第10話 トリゲート城塞奪還戦・三勇者出撃
ミクセス王国・最南端にて。
魔物の手に落ちたトリゲート城塞を奪還すべく、ここにやってきたミクセス王国軍は、この城塞を包囲していた。
その内の界訪者、あるいは一年二組の生徒たちは三隊に別れ、北東、北西、真南にある侵入口へ伸びる橋の前に、それぞれ待機していた。
ハルベルトが狼煙で合図し次第、入口三方から三隊が同時に突入し、各軍が戦場をならす――という作戦である。
突入前、北東の橋前――有原たちの持ち場にて。
「ギリギリ修正できてよかったな、祐」
「はぁ……後々色々言われそうだと思うけど」
今回の作戦の本来の内容は、ハルベルトとクローツオの兵たちも三つに別れて、一年二組の三隊に続いて突入する。というものだった。
けれども祐は『やっぱり、どれかが集中砲火されてしまったら……』と、犠牲を考え、ギリギリのところでハルベルトとクローツオに、
「分かれるのは僕たち一年二組だけにして、みなさんは頃合いを見て後から続く形でお願いします!」
と、頼み込み、かろうじて作戦の変更が叶ったのである。
「し、心配しないでいいと思います、祐さん。みんなが傷つかなくてすむんですし……」
「それはわかってるっしょ。有原さんは他にもやるせない部分があるんだって、」
と、海野は、作戦修正が終わった後の有原の行動を見ていた立場から内梨に言う。
一年二組の三十六人を三等分にするとなってから、有原はまず『戦力差』を気にした。
特に、今七人いる【神寵】覚醒者の配分にだ。
篠宮は有原隊へ、梶は隊長が神寵覚醒済みの久門隊へ行くと公言した。
なので有原は残る四人――三好とその友達三人をうまくバラけて貰うように頼みかけた。
しかし、
「えー、それマジキツイんですけどー。つまり誰か二人は真壁のとこに行かなきゃいけないんでしょ? それは拷問でしょマジで」
三好はそれを速攻拒否した。
「そこを何とかお願いできませんか、三好さん? この戦いだけでいいんで……」
「だから無理なものは無理っていってんじゃん!」
続いて、三好の友達の一人である『桜庭 依央』も、
「というか真壁と一緒になることよりも、四人がバラバラになるのが嫌なんだけど! アタシたちズットモなんで! 何があっても絶対バラバラにならないって決めてるんでマジで!」
ありがとう依央! と、三好は桜庭と一度ハイタッチしてから、有原に頼み込む。
「ねー、お願いだからアタシたち全員、篠宮様と一緒にいさせてよ〜!」
「「「ね〜、お願〜い!!!」」」
しかし有原は全体としての勝利を考えて、意見は譲らない。
「それだとこっちに神寵持ちが五人いることになりますから、すみません、ここはやっぱり……」
「あーはいはい、わかりました。じゃあもうアタシたち他行きますんで。はいはい」
彼女たちはそれを真剣に聞いてくれなかった。
そして今現在彼女たちは、四人全員、篠宮と人気を二分するイケメン『桐本 光』の元へ行ってしまっている。
桐本が属しているのは久門隊な。なので結果、久門隊は神寵覚醒者が六人もいることになってしまった。
さらにこの三好の勝手な行動で、有原は三隊の力量差を『人数』で辻褄合わせしなければならなくなり……
「ほぼグエルトリソーの時のメンツだな」
有原隊はいつもの友達三人と、海野と、槙島と畠中の陰キャコンビ、計七人になってしまった。
有原、真壁、久門の人数比率は『七対十五対十四』。あまりにもバランスの悪い結末だ。
「まぁ、決して面子を馬鹿にするつもりは無いけど、だいぶしわ寄せが来てるね……この部隊」
「かもな、海野。せめて誰かもう一人神寵持ちがいれば、マシな感じはしたんだろうけど」
「そうだな飯尾、もう一人居れば……な」
この状況をつらく思いながらも、有原は仲間の方へ向かって言う。
「……みんなごめん、またこんな不利な状況に追い込んでしまって。だからお願い、ここは人一倍頑張……」
その途中、トリゲート城塞の内部で爆発が起こり、次々と黒煙が立ち上った。
「……な、何でしょうかこれは!?」
「さては、魔物が暴れ出したんだろうか……」
海野は言う。
「それは多分違う。ついさっきまで静かだった連中が、既にボロボロな城塞の中で、理由なく暴れだす訳がない」
「……てことは、理由が今さっき出来て、魔物たちが暴れ出したってことか」
「あるいは、魔物じゃない何かが爆発を引き起こしたか……」
有原は、城塞上空に立ち込める黒煙を見て、ある男を脳裏に浮かべた。
彼はすぐに意を決した。
「みんな、ハルベルトさんからの合図はまだだけど城内に突入しよう。さもないと、せっかくの同時攻撃が台無しになる」
こうして有原隊は緊急で城内に突入する。
これは恒例の身勝手な独断で突入した久門隊、やむを得ず続いた真壁隊に次いでのことである。
有原たち七人が北東門を通り抜ける。
そこで目にしたのは辺りに広がる、倒壊した無数の煉瓦造りの建物と瓦礫。遠くに見えるのは魔物の大群が大挙してきた。
「怯えているみたいだ。さてはこいつら、ここからなら久門と真壁から逃げられるとか都合いいこと考えてたりして」
「そうかもな。なんかこいつら、今までの防衛戦であった奴らよりも弱そうだし」
「……や、やっぱりここぞという時は仲良くなりますね、護さん、海野さん」
「んなこたないって美来ちゃん!」
「そんなことないって内梨さん!」
実際二人が言っている通り、この魔物はかなり怯えており、かつ、弱い。故に魔物たちは次々と有原たちによって倒される。
「ヒィィ、ヒィィィィツ!」
その間、畠中は有原たちの遥か後方にある、崩れた建物の影で、魔物の断末魔以上の声量で悲鳴を上げていた。
魔物の波が一段落ついた後、畠中の醜態を見て、海野は一言。
「アイツ、いつまで何をしてんだ」
有原はまあまあと海野へ言って、
「畠中さんのジョブは【祈祷師】なんだから、戦いを怖がるのも無理はないもの」
と、畠中をかばう。
「だとしても、せめてバフとかやってくれるとありがたいんだけどなー。内梨さんみたいに多少前に出てくれるとな……」
「もういいから、次行きましょう、次!」
有原は後方のハルベルトとクローツオの兵士に連絡し、城塞北東入口の警護を任せた後、他の二体との合流を目指す。
本来ならば、三つの入口から中心の広場へは大通りで一直線で行ける。
だが今は、いくつもの建物が壊れ、その瓦礫が大通りを含むいくつもの道を遮断するように積みあがっているため、そこへの道はまるで迷路のように複雑化している。真壁の推察は当たっていたのだ。
有原たちは大幅な迂回をしつつ、道中立ちふさがる魔物を倒しつつ、後続の軍の先駆けとなるべく、中心部への道を作っていく
*
一方その頃。
「【テフヌト・フラクチャー】ッ!」
久門は眼前へ霧を放ち、その霧目掛け、高熱を帯びた大剣を振りかざす。
霧にかかった三階建ての煉瓦家屋は水蒸気爆発の衝撃にのまれ、積み木めいて倒壊する。
「よおし、次だ次だ!」
北西門から侵入した久門隊はこのように、目の前で立ちはばかる物を力づくでぶち壊しながら、思うままに突き進んでいた。
しかし、久門は他の隊との合流など、まるっきり考えておらず、
「ようし、あの三回りでかい魔物どもをぶちのめせ!」
強そうな魔物を見つけ次第襲い掛かり、ただ戦闘を愉しんでいた。
また一方その頃。
真南門から侵入した真壁隊は入口周辺から徐々に徐々に制圧テリトリーを広げていき、石橋を叩いて渡るように、慎重に攻城戦を進めていた。
「魔物を見つけ次第直ちに始末しろ。たとえどんなに脆弱に見えようとも、決して油断するな。全ての不安要素を潰していく」
自分の隊員にキビキビと指示を出す真壁へ、彼女の右腕的存在、都築正義は尋ねる。
「理津子さん、他の隊との合流はいつ頃になさいますでしょうか?」
「当面は考えなくていい。まずは我々と後続の無事が最優先だ」
「はっ、承知しました」
このやり取りが示すように、真壁は有原や久門と協力する気はさらさらなく、自分たちだけで城内の鎮圧に集中した。
*
場内突入から三十分経過後。
「ようし、ここが中心部だ!」
有原たちは一番乗りに、トリゲート城塞中央広場へとたどり着いた。
本来ならば大勢の人が行き来しにぎわっていただろうこの場所も、すっかり魔物たちに蹂躙され、地面に敷かれた石畳は毒々しく黒ずみ、辺り一面不気味な静寂に覆われていた。
「……今んとこ魔物の気配なし。じゃ」
飯尾は捨てられた木箱に腰を下して、
「いやー、道中大変だったな。最初の臆病者で基準作っちまったせいで、その後の強さの差に驚いちまったぜ」
と、ここまでの苦労を語った。
篠宮は技の都合上、剣ついた煤を払いながら、
「僕もヒヤっとしたよ。神寵があったとしても油断しちゃいけないって、今のうちにわかって良かったよ」
「お疲れ様です、みなさん」
内梨が一休みのための回復魔法を全員にかけている中、有原は狼煙を上げる準備をする。 この狼煙は、城塞外部で控えているハルベルトとクローツオの軍に、『僕たち有原隊は地ならしをある程度終えました』というメッセージを伝えるもの。
これに火を付けた際は、二人の軍と合流してさらなる戦いを行うことになる。
「じゃあみんなの準備が出来たらこれを上げるね」
なので有原は他六人の都合がよくなるまで、その火を付けるのを待つ。
そこへ槙島が声をかけてくる。
「あ、あの……有原学級委員、あいや、有原副団長……」
「ん、どうしたの槙島さん?」
「お、俺の活躍……どうで、したか?」
有原は、海野よりも部隊の後方で魔法の弾幕を作り、撃破こそできなかったものの、自分たちの魔物討伐を援護してくれていた槙島の姿を思い浮かべて、
「うん、【魔術師】として立派に戦ってたと思う……」
槙島は謝罪のときにするような最敬礼をして、
「あ、ありがとうございます……!」
と、食い気味に感謝した。
「どういたしまして。これからも一緒に頑張」
「は、はい!」
槙島は再び最敬礼をした。
続いて、有原の元にやってきたのは海野だった。
「おい、有原さん」
「ん、どうしました海野さん」
「あんたは今、副団長として活躍できていると思うか?」
「そりゃあもちろん全然だよ。久門さんも真壁さんも上手く指示が出せていないんだから。けれども……」
「けれども?」
「これからどんどん功績をあげて、みんなに認められるように頑張る。今はそれくらいしかできないけど、いずれはみんなを助ける。絶対にね」
「……そうかよ。やっぱ今はそれくらいしかできないのか」
「……うん。ごめん、海野さん。けど、きっとこの願いは叶うと思ってる。今、君が僕たちに馴染めているから」
と、有原は、グエルトリソー戦から共に行動することの多くなった海野へ笑って言った。
「あ、そういえばそうだった……いや、これはな、俺がただ単に真壁と久門と関わりを持ちたくないから、お前を隠れ蓑代わりにしようと思ってるからで……」
海野はしどろもどろになりながら言い訳を展開する。
その様子を見て内梨と篠宮はクスクスと笑い、
「ヒィィィ、もう帰りたいよ……はやく狼煙焚いてくれよ有原さん……」
道中の恐怖ですっかり腰が抜けた畠中は、壊れた建物の中でガタガタ震え、
「……」
何か物足りなそうに、槙島は二人の姿を遠くから見つめ、
「恥の上塗りだぞー、海野。ちっとは素直になれよ」
後ろで座っている飯尾は、クスクス笑っていた。
その時、
「わーっ!」
飯尾は突然、座っていた木箱から滑り落ちた。
これは決して飯尾がおっちょこちょいをやらかした訳ではない。
「な、なんだろう、この揺れは……!」
「じ、地震でしょうか……!」
「いや、だとしても震源が近すぎる気がするような。まるで、今僕たちが立っている地面の下で動いてるみたいな……」
有原隊七人は突然の地震に動揺を隠し切れない中、海野は叫ぶ。
「……みんな、今いるところからなるべく散らばってくれ!」
訳も分からず海野に従い、七人は走るか跳ぶでこの場から散開する。
刹那、彼らのいた地点の石畳にメキメキとヒビが広がり、青色の光の柱が、地から天へと放たれる。
そして青色の光の柱――のように見えたそれはトリゲート城塞中央広場を大きく揺らして着陸し、とぐろを巻く。
この正体は、とぐろをまいてまとまりながらも、自然と有原たちを見下せるほどの巨体を誇る、病的に青ざめた鱗を持つ大蛇――邪神獣の一角【破滅のイビルノーザ】である。
【完】
話末解説
■登場人物
【畠中 新】
レベル:15
ジョブ:【祈祷師】
神寵:未覚醒
スキル:【ライフ・ギフト】、【アタック・ギフト】など
一年二組の男子。
唯一の友達の槙島と同様、典型的な陰キャであり、人とのコミュニケーションが苦手。さらにとてつもない臆病で忍耐弱く、少しでも嫌なことがあるとすぐ逃げ出してしまう性格。
ジョブ【祈祷師】らしく回復・補助魔法を得意とするが、同ジョブの内梨と比べると練度は低い。
深夜、好きなVtuberの生配信を垂れ流しながらFPSをするのが数少ない生きがい。




