第100話 王都凶来・覆る世戎
この度は更新が遅れてしまい、本当にすみませんでした。
浮遊する逢坂は、先程神寵に覚醒した松永を見下ろしながら、彼女からもう一メートル距離を離す。
右手で純手に持つ長剣【レーヴァテイン】には炎を、左手で逆手に持つ短剣【ミストルティン】には氷を纏わせ始める。
火魔法【ブレイズ・ラッシュ】と氷魔法【ヘイル・ラッシュ】の同時使用による、炎と氷の斬撃の五月雨の予備動作だ。
松永はついさっきこれを二回食らった。一回目は回避と相殺が足りずダメージを受け、二回目は【不殺の世戒】――範囲内にいるもの全ては誰も傷つけられなくなる効果を持ったゾーン――の効果で無力化した。
この三回目においては、【不殺の世戒】は『範囲外』故に発揮できない。なので松永は【世戒】を張り替える。
「【沈黙の世戒】」
松永本人を除く範囲内にいるものは声を発せなくなる。それが【沈黙の世戒】の効果。
これによりスキルの詠唱を封じ、炎と氷の斬撃を発動できなくする。それが松永の目論みであった。
(そんな小細工なんざお見通しだぜーッ!)
と、口パクで訴えながら、逢坂は斜めに降下し松永に迫る。
この時、逢坂の左手のミストルティンにまとわりついていた氷はきれいさっぱり消えていた。だが、右手のレーヴァテインにはまだ火が灯っている。
逢坂は松永めがけレーヴァテインを一文字に振るう。
するとそこから炎の斬撃波が松永を襲った。
(これはスキルじゃなくてレーヴァテインの『ギミック』……スキル名を唱えずとも使えちまうんだッ!)
これ以上負傷すれば自分の身が危うい。そう松永は判断し、
「【慈愛の世戒】」
地面を殴り、また新たな【世戒】を展開する。
この【慈愛の世戒】は居るものを時間経過で回復させる効果を持つ。
松永は眼前にいる逢坂への警戒を怠らず、自身の傷を癒していく。
対して、逢坂はしれっと【慈愛の世戒】の範囲に踏み込み、松永へ言う。
「これで、二つ目の『弱点』がバレたな」
「……一つ目は聞いていない」
「そんなのわざわざ言うまでもないからな。弱点①『範囲外には効果は及ばない』……この手の能力にとっては『当たり前』だ。
なんなら弱点②も『当たり前』かもしれないな……『オメーの【世戒】は多重発動出来ない』んだろォ~~~!」
左手の短剣に【虚実を装うヨトゥン】による『偽装』をかけ、あたかも氷属性を帯びているように見せかける。
これで逢坂は松永に『また【ブレイズ・ラッシュ】と【ヘイル・ラッシュ】が来る』と予想させ、これの対抗となる【沈黙の世戒】を使うように誘導した。
「そして多重発動が出来ないようにしくんだって訳だ! で、どうなんよ俺の考察はッ!」
松永は無言を貫き、結果肯定する。
それを見て逢坂はそれにニヤリと笑った後、
「さて、『休憩時間』はもう終わりだぜッ!」
松永へ前蹴りを放ち、彼女を七メートル以上押し飛ばす。
「ここだったな、松永が殴った地点は……」
逢坂は松永が【慈愛の世戒】を発動した地点から六メートルの位置に移り、自分の方に駆けようとした松永を威圧して制す。
そして逢坂は、【慈愛の世戒】発動時に松永が拳をつけたところに、適当に氷魔法を放って傷つけ印をつけて、
「【世戒】の効果範囲は『発動した地点から』。【慈愛の世戒】の場合はそこから『六メートル』だろ?」
貴様の戯言に付き合う気はない。と、言わんばかりに、松永は逢坂へ右手のひらを向け、電撃を放つ。
逢坂は雷を帯びた短剣を目前で振り回し、これをかき消して、
「俺は小さい頃から色んな本を読んでてな……『聖書』なんかも見たことはある。辞書みたいに分厚くて辞書みたいなかっちり格式張ったものじゃなくて、わかりやすさ優先の図解的なもんだけど。
その中にこーゆーエピソードがある。
エジプトを出て三か月後、シナイ山にて預言者モーセは神から『信者の守るべき十の定め』を授かった。それを今日では『モーセの十戒』という。
つまり俺は何を言いたいかというと……テメーの【世戒】はこれが元ネタだと思ってたら、実際そうだったって話だ」
モーセ十戒の五番目は『父母を敬え』。【慈愛の世戒】はこれに対応している。
六番目は『殺してはならない』。こちらは【不殺の世戒】が対応している。
そしてこの二つの【世戒】の効果範囲は『六メートル』と『五メートル』。十一を番目で引いた際の差と合致している。
逢坂は自身の独特な含蓄をもって聖書の内容を参照し、松永の能力の性質を把握したのだ。
この推理力の鋭さに、飯尾は感嘆した。
「そんな雑学から松永の能力を当てるなんて、敵ながらすげぇや……」
それを聞いて逢坂は照れた。
「だろぉ、『無節操』と褒めてくれたまえ」
「……で、だからどうしたんだ」
逢坂は気を取り直して松永へ向き直して、
「どうしようともできるだろうがよォ~~!? この知識の紐づけが、今のお前の強さを支える能力の『解明』に通ずるのだからなァーーッ!」
逢坂は双剣を構え直し、松永へと突撃する。
(あの様子じゃあ【不殺】も【沈黙】も使ったところで対策される……なら)
松永は素早く地面に拳をつけて、【慈愛の世戎】を張り直し、半端に癒えた身体を再度回復させ始める。ここで踏みとどまり持久戦を目論んだ。
しかし逢坂はこれすらも見越している。
「耳が痛いかもしれねーけどよォーー、お前の『能力の弱点』はまだまだあるんだぜェーーッ!」
「だったらもったいぶらずに言ってみろッ!」
「弱点③! お前の戦闘能力は『根本的に強くない』ってことだッ!」
逢坂は左手の短剣を矢継ぎ早に振り回し、松永へと連続攻撃を仕掛ける。
松永は電撃と、雷属性エネルギーを纏わせて保護した両拳を織り交ぜて防御を取る。
だが、彼女はじわじわと押されていく。
彼女のジョブは【呪術師】。いくら神寵【バアル】に覚醒してステータスが向上し、雷属性放出能力を得たとはいえ、『直接戦闘には向いていない』という特性はまるっきり覆ってはいない。
それと、六十近くもあるレベル差と、実戦経験の差。
これまで【世戒】でまかなっていた松永の弱さがとうとう表面化し始めた。
(後ろ向きに回復しても勝利には届かない……ここは反撃の芽を残す)
松永は逢坂の目くらましのため、彼の頭部へ適当な電撃を放つ。
直後、松永は逢坂の手数の多さを超えるべく【慈愛の世戒】を張り替えようと拳を下に伸ばす。
「甘いぞッ! 松永ッ!」
逢坂は顔に飛んできた稲妻を、上半身を後方に反らしてかわす。と、同時に、かがみかけた松永を蹴り上げる。
「弱点④。『世戒を展開するときはいちいち手を地面につけなきゃいけない』」
「……ッ!」
松永はのけぞった自分の体勢を直し、すぐさま逢坂へ左回し蹴りを繰り出す。
逢坂はそれを、右手の長剣の刀身で受け止め、
「無駄ァッ!」
左手の短剣で彼女の右肩を強く斬りつけた。
松永は回復に拘泥せず、【慈愛の世戒】の範囲外を脱して後退し、体勢を立て直す。
同時に、逢坂は【海空を踏むロプト】で浮遊しつつ、松永から大幅に離れる。
これにて、二人の間には二十メートルの間合い――世戒が通用しない間合いが生まれた。
「今日以上に敵との『間隔』を意識する日はもう訪れないだろう……さぁ、松永、あるいは十束、この『間隔』、貴様はどう攻略する」
十束は右肩を押さえながら、何のひねりもなく一歩前進する。
すると逢坂は、松永の歩幅二つ分後ろへ退く。
「困るじゃあないか……そんなつまらない『答え』を見せられたら」
「チィッ……だったら!」
松永は右手を逢坂へとかざし、稲妻を放つ。
逢坂は左手の短剣を振って、雷を帯びる斬撃を一つ放ち、松永の稲妻を打ち消した。
「弱点⑤。『元のジョブが補助向け故に攻撃技に乏しい』」
「やかましい。好き放題いいやがって……!」
逢坂は振りかぶった短剣を再度構え直す。刹那、そこに雷属性が充填されていく。
その間、逢坂は松永へ語る。
「さっき貴様が『一歩』踏み出した時、俺は『ニ歩』分後ろへさがった。先程、貴様が『放った』電気を、俺は『消した』。
……これこそが貴様の『運命』の暗示だ。貴様がどれだけ『幸福』へ行こうとしても、それは決して貴様の手元には降りてこないという『暗示』だ……」
逢坂は松永のいる先へと短剣を突き出し、
「そしてこれが『決定打』だ! 【轟雷を退かすヨルムンガンド】ッ!」
神蛇を模した稲妻の束を放つ。
迫りくる稲妻の束へ松永は両手をかざし、こちらも稲妻を放つ。
だが逢坂の稲妻の束は一切勢いを落とさず、そのまま松永へと命中した。
激しく輝く雷光と、瞬く間に立ち上る黒煙が落ち着いた時、松永は満身創痍で地に伏せていた。
「松永充、もしくは十束十華……実に『悲しい娘』だった……十束貴史の『運命』を背負いながら……」
「勝手に、死んだと、決めつけるな……!」
両手で地面を押して起き上がりながら、【慈愛の世戒】の回復効果を受けながら、松永は言った。
「もうやめろ、松永。これ以上引き伸ばしてもお前の『運命』は決して良くはならない……」
松永はようやく両足で立ち上がり、逢坂を見上げて語る。
「……俺だって小さい頃は何度も思った。『もっと普通の家族で暮らしたかった』、『もっと普通の将来の夢を見たかった』って。そうして俺は『運命』を恨んだ。
……けど、今の俺だったらそんなのは『どうでもいい』とハッキリ言える。なんせ気づいたから、大事なのは一秒でも先の『未来』だって」
「それはそうだな。輝明に、そう言いつけられたのだからな」
「微妙に違う。俺は輝明が作った『運命』に従ってるんじゃない……輝明が俺に見せてくれた『進むべき道』、俺一人の意思と身体で向かっているんだ」
そうか。と言って、逢坂は関心して見せた後、双剣を構えて、
「じゃあ、オメーはそのボロボロの身体とヘナヘナな能力だけで、たった一人で『未来』を渇望するんだな……!?」
対して松永は、世戎を受けてもなおいまだに堆積する痛みも疲れも全て忘れて、大関が教えてくれた構えをとり、
「ああ、俺はたった一人で決めた、自分の望む『未来』を掴んで見せるッ!」
と、堂々と言い放った。
「わかった……では、俺……」
逢坂は咄嗟に右手の長剣を振り、一本の矢を切り落とした。
矢――逢坂はそれで微かに期待し、それが飛んできた方へと視線を向ける。
そして逢坂は激しくがっかりした。
「なんてことしやがるんだテメー……!?」
「貴方はたった一人ではない。それを彼女に教えたかっただけだ」
と、長弓を携えた男――騎士団長ゲルカッツは言い返した。
【完】
今回の話末解説はありません。




