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第104話 再放送後

 ミクセス王国・王都の北にある山脈。

 その奥にひっそりと存在する石造りの門の前にて。


 朝方、三好と石野谷は、二人で焚き火を囲み、その火に枝を刺したマシュマロを近づけて焼いていた。


「……」

「……」


 その間、二人は時々互いの顔色を伺いつつも、無言を貫いていた。


 黙っているのは二人の仲が険悪だからということではない。


 かれこれここで半日待機させられ、話すこともやることもなくなり、挙句の果てには眠気さえもなくなり、とことん暇になってしまったからだ。


「……そろそろいいんじゃね」

「……そだね」


 二人は虚無な顔をしてから、いい感じに焦げ目の付いたマシュマロ付きの枝を数本取る。


 その時、二人の前にある石の門が古めかしく鈍い音を立てながら開く。


「待たせたな、お前ら!」

 そこをくぐり抜けて開口一番に飯尾は快活に叫んだ。


 一秒にも満たない間隔で、石野谷と三好は怒鳴った。

「「遅せーよアンタら!!」」


 飯尾と、遅れて石の門から出てきた松永は、二人の怒号に驚いてから言った。

「だって仕方ないだろ、試練ってそんな短時間で終わるものじゃないんだから……」

「……というより、お二人は前にここ来てるんですから、これくらい時間かかるってわかってたと思っていたのですが……?」


 すると三好は、あからさまに二人から視線を反らし、焼けたマシュマロを一つ口にしてから、

「確かにそれはそうだけど、けどやっぱ半日は長いから……」


 同じく、石野谷も明後日の方向を向きつつ、焼きマシュマロを二つ同時に食べて、

「しかも俺ら、その間スゲー暇だったんからな……」


「まぁ、それは言えてるかもな……」

「だったらすみません。せっかく案内してくれた分際でこんなことして……」


 飯尾、松永、三好、石野谷が来たこの石造りの門は、【栄光の遺跡】の入口。

 槙島に勝つための修行として、ハルベルトが提案した彼の祖国【ヨノゼル王国】に伝わる試練場である。


 先日、有原、内梨、海野、三好、武藤、石野谷の六人は、ハルベルトに案内されてこちらに来て修行を行った。


 逢坂が王都で騒動を起こしたのはこの時であり、彼らは自分たちの不明を至極悔やんだ。


 しかし国民たちは『不運だった』、『世界を救うためには仕方なかった』と、彼らに対して厚意を持ち、過剰に追及することはなかった。


 そして国王や騎士団長たちは、王都凶来の件が幾分か片付いた時、『飯尾と松永も挑戦すべき』と勧めた。


 なので今度は、有原たち四人が王都に残り、背後に憂いのないようにした上で、案内役の石野谷と三好と共に、飯尾と松永もここに来た次第である。


「いいよそんな謝らなくて、こっちも仕方ない部分はあったし」


「そうそう、まさか俺たちは入れないなんて知らなかったんだから」


 飯尾と松永は、有原たち六人の時と同様、今いる門前の平場から落し穴式に落下して遺跡に突入した。


 その仕組みの都合上、二人と三好と石野谷も落下した。だが、上から伸びてきた謎の鉱石製のアームに引き上げられ、その中に突入できなかった。


 一人の人間が挑めるのは一回だけ。二人はそのルールに則って突入を阻止されたのである。


「せっかくアイツらの死んだことを吹っ飛ばす勢いで、もっと強くなろうと思ってきたのによ……」


「マジでドンマイだね、石野谷さん」

 と、三好が石野谷をなぐさめている間、飯尾と松永は、栄光の遺跡の出口の付近で心苦しく立っていた。


 三好と石野谷がそちらを向いた時、飯尾はすこぶる重い表情で言う。

「……本当にすめん、お前の友達みんなを守れなくて……」


 これに続いて松永は二人へ頭を下げる。

「……ごめんなさい……」


 すると石野谷は、一瞬、物悲しげな目をして焚き火を見てから、

「本当にいちばん幸せなのは、全員生きていることだけど……アイツらはやるべきことをやり尽くした上で倒れたんだ。だから、いいんだ。お前らがそれを謝ったら逆にアイツも悲しむしよ」

 と、二人に微笑んで言った。


 この時、焚き火を挟んで向かいにいる三好は思う。

(アタシが奏と紬を死なせた時はどうしようも思えなかったのに……石野谷さん、成長してるなぁ)


「そうか、じゃあ、あえて『すまん』だけ言っておく」

「……そして、ありがとう……石野谷さん」


「だからいいっての」


 石野谷は二人に目線を合わせるため、バッと勢いよく立ち上がってから、

「とにかく、俺は槙島を苦しめた責任を取るために、アイツの暴走を全力で止めるまで、ゼッテーくよくよしないからな! いいな!」


「お、おう!」

「……はい」


 石野谷は思い切り笑って二人へ言う。

「じゃ、これでミクセス王国の神寵覚醒者は全員【栄光の遺跡】突破したってことで、さっさと帰るか!」


 直後、三好は三人へ、

「あ、これ食べ切ってからね」

 焚き火に当てている焼きマシュマロ十数個を指さして言った。


「は、はい」


「わかった……うーん、試練達成後に食うものがマシュマロって、何か居心地悪いな」


「いいから食べてよ飯尾さん。お肉とかケーキとか食べたかった気持ちはわかるけど」


 そして四人は焚き火を囲んで焼きマシュマロを食べて処理する。


 その最中、石野谷と三好は二人にこう聞いてみた。

「そういやお前ら、最後に出てきたのは誰だった?」


「ちな、石野谷さんは久門で、アタシは依央だった」


 飯尾は即答する。

「こないだの再放送だった」


「再放送……そういうことか。やっぱ二人ならそうなるか」


 飯尾に補足する形で松永は言う。

「ま……偽物だったから、さほど技量がなかったんで厄介味は減りましたので倒しやすかったですが……」



 マシュマロ完食後、四人は王都に戻るため、下山する。

 その間、道中の暇を紛らわすために雑談を交えていた。


「ところでさ、トツ……マツ……ナガさん?」


「……ん、何ですか? 三好さん


「これから貴方のこと、どう呼べばいいのかなって?」


「どう呼べばいいか……十束か、松永のどちらで呼べばいいかってこと、ですか?」


「そうそう、それが聞きたかったのアタシ!」


 ややこしい話だが、松永まつながみつるには二つの名前がある。

 

 一つは『十束とつか十華とつか』。

 彼らの故郷である某市史上最悪の犯罪者、十束とつか貴史たかしの娘であったころの名前だ。


 もう一つは『松永まつながみつる』。

 某市に拠点を置く地方ゼネコン、真壁グループの社長の里子になった際に、過去の経歴を払拭するために付けられた名前だ。


 数日前に彼女が自ら話したことによると、前者は言わずもがな、後者の親に関してもとても嫌な思い出があるため、ひょっとしたら『松永』と呼ぶのも彼女の心の傷をえぐることとなっているのではないか。


 と、三好は心配して、先の質問をしたのだ。


「確かに、俺もなんかこのまま惰性で『松永』って呼ぶのも良くないって思ってたわ」と、石野谷。


「けど今更『十束』呼びするのもなんか違和感ないか? やっぱ犯罪者の名前でもあるし……俺も呼びたくねぇな、友達の親父の仇の名前なんて」と、飯尾。


「けどけど、『松永充』って名前、何か古臭くない? アタシはどうせなら名字のことは忘れて、下の名前の『十華とつか』って呼びたいんだけど……だってほら、十に華って書いてなんかお上品な感じするし……」

 と、三好は言う。


「ま、結局は本人がどう思うかじゃねーの?」


「石野谷の言う通りだな。さ、どうするんだ、とりまマツカ?」


 三人に見つめられる中、松永は淡白に言う。

「これまで通り松永充でいいですよ。そっちのほうが馴染みあるでしょうし」


 すると石野谷は腑に落ちない様子で、

「えー、そんな使いやすいからの理由でいいのか?」


「いいんですよ。どっちにも特に思い入れがなく、嫌な思い出しかないんですから……だったらもう『使いやすさ』で比べるしかないですもの……ただ」


「「「ただ?」」」


「……三好さんの言う通り、『トツカ』って名前はなんとなく綺麗なイメージがあるんで、万が一また名前が変わるとなったら、それにします……よくよく考えたら十に華って書いて『とつか』とは読めないんで、多分書き方は変わりますけど」


「……そうなんだ、じゃあ今のうちに『松永トツカ』って呼んどく?」


「それはやめてください三好さん、苦い過去に色々配慮した感じがまた別な嫌さになってますんで……」


 ……というような雑談を交わしつつ、時折休憩をはさみつつ、四人は山を下っていく。


 そうして五時間後。四人は山の麓にまでやってきた。


 そこで案内役の石野谷と三好は焦った。


「あ、あれ……おっかしいな……?」


「ここ、どこだっけ……?」


 彼らは、王都から最も近かった山の入口と、あからさまに違う場所から出てきてしまっていた。


「……石野谷、三好さん。お前たち、案内役だったよな?」


「ああ、そうだぜ飯尾。だからきっちり来た道を下りてたつもりだったんだけどな……」


「だいぶ話に熱入っちゃったけど、その間もキチンと気をつけて道選んでたからね! けど……」


「「やっぱ山だから、似た道が多くて……」」

 と、二人は偶然ハモって言った後、肩を落としてわかりやすくショゲた。


 飯尾は二人の職務放棄にため息をつく。

「なーにやってんだよお前ら」


「すまんな飯尾。けど、お前もお前で来た道覚えとけよ!」


「そうだよ飯尾さん! アンタもただついてきてないで、随時『ここ違うよ』とか言ってくれたらもうちょっとマシになったんじゃないの!?」


 この二人の反撃を受けて、


「ご、ごめんなさい……」

 と、松永は謝った。


「いや……松永さんも松永さんだけど……今はそっちじゃないんだよ!」


「そうそう! ほら飯尾さんも何か言うことあるでしょ!」


「ああそうだな。まずごめん……俺、全然道を覚えてなかった。け、けど! それよりも皆、ここで悠長に話してたらまずいんじゃないか!?」

 と、飯尾は真上……傾きかけた太陽を指差して言った。


「直感的にここは王都から離れまくってるから、今日中に帰宅はまず無理として……日が沈む前にどっか一晩過ごせる場所に行かなきゃいけないんじゃないか!」


「た、確かに……こんなとこで喧嘩してる場合ではない気がします……」


「そうだね、じゃあ案内人の石野谷さん! なんかこっから行けるで泊まれそうなとこない!」


「何で俺に聞くんだよ……案内人はアンタもだろ三好さん」


「アタシは山上り専門で来た案内人だから! 石野谷さんは久門さんとか友達五人とあちこち行ってたんだから、そういうスポットに詳しいと思ったから聞いたの!」


「言われてみればそうだな! よし、じゃあお前ら、今度こそ俺を信じてついてきてくれ! 今からどっか泊まれそうなとこへ行くから、勘で!」


「結局勘かい!?」

「結局勘かよ!?」

「結局勘ですか……!?」


 かくて一行は、石野谷の曖昧になった放浪期の記憶を頼りに、一晩をやり過ごすための場所を求めてミクセス王国の土地を駆け回った。


 そうして、おおよそ二時間後。


「やっぱここにあったと思った……見えたぞ、村が!」


 一行はのどかなこと以外はあまり特徴のない農村に辿り着いた。


「ナイス、石野谷さん! じゃあせっかく村に来たんだから、宿とかない探してみよう!」


「だな! 手分けして探すぞ! 石野谷、三好さん、松永さん!」


「あいよ!」

「OK!」

「はい!」


 四人はすぐさま散り散りになり、村人にどこか泊まれるところはないかと聞いて回る。

 

「じゃあ俺は、あの店の人に聞いてみよう……」

 その中で、松永は何の変哲もない八百屋へ寄る。


「いらっしゃいませー、何をお求めでしょうか?」

 と、無理に作った笑顔の裏に卑しさを感じる少年が接客してくる。


(別に何も買うつもりはないんだがな……)

 少女は特に品を手に取らず、その少年へ『宿屋はありませんか?』と尋ねようとする。


 その寸前、松永は少年を見て、尋ねるのをやめる。


(あれ、コイツ、どっかで見たことあるような……)


 松永は少年の顔に既視感を感じ、それが何なのかを思い出そうと、彼を見つめる。

 

 するとわかりやすく顔を赤くし始めた。


(ただ客が見てるだけだろ……妄想強めの奴かコイツ……あ!)


 妄想強めの奴。そのイメージから松永は二人の知り合いを思い出す。

 しかし片方は今、どこかで復讐の手立てを整えているはずなので、選択肢は一つに絞られた。


 松永はそれを確かめるために、少年へ尋ねる。


「お前、畠中はたなかあらただろ?」


「え?」


 少年は目を点にして指一本動かさなくなった。


 それから松永は一分ほど彼の返事を待つ。しかし、応答はない。


 松永はアプローチを変えて尋ねる。

「……今はこんだけ背とか一部分とかデカくなったが、俺は松永まつながみつる。お前のクラスメートだ。覚えているか、畠中新?」


 しかし少年――畠中はこれでも答えなかった。


 すると松永は、一旦店から離れ、お手上げと判断した半分、報告半分で、村中に伝わるように叫ぶ。


「おい皆ー! あの畠中がここにいるぞー!」


 この時、店に残された畠中は、激しく顔を引きつらせ、ありえないほど冷や汗を流していた。


【完】

■詳細説明

【この時点での一年二組の生存者リスト】


○ミクセス王国・有原の仲間たち

 ・有原ありはら たすく 神寵【スサノオ】

 ・飯尾いいお まもる 神寵【フッキ】

 ・内梨うちなし 美来みらい 神寵【フレイ】

 ・海野うみの 隆景たかかげ 神寵【クトゥルフ】

 ・三好みよし よすが 神寵【シヴァ/ヴィシュヌ/ブラフマー】

 ・武藤むとう 永真えま 神寵【ヌアザ】

 ・石野谷いしのや 陽星ようせい 神寵【アポロン】

 ・松永まつなが みつる 神寵【バアル】

 

○ミクセス王国・ウェスミクス村

 ・畠中はたなか あらた 神寵未覚醒


○所在地不明・真壁一派

 ・鳥飼とりかい かえで 神寵【ヘラ】


○ヒデンソル王国

 ・槙島まきしま 英傑ひでとし 神寵【オーディン】


 ――以上、計11人

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