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第1話 普通の山から

 七月下旬。

 とある田舎の、青葉の生い茂る木々に囲まれた道路を、一台の引越会社のトラックが走る。

 それにごく普通の白い軽自動車が続く。


 途中の分かれ道で、軽自動車は意図せずしていたトラックの追跡を止める。

 数分後、その軽自動車はごく普通の山の中腹にある、コンクリート敷きの駐車場に停車した。


たすく、ねぇ、やっぱりまたああなっちゃうかもしれないし……本当に行くの?」


「大丈夫だって、お母さん。あれ以来、きちんと整備されたらしいし、すぐそこのアレを見るだけだから」


「そう……けど……うん……なんでもない」


 母親の心配が落ち着いたところで、祐と呼ばれた少年は、車から助手席から降りる。

 

 山道は土に木を階段状に埋め込んで整備されており、祐は百メートル前後の道のりを楽々と登っていく。

 途中、夏の暑い日には心地よい風が吹く。新緑の葉と、祐の青色のふんわりとしたくせ毛が揺れる。


(この髪色、『生まれつきです』ってあっちの学校に伝えても、絶対理解して貰えないだろうな。後で黒に染めないと……)


 そして祐は、山道の途中にある休憩所の、自分の背丈の半分程度の高さの石碑を目の前にする。よく磨かれ、光沢もかすかにある、真新しい石碑だ。


 若き少年少女たち、どうか安らかに――という一文がある通り、これは慰霊碑。

 二か月前、この山で起きてしまった事故の慰霊碑である。


 祐はその慰霊碑に刻まれた、死者の人数の箇所を指でなぞり、神妙な面持ちでつぶやく。


「みんな、本当にごめん……僕がもっとしっかりしていれば、この数字がもっと小さく、あるいは、この石碑がなかったかもしれなかったのに……」


 祐はここで黙祷を捧げた後、母親の不安を大きくしないように、来た道をすみやかに戻っていく。


 その間、祐は約二か月前に起こった『とされている』、山岳事故では決してない、長く険しく、そして壮絶な『戦争』を思い出す。



 五月上旬。

 某市立高校の一年二組の生徒三十六人と、その担任教師一名は、列を成して市内にある山を登っていた。


 この山は春になると『一面が鮮やかな桃色で彩られる』とか、『頂上に世にも美しい絶景がある』とか、という見所もない普通の山。


 そんな山に三十七人が登りに来た理由は『校外学習』。

 

 晴れて入学できた生徒たちを団結させる目的で、この高校は一年生各クラスに、五月上旬、市内のスポットのいずれかへ徒歩で行かせる、という活動を課していた。


 それで一年二組が選択したのは、この何の変哲もない山だ。


「あーあ、山ってマジつまんねぇな!」

 と、あたかも山びこを試すように心無い感想を叫んだのは、高校生離れした図体と、不規則に銀と金のメッシュを入れた髪型と、威圧性バツグンの容姿をした少年――一年二組の陽キャ男子の筆頭『久門くもん 将郷まささと』。


 久門は列から大きく離れ、自分の取り巻きとペチャクチャ話しながら、山道をノソノソ歩いていた。

 彼はこのクラス――どころか、市内でもそれなりに悪名が知られている。こんな風紀違反なんてまだ可愛げのある方なほどの不良である。


「こらこら、久門さん。一般の登山者もいるんですから、そんな大声出さないでください」


 その久門の元へ、ふんわりとしたくせ毛の黒髪の少年――一年二組の学級委員『有原ありはら たすく』は、注意のために降りて来た。


「だってよ式部しきべ


「えっ、俺声出してないって」


「式部さんじゃなくてあなたに言ってるんですよ久門さん。頑張って登っている方もいるんですか……」


「じゃあごめん」

 久門は食い気味に、適当に有原へ謝り、

「はい、これでいいだろ級長さん?」


「それ、反省しているんですか?」

 有原が真っ当な問いかけをした途端、久門は息巻く。


「なんだテメェ。俺の『ごめん』が信用できないってのか!?」


 久門に堂々と肩に拳を入れられ、有原は傾斜を無理やり後ろ歩きで登らされながら、かろうじて体勢を保つ。


「そういうわけじゃな……」


「じゃあどういうわけなんだ。オメーのお袋は『ごめん』って言っても許さないのか? オメーの親父は『ごめん』って言ってもキレてくるのか?」


 オメーの父親――というワードを使われたことに有原は不愉快さを感じながらも、穏便な態度を続けて、

「ですから、僕が久門さんに謝ってもらい……」


「有原」

 

 背後から無機質かつ威圧的な呼びかけを受け、有原は速やかに踵を返し、返事をする。


「はい、何でしょう!」


 有原の後ろに立っていたのは、年齢に合わない威厳と気品を感じさせる長身長髪の少女――『真壁まかべ 理津子りつこ』。

 この市に本社を置き、地方財閥に名を連ねる規模を誇るゼネコン『真壁グループ』の社長令嬢だ。


「何故に久門の注意をする」


「それは僕が学級委員として……」


「出来ないことは無理にするな。時間が無駄だ」


「はい、ごめんなさい……」


「そんな初歩的な過ちへの反省も無駄だ。早く学級委員として、先頭に戻ってクラスメートの先導をしろ」


「はい……」


 思いやりや同情などの感情要素を全否定し、何事も、最善の結果を、最速で、最高の形で実現することのみを考えて、一切の謙遜もしないで意見する――これが真壁の基本的なスタンスである。


「理津子さん、まだまだ山頂は遠いようです。体力のことを考え、俺がお荷物をお持ちいたしましょうか?」


「結構だ、都築つづき。自分の荷物くらい、最後まで背負い切ることを考えて持って来ている」


「それは失敬しました」


 その堂々たる態度と、一年ニ組内に真壁グループ関係者の子供が多いこともあり、真壁はこのクラスの中心人物として『君臨』し、現在、学級委員の有原よりもクラスを導いている。

 実際、この校外学習で『山登り』を提案し、決定に持ち込んだのも真壁だ。


 ここまで来れば『あなたが学級委員をやればよかったのに』と、有原たちは思う。


 しかし真壁は家業を優先しているため、学校は単なる『学習の場』としか捉えておらず、それ以外の活動は『時間の無駄』でしかないと考えている。だから真壁は学級委員に立候補しようとは微塵にも思わなかった。


 そんな真壁の真横を歩かせられ、有原はただならぬプレッシャーを感じ、無闇矢鱈に視線を動かす。


「あ、クーポン来てたわこれ」

「んじゃ週末モールで決定だね」

「OK」


 すると、真壁のストレートとは対象的に、ガッツリパーマを当て、ガッツリ脱色をしたロングヘアーをした美少女――一年二組の陽キャ女子筆頭『三好みよし よすが』が、陽キャ女子グループと一緒にスマホをいじっているのを見かける。


(これは校内でもアウトなんだけどな、注意したいんだけどなぁ)


 望み通りのことをすれば、真壁の心無い説教が再放送されてしまう。なので有原はそれを不本意ながらも見逃して、列の先頭へ戻った。


 ただし、彼は学級委員としての責任感を、決して忘れてはいない。


「木曽先生、後ろの方で久門さんが……」


 有原は一年二組の担任、木曽先生にまず久門の行為を事細かく報告し、その指導を頼む。


「そうか。じゃあ後で言っとく」

 と、木曽先生は約束し、そのまま山頂目指して歩き続けた。決して列を下ることはしなかった。


 人を闇雲に疑ってはいけない。と、今はいない父親に教わっていた有原だったが、この木曽先生の態度には内心憤っていた。


 大事にならないことは極力介入しない。自然に鎮火するのを待つ。木曽先生の典型的な『事なかれ主義』に、有原は四月から現在にかけて未だに納得できない。


「お……も……ああっ!」


 もしきっちりと先生が問題に着手さえすれば、今のように、一年二組の登山列の最後尾で、一人分の荷物を余計に持たされた男子が、顔面から山道に転ばなくて済んだはずなのだから。


「おおい、何やってんだマキグソ! 俺の荷物なんだぞ、大切にしろ!」


 ごめんなさい。と、泣きべそ混じりに謝るのは、身なりに飾り気が無さすぎる大人しい少年――『槙島まきしま 英傑ひでとし』。


 彼は自分の荷物と久門の荷物を背負ったまま、地面に両手を突き、ガタガタ震えながら立ち上がろうとする。最中、久門は偶然を装い彼の片手を踏みつける。

 当然、槙島は激痛に耐えられずバランスを崩し、再び地面に顔面を叩きつけてしまう。


「だから何やってんだヒデケツ! オタクだからって甘ったれんな! おら、俺が手伝ってやるから立て!」


 久門は槙島の油気の強い髪を掴み、彼を無理やり立たせた。


「い、痛いだろ……やめろよ……!」

 槙島は二重の意味で真っ赤な顔をクシャクシャにして、久門を睨む。


 久門と周りの取り巻きは、その槙島の怒り方を『幼稚』と断じて、ドッと笑った。


「ギャハハハ! あー、やっぱお前最高だな! よし、そのガキみたいな泣きっ面に免じてお前の荷物を持ってやるよ!」


 久門は槙島の足を踏みつつ、自分の荷物を取り、軽々と背負い直す。

 なお、この久門の荷物には、今回の活動には全く無関係な五キロの重りが入っている。


「全く、俺の荷物が持ちたいなら美術室でエロイラスト描いてないで、身体鍛えておけよ! 他の連中も頑張って荷物背負ってるんだからよ!」


「この、クズが……」

 槙島は久門の理不尽さを貶すため、相変わらず顔を真っ赤にしてにらみつけ続けた。


「あれれ? 槙島が荷物を持ちたそうにこっちを見ているな? おい石野谷いしのや、お前俺の代わりに荷物持たせたらどうだ?」


「あはは、俺はいいっスよ。このリュック良いやつだから、土付けたくないんで」


「正直でよろしい! 俺はそうやって言いたいことをハッキリと言ってくれる奴が大好きだ! あはは!」


 そんな久門たちの狼藉様と、先生や真壁の感心と同情の無さを、有原は列の先頭からちょくちょく振り返り、虚しく思った。



 想定より三十分ほど遅れ、一年二組は緑が生い茂る木々と柵に囲まれた山頂の広場に到着した。


「じゃあ、ここで一時間休憩だ」


 そこで三十六人の生徒は各派閥に分かれて広場の各所へ集い、昼食を食べる。

 

 有原は今日の山登りに備えてネットの地図サービスを見て、この山頂広場にはベンチ小屋があることを事前に把握していた。

 そしてそれは久門や真壁のグループが独占するのも予測している。なので有原は持ってきた四畳くらいの大きさのブルーシートを広げた。


「おっ、きちんと持ってきてんじゃんか!」

「ありがとう、祐! やっぱ学級委員らしく気が利いているね」

「あ、ありがとうございます……祐くん!」


 どういたしまして。と、言って有原はやって来た男子二人と女子一人を、ブルーシートに招き入れる。


 アクション映画の最序盤のやられ役はこなせそうなくらいは屈強な筋肉を湛えている男子が『飯尾いいお まもる』。

 一方、アクション映画の主要人物として映えそうなくらいルックスが整っている男子が『篠宮しのみや 勝利しょうり』。

 そして二人に挟まれ、小柄さが目立ってしまっている、透明感のある髪をしたヒロイン感のある女子が『内梨うちなし 美来みらい』。


 この三人は有原の小学校からの幼馴染であり、一年二組における有原の数少ない仲間だ。


 四人はそれぞれが持ってきたお弁当をおいしくいただきながら、世間話をする。


「いやぁ、山登りも案外いいかもな。疲れた中、済んだ空気の中で食べるお弁当って、こんな美味いんだなぁ」

 飯尾は野球ボールくらいの大きさのおにぎりをほおばり、幸せな顔をしながら言った。


 それを聞いて、有原は嬉しさ一割、申し訳なさ九割な苦笑いをする。

「ごめんねみんな、警察署へ行けなくなって」


 今回の校外学習へ行く場所を決める際、有原は地域社会のしくみをみんなに知らせたいという思いを込めて、市内の警察署へ行くことを提案し、かつ、その熱意を綿密にプレゼンして、一時はクラス内の賛成を得られた。


 しかしその後、真壁が『学生らしく自然とのふれあいと、挑戦をするべきだ』とだけ添えて、『山登り』を提案した。

 すると真壁と親しい生徒が続々とそちらへ賛成し、結果、有原の熱意はへし折られてしまった。


 内梨は慣れない運動で悲鳴を上げる足を揉みながら、

「大丈夫だよ……祐くん。わ、私はこれはこれで楽しいから」


「ほんっとごめんなさい、美来ちゃん。全然楽しそうに見えません……」


 篠宮は有原の無念に同調し、心惜しそうに言う。

「僕は警察署を楽しみにしてたよ。祐くんの案内も聞きたかったからさ」


「うん、ありがとう。そしてごめんな勝利……」


 有原の両親は二人とも警察官で、なれそめも職場だった。

 なので有原はよく、両親――特に、父親に連れられ警察署に遊びに行っていた。

 同じ部署の人とは全員顔なじみで、立ち入れる限りの所は詳しかった。


 有原があの提案をしたのは、久々に警察署へ行って、その知識を披露したかったという理由もあったりする。


「いいよ、後でプライベートで案内して貰うからね。でも、恐ろしいよね……真壁さん」


「だよな。小中までは地域的に会うことなかったから、せいぜい大企業の箱入り娘くらいだと思ってたが、あんな横暴な女帝だったとはな」


 有原たち四人は、真壁の派閥が陣取っている小屋を見る。

 まるで政治家の会食のように、余計なことは一切口にせず、粛々とお弁当を食べている。

 厳粛で重たい空気が流れていた。


「……り、立派だね、真壁さんたち」

「うん、立派だね……そして、怖い」

「だな。アイツらあれじゃあ逆に高校生らしくなさすぎだろ」


 幼馴染三人が口々に真壁の印象を口にする中、有原は、真壁の派閥だけじゃなく、ギャハハと下劣に笑って騒ぐ『久門の男子陽キャグループ』、さも平然とスマホをいじりまわす『三好の女子陽キャグループ』、それと広場の影が差す場所で孤独にお弁当食べる陰キャたちをまんべんなく見渡す。


(僕、このクラスの生徒会長として、みんなをまとめられるのかな……)

 有原にたすくと名付けたのは警察官の父親だった。

 意味はそのまま『助ける』。父親は有原へ『誰かを助ける人になってくれ』と何度も願い、頼んだ。


 だから有原は率先して学級委員になった。しかし彼は今、それらしいことが出来ていない。

 故に有原は、たった一ヵ月経っただけにも関わらず、先行きの不透明さに強く、強く不安になっている。


 その時、有原は明るくなった――物理的に。

 否、有原以外の三十六人も、明るく照らされた。


「……な、何かな、あの光は?」

「UFO……でしょうか?」

「にしては、近すぎるよな」 


 有原たち一年二組の頭上に、高貴で幻想的な光が浮かんでいた。

 彼らはその異様さ故に、見上げざるを得なかった。


 それを凝視して、この手の話に詳しい槙島は、その光の正体に気づく。

(あれは……魔法陣……)

 

 一年二組の空中に描かれた魔法陣の、神秘的な文字が埋められた外円が回転し、内縁の複雑怪奇な文様がより一層まばゆい光を放つ。


 そして山頂が本来の明るさに戻った時、一年二組の三十七人は山頂から消えていた。


【完】

話末解説


■用語

【一年二組】

 某市立高校の一クラス。担任は木曽。

 学級委員は有原ありはらたすく。だが、クラス内で実権を握っているのは真壁まかべ理津子りつこ久門くもん将郷まささと

 クラス内の有力者を中心にいくつかのグループで生徒が固まっているため、クラス全体としての連携力は皆無。

 主に久門によるいじめが多発しているが、担任の木曽先生の事なかれ主義により、それが咎められることはない。

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