第105話 お互い知らなかった
お昼過ぎ。ミクセス王国の西の辺境にある【ウェスミクス村】にて。
道を間違え、今日中に王都に帰れなくなった飯尾、三好、石野谷、松永の四人組は、そこで泊まれる場所を探していた。
そんな中、とある八百屋へ聞き込みをしに来た松永は、かつてトリゲート城塞で死んだと思われていた畠中と遭遇した。
というわけで松永は一旦店から離れて、
「おい皆ー! あの畠中がここにいるぞー!」
と、仲間たちに聞こえるように叫んだ。
「おお、畠中が……」
「畠中さんが、ここに……?」
「とりま呼ばれたら行くっきゃないか……」
これを聞いた飯尾、三好、石野谷は続々と松永のいる所へと集まっていく。
畠中はますます震え上がった。
(ま、まずい……アイツらに見つかったらまたギスギスした一年二組の環境下で戦わさせられる……!)
と、危機感を抱いた畠中は直感的に踵を返し、店と直結している家の勝手口を目指す。
しかし松永はその不審な行動を察知し、彼の服を素早く掴み、逆に店の表へと引っ張り出した。
「久々に会えたってのに逃げるとか、意味わかんないことするな……」
「す、すみません……」
そして、四人は畠中と店先でしっかり再会した。
「……で、ひょっとしたら俺の早とちりかもしれないから改めて聞くけど、お前は本当に畠中なんだよな?」
畠中は久々に【能力示板】を展開しつつ、
「は、はい、お久しぶりです、畠中です……久々にみんなに会えて……嬉しいです」
と、四人へ言った。
「こちらこそ、どうも」と、飯尾。
「よかった。また一人クラスメートが生きてて」と、三好。
「だな」と、石野谷。
「改めて、お久しぶりです」と、松永は言った。
その後、五人の間に気持ちの悪い沈黙が訪れた。
畠中はこれを恐る恐る破って言う。
「……え、どうしたんですか皆さん? なんか嬉しそう、じゃ、ないですけど……」
それからもしばし歪な沈黙を挟んでから、まず三好は言う。
「いや、別に嬉しくないってことは絶対ないんだけど……」
次に石野谷。
「なんちゅーか、驚きが薄いんだよ……ここ最近『死んでいた奴が実は生きていた』ってパターンが出まくってるから」
さらに飯尾も続ける。
「しかもお前に至っては前に『殺すと見せかけて生かした』みたいな話を聞いたからな。だからどっかで生きてるんだろうな、って予想はしてた」
再び三好が言う。
「だから今は『道を間違えたらたまたま再会できた』って驚きがあるだけで、嬉しさはもう既にじんわり味わっちゃったから、そんな喜べなかったってわけ」
それから石野谷は軽く一礼して、
「悪いな、瞬間風速強めに喜んであげられなくて」
畠中はうつむき、ため息混じりにぼやく。
「……そんなことあるのかよ……」
「「「「あるんだよそれが」」」」
「そんなぁ~……」
それはそれとして、松永は畠中に聞く。
「ところで畠中さん。さっきお前、俺から逃げようとしてたけど、あれは何のつもりだったんだ?」
「ああ……あれですか……あれは、何か嫌なことされるんじゃないかと誤解してました」
「何でだよ? お前松永から嫌なことされたことないだろ?」
「飯尾さんの言う通りだよ。松永さんとあんま絡んだことないじゃん畠中さん」
「まぁ、それは色々と……」
と、答えを濁してから、畠中は逆に質問する。
「というより、石野谷さん!?」
「うぉビクった……! 急に音量上げて名前呼ぶなよ……」
「何でお前がこのメンツに混ざってるんですか!?」
石野谷は他三人と一緒に首を傾げて、
「え、どういうこと!?」
「だ、だってほら、石野谷さんって久門のグループですよね? で、飯尾さんは有原さんのグループですよね? 何であれだけ仲悪かったグループの仲間が一緒にいるんですか?」
この質問を受けて、四人は畠中の現状を知った。
「ああ、そういうことか、そりゃそうなるか……お前、ずっとこの村に居て、ミクセス王国や一年二組の中で何が起きたか知らないんだな?」
「はい……」
やっぱりか。と、つぶやいた後、石野谷は言う。
「色々説明することはあるんだが……ひとまずこれだけ教えとく。もう一年二組内の派閥はもうほとんど崩壊してる」
「ツートップの真壁と久門が死んだからな」
と、飯尾は補足する。
すると畠中は声のトーンを上げて驚く。
「ええっ!? あの二人が死んだんですか!?」
「なんか嬉しそうだなお前」
「ま、槙島と同率であの二人にひどいことされたから、仕方ないことだと思うけどね」
「だな……じゃあ今のうちに久門一味の三番手として謝っとくわ、ごめん」
しかし畠中は、あの忌まわしき権力者二人が消えたことに歓喜するあまり、石野谷の謝罪をまるで聞かず、
「ででで! 今一年二組はどういう相関図になっているんですか!?」
鼻息を荒くし、倍速再生されているのかと思うくらいの早口で尋ねた。
「おい飯尾、お前だったらさっきの流してこのまま話すか?」
「いいんじゃないか? 気にしていないようだし」
「……わかった、じゃあまず簡潔に説明すると、今、ミクセス王国に残っている一年二組は俺ら含めてたった八人。で、そのリーダーはご存知学級委員、兼、返り咲いた【勇者】の有原がしている……」
「おーい、何してんの畠中」
説明の途中、店先で畠中が奇抜な髪色の四人組に絡まれているのが気になったネーナが畑から戻ってくる。
三好は彼女を見て畠中に尋ねる。
「誰、あの人?」
「ああ、あの人は……」
居候先、雇い主、などなどと素直に言うべきか、見栄を張って協力者と言うべきか……などなど、畠中は余計なことを考えて、答えを引き伸ばす。
そうこうしている間にネーナは五人の側にやって来て、
「この村で農家をやってるネーナです。畠中とはかれこれだいたい一ヶ月半くらい居候させてあげている関係です」
と、自分の自己紹介と、畠中の現状を先んじて言った。
「へー、かれこれ一ヶ月半も居候させてもらってんのか」
「なんかよくない風に思わないでくださいね松永さん。住ませて貰ってる代わりにちゃんと農作業手伝ってますからね!」
「クワも満足に振れないくらい情けない働きぶりだけどね」
ネーナのカミングアウトを聞いて、四人は『えー……』と微かに声を漏らしつつ呆れた。
「……それは言わない約束でしょうよネーナさん!」
この畠中のプライドためだけ注意を聞いて、四人はますます呆れた。
ネーナは『はいはいごめんごめん』と畠中に適当に謝ってから、四人へ尋ねる。
「それで、アンタたちは一体何者なの?」
「はい、まずアタシから。初めまして、三好縁って言います」
「オッス、俺、石野谷陽星」
「飯尾護だ」
「松永充です」
「カクカクシカジカありまして、ミクセス王国軍の助っ人として戦ってます。今は王都にもう四人仲間がいまーす」
「へー、ミクセス王国のお助け兵さんね。で、畠中とはどういう関係なの?」
三好は即答する。
「あ、それはフツーに激戦の中ではぐれた仲間です」
直後、畠中は謎にヘッドバンキングを決めてから、三好に怒鳴る。
「おいこら! ちょっとは僕の立場を考慮してくださいよ!」
「へ、何が?」
三好がポカーンとする中、松永は畠中に聞く。
「別に三好さんはお前のことを悪く言ってなかったように聞こえたが、何か問題でもあったか?」
続けて飯尾も、
「え、まさかお前、なんか適当な武勇伝とか作って、ここまで来るまでの話を盛って伝えてたのか?」
畠中は相変わらず無駄な長考をして、すぐに返答しない。
なのでまた先にネーナが答える。
「いや、畠中からはそんな凄い話聞いてないよ。ま、これまでの働きぶりからして、そんなこと言っても絶対嘘だってバレるけど」
「そうですか……じゃあ畠中、お前さっきの考慮って何だったんだ?」
「いやー、あれはですねー松永さん、あまりにも事実すぎてショボくなるのもなんかやだなーって思いまして……」
「んなこと気にしても何ともならねーだろうが、お前なら」
この石野谷の発言に、畠中を除く四人は無言でうなづいた。
「はぁ……また話し方失敗した……」
一方で畠中はひどくうなだれた。
「さてさて、色々話が散らかってる中、またまたアタシが質問するんだけど……四人はここに何しに来たの?」
ネーナの質問に、今度は飯尾が答える。
「本当はここに来るつもりはなかったんですよ。数時間前、俺たちは山の中にある訓練場に行ってて、そっから真っ直ぐ王都に帰ろうとしたんです。けど、情けないことに道を間違えてしまって。で、もう今日中に王都は時間的に無理になったんで……」
「この村を偶然見つけたから、ここで一晩泊まろうと?」
「そうです、そう思ったっていうところです! はい!」
「そうなの。じゃあ……そんなに立派なところじゃないけど、アタシの家に泊まってく?」
「え、いいのか! 話が早くて助かりますネーナさん!」
それから飯尾たちは軽く話し合いを交えてから、
「じゃあ今晩は一泊お世話になりますよ!」
「「「ありがとうございます、ネーナさん!」」」
と、一晩お世話になる主、ネーナの優しさに感謝した。
「どういたしまして、皆さ……」
「ちょい待てーい!」
しかし畠中がそれを阻みにかかる。
「どうしたの畠中! アンタに都合悪いことあるの? 自分の寝室がゴチャゴチャするとか言わないでよ?」
「いやそれはそうかもですけど……」
畠中は四人へ真剣な眼差しを向けて言う。
「お前ら気をつけろよ! ネーナさんは厳しいから、多分明日になったら無理矢理畑仕事を手伝わされるぞ! 実際俺はそうなったんだからな!」
「いやそれはアンタがここに居させてくれと言うからよ。流石に一日で帰る人を働かせるような鬼畜じゃないってのアタシ」
この時、四人は一斉に思った。
((((いくらなんでもダメ過ぎるだろ畠中……))))
とにもかくにも、四人はウェスミクス村に泊まることとなった。
*
その日の夜。
四人は畠中と一緒に、ネーナからいただいたそれなりに豪華な夕飯をいただいていた。
その最中、
「ごめん、村のみんなに顔出す用事があったから、しばらくアタシ抜きで食べてて!」
と、言って、慌ただしく家から外出した。
その隙に四人は畠中へ、ネーナに聞かせるのは面倒な『畠中が不在の間、一年二組がどういうことをしていたのか』を、真壁の支配時代から順に話した。
「なるほど、石野谷さんが有原さんと一騎打ちを……」
石野谷はその時の思い出を感慨深く感じつつ、
「序盤はスピードと手数で優勢取ったんだけどな……やっぱ真壁を倒した有原の底力には敵わなかったなー」
「へー、お前そんなことしてたのか」
と、飯尾は感心した。
その戦いが空中で行われていたことと、自分は梶のワンパンでKOされていたことで見ていなかったからだ。
「全く、一時はどうなるかと思ったけど、あの時は両方とも丸く収まってよかったね」
石野谷は三好の台詞にうなづいて、
「だからマジで俺と、祐と、あの漫画に感謝しろよ」
「三つ目はもうちょい考えてから感謝しとく」
と、飯尾は言った。
そして松永は、話の毛色が違うことを自覚しつつ、言う。
「……しかしその後は、丸く収められそうにもない敵がやってきましたよね」
「ん? ゲルビタ……じゃない……あれか」
「……そうだね、あの人だね」
「アイツか……やっぱそれは話とかなきゃダメだよな……」
すると他三人は、図らずも同じタイミングで畠中を一瞥してから、急に真剣な面持ちになっていった。
「……ど、どうしたんですか? その敵がどうかしたんですか?」
畠中の素朴な疑問に対して、彼をそのように変えた一因となった責任を取る一環として、石野谷は答える。
「昼間もチラッと言った気がするが、死んだと思われていたが実は生きていたのはお前だけじゃない。なんなら、トリゲート城塞から遅れて生還を果たしたのも、たった一人だけじゃない」
「え、え、トリゲート城塞から奇跡的に生還したのが僕だけじゃない?」
「ああ、もう一人、あのトリゲート城塞から奇跡的――厳密に言えば『意図的』だが――生還できた奴がいる。そいつが俺と祐、ファムニカ王国とファムニカ王国の和解後に襲撃してきたんだ……」
「そ、その、その人は誰ですか!? ……ハッ! それだけ僕に言おうとするのに慎重になってるってことはまさか……!」
「そうだ。元の世界にいた時、お前の友達だった……槙島が俺たちに襲いかかったんだ。『これまで虐めてきたこと。助けてくれなかったこと、その他諸々の復讐』でな」
【完】
今回の話末解説はございません




