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第102話 農村暮らし陰キャ物語~一応、俺だって頑張ってるんです~

 かつて、有原たちは邪神討伐の鍵となりうる要害、トリゲート城塞の奪還を試みた。


 作戦は邪神獣二体――【破滅のイビルノーザ】と【邪悪のテラフドラ】の襲来により失敗。

 一年二組は辛くも二体の邪神獣の猛攻から逃れられたものの、五人のクラスメートを失うことなった。


 ……と、思われていたものの、有原と石野谷たちに襲撃するという形で槙島の生存が判明。これにて犠牲者は四人に修正された。


 しかし、これでもまだ事実と異なる。

 生きていたのは槙島だけではない、もう一人、生存者がいる。


 その名前は、畠中はたなかあらた。槙島の友達の陰キャ少年だ。


 彼はトリゲート城塞で意識を取り戻してからなんやかんだでミクセス王国の西の辺境にある【ウェスミクス村】にたどり着き、


「また半分しか終わってないの!? 午後から店番もあるんだよ!」


「ヒィィィィ! ご、ごめんなさいネーナさぁん!」


 そこの村娘ネーナの家に居候させてもらう代わりに、彼女の仕事を手伝うことを強いられていた。


 手伝う仕事は畑の耕しや収穫など、農家の平均的なもの。

 なのだが、畠中は純度の高いインドア派であり、農業的な力仕事には全くして向かず、事あるたびにネーナに怒られていた。


 しかし畠中は自分の行動を改めようとは思わなかった。

 

 畠中が考えているのはヒデンソル王国の居住権を買い、そこで悠々と暮らすこと。

 そのために必要な金銭、百万ゴールドをかき集めることだけであった。


 なので畠中はなまけることや楽をすることばかり考えて、仕事に真摯に取り組もうとしなかったのだ。


 これは、村に来てからおおよそ一ヵ月半の時のこと。


 畠中はこれからジャガイモを植える予定の畑を耕していた。


 さっきの説明の通り、畠中は力があまり無い。


 ただの何の変哲もないクワを踏切が上がるくらいの速度で振り上げ、狙いが定まらず滅茶苦茶な位置に刃を入れる。そうしてネーナの半分の速度と効率で畑を耕す……という、あまりにも不甲斐ない仕事ぶりを見せていた。


 先ほどのやり取りは、隣の畑のキャベツを収穫していたネーナがこれを見てのことである。


「アンタ、一ヵ月ちょいくらい経っているのにそろそろクワくらい簡単に使いなさいよ!?」


「いや、だって、これ本当に重いんですもの……!」


 ネーナはキャベツが山のように入ったカゴを一旦運び終えてから、その辺に立て掛けてあったクワを、片手で軽々と持ち上げて、


「だからどこがよ」


「そ、それは……ネーナさんが無茶苦茶腕力あるからじゃないんですか!?」


「これが普通のクワだからだよ! ついでにアタシの腕力も農家としては普通くらいだから! アンタの腕力があんまりにもないからでしょうが!」


 ネーナから叱責を受けた畠中は、あからさまに彼女から目線を反らして、

「いや……だって俺、こういうクワみたいな重いものもあんまし持ったことないんで……」


「だとしてもこの一ヵ月半こうしてれば、多少なりとマシになると思うんだけどね……いくら何でも成長しなさ過ぎよアンタ」


 畠中は彼女から目線を反らして、耕し切れていない土を謎に見つめたまま、

「……でも……それはやっぱ、農家に生まれたからの才能の違いとか、素質とかで……対して俺は、そういうのに向いてないんじゃないかって……」


「そう……けど、とにかくその畑はさっさと耕して。アタシもこれがひと段落ついたら手伝うから」


「そ、そんなぁ……」


 この後、畠中はこれ以上ネーナに怒られたくないと奮起して、少しだけ作業速度を上げて仕事に取り組んだ。

 しかし相変わらず自分の腕力の無さ故に作業効率が悪く、最終的に畠中がジャガイモ畑を耕したのは六割で、残りはネーナが手伝ってくれた。



 お昼ごろ。


 午後の作業に備えて二人は家で昼食を取っていた。

 ニンニクと唐辛子が入っただけのシンプルなペペロンチーノだ。


(久々にたらこが食べたい……)

 と、心の内で悪態をつきながら畠中はペペロンチーノを食す。


 一方、ネーナは自分の分のパスタにはまだ手をつけず、畠中の食事風景を見つめていた。


 畠中はペペロンチーノの四分の一を食べたところで、ネーナの強い視線を感じて、

「ど、どうしたんですか、ネーナさん」


 ネーナはこのちょうどいい機会に、彼へ尋ねる。

「……そういえばさ、今までハッキリと聞いていなかったんだけど、アンタ、王都ではどういう風に暮らしてたの?」


 さてはこないだみたいに『食べ方が汚い』と注意されるのでは、と恐れた畠中は急ぎパスタを巻き上げたフォークを一旦皿に置いて、

「お、王都で……どういう風に……?」


「ほら、どういう家族で、どういう仕事をして……みたいな。そういえば『王都出身』っていうくらいしかアンタのこと知らないな。って思って聞いてみたんだけど」


「ああ、そっちか……ええ、これ答えなきゃダメですか……?」


「のっぴきならない事情があるなら別にいいけど……」


 作業効率が悪いこと然り、この前のポップコーン事件然り、これまで自分はしょうもないことでネーナからの評価を下げてきた。

 だからここで彼女の何気ない質問にも答えて、高感度を保たなければいけない。


 と、畠中は親切とは決して言えない理由で、ネーナの質問に答える。

 もちろん自分が異世界から来たことは隠して。


「……別になんでもない家族ですよ。お母さんがいて、お父さんがいて、そんでもっておじいちゃんとおばあちゃんがいるっていう。ただし、きょうだいはいませんけど」


「その家族からアンタはどういう風な仲だったの」


「良かった……んですかね。親は余程のことが無い限り怒ることはなかったですし、仮に怒ったとしてもそんなグワーッ! って噛みつくようにはありませんでしたから。

 ちなみにおじいちゃんおばあちゃんはそれに輪をかけて優しかったです。しょっちゅうお菓子とかお小遣いとかくれました」


「要するに贅沢に甘やかされたってことだね」


 畠中はネーナのハッキリとした物言いに面食らってから

「……はい、そうですね」

 と、口から息を漏らすような小ささで言った。


「ああ、これ悪口じゃないからね。家族にとっても相当大事にされたって証拠だから、これ自体はいいことだと思うよ。けど」


「……けど」


「アンタはそれに対して受け身になり過ぎだと思うんだよね」


「受け身に……なり過ぎ……ですか……」


「そうだよ。周りが与えてくれた良いものは『ありがとう』って思って受け取る分にはいいんだけど、アンタはそれを『当たり前』って心の根っこの部分で思い込んでいる部分がある気がするんだよ。

 だからさっきのクワのくだりの時、『アタシが力強いから』とか『クワが重いから』とか『自分は農家の生まれじゃないから』とか、自分が上手くできないのを他の何かに転嫁したんじゃないの……?」


 畠中は目下にあるフォークで巻き取ったパスタを見つめながら、

「けど、それは……本当にそうだからだと、思います……」


「……確かにそうかもしれないよ。けど、だからといってそれで終わりでいいの? 今後はそうならないように、自分なりに何か『対策』とかすれば嫌な思いしないんじゃないの? 例えば今回の場合は、どっかしらの空いた時間に筋力鍛えるとかするとか……」


「……いや、でも……」


「言っとくけど『めんどくさい』とか言い出したら本気で怒るからね」


「……そんなことしたって、俺、頑張ったって意味ない人……」


 畠中が上手くいっていないのは農村暮らしと邪神討伐戦だけでなく、元の世界にいた時からずっとそうだった。


 勉強も運動も友達関係もてんでダメ。小中高一貫して、周りからは落ちこぼれ扱いだった。


 それでも両親は畠中を愛してくれて、嫌なことがあればいくらでもフォローして、彼の悲しみを慰めてくれた。


 そんな畠中にも、一時は『申し訳ない』と思うところはあった。このままおんぶにだっこではいけないと思った時が何度かあった。


 例えば、中学生のいずれかの時に、彼は今まで下の中だったテストの順位を、中の下くらいまでに持っていこうと珍しく本気で勉強に取り組んでみた。

 けれどもそれは思うように捗らず、あまり効果をなさず、結果、そのテストの成績はこれまでのものと比べても大差ないものだった。


 そういう挫折を繰り返し、畠中は『自分は頑張ってもダメな人間だ』と思い込むようになった。

 だから彼は、意識しないところでは『良いことも悪いことも周りにゆだねる』という悪い癖がより強くなっていったのだ。


 ……という話を、大陸の世界観に合わせて、自分はさも王都の兵士志願者のように取り繕いながら、畠中は嘆くようにネーナに話した。


「たったそれっきりで才能ないって思うな……って言いたいところだけど、その時は余程こたえたんだろうね……」


「はい、教官に『お前訓練してたのか』と言われました……」


「そっか、それは可哀想に……」


 ネーナはふと下を見た。冷めかけたパスタがそこにあった。

 せっかくの昼食を冷ますのはもったいない、と、フォークを回してパスタ麵を巻き取る。


 そして、結局それを口に入れず皿に置いたまま、

「……アタシは逆に親から散々言われてたなぁ……『全体的に段取りが悪い』ってね」


「それで、ネーナさんはどうしたんですか?」


「もう意地でも頑張ったよ。それでもアタシの親は頑固だから、もうずっと『まだまだ足りない』って怒鳴ってきた……完全に悪意をもって言ってるわけじゃあないのはわかったけど、それでもうざかったね。

 いや、悪意あったかもね……最後に会った時のアレもあるし」


 ネーナの両親はもうウェスミクス村にはいない。


 畠中が喉から手が出るほど欲しがっている『ヒデンソル王国の居住権』を、家にある価値あるもの全てを独断で売り払った代金で買って、そちらに行ってしまったからだ。


「ああ、そんな話がありましたね……」


「……全く、今どうしてんだかあの親。心配になるじゃんか」


「そ、そうですね……」


 そしてネーナはようやくペペロンチーノに一口つけた。


 それからネーナは畠中へ言う。

「まずごめん、さっきは『贅沢に甘やかされた』とかカチンと来るようなこと言って」


「は、はい……」


「それから、アンタがやたらと甲斐性がない理由はわかった。親切に答えてくれてありがとう」


「ど、どういたしまして……」


「けど、少なからず真面目に仕事してもらわないと困るからね!」


「は、はい、すみません!」

 と、畠中はこの瞬間だけ背筋をピンと伸ばして返した。



 昼食後。


 畠中は午前から言われていた通り、家に併設された店の番を始める。


「それじゃ、アタシはもうちょっと畑の方で仕事するから、アンタはその間にジャンジャン稼いでね」


「はい! まかしてください!」


 この時の畠中の威勢は午前とは比べ物にならなかった。


 それもそのはず、彼はネーナと約束し、『売り上げの一割』を自分の小遣いにすることが出来る。

 この唯一の稼ぎどころではりきって、一日でも早くヒデンソル王国に住む。これが畠中の腹積もりである。


 というわけで彼は村の誰にも負けないくらいの、普段なら決して出さないくらいの大声を踏ん張って張り上げた。


 すると、畠中が番をする店に一人の男がやってきた。

「はい、いらっしゃいませ! お求めの品はどれでしょうか!」


「いいや、別に何か買いに来たわけじゃないんだが……」

 と、男――斜向かいの家に住む顔なじみの農夫は、畠中の熱量に気圧されつつ言った。


「……ああ、何だあなたでしたか、すみません、色々熱中してました」


「そうかい……いつも家の方からアンタの仕事ぶりを見ていたが、なれないながら、いつも頑張っていて偉いな!」


「そ、そうですか……」


「今は買うものは特になくて、冷やかしになってしまって悪いが……とにかく、これからも頑張れよ!」


「は、は、はい、頑張ります! ありがとうございます!」


 そして農夫は畠中に手を振ってから、自分の家へと戻っていった。


 その時、畠中は思う。

(いや、せめてなんか買って行けよ)


 一方、畑にいたネーナは、それを遠くから見て微笑んでいた。

(ちゃんと頑張って褒められてるじゃん、アイツ)



 畠中が店番をしてから数十分後。


 いつも通り、ウェスミクス村の近くを通りかかった旅人が傭兵が、必要なものを買いに続々と来防してきた。


 そこで畠中は人一倍やる気を見せて、次々とお客さんに野菜を売りつけ、小遣いを溜めていった。


 そんな中、彼の店に一人の少女がやってきた。


 完璧なスタイルと整った顔立ち、それから短く切り揃えられた青緑色の髪を持つ美少女が。


 畠中は三次元の女の子にはあまりそそられないので、彼女の美貌に特に触れることはなく、

「いらっしゃいませー、何をお求めでしょうか?」

 普通通りに接客する。


 しかし少女は特に品を手に取ろうとせず、じっと畠中を見つめていた。

 

(な、何これ……まさか俺に惹かれてるんじゃ……)


 この異性からの視線を受けて、畠中は流石に数ミリくらい胸を高鳴らせた。

 そうして彼はわかりやすく顔を赤くし、ソワソワし始める。


 そして少女は畠中に尋ねた。

「お前、畠中はたなかあらただろ?」


「え?」


【完】

今回の話末解説はありません。

次回からは最終章が始まります。お楽しみに。

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