第106話 邪神珠の所在
時は夕暮れ間近。
ヒデンソル王国の王都から南にほど近い平原にて。
王国の簒奪者、槙島英傑はそこで五千ほどの兵士と布陣していた。
そこへ襲い掛かるのは王国南部の各地方を統治していた『護候』たちの連合軍約十万人。
先代の王への忠節を果たすため、王殺しの極悪人を討つため。と、彼らは各々の戦争の意義を叫びながら槙島の軍へと大挙した。
しかし槙島には、強力な魔法、熟練の兵士さえ容易く破る暗黒兵、卓越した戦闘能力を持つ【英霊】という戦力がある。
この戦力により、連合軍が誇る二十倍の戦力は瞬く間に壊滅した。
そして槙島軍はごく僅かに減った自軍を引き連れ、無惨に倒れる逆賊たちを背後に、悠々と王都に凱旋する。
今、槙島にこの快勝を喜ぶ余裕はなかった。
六日前、自分をトリゲート城塞で死の淵へと追いやった張本人、逢坂により、オリヴィエら仲間たちが殺された。
直後、彼が何よりも望んだのは逢坂への復讐だった。
しかし、先のように王位簒奪に反発する護候たちが各地で蜂起しており、その鎮圧と王都の守備に手を回さなければならず、彼はあれからずっとヒデンソル王国に残らざるを得なくなっていた。
故に槙島は、かれこれ六日間各所で快勝を上げるたびに、鬱積を募らせていた。
王城へ戻る最中、軍の列の前に数百人の国民が集結していた。
それらは槙島が目の前に現れるや否や、
「この暴君が!」
「退位しろ!」
「ヒデンソル王国を返せ!」
と、彼を徹底的に罵倒した。
反乱分子がいるのは王都外だけではない。
前国王の元では良い思いを出来ていた上流階級、ヒデンソル王国の混乱を鎮めきれていないこと反発する国民など、槙島に不満を持つ者は王都内でも少なくはなかった。
「またか……懲りない奴らだ……」
槙島はこの光景を見慣れている。その際の対応にも慣れている。
彼は背後にいる兵たちに、
「王都を乱す輩を全て殺せ」
と、一言命令する。
すると半数くらいの兵士が同じ国民を殺したくないと躊躇した。
「……腑抜け共が……【兵霊詔令」
槙島はグングニルを虚空に突き刺し、暗黒のゲートを生成。そこから自分の思うがままに動く暗黒兵を大量に召喚する。
そして槙島は暗黒兵を用い、信頼に足らない兵士と反対派の国民をまとめて始末した。
槙島の側にいた高官――に扮する『老人』は言う。
「相変わらず、容赦のかけらもないですな」
「これが普通だ。俺の大義を阻む愚民は、死ぬこと以外貢献する道はない」
「ハハハ、それはごもっともです」
槙島と老人は王都の道のど真ん中で積まれていく死体を眺めて、事が終わるのを待つ。
最中、二人の老夫婦が、兵士に押さえられながら、槙島と身を乗り出して言った。
「お願いします国王様! どうか私たちをミクセス王国に帰らせてください!」
「村に娘が独りでいるんです! お願いします!」
この老夫婦はヒデンソル王国の貴族らが他国に販売していた『ヒデンソル王国の居住権』の購入者。
彼らは混沌とするヒデンソル王国を脱し、ウェスミクス村という故郷に帰りたがっていた。
しかしヒデンソル王国は現在、国内平定と、槙島の『万全の状態でヒデンソル王国の国力をミクセス王国の復讐対象へぶつける』という方針を取っている。
その関係で、ヒデンソル王国内の混乱は情報操作によって隠蔽され、国境も完全に封鎖されている。
故に彼らはミクセス王国に帰らさせて貰えるように、国王の槙島へ懇願するためここにいた。
しかし槙島にとっては彼らもただの邪魔でしかない。
「この距離まで賊が来ているとは何事だ。すみやかに排除しろ」
槙島は老夫婦らの思いを一切理解せず、淡々と始末した。
そうして槙島は王都の外だけでなく内にまで敵の亡骸を転がしながら、復旧工事中の王城に帰還した。
そしてすぐ、玉座の間に年老いた男女六人が評議のために招集される。
この老人はただの老人ではない――『神々』。
この大陸を生み出した張本人であり、この世界――『裏世界』と槙島が元いた『表世界』を影から支配する権力者たち。
そして今は近似する志を持つ槙島の協力者である。
まず一人の神々は槙島を称賛する。
「この度の防衛戦の快勝、誠に見事でございました」
槙島は一切顔色を変えず、話の流れも気にせず神々へ尋ねる。
「ミクセス王国はどうなった?」
神々たちは内心、槙島の横柄さに呆れつつ、代表して神々の一人が答える。
「槙島様が手配した密偵曰く、三日前にかの『逢坂雄斗夜』が王都で騒乱を巻き起こし、そして『松永充』という少女によって撃破されたとのことです」
槙島は思い切り舌を打って鳴らし、さらに仮に用意された玉座の右肘当てを壊した。
「奴は俺が断罪するはずだったんだ! なのにこの王国の畜生共がァァッ!」
それから槙島は幾分か気持ちを落ち着かせて、
「……それで、今はどうなっている」
再びさっきの神々の一員が答える。
「現在は王都の復興作ぎょ……」
「有原の作戦はわからないのか」
「……それはわかりません。先の事件で気が立っている様子で、王都の中枢には踏み込めませんでした」
すると槙島は、もげた玉座の肘当てを、その神々へ投げつける。
「それをどうにかするのが貴様らの仕事だろうが……!」
神々の一人はそれを空中にとどめて防御しながら、
「……仰るとおりでございます」
深々と頭を下げて、謙虚に謝罪した。
このまま叱責して分が悪くなるのは自分。
槙島は自戒し、話を変える。
「ところで、【邪神珠】はどうなったんだ?」
邪神珠――邪神を生み出す宝玉であり、神々が保有する世界再構築の切り札。
数日前、逢坂がここを襲撃した際、七人の神々とオリヴィエらを殺害すると同時に、奪い取られ、現在は槙島と神々の手元にはない。
「久しく使っていなかったので多少手こずりましたが……邪神珠に念のため仕組んでおいた逆探知魔法を利用し、位置を割り出すことに成功しました。
その結果ですと、ただいま邪神珠はミクセス王国の各所を転々と移動しております」
「移動しているだと……?」
「はい、それも人の足では到底移動できないような速度でです」
「まるで邪神珠が意思を持っているかのようだな。それと近しい現象は以前にあったか?」
「いえ、ありません」
(先の報告の通り、逢坂は王都の連中に殺されたはず。であれば、普通邪神珠は奴らに回収されていると思われるが……)
と、槙島はある程度の推察をした上で、神々たちへ言った。
「とにもかくにも、実際に邪神珠の在処に向かい、あれを回収しなければならない」
「左様でございましょう。槙島様」
「もっとも、ヒデンソル王国が荒れる中、それが出来る時間があるかという話でありますが」
とのように、遠回しに現状を鑑みろと神々に言われながら、槙島は言った。
「……時間なんざ簡単に作ってみせる。古ぼけた名声や権力にすがる能しかない奴らなど、直に全員根絶して見せる」
その時、彼と神々たちは何らかの邪悪な気配を感じ取る。
「……まさか、邪神珠か……!」
「邪神珠はまだミクセス王国内を移動していますのでそれではないと思いますが、この気配は只者ではありませんな」
「……とにかく、確認を急ぐぞ」
槙島は素早く玉座の間を出て、王城にある尖塔に登り、一帯を満遍なく見渡す。
そしてすぐ、槙島は邪悪な気配の正体に気づく。
「……なるほど、アレだったか」
その根源は王都の上空にいた。
最後にして最強の邪神獣【邪悪のテラフドラ】が、王都の地に影を落としながら、悠然と飛行していた。
槙島は氷魔法の準備を、いつでも迎撃出来るように構えた。
しかしテラフドラは一切下に――ヒデンソル王都に注目せず、ただ王都上空を西から東に横切った。
テラフドラがすっかり王都から離れた時、槙島は邪神珠の効果を思い出す。
(邪神珠には、『邪神』を召喚する以外にも機能がある。
それに込められたエネルギーを動物に与えて魔物を、良質なものでは邪神獣を生み出す機能と、邪神獣に『人の多いところを襲え』などの簡単な命令を下す機能が。
……となると、あのテラフドラはまさか……)
そして槙島は自分のすべきことを再確認する。
(……これ以上俺の復讐を乱されてたまるか……急ぎ邪神珠を回収しなければ)
*
ミクセス王国、ウェスミクス村にて。
その日の夜、ネーナの親切によって一泊することになった飯尾、三好、石野谷、松永の四人は、かれこれ一ヶ月半王都から離れ、近況を知れなかった畠中へ、自分たちの軌跡を語っていた。
今話していたのは、ミクセス王国とファムニカ王国の和解後、槙島が石野谷への復讐を目論み襲撃した事件についてだ。
「なるほど、アイツは覚醒した神寵【オーディン】を駆使して、お前たちを殺そうと……」
当時の最大の標的である石野谷は、その時の槙島の殺気を思い出し、ため息をついてから、
「……正直、俺にはアイツを非難する権利はない……アイツがあんなことをしなきゃいけなくなったのは、俺たちがアイツをいじめたからだからな……」
石野谷は何故か戸惑う畠中へと向いて、
「何度でも言うべきだろうなこれは……今までごめんな。お前たちの気持ちを考えなくて」
と、机に伏せるように深く頭を下げた、
石野谷が頭を上げてから十数秒という間を空けてから、畠中は言う。
「……この話はもうスキップして次へ行ってください。あとできるだけ明るい話をお願いします」
「多少なりと石野谷の謝罪に触れてやれよ。シカトされたみたいで可愛そうだろ」
と、飯尾はツッコミを入れた。
これに続いて三好と松永も畠中へツッコむ。
「しかもこの後明るい話なんてないし!」
「この直後にあるのが、有原たち主力が不在の王都に逢坂が襲来して、大関さんと桐本さんと輝明が死んだ話だからな」
「そ、そんなことが……じゃあすみません石野谷さん、僕がコミュニケーション下手なばっかりに……」
「いや、いいよ別に……なんかこうしたほうが潔いかもしんないからな」
それから石野谷たちは、逢坂の件は松永がツッコむ流れでサッと話したことと、内容が重いので割愛し、ここ最近の王都での話をする。
「今王都で問題になっているのが、『槙島の行方』と『邪神珠の行方』だ」
「邪神珠……なんですかそれは?」
飯尾が畠中へ答える。
「言うと思ってた。邪神珠ってのは、逢坂が持ち出してきた『邪神を呼べるらしい』アイテムだ」
「らしいって言うのは、これを説明したのがあの『嘘つき逢坂』だからだ」
あんがと。と、石野谷は補足をした飯尾と松永に短く礼を言ってから、
「して、その邪神珠が逢坂戦後になくしてしまったんだ」
「ま、海野さん曰く、『なくした』というよりかは、『ある人が持ち去った』という線が太いらしんだがな」
と、松永は言いつつ、食卓に一枚の手配書を置く。
紺色髪の、いかにも高飛車そうな少女の似顔絵が描かれてある手配書だ。
これを凝視しては畠中は一言。
「これって誰です?」
「……畠中、お前この村にいて色々忘れ過ぎだろ」
「こらこら、あんまキツイこと言わないでよ松永さん。髪色変わってるし、元の世界にいたときから関係薄かったから、仕方ないかもしんないじゃん」
「……で、この人は誰なんですか? 松永さん、三好さん?」
「ああ、この人はね、同じ一年二組なんだけど、色々あって投獄してた……」
その時、ネーナが村の用事から帰ってきた。
「ただいまー、みんな楽しくしてた?」
「はい、何とかやってます」
「久々に仲間と会って色々話ししてました」
「そうなんだ、それはよかったね。石野谷さん、飯尾さん。でさ、今相談したいことがあるんだけど……ここ帰る途中、まーたここで宿を探してた人が居てさ」
三好は聞く。
「え、まさかその人も泊めちゃうんですか?」
「一旦四人に相談をしてからだけどね」
さらに松永も尋ねる。
「もう俺たちが泊まっているというのに、さらにその上でですか?」
「だって、もうここまできたら五人も六人も誤差みたいなものだし、皆と同い年みたいだから一緒に寝泊まりしても問題ないかなって思ってね。
さて、長々話してもしょうがないし、一旦来てください!」
ネーナは家の外で待っていた例の人物を招き入れる。
「皆さんこんばんわ。私は鳥か……!」
そしてその人物は、先客五人を見て仰天した。
同時に、畠中たち五人も来客の姿に仰天した。
なぜならその来客は、テーブルにある手配書の似顔絵の元――鳥飼楓本人なのだから。
【完】
今回の話末解説はございません




