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第103話 遺された萌芽

 ミクセス王国・王都にて。


 有原、内梨、海野、武藤。それからハルベルト、国王とその親衛隊十数人という、そうそうたる顔ぶれが、王都を囲う防壁の南門で待っていた。


 そこに五十数人が列を成してやって来た。

 先頭にいるのはファムニカ王国の王子、エストルーク。

 その両脇には後ろには妹のエスティナ姫と、執事のルチザがおり、その後には護衛が続く。


 彼らファムニカ王国の国賓たちは南門と、その向こうで待つミクセス王国の要人たちを目前にしたところで立ち止まる。

 

 まず口を開いたのはミクセス国王。

「ファムニカ王国の皆様、よくぞ遠路遥々お越しくださいました」


 エストルークは、普段のおおらかな性格が一切感じられない、畏まった様子で返す。

「いえ、こちらこそ無理を言ってここに来てすみません」


「……いいのです。皆様の居ても立っても居られない気持ちはわかりますから」


 それからミクセス王国とファムニカ王国の一団は、王都の大通りを進む。


 かつてのファムニカ王国ほどではないものの、至る所の建物が崩壊し、荒廃した光景が広がっていた。

 そんな中、国民たちは大事な人を失った悲しみを堪えながら、街の復興に勤しむことへ集中していた。


 エストルークたちは、この三日前にここで起こった騒乱の傷跡を目の当たりにし、至極悔しい思いをしつつ、ミクセス王国側の案内に続いていく。


 そうして一行が向かったのは、一度王都を出て、王城の裏側にある山脈を少し登った場所にある平地。そこに計二十六基の墓石が、この人目につかない簡素な場所に並んでいた。


 ここは墓地。それも戦死した一年二組の面々を葬ったものである。


 有原はエストルークらファムニカ王国の方々に言う。

「僕たちは、本来は一緒に団結しなければならなかったところを、様々な理由から争い、そして殺し合ってしまいました。

 ですが、こちらの勝手が過ぎるかもしれませんが、せめてその魂はなるべく一緒にしよう。と、思って、こういう場所を設けていただきました」


「本当は王都にあるきちんとした墓地に葬りたかったんだけど、一部周りからの印象が最悪な奴がいるから、結果こういう僻地に葬ったんだ。いわゆる折衷案だ」

 と、海野は『真壁 理津子』の名が刻まれた墓石を睨みつつ補足した。


 ハルベルトはエストルークとエスティナのために、近頃置かれた墓石を案内する。

「そしてこちらが、貴方がたのご友人の物です」


 梶、大関、桐本、稲田、そして逢坂……石野谷一味のメンバーにして、彼らと親交が深かった五人が眠る墓だ。

 

 先の騒動の二の舞いにならないよう、ファムニカ王国に留まるのが最善だとわかっていた。

 けれども一日でも早く伝えたい感情と比べれば、もはやそんなことは気にしていられなかった。

 

 エストルークとエスティナ、それとルチザは、目的であったそちらへと近づく。

 

 エスティナはまず、生前、好意を持っていた桐本の墓石を前にしてしゃがみ、それをただじっと見つめる。


 エスティナは後ろにいる内梨へ尋ねる。

「なぁ、桐本様はどういう風に死んだの……?」


「ええと、護さん曰く、『自分の守るべきものを守って倒れた』って言ってました」


「そうか、それなら……よかったかもな……」

 と、エスティナは桐本の墓に向けて笑いながら言った。

 しかし、大粒の涙をこぼさないように我慢することはできていなかった。


 エストルークはルチザと共に、梶を先頭に石野谷一味の墓の前に一つ一つ立ち、『この前はありがとうな』と、彼らの恩と友情に感謝した。


 勿論、最後には逢坂の墓にもそうしてあげる。


「この前はありがとうな……こないだの凶行は許しはしないけど、お前は友達だからな……」


 有原たち四人も追って、石野谷一味への感謝と彼らのこの先の平穏を祈った。


 それから彼らは真壁の墓の右隣に設けられた、都築の墓にもそれをする。


 直後、海野はつぶやく。

「不謹慎だけど、この隣のスペースはアイツへの嫌がらせのつもりで空けていたんだ……けど、ひょっとしたらこれでよかったのかもな」


 武藤は言う。

「いいと思うよ。あの人もひょっとしたら、ここに来るのを求めてあんなことをしたのかもしれないから」


「……かもな。だったら飯尾に倒されること含めて、アイツはある意味恵まれているのかもな」


 同じ頃、ハルベルトとミクセス王は、一年二組の最初の死者、篠宮の墓石の前にいた。

 

 ハルベルトは全身で得体のしれない重量の咎を背負うように、苦しさと悲しさに満ちた様子でそこにいた。


 ミクセス王はそれを感じ取り、彼に尋ねる。


「ハルベルト、ここに彼らを呼んだことを後悔しておるのか?」


 ハルベルトは正直に首を縦に振ってから、述べる。

「先日の逢坂の騒動の際、我々が王都に留まっていれば、多くの人を救えたはずでした。

 いや、それ以前の真壁の暴政なども含めて、そもそも私が彼らを呼ばなければ国民を大勢死なせる必要もありませんでした。彼らだってこんな見ず知らずの土地で死ぬ必要もありませんでした。 ……だから、悔やんでも悔やみ切れませんし、これからどう責任を果たしようかと……」


「……これはハルベルトの仕業だけでない、我々大陸の民全員の不運が招いたことだ。『邪神』という諸悪の根源がこの世界に現れたというあまりにも大きすぎる不運のせいだ。

 国民の皆も、貴様ばかりが悪いとは思っておらぬ。だからハルベルト、数多の人の死を悲しむのは結構だが、気に病んではならぬ……この世界を救うためには、貴様も必要なのだから」


 ハルベルトは片膝を突き跪いき、

「はっ、ありがたきお言葉でございます……」

 と、王の寛大さに礼をした。


 その時、ハルベルトの目にはうっすらと涙がにじみ出ていた。


 そして王とハルベルト、それと有原たち四人は偶然にも同じ場所に集った。


 そこには墓石は置かれておらず、撤去された跡が残っていた。


 数日前にあった墓石に刻まれていた名前は、『槙島まきしま 英傑ひでとし』という。


 跡地を見つめて、有原は言う。

「残る敵は邪神獣【邪悪のテラフドラ】と、『邪神』そのものだけになったのに……これに加えて、戦う必要のない人と戦わなければならないなんて……」


 槙島英傑。

 彼は元いた世界から積もらせてきた、自分を虐げた真壁と久門を恨んでいた。


 真壁は有原に、久門は自分に倒されても憎悪の炎は消えず、久門の取り巻きである石野谷一味にまで牙を向いた。


 ついには、それを庇い、彼の度を越した復讐を止めようとした有原たちも敵とみなし、神寵【オーディン】で得た脅威の力を振るい、襲いかかった。


 梶の犠牲をもって、槙島の猛威から一時逃げられた後、彼の所在は不明となった。


 しかし、槙島はどこかで生きている。そしてどこかで自分たちに罪を償わせようとしているのは明白だった。

 

 故に有原たちは、『今度は一緒にいられるように』という願いも込めて、トリゲート城塞奪還戦後に建てた墓を撤去した。


「また槙島さんと戦わなきゃいけないんでしょうか……もっと穏便に済ませられる方法はないんでしょうか……?」と、内梨。


「もし戦うとなったらどうなんだろう、ボク、次は勝てるかな……」と、武藤。


「きっとアイツは、ただ休んでるだけじゃないだろう。アイツもアイツなりに確実に俺たちを仕留める手筈を整えてくるだろうな……」と、海野は言った。


 それから海野は一拍置いて、

「……しかも、きな臭い別件が出てきたしな」


 有原は海野にうなづいて、

「【邪神珠】のことだね……」


 先日の『王都凶来』の際、黒幕の逢坂は【邪神珠】なる漆黒の宝玉を持ってきて、偽の邪神獣十三体を生み出し、その被害を拡大させた。


 彼曰く、邪神珠は『邪神』を生み出せ、このエネルギーを動物に与えて魔物、良質なものなら邪神獣に変えることも可能というアイテムだという。


 今、ミクセス王国の面々はそれについて悩んでいる。

 何故なら、あの騒動以来、それの所在がわからなくなってしまったからだ。


 把握している限り、それが最後に目撃されたのは、逢坂と松永の最終決戦の最中。


 そこで松永は『範囲内にいるものが持てる武器を一つだけにする』というルールを課せる結界【利己の世戎】を発動した。


 これで逢坂の得物の片方である神器【ミストルティン】が遠くへ弾け飛んだ。

 と、同時に彼が持っていた邪神珠が、同じように遠くへ飛んでいったのだ。


 騒動終結直後、その現場にいた松永と飯尾、それとゲルカッツとレイルらは被害拡大を恐れ、邪神珠を探し回った。

 捜索範囲を拡大したり、民衆の協力も得ながら、王都の隅々まで探した。

 しかしそれでも邪神珠は見つかることはなかった。


 言うまでもなく、邪結晶を用いての探知も行った。しかしそれでも反応しなかった。


 こうして今、邪神珠は未だに行方知れずとなっていた。


「しかも、持ち出してきたのがよりによってあの逢坂だからな。

 ひょっとしたらこれは『奴のホラ話』で、松永が弾いたアレもただの爆弾か何かという線もあるからな……全く、最後の最後までややこしいことしやがってアイツ」


「護さんも、『確かに偽邪神獣が出てきたけど、逢坂がそれで呼び出した瞬間は見ていない』って言ってましたからね……」と、内梨。


「けど、見つかったらいいよね。だってそれがあれば『邪神』と戦う必要もなくなるもんね!」と、武藤。


 そして有原は頭を抱えて、

「……だからこそ、逢坂さんには申し訳ないんだけど、本当に『信じられない』んだよね……」


「だよなぁ、都合が良すぎるもんな……」

 海野は有原に同調してから、


「仮に邪神珠が本当にあったとすれば、今のところそれを持ってそうな『奴』の検討はつくんだが……そいつもどこ行ったかわかんないからな……」

 と、つぶやいた。


 逢坂が新たに持ち込んだ問題に対して頭を抱える有原たち四人を一瞥して、ミクセス王はハルベルトに言った。


「この邪神との戦い、最後の最後まで油断できんな……故に最後まで奮起しよう」


「はい、お任せください」


 有原たち四人とミクセス王の元に、石野谷一味の墓参りを終えたエストルークら三人がやってくる。


 ミクセス王は他の面々と共に頭を下げてから、

「改めて、今日はお越しいただきありがとうございます。皆様」


「いえいえ、こちらこそ、このような機会を用意してくれてありがとうございます」

「「ありがとうございます」」

 と、エストルークらも感謝の言葉を告げてから、一礼した。


 頭を上げた直後、エストルークはミクセス王国の方々へ尋ねる。

「ところで、こんなこと聞くのも野暮かもしれませんが……石野谷はどこにいるんですか?」


 続いてエスティナも、

「あと、三好と、こないだ大活躍したあの二人はどこにいるんですか?」


 この問いは有原が引き受けた。

「はい、あの四人はただいま別件で外出していまして……」



 一方その頃。


 ミクセス王国・王都の北にある、山脈の奥にて。


 そこにある明らかに人工的に作られた門の前で、石野谷と三好は焚き火を囲み、黙々とマシュマロを焼いていた。


【完】

今回の話末解説はギリギリありませんでした。

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