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終幕



 「シェルリア様、申し訳ないが貴女を愛することは出来ないのです。いずれは兄の元に嫁いで頂きます」


 ラデウス様にそう告げられた私は必死に表情を繕っておりました。


 「そう、でしたら時が来るまでは自由にさせて頂きますわ」


 吐き棄てるように言ったのは私が表情を誤魔化すことが難しかったからですけれど、無表情を貫こうとしたラデウス様のお顔が陰ったように見えたのは、私の願望だけではありませんよね。


 ラデウス様はルルド閣下を裏切り、家族を裏切り、この私すら裏切ったと、私に思われて拒絶されたと思っておられるかも知れません。

 そのように思われてしまうことが私にとってはどれ程に悲しく辛く、そして恨めしいか。それでも、貴方のためにそうしなければ、私はラデウス様に失望されなければならないのです。貴方の枷になりたくは無いのです。


 ラデウス様はご家族を愛していらっしゃいますし、ルルド閣下のことは誰よりも尊敬していらっしゃいます。なればこそ、この国の民のことも愛しておられますが、空見の一族としての誇りをお持ちになり、父方同様に、いえ、それ以上に大切にされているお母君と母方の御祖父母様をこの国の者が蔑み、忌み嫌っていることに心を傷めておいででした。


 ルルド閣下の元でこの国をより良くするために働くことが、ひいてはご自分の原点である皇国民と空見の一族に平和的な交流をもたらし、偏見のない相互理解に貢献するのだと、強いお(こころざし)をお持ちだったのです。


 ルルド閣下に暗殺の手が伸びたことは、恐らくは片手の指では足りぬ程だと容易に推察されはしますが、かといって、尊敬する師を裏切り、暗殺の実行犯になれと唆されたラデウス様のお気持ちは察してあまりあります。

 私だとしても、その怒りや悲しみは深く、混乱してしまうでしょう。ましてや、ラデウス様はルルド閣下からすれば姪孫(てっそん)であり、ご自身が連れて来られた空見の一族の血を引く者でもあるのです。そして、幼少より実の子のように可愛がり師弟の関係を結ばれた。それほどに絆深く、大切にされていたならば、普通に考えれば裏切るなどと考えよう筈もないのです。

 



 悔しかったと言うのも憚られるほどにさぞや悔しかったでしょう。


 肌の色が違う、目の色が違う、文化風習の異なる祭祀を行うことで、マルネティス公爵閣下からは「この国の民や自身の家」とは相容れず、きっと恨みを募らせていると思われたのだと、意見の違いで対立しただけで、「師を殺しても構わない」と考えていると思われたのだと、何よりも、空見の一族はその様な人道に悖る倫理観をしていると思われているのだと、どれ程お辛かったか。


 ラデウス様は気付かれたに違いないのです。自分が手を下さねば、ルルド閣下を暗殺しようとする者たちは別の者を唆すだろうことを。勿論として、ルルド閣下がその様な罠にかかることは無いことは十分にご承知だったはず、それでも、ルルド閣下やご家族を守りたいと行動されたラデウス様にあったのは、結局は認めてはくれないこの国の民への無意識の怨嗟だったのかも知れません。


 ラデウス様は必要なお方なのです。

 お心を壊してしまわれて、この国の悪徳を一身に抱えて、共に地獄へと堕ちようとしてらっしゃいますが、その様に失われて良い方では断じてありません。



 私はマルネティス公爵閣下の権勢が伸びるのを良いことに陛下の前では太鼓を持ち、影ではやりたい放題に暴れだした叔父アスモに呆れておりましたが、ここぞとばかりにそれを利用しました。

 宰相となったアスモを妬み、要職を外された兄が返り咲きを画策している、そんな噂を流すように仕向けました。

 お父様が要職の返り咲きを目指しているのは本当です。マルネティス公爵派閥が悪政に手を染めだしたのは明らかでしたから、良識派の者で何とか対抗しようとしているのは確かなのです。

 ですが、叔父を嫉妬などはしておりません。

 マルネティス公爵閣下のお力が強くなってしまった今、あまりに反抗勢力として力を持っては厄介払いされかねない。

 アスモ叔父を焚き付けた後で兄を通じて皇都の貴族屋敷から領地の屋敷へと一時的に退いて、時が来るまでは待って欲しいと頼みました。

 物分かりの良すぎるお父様はお母様と私の兄弟たちを連れて、療養のためと領地へと行ってくださいました。 

 「まず何よりも自分を大切にしなさい。無理をせずに、いつでも帰っておいで」

 お父様からの伝言に私はひとり涙を流しましたが、これが最期とさらに覚悟が決まります。


 様々な賄賂や後ろ暗いお話がラデウス様へともたらされます。ラデウス様自身、敢えてそうした者を釣り上げるためとお受けになっているようですが、ラデウス様は自らをも処断なされる御決意があられるようですが、それでは困るのです。私の元にもたらされる、是非ともラデウス様に、との賄賂を殊更に大袈裟に喜んで受け取ってはあれこれと便宜を図ってあげる振りをしては受け取り、ラデウス様への窓口は私だと喧伝してもらうように仕向けていきました。

 

 不味い内容の陳情は私へと賄賂とともにもたらされるようになれば、そうした贈賄の金品は全て贈り先を私個人へのものとして記録させていき、それらを私が嗜好品や衣類、宝石へと注ぎ込んでいると出入りのマルネティス公爵派の商家の者に偽の領収書を書かせては金品と虚実混ざった情報を見返りと渡していきます。


 その上で蓄えた資産を匿名と銘打ちながら、ラデウス様によるものと誤認するよう仕向けながら、孤児院や救護院を営む、真面目な聖職者がいる教会へと寄付を行い、飢えや病に苦しむ者のために炊き出しや薬の無償提供などをかつての家庭教師たちの手を借りて行っていきます。

 ルルド閣下の愛弟子が、ルルド閣下が倒れし後、好き勝手、横暴に振る舞う慮外者たちを刈り取って国を糺す準備を秘密裏に行っていると一部に流してもらい、民を支援する活動家を装っては薬の無償配布や炊き出しを行い。いずれはラデウス様がルルド閣下の再来として国を導いて下さると広めて行くようにと。


 ですが、あまり動き過ぎてはいけないと、旧ルルド派閥の足元をこえて、マルネティス公爵派閥の領内でのそうした活動は慎重に行わねばなりませんでした。

 下手に捕らえられては反逆者と処刑されてしまいますし、何よりもラデウス様の耳に届いてはいけないと、そのために、苦境にたたされる民の蜂起が起き始めたとの報せに、私は無力だと痛感したのです。



 いよいよ、ラデウス様がマルネティス公爵派閥の者に鉄槌を下されるよう、動き始めたようだと知り、私はラデウス様にお会いしました。


 「旦那様、兄が領地で結婚式を挙げるようなの、暫くそちらに行って参りますわ」


 結婚式を挙げることは嘘では無いのです。兄と大好きな義理の姉の大切な挙式を利用することは心苦しいものでしたが、この機会を逃すことはできなかったのです。

 「旦那様はお忙しいでしょう。私ひとりで行って参りますわ」


 護衛をつけるので気をつけて楽しんで来るといいと、事務的に仰有ろうとして、心配そうな目をされてしまうのが、やっぱり可愛い方ですわ。


 

 兄たちの挙式を滞りなく終わらせた頃、皇国の上空を孛星(はいせい)が通って行きました。


 式に参列して下さったバルネス様に万が一に備えて欲しいと皇都入りするための支援を申し出て、ディートン侯爵家の寄り子が皇都入りしたさいに貸し出す寄宿舎への逗留を打診いたしました。

 表向きはディートン侯爵家の寄り子の貴族家の者が観光とご子息の官吏試験のために家庭教師を雇い入れるための面接のためとして、ヤキーム大公家の方々を迎え入れました。

 そう、ルルド閣下もまた、皇都へと舞い戻られたのです。


 アイナ様と久方ぶりにお逢いして母娘として最初で最期のお話をさせて頂きました。


 「お義母様、ラデウス様は必ず政変を成し遂げられますわ。あと少しのご辛抱です」

 「そうね、そうしたら、家族みんなでゆっくりとしたいものね。シェルリア、忘れないで、貴女も私の娘なのよ」

 私はそのお言葉に涙しそうになりました。なんとか堪えてありがとうございますと返します。

 

 「孛星が通ったのはあの子の強い想いに感応してしまったようね。私の息子は本物の勇者(スグニル)だったの。勇者はね、自分を賭けて護るべきものを救い出すものなのよ。でも、あの子の今の器では護るべきものの重さできっと砕けてしまうわ。勇者には心を許せる仲間が必要なの」

 そう微笑んでくださるアイナ様に、私は応えられずおりました。



 偽祈祷師による王宮での祈祷は無事にラデウス様の思惑通りにマルネティス公爵派閥の一網打尽と相成り、そして、私たちの思惑通りにラデウス様の自害阻止も相成りました。

 ラデウス様のあまりのかっこ良さに放心していた私でしたが、不測の事態に備えて控えさせていた従者たちよりも先にバルネス様が動かれたのは驚きました。

 「私はね、あいつのたった一人の兄なんだ。なのに頼りもせず、勝手に責任をとったつもりで死ぬなど許せるものではないだろう」

 後日、そう笑って話して下さったバルネス様は「間に合って良かった」と晴れやかなお顔をしていらっしゃいました。


 

 旧ルルド派閥、現在のラデウス派閥のお歴々の揃うなか、私の処分を決める会議が行われております。


 「私、シェルリアは数々の不正を夫の名を騙って行いましたわ。ですから、陛下、マルネティス閣下同様に処刑してくださいませ」


 意見を求められた私は宣言いたしました。

 ディートンの名もヤキームの名も名乗りません。私はただのシェルリアです。家には何の関係のない、ただひとりのシェルリアなのです。

 私がいては新たな国主となるラデウス様に、旧マルネティス派閥の令嬢が嫁いだままとなってしまいます。

 旧マルネティス派閥の多くが罪の大小で刑罰に差はあれど処罰されるなかで、ディートン侯爵家が叔父のアスモのみの処分では許されるものではありません。

 連座にて処罰されることを回避するためにも私は処刑され、その最期の望みとして、ディートン侯爵家の免責を頼むつもりでありました。


 「シェルリア様がしてくれたことは全て知っております。私は視野が狭くなり、シェルリア様を傷付けてしまった」


 ラデウス様がそう仰有って私の前で膝をつかれました。

 

 「ラデウス様、いけませんわ。このような罪人に頭をさげては」

 そう諌めた私を見上げて、ラデウス様は本当に悲しい顔をなされました。


 「私のことをもう愛してはくれないでしょう。シェルリア様はご家族を守るために必死であれこれと手配して、そして私まで救ってくれたが、兄上や師の言葉に応えてくれたのでしょう。本当に申し訳なかった。無罪の者を裁く訳にはまいりません。偽物の領収書に関しては商人の者に相応の罰を与えますが、シェルリア様が行われていた慈善事業は全て貴女の功績として記載されます。ですから、その身を犠牲にせずとも、ディートン侯爵家は存続いたします。罪ならアスモ前宰相がひとりで被られます」


 私は家族の安泰を知り、やっと安堵することが出来ましたが、ですが、ラデウス様のお側に侍るべきではありません。


 「ならば、離縁してくださいませ。私は僧籍に入り出家いたします」


 そう申し上げた時、私は後ろから抱きしめられました。

 「貴女にした仕打ち、許されるものでは無いもの、息子を嫌いになるのは仕方ないわ、でもね、本当に私は貴女を娘だと思っているのよ。もし、まだ女心を読めないバカな息子を好いていてくれるなら、あの子を導いてあげて」


 それはアイナ様でした。

 振り返ると私の両親も兄弟もおり、バルネス様もザルト閣下もおられる。

 そしてルルド閣下がおられたのです。


 「このバカ弟子がっ。大切なことを忘れておろうがっ。お前はシェルリア嬢をどう思っておるんじゃ。言葉にせねば、伝わらん。シェルリア嬢もじゃ」


 そう大声を張り上げられたルルド閣下の剣幕に、臥せっていたとは到底思えない気迫に私はラデウス様へと向き直りました。


 「シェルリア様、私は初めてお逢いしてより、ずっと貴女をお慕いしておりました。今も許されるなら、私を支えて欲しいのです」


 そう私の目を見て告白されるラデウス様が滲んでいくのです。


 「わ‥私もずっとお慕い申しておりました。ですが、私では」


 私では枷になる、そう言い切るより前に私は抱き上げられていました。



 「このラデウス・オル・ヤキームは妻シェルリアを終生愛し、伴侶として共に新たな国を導いていくと誓うぞ」


 その言葉にその場にいた方々が祝福や歓声を上げてくださいます。


 

 私は旦那様と歩んで良いのですね。




 「孛星は膨らみ爆ぜる前の実なの、新しい国にたくさんの幸せの種をまく。そうよ、私の息子と娘は本物の勇者なんだから」



 新たに即位されたラデウス陛下のもと、グローデンス皇国はヤキームグローデンス帝国と国体を変えました。

 私は初代皇帝の妃として、空見の一族の母として、ラデウス様を終生支えていくと決めたのです。


 「愛していますわ、旦那様」




 

 

完結です。


お読み下さってありがとうございましたm(_ _)m



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