表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

2/3

策動



 大公家の薔薇園はそれは素晴らしく。

 私はその薔薇にみとれる振りをして、先程のことを考えておりました。バルネス様とて、この茶会が両家の婚約を目的としているのは当事者の一人として知っておられるはず、マルネティス公爵閣下の意向はあれど、ご自分の婚約は嫡男としては譲れない部分もあると思われますが、ヤキーム大公当主ザルト閣下にも父と同じ家族に甘い所がお見受けされましたし、対立派閥の頭ばかり大きな令嬢はお嫌だったのでしょうか。それとも、マルネティス公爵閣下の意向はそれほど強いのでしょうか。

 といって、確かに私が大公家当主婦人となれば、マルネティス公爵閣下としてはディートン侯爵家が目障りになるやも知れませんが、そんなものたいしたものでもないでしょうし、大体にまだ現役のザルト閣下も引退には早すぎますから、その懸念はあまりあたらないと。ならば、やはりラデウス様を取り込みたいのでしょうね。

 そのようなことをつらつらと考えていますと、ラデウス様から声をかけられました。

 「私のような浅黒く、髪も暗いものなど、気持ち悪いでしょう。兄上の手前、案内すると申しましたが、どうぞそちらのガゼボで寛いでいて下さい。何かあればそちらの侍女に言って貰えれば」

 そう言って、先程までいた庭園東のものよりは小さいけれど、薔薇の意匠が可愛らしいお伽の国に出てきそうなガゼボを指していらっしゃる。

 私は純粋な疑問を口にしました。

 「気持ち悪いとは、そのお髪も瞳も美しいと評判ですし、実際にとても流麗でお髪は流れる水のように艶やかですし、瞳は揺らめく焔のようですわ」

 私の言葉に身体が硬直したように時をお止めになられたラデウス様は暫くして言葉を紡がれました。

 「確かに美しいとの評判も聞いたこともあるけれど、実際に言われた言葉、聞いてしまった影口は酷いものであったし、派閥の令嬢の私を見る目はグサ虫を見るより酷いものだったよ」

 「それは優秀と言われ、ルルド閣下の覚えめでたく弟子として門下にいる事への嫉妬なのでは」

 余りの言葉に咄嗟に返しましたものの、令嬢が気味悪がる理由がよくわかりませんわね。

 「私の母を中央貴族の一部がどう言っているかは知っていらっしゃるんじゃありませんか」

 そう言われてようやっと気付きました。これは失態だったと今更に思い知ります。

 「東方の魔女と呼んでいる粗忽者がおりますわね。我が国に魔女を呼び込み、その上、子まで作ったと、改めて謝罪いたしますわ」

 「その謝罪は受け取れません。シェルリア様に何の瑕疵もありませんのに受け取っては、シェルリア様に無実の罪を着せることになりましょう」

 苦い想いで謝罪を告げた私に。ラデウス様は毅然と返されました。

 「謝罪なら、母を侮辱した者に直接返して貰います。シェルリア様とディートン侯爵家の方は私を蔑むことはないのですね」

 「当たり前ですわ。噂でしか存じ上げませんが、ラデウス様は大公家で暮らすご祖父母様とお母君より、すでに空見の術を伝授され会得されているとか、気象を操る力についてもいずれ発現すると聞き及んでおりますし、ルルド閣下に認められるほどの秀才ですもの、蔑むなどありえませんわ」

 私がそう返答いたしますと、ラデウス様は少し呆けておられたあと、堪らないといった様子で笑い出しました。

 「噂には聞いていたけれど、本当に高位の令嬢らしくはないのですね。あー悪い意味ではないですよ。能力を重んじ、自他ともに勤勉たろうとすることを好まれる方と」

 「あら、私は他者に勤勉たれと促したことはありませんわよ」

 「ご自分を厳しく律しておられる方というのは他者にとっては自分の欠点を映す鏡のように見えるものです。自然、努力し研鑽を怠らない者が身の回りに多くなるはずです」

 そう言われて納得してしまう。確かに私の周りには研鑽を怠らない者が多いと思います。

 「歳は近いかも知れませんが、私は当主としての継承権もなく、将来もさほど安定していない私よりも兄上の方が良いとは思いますがね。兄上は見目もよいし、優秀なんですよ」

 「バルネス様もラデウス様もまるで私を押し付けあうようですわね」

 私がそう拗ねて見せると、ラデウス様は慌てだして弁明される。可愛い方ですわね。

 「押し付けあってなどおりません。ただ、兄上は家督の継承に消極的でそのために婚約にも乗り気ではないのですよ」

 「家督相続に消極的とは」

 「病弱なこと、才能の面で弟に劣っていると言われることに疲れておいでのようでね」

 そう仰有る顔は憤りを抑えていることがわかるものでした。握りしめた拳が震えてましたしね。

 「お優しいのですね。でしたらお母君の分も合わせて、きっちりお返しですわね」

 はしたないとは思いましたが、握られた拳に手を添えてにっこりと笑いかけると、驚いておいでなのか、また硬直されて。あら、爪が食い込んだのか、血が出てます。

 「血が出ていますわ。お待ちになってね、すぐに手当て致しますわ」

 「あっ、いや、シェルリア様の召し物を汚してはいけない。使用人に頼めばいい」

 そう言われて手を引かれようとされるので、私は抗議いたします。

 「私の服に少々の血がついたところで、それこそ使用人が綺麗にしてくれますわ。ですが、目の前で怪我をされた方の手当てを人任せにするなど、私にも十分に処置できる範囲ですから、安心して任せてくださりませ」

 そのまま、弟が転んだ時に処置出来るようにとお付きの侍女に携帯させているポーチの中の特性消毒液と煮沸して乾かした脱脂綿、短めの包帯で手早く処置していきます。

 処置が終わるとラデウス様はやや時をおいて、少し困ったように仰有います。

 「いや、あまりの手際の良さに言いそびれたが、大袈裟過ぎないか。少し爪で切った程度」

 「いいえ、大切な大公家のご子息ですわ、大袈裟なんてことありませんわ」

 そうです。それほどの悔しさを必ず返して見せると仰有るところは私と同じですもの。


 私は父と母には感謝しております。

 好きなようにさせて貰っておりますし、その上でお二人の教えは大変に助けになっています。父の教えに従ったおかげで、妬みや嫉みの声はあれど、社交界で爪弾きにされるようなことはありませんし、敵対するものに隙を作ることもありません。

 母の教えに従って、家中の者は掌握しておりますし、家庭教師としてついて頂いている先生方も味方してくださいますから。内外の情報はかなり集まりますし、反対に情報を操って、貶めることもできます。

 私を影で謗った者にはいずれは相応の報いをと思っておりましたから、ラデウス様には親近感がわきます。


 それからは、ラデウス様にねだって空見の知識について教えて頂いて、お礼にと南方より来られた占星術師がくださった星図の写しを差し上げますと言うと、大変喜んでくださって。

 私たちを呼びに来られたバルネス様には。

 「随分と仲が良くなったようで、これからも大切な弟を宜しくお願いいたしますね」

 そんな風に頼まれてしまいました。



 ラデウス様と正式な婚約は結ばないまでも、お互いに慕い合っていると思える時を過ごして1年ほどたったあたりで、ラデウス様の態度がよそよそしいものになり、露骨にバルネス様との婚約を勧めるようになってまいりました。

 初めは他に意中の方ができたのかと心苦しく思いましたし、ラデウス様を恨めしくも思ったりもしたのですが、ラデウス様に女性の影がないこと、家中の者や母や大公婦人の伝で知り合った婦人たち、出入りの商家でもまだ口が軽い見習いの者など、それとは無しにあれこれと聞いては情報を集めてまいりますと。

 ラデウス様は何やらマルネティス公爵閣下に政争へと巻き込まれたようなのです。

 とはいえ、具体的な内容はわかりませんでした。マルネティス公爵派閥の者が頻繁にラデウス様に接触していること、マルネティス公爵閣下がルルド閣下の体調不良に乗じて追い落としに掛かっているようだ。その程度のことしかわかりません。

 ですが、それでも分かることはあります。家族思いのラデウス様は私に良く似ておりますから、ご家族を蔑んだものを、そして敬愛するルルド閣下と閣下が護りしこの国の民を蔑ろにしたものを一挙に叩くつもりなんですね。

 そして、そのために泥を被られるおつもりでしょう。

 私も大公家との繋りをつくるとなって、万が一の時は自身を犠牲に家族を守るつもりだったのです。

 ラデウス様に信用頂けないことは悲しいですが、まだ付き合いの日も浅いですから仕方ないと思います。ですから、影から応援いたします。  

 そんな中、ルルド閣下が王宮にて倒れられたとの報が国内を駆け巡りました。


 私はバルネス様へと書を送ったのです。


 「弟が迷惑をかけているようで申し訳ないね」

 そう仰有るバルネス様に私は調べ上げたことをお伝えしました。思った通りにラデウス様はルルド閣下の暗殺計画をご自身一人で防ごうとされていて、その上、その罪を被り、首謀者諸とも関係する者たちを断罪され、綱紀粛正を図ろうと画策しているようなのです。このことを私に教えてくださったのは、なんとルルド閣下ご本人でした。皇都郊外で意識なく大公家の支援を受け、周辺の民たちが世話をしていると伺っていましたが、あれこれと探りをいれる私を危ぶんで、私へと書をくださったのです。

 ラデウスを頼むという一文とともに。

 バルネス様はルルド閣下がまだ健在であられると聞いて大層喜んでおられましたが、全く困った弟だと、愚痴をこぼされて、笑っておいででした。


 「私もあいつとは2つしか違わんから、経験なんて語るほどは無いし、才でも劣るが、だからこそに言える事がある」

 貴女は本当に年下と首を傾げて聞かれたあと、バルネス様は真剣な顔で仰有いました。

 「それは何でございましょう」

 私も息を呑んで応えました。

 「これは貴女にもいえることだが優秀過ぎるが故に頼るということを知らない、すがることも知らない、なぜ、あのバカは貴女に頼らないのだ。ルルド閣下にすがらないのだ」

 そのあと小さく、何よりと呟かれ、初めてバルネス様の胸が押し潰されているかのような悲壮な表情を見てしまいました。

 誰よりも頼って欲しいのに、頼って下さらない。そうです、本当に心苦しく、そして、頭に来るんですわ。

 「お兄様、今日からはお兄様とお呼びしますわ。そうです、ご家族やお師匠様や私を気遣っているつもりでしょうが、大きなお世話ですわ」

 そう言うとバルネス様は笑ってくださいました。


 ルルド閣下が倒れられてからは、ことは目まぐるしく動いて行きました。

 私の家で若隠居となっていたアスモ叔父様がルルド閣下の後継に就任されました。爵位のない高位貴族出身で結婚していないことが共通しているという、余りにも馬鹿らしい理由でしたが、理由なんて何でも良かったのでしょうね。

 陛下の言葉に即応して「素晴らしい」と言い、マルネティス公爵閣下に逆らわないなら。


 私がバルネス様と秘密裏にお会いしたあと、ヤキーム大公家はマルネティス公爵閣下より断罪され、辺境へとバルネス様が追放されることとなりましたが、どうやら、ラデウス様が絡んでいるようです。

 禍根を残さずに潰してしまおうと考えるマルネティス公爵閣下に空見の一族との盟約はヤキーム大公家が結んでいると伝えて、ヤキーム大公家当主と嫡男の皇都追放に留めるべきと、そして東方ランドル伯ならば、空見の一族についても詳しいはずで改めて、そちらに空見の部族の居住区を設けて移住を働きかけて利用すべきだと。そう説いたそうで。

 ヤキーム大公家はそのあたりの裏事情をわかった上で抗議の声をあげて、事が露見していることを悟らせずに一家で皇都を離れていきました。

 アイナ様だけはラデウス様のお側にいたいと皇都に残ろうとしたそうですが、それではラデウス様の書いた筋書きに逆らうことになるとバルネス様が説得されたそうです。

 「アイナ様が本気で弟の側を離れたがらなかったお陰で、私たちに全てバレていると気付かれずに済んだよ。私も父上も演技は棒なのでね」

 後日にお会いした折りにはそのように笑っておいででした。


 そして、いよいよ、私とラデウス様は結婚することになったのです。


 ラデウス様は私を含め、ご家族や叔父を除く私の家族、そしてルルド閣下を出来る限り遠ざけてから、この国に変革をもたらした後に、騒動の責任を全て被って儚くなられるおつもりなのです。

 ルルド閣下より、頼む、そうお願いされたのは、この暴走する弟子の死にたがりを止めろと言うことです。

 なら、その役割は果たさなくてはなりません。



 「シェルリア様、私は貴女を愛することは出来ないのです」

 

 ラデウス様、どのような理由があれ、私は傷ついたのですよ。ですが、その言葉のお陰で覚悟が決まったのです。


 私は貴方の身代わりになります。



 

次で完結予定

数日中に更新しますm(_ _)m

評価をするにはログインしてください。
この作品をシェア
Twitter LINEで送る
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

この作品はリンクフリーです。ご自由にリンク(紹介)してください。
この作品はスマートフォン対応です。スマートフォンかパソコンかを自動で判別し、適切なページを表示します。

↑ページトップへ