第107話 名族の執念
ミクセス王国の西の辺境にある農村、ウェスミクス村にて。
その晩、飯尾、三好、松永、石野谷の四人は諸々あって、畠中の居候先であるネーナの家に泊めさせてもらっていた。
そしてそこに、四人と同じく宿を求めて一人の少女がやってきた。
その少女の名前は、鳥飼楓だ。
鳥飼は目線が安定しないほど焦燥しながら、四人へ尋ねる。
「あ、貴方たち!? なんでここにいるんですの!?」
四人は声を揃えてツッコむ。
「「「「こっちが聞きたいくらいだ!!!!」」」」
四人と鳥飼がにらみ合う中、畠中はどうすればいいかわからず、ただ口をポカーンと開けていた。
そんな彼へ、ネーナはひそひそと尋ねる。
「あのお嬢様も知り合いなの?」
飯尾は畠中に勝手に代わって答えた。
「ええ、そうですよコイツ!」
石野谷が続ける。
「コイツも俺たちと同じ出身で、元仲間……みたいなもん『でした』!」
三好はテーブルにある手配書をめくり、ネーナに見せてから、
「アイツは鳥飼楓って言う人で、王都でいろんな悪事を働いた現在指名手配中の危険人物なんです!」
「ええ!? 指名手配犯!?」
松永は『はい』と答えてから、ダラダラと冷や汗を流す鳥飼へと目線を移し、
「それがまさかこんなところで会えるとはな……逢坂に共感した訳では決して無いが、こういうのを運命って言うのかなぁ!」
そして四人は一斉にテーブルを立ち、鳥飼を見据える。
「有原さんの師匠といい、武藤ちゃんといい、アンタには散々仲間がお世話になったね……!」と、三好。
「三日前、俺がキチンと兵士に突き出してやったってのに、よくも滅茶苦茶暴れて逃げ出しやがって……そんときの借りをここで返してやらぁ!」と、飯尾。
「これぞ僥倖って奴だな……まさか俺が道を間違えた先でこんなクズを捕まえられるチャンスに巡り会えるとはな!」と、石野谷。
「さぁ、さっさと覚悟決めろ! 真壁一派の最後の生き残りにして最大の汚点め!」と、松永。
この四人に詰め寄られた鳥飼は、
「こ、こんなところで牢屋に逆戻りするのは勘弁ですわぁぁぁぁ!」
ネーナの家を出て、シンプルに逃走した。
「「「「待てコラァァァ!!!!」」」」
当然四人もそれを追って外へ行く。
全力疾走する中、鳥飼はたまたま空を飛んでいたカラス四羽を見て、
「貴方たちはこれとでも相手していなさい! 【ユノ・ウェンジェンス】!」
それへ魔法を掛ける。
するとカラスは燃え上がりながら巨大化し、やがてフェニックスと変貌した。
スキル【ユノ・ウェンジェンス】。
普通の動物を強化し、自分の思うがままに動く魔物に変化させる、神寵【ヘラ】由来の鳥飼の十八番の技だ。
フェニックスらは主を守るため、地上へ降下し、追手の四人へ襲いかかる。
そしてフェニックス四体は、拳、短剣、弓矢、電撃、などなどの個々の特技により、一分も経たない内に討伐された。
「えっ! もうやられたんで……うわっ!?」
いち早く鳥飼に接近した三好は、彼女を地面に押さえつけて拘束してから、
「あったり前でしょ! アタシたちはあれこれ特訓しているんだから! 今更こんなのでどうにかなるレベルじゃないんだよ!」
「そ、そんなぁ〜……!」
このあっけない鳥飼の捕縛劇を、畠中とネーナは家の中から覗いていた。
「お、もう捕まえられたみたいだね」
「よ、よかったぁ……思ってたより早く片付いてくれて」
「……ところで、アンタは何で追わなかったの?」
「え……それは、あの四人で十分かなーって思いまして」
「……それはそうかもしれないけど、なんかこう、積極性がないね……」
「……はい」
畠中とネーナが見守る中、四人は鳥飼を囲み、彼女への尋問を始める。
まず松永は地面を拳でコツンとつついて、【真実の世戎】を展開する。
それから石野谷は彼女の前にかがんでから、
「お前にはあれこれ言いたいことは山程あるんだが……まず先に、お前、あの雄斗夜の事件の時に、黒い宝玉を持ち去らなかったか!」
「はぁ!? そんなの決まっていますわ! 私は持っていきましたわ!」
と、鳥飼はハッキリと言った直後、慌てて無意識に両手で口を塞ぐ。
(あれ? なんで私、こんな間抜けな白状をしていますの……!)
その慌てっぷりを松永はフッと鼻で笑ってから、
「【真実の世戎】は、発動地点から二メートル以内にいる者に『嘘をつけなくさせる』。これ以上俺たちをたぶらかそうたってそうはいかないからな、鳥飼さんよ」
かつて真壁にとって道具程度の存在でしかなかった下僕であった松永にからかわれる。
そんな耐え難い屈辱を受けた鳥飼は、血相を変えて松永へ怒鳴る。
「やかましいですわ! 有原たちに匿われて、なんかよくわからないですが背丈と乳がデカくなったくらいで調子乗らないでくださいまし、この薄汚い犯罪者の血が流れるゴミ人間めが!」
直後、松永は鳥飼の脳天に電気を帯びたゲンコツを落として、
「いくらホントのことしか言えないからって、何でもかんでも言っていいわけじゃないからな……!」
鳥飼は頭の激しい痛みによって泣きっ面になりながら、
「は、はいぃ……」
「……悪いけど、あんま本気で暴力振るわないでよ松永さん……でないと話ができなくなるかもしんないから」
「……すみません、三好さん」
閑話休題。飯尾は鳥飼への尋問を続ける。
「で、お前は今邪神珠をどこにやったんだ?」
「……」
鳥飼は無言を貫く。
本当のことしか言えないのなら、何も言わないようにすればいい、と、彼女は発想を変えた。
これを受けて三好は松永へ言う。
「じゃあ松永さん、今度はなるべく軽めに痛めつけて」
「了解」
松永は両手に電気を纏わせ、そこからバチバチ鳴らす。
「あー! わかりましたわ! 普通に肌見放さず持っていますわ!」
鳥飼はアイテムをしまっているバックから一点の明るさもない漆黒の宝玉――【邪神珠】を出して、四人に見せつける。
石野谷はそれを指さして、
「飯尾、松永さん、雄斗夜が持ってたのはこれか?」
「ああ、このザ・ブラック感、間違いなくアイツが使ってた奴だ」
「色だけじゃなくて、ここから薄々伝わってくる邪気についても触れてくださいよ飯尾さん……ええ、俺が見たのはこれです」
「……本当にこれが『邪神』を生み出すアイテムなのかは確証はないけど、ま、海野かハルベルトさんに見てもらえばハッキリするだろ。じゃあ鳥飼、さっさとそれを渡してもらうぜ」
石野谷は鳥飼に両手を差し出し、邪神珠を受け取ろうとする。
しかし鳥飼は邪神珠を渡さず、
「そ、その前に一つ聞きたいことがありますわ!」
「なによもー、アタシたちも今日は色々あって疲れてるんだからさっさと済ませて」
「わ、私はこの後どうなりますの!?」
石野谷は答える。
「そりゃ、また牢屋に逆戻りだろうな」
さらに飯尾は言う。
「ま、お前が誠心誠意心を入れ替えて祐の元、大陸のため一年一組のために貢献します、っていうなら話は別だな」
それを聞いた鳥飼は邪神珠をかばうようにして地面にうずくまる。
「だったらこれは渡しませんわ! 私はもう牢獄の臭い飯も、有原も絶対御免ですわ!」
相変わらずな鳥飼のわがままな態度に、三好は呆れを通り越して逆に感心する。
「アンタは本当に往生際が悪いわね……けど、それがあればワンチャンこの大陸の不幸が全部丸く収まるかもしんないんだから、さっさと返しなさいよ!」
三好は鳥飼の身体を引き剥がして邪神珠を奪おうとする。
しかし鳥飼は全力で抵抗する。
「嫌だと言ったら嫌なのですわ! 逆にそちらが諦めなさい!」
「そんなことして何になるってのよ! 松永さんもちょっと手伝って!」
「は、はい……」
鳥飼は火事場の馬鹿力で邪神珠をガッチリと持ち、三好と松永の魔の手からこれを守る。
最中、彼女はとにかく叫ぶ。
「だ、誰か助けてくださいましぃーーッ!」
「「「「今更誰がアンタを助けるんだよ!!!!」」」」
この鳥飼を中心に行われる見苦しい光景を見て、ネーナは一言。
「なんか、思ったより時間かかってるわね……」
「ですね……」
「……畠中、アンタも手伝いに行ったら?」
「そうかもしんないですね。よし、ここで印象アップしときますか」
そしてようやく畠中は家を出て、五人のいる方へと歩いていった。
「おらー、さっさと返しなさいよ鳥飼!」
「たまには潔い部分を見せろ、鳥飼!」
「嫌ったら嫌なんですの! 誰か早く助けてくださいましぃぃぃッ!」
「「「「だから誰が助けるんだよ!!」」」」
と、四人が同時に怒鳴りつけた後、鳥飼は夜空を一瞥して、
「あ、皆様! 今、空に邪神獣がいますわよ!」
「何ッ! 本当かよそれ!?」
飯尾は鳥飼の言葉を鵜呑みにし、すぐに上空を見上げようとする。
「おい飯尾、そんな小学生の出来の悪い冗談に騙されんな」
と、石野谷はそれをすぐに注意し、
「あ、確かに……」
飯尾は目線を戻した。
そこで松永は言う。
「忘れてるかもしれませんが、俺の【真実の世戎】はまだ発動中ですよ……」
「あ……っていうことはやっぱ!」
「騙されてたのは俺じゃんかよ!」
改めて、飯尾と石野谷は頭上を見上げる。
するとそこあったのは、邪悪の権化とも言える巨大な黒竜が――一年一組にとって非常に忌々しい、最強にして最後の邪神獣【邪悪のテラフドラ】の荘厳たる姿だった。
「あ、アイツは……!」
「まさかこ……」
「うぎゃぁぁぁぁぁ! 【邪悪のテラフドラ】だぁぁぁぁッ!?」
トリゲート城塞で散々たるトラウマを植え付けられた畠中は、と絶叫しながら帰宅した。
直後、テラフドラは首を下へ向けて、村のど真ん中にいる一年二組の五人を睨む。
そして口を開けて、おぞましい音を立てながら息を吸う。
「クッソなんでこんなところでコイツと……三好さん、松永さん! こうなったら鳥飼は後回しだ! 早く迎撃の準備を!」
「だよね!」
「了解!」
三好と松永は鳥飼から離れ、石野谷と飯尾と同じく、テラフドラを見上げて臨戦態勢に入る。
そんな彼らへテラフドラは豪炎の息吹を豪快に放つ。
「トリゲート城塞の時とは勝手が違うんだからね……【ルドラ・ブラスト】!」
「俺たちの修行の成果を見せてやる! 【ロクシアース・ノヴァ】!」
対して三好と石野谷は、闇属性エネルギーと業火を同時に、テラフドラの息吹めがけ打ち返す。
双方の攻撃は激しくぶつかり合い、周囲にただならぬエネルギーの余波を撒き散らしながら、やがて相殺となった。
刹那、飯尾は地面を強く蹴り、勢いよく空中へ飛び上がり、
「うぉぉぉ! 勝利の仇ぃぃッ! 【天卦咆穿拳】!」
テラフドラの顎めがけ拳を突き上げる。
拳そのものの衝撃と、遅れてやってきた音属性エネルギーの衝撃で、テラフドラの頭がかち上げられる。
直後、テラフドラは何事もなかったように、落ちていく飯尾をにらみつける。そして冷気を帯びる前脚の爪を振りかざす。
飯尾は【八卦攻防陣】でこれを見切り、空中で身体を反らせて回避。
テラフドラは続けざまに飯尾へ噛みつこうと牙を向ける。
そこへ松永は電撃を放ち、目眩ましと口内への攻撃を同時に行う。
その隙に飯尾は着地する。そしてまず松永に『ありがとよ』と一言言ってから、
「完璧に俺の攻撃が入ったってのにケロッとしやがって……相変わらずテラフドラはヤバイな」
石野谷は言う。
「けど、ようやく一発攻撃が入ったし、あの息吹も相殺した。完全に勝ち目のない敵ではなくなったな……」
「だね、キチンと戦えば四人だけでも勝機はあるかも……」
と、三好がつぶやいたその時、
「いいや! 貴方たちはここで終わりですわ!」
と、テラフドラの尻尾が向く方に逃げていた鳥飼は、堂々として言った。
松永は彼女へ言った。
「鳥飼! そんな見栄なんか張るな! お前は邪神珠を守ったままどっかに避難するか、俺たちと呉越同舟に協力しろ!」
「どちらもお断りいたしますわ!」
と、鳥飼は即答してから、自信たっぷりな様子で邪神珠を両手で持って見せびらかす。
「何する気なの鳥飼!?」
「ハッ、まさかアイツ、テラフドラに続いて親玉まで……」
「いいやそれはないぜ石野谷。逢坂曰く『今はエネルギーが足りない』らしいからな」
「あんな絶好のタイミングでも呼び出さなかったってことは、多分それは本当なんだろう……だから鳥飼、今更それに頼ってもどうともならないぞ!」
と、松永は訴えた。
しかし鳥飼は邪神珠を持ったまま、クスクスと笑う。
それから彼女は邪神珠を両手で強く掴み、そこへ力を込めて、
「これは本来人間と邪神獣には効果はありませんが……この『根源』が手中にある今なら、果たしてどうなるでしょうかねぇぇッ! 【ユノ・ヴェンジェンス】ゥッ!」
するとテラフドラが突如、耳をつんざくような悲鳴を放ち、空中で悶える。
その間、爪や角などの要所要所が黄金に染まり、翼からは色とりどりに煌めくクリスタルが生える。
悲鳴が止んだ時、テラフドラの姿は、元々の禍々しさを下地に残しつつも、鳥飼が好むような豪華絢爛な姿に変貌する。
「嘘……変身したのアイツ!」
「『強化した』って言ったほうが正しいかもな……クソッ!」
「マジかよアイツ、ここまで来たら尊敬できるくらいの執念だな……!」
「まずいことに、なり過ぎだろうが……」
四人が戦慄し、
「ヒィィィィィッツ! もう何もかも終わりだァァッ!」
「いくらなんでもうるさ過ぎるよ畠中ァ!」
畠中が先のテラフドラの悲鳴に迫るほど絶叫する中、テラフドラは高度を落とし、尻尾を地上へ斜めに垂らす。
鳥飼は垂らされたテラフドラの尻尾を優雅に渡り、その背中に堂々と立ち、四人を見下して堂々と言い放つ。
「真壁グループの栄光は未だ健在なのですわ。それを今こそ、貴方たちにむせび泣くくらい教えてさしあげましょう……私の最強の手駒、【邪悪のテラフドラ・テュポーン】をもってして!」
直後、邪悪のテラフドラ、改め、邪悪テラフドラ・テュポーンは主の意に忠実となって、その咆哮をウェスミクス村一帯に轟かせた。
【完】
今回の話末解説はございません




