりをみて、ひょっとしたらと思って聞いたの!? で、あるの、ないの? どっちなの?」
望みを賭けた村人たちが見つめる中、畠中はだいたい十秒くらいの間を空けた末、
「……お察しの通り、ありませんよ……」
と、普段に増して弱々しい声で答えた。なんせ畠中は、今生存している一年二組の中で唯一、神寵未覚醒なのだから。
「……や、やっぱりそうなんだ……けど、アンタも一応アイツらの仲間なんだろ! だったらちょっとくらい何か……!」
「……無いものは無いんですよ、ネーナさん……」
「そんな、けど……!」
せめて気持ちだけでも届けるために助けにいったらどう――と、ネーナが言うのを予測して、畠中は言う。
「……無いとしても、仮にあったとしても、僕なんかが駆けつけたって無駄ですよ……だって僕は、本当に本当に、皆に迷惑をかけることしか出来ないダメ人間なんですから……!」
【完】
今回の話末解説はございません
近々にはあるかもしれません




