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邂逅

ラデウス・ミルバ・ヤキーム・グローデンス皇帝即位までの物語「皇国の末路」の嫁視点となります。

先に「皇国の末路」をお読み頂いての方が理解しやすいと思います。





 「シェルリア様、申し訳ないが貴女を愛することはできないのです。いずれは兄の元へと嫁いでいただきます」

 そんなことを簡素な式を終えて屋敷に迎えられた私は言われました。


 ですが旦那様、真顔で冷たく言い放っておられるつもりでしょうが、お優しい性格ゆえに無理に表情を消しているのが丸わかりでしてよ。

 聡明な貴方も難しい舵取りの中で余裕をなくしているのですね。早く相談して下さいませ。このシェルリア、身につけた全てで全力でお助けします。

 たとえ、私がそれで貴方と袂を分かつことになっても。

 

 たとえ、それで私も処刑されるとしても。


 それが貴方のためになるのなら。



 私、シェルリア・オル・ディートンはディートン侯爵家の長女として生を受けました。

 上に嫡男である兄がひとり、下には弟がひとりおりますが、娘は私ひとりだったため、蝶よ花よと家中のものに可愛がられて育ちました。


 私の国、グローデンス皇国は長らくヤキーム大公家出身であられる、ルルド・オル・ヤキーム閣下が宰相をされており、皇家三代に渡り仕えるルルド閣下は民に心を砕かれ良政を敷く方ゆえに民からの人気が篤く。反対に中央の貴族からは良く思われていない方でもありました。

 ですが、幼少の私はルルド閣下に憧れ、あのように民のために邁進し、己の全能をもって国に尽くす姿に憧れました。

 祭りにさいして行われる歌劇などではルルド閣下を模した演目は大層に人気があり、若かりし頃の絵姿がそれは美丈夫に描かれていることもありますし、実際のルルド閣下もとても見目の宜しい方です。そして、政治の鬼と呼ばれるほどに宰相として国内を取り仕切るだけでなく、三代前に起きた東方の遊牧民族の侵略戦争にさいしては、東方守護を司るランドル伯と共に前線へと出兵なされ、周辺の民族を併呑し、英雄として遊牧民族に伝わる勇者(スグニル)の称号を持って支配者に君臨したスグニル・バヌチェ・タラドエを一騎討ちにて討ち果たされて、その指揮、策謀とともに武人としての実力と運においても我が国における生ける伝説、英雄宰相として名高いのです。


 お伽噺のような、神話の英雄のような方ですが、まだ数えで七つほどの頃に初めてお会いしたさいには、とても丁寧に私の目線で私を淑女として扱ってくださいました。

 「ご令嬢に相応しい作法を身につけておいでですな。ですが、歳相応にご自分のしたいこともなされませ。こころがこわれては治せませんでな」

 いずれは高位の貴人に娶られる時のためにと作法や礼法、ダンスに刺繍などばかりを学ばされ、様々な学問については家庭教師から最低限教えて貰える程度、私は学問を修めたい欲求を抑えていたのですが、この時より母に頼んで地政、経済、医療、語学といった学問の専門家に家庭教師として来て頂きたいと頼みました。

 母からはそのような知識より、社交の知恵をつけ、家を守ることが大切だと言われ、父からも頭でっかちで可愛げのない嫁など虐げられると諭されましたが、結局は家庭教師をつけてくださったのです。


 私は様々な知識をつける一方で両親からの「でしゃばりな女では嫌われる」との言葉に茶会などでは殿方をたて、嫌味たらしく「学者先生から教鞭を取ってもらっているそうで、これを知ってるかい」などと言って来る方には、たとえ詳しく知っていようと「まだ勉強が足りないようですわ、存知上げず、教えて下さりませんか」とへりくだる事をしていました。

 私の評価は令嬢に相応しい作法を身につけ、勉学にも熱心で、その上で更に美貌にも長けていると概ねにして好評でしたが、影では「身に付きもしない知識ばかり求める見栄っ張り」「頭ばかり大きくなって背丈の小さな令嬢」と言われているのも知っていました。

 

 数えで13を迎える頃の私はそのような声に嫌気がさしておりましたが、それ以上にそうした影口をついているのがマルネティス公爵派閥のものだということに心底呆れていたのです。

 ディートン侯爵家はマルネティス公爵家とは姻戚関係にあり、当然に同じ派閥に属しています。我が国はマルネティス公爵派閥とヤキーム大公派閥というより実質はルルド閣下を信奉する派閥の2つの派閥で拮抗しており、にもかかわらず同じ派閥に属する令嬢を貶めるのかと暗い気持ちになりました。

 将来はそのような家に嫁がねばならないのだと思っていたところに、マルネティス公爵当主の意向を受けて、私はヤキーム大公当主のご子息と婚約を前提として交流をもつように言われたのです。


 ヤキーム大公家はグローデンス皇国創設の初代陛下の実弟を開祖とし、皇家にたいしても影響力を持つ家柄ですが、先代当主の実弟がルルド閣下であり、なんの皮肉か、ルルド閣下が影響力を増すほどにヤキーム大公家の影は薄くなる一方、そこに長らく対立している派閥の仲を取り持とうとマルネティス公爵閣下がヤキーム大公家現当主ザルト閣下に話を持ち掛けたそうでして。

 ヤキーム大公家にはあまり利のない話にも思えますが、長らく皇家や姻戚のある家柄との婚姻を続けたことで、血を薄める必要にも迫られているとのこと。

 私はこれは好機だと思ったのです。

 私を蔑む派閥の家に嫁がなくて済むばかりか、ルルド閣下の親族となれる。そして、あれこれときな臭い動きをしてはルルド閣下に牽制されているマルネティス公爵の側より我が家が離れるにも都合が良い。

 こういった打算的なところも、可愛くないですわね、そんな風に思いながらも、どうやって大公家嫡男のバルネス様に気に入られるかを考えていました。


 執務のために王宮に登城していた父が帰って来られた週末に、私は父の執務室へと呼ばれました。先触れで知らされた政略結婚への布石の件であることは明白でした。なにせ、書斎や居間ではなく執務室へと呼び出したのですから。

 作法に則りノッカーを鳴らすと入れと短く言われます。私は頭を下げて部屋へと入り、そのまま礼法の通りに挨拶をします。

 「シェルリアで御座います。ディートン侯爵閣下、お呼びとのことで参りました。」

 たとえ父であっても公的な立場での面談ですから、私人として振る舞う訳にはまいりません。ですが苦笑いを浮かべた父はそれを手で制して仰有います。

 「堅苦しく構えずとも、父娘として話すつもりでいい」

 目上からのこうした発言にたいし、はい、そうですかと一つ返事で応じては軽んじられるため、私はこれを一旦は辞退します。

 「そうはまいりません。これは正式なお話の筈」

 強弁する私に「娘とまで気を張っていたくないのだ」と言われては返す言葉もなく。もとより、こうして重ねて頼まれたなら、応じなくては失礼になります。面倒ですが、それがこの国の王侯貴族のしきたりなのです。

 「わかりました。ではお父様、お話とはヤキーム大公家との婚約の件でしょうか」

 「あー、そうだ。マルネティス公爵閣下より、年頃の高位貴族家同士、良い縁だと言われてな」

 「では、嫡男の継子バルネス様でしょうか」

 「ん、マルネティス公爵閣下はどちらでも構わないと言われたが、庶子の次男ラデウスとの仲を取り持ちたいようだったな」

 対抗派閥を取り込み、権勢拡大を狙うならば、当然に嫡男との婚約と思っておりましたが、庶子とはいえ、ラデウス様は色々と特別なお方ゆえ、今や形ばかりの大公家より価値があると見たのでしょうか。あるいはご自分より爵位は下とはいえ、我が家が大公当主婦人の後ろ楯となれば、些か都合が悪いと踏んだのでしょうか。

 ただ、ラデウス様というのは確かに都合が良いようにも思えました。

 「勿論、大公当主婦人となりたいのなら、私は応援するぞ」

 私が考えに没頭して返事がないことをどうとったのか、父が心配そうな顔で告げてきます。相変わらず人がいいのですね。

 我が屋敷に部屋住みとなっている父の実弟、アスモ叔父様が、父を陥れて後継者に成り代わろうとしたことは私たち子供にも暗黙の了解でわかっています。

 そもそも、父より若く、身体も壮健に見える叔父が部屋に籠っているのですからね。聞きたくない話とて、人の口には戸は建てられないものです。

 今では野心も失い、すっかりと丸くなったという叔父が焚き付けられて後継者を狙い父を殺そうとしたことに、実の弟だからと死罪を回避させたのは父本人だと聞いています。禍根を残すという周囲の反対に不能薬を服ますことを条件に何とか納得させたのはお祖父様だったとか。お祖父様自身も処刑すべきと仰有っていたそうですけれど。

 「かねてより、噂に聞くラデウス様とは会ってみとう御座いましたから、気に入られるよう頑張ってみます」

 「そうか、無理はしなくて良い。マルネティス公爵閣下も婚約者候補としてザルト大公閣下に薦めてくださるそうだが、あくまでも先方から話がでない限りはそもそも、成り立たんのだからな」

 本当にお優しい父に笑みが溢れてしまいそうになります。顔合わせの日取りなど、必要な情報をお聞きして、私は執務室から下がりました。


 暫くして、大公家のお屋敷にある庭園にて我が家と大公家によるお茶会が開かれました。

 庭園の東側、人工的につくられた小高い丘の上、壮麗な庭園を望む美しいガゼボにディートン家の誇り、青のディーフィニスが飾られており、脇を飾るのは大公の花、白のルルユリ。大公家が我が家を迎える心遣いを感じます。


 大公家当主ザルト閣下のお言葉を受けて、我が父が作法通りに挨拶に、ガゼボの飾りに感謝を述べると大公家当主婦人ティフィア様は相好を崩されておりました。

 「気に入って貰えて良かった。これは妻の案でね。妻は絶対に喜んでくれると言ったが、この通りでな、内心は不安だったようだ」

 微笑みを浮かべた大公閣下にティフィア様ははずかし気に抗議されております。

 大公閣下がご家族を紹介して下さり、各々、お手本のような所作で挨拶をされていかれ。

 「ラデウスの母、アイナも来て貰う予定だったが、体調を崩してしまってな」

 そう仰有られた大公閣下に父が本当に心配そうに返しております。

 「それは大変です。延期して頂いても良ろしかったのに、お気遣い頂き申し訳ありません。見舞いの品を早急にお送り致します」

 「構わんよ、元々、身体が弱いのだ。少し休めば良くなるのでお心だけ頂くとしよう」

 本当に体調を崩しているかはわかりませんが、恐らくは違うだろうと思います。シデスーレ・レ・アイナ様は元はこの国の方ではなく、遊牧の民族の出であり、我が国においては位階がなく、階級としては平民と変わらないけれど、遊牧の民にとっては神聖な存在なのです。

 シデスーレ・レ・アイナ様は遊牧の民の中でも空見(シデスーレ)と呼ばれる一族の(おさ)の娘だったといいます。

 我が国の東方を襲ったスグニルが率いた軍勢は大陸東方の部族を平らげて、そのままの勢いで我が国へと攻め及びました。

 結果としてスグニルはルルド閣下に討たれ、烏合の衆と化した遊牧の民は逃散したことで我が国は勝ったのですが、その戦時賠償の一つとして、人質となったのが、アイナ様のご両親とまだ幼かったアイナ様だったそうです。

 空見(シデスーレ)は怪しげな祈祷や祭祀などを行う部族と我が国では忌み嫌われておりましたが、ルルド閣下は空見が実は学術的なものであると考えていたようで、表向きには停戦にさいして、人質として差し出すようにとしながら、客人として迎え入れる用意を整え、当代の最も優れた使い手を派遣するようにと頼んだそうです。


 アイナ様のご両親はヤキーム大公家預かりとなり、ルルド閣下の指示を受けて、様々な学者、研究者たちがその術を解き明かすべく交流を深めていったようで、驚くべきことに空見とは雲の形、流れ、星の配置、瞬き、風の向き、匂い、植物の生育、こうした様々な要素から先々の気象を読むこと、そして祈祷によって僅にではありますが、気象を操る力を持つことがわかりました。

 気象を操る力については空見の血筋にしか出来ないようでしたし、詳細は未だに謎のままですが、気象を読む術について言えば、それは気象学として我が国に大いに貢献いたしました。

 そして、気象を操る力もまた、空見の知識と合わせれば絶大な効果を持ったのです。

 それにより、成長したアイナ様は我が国では貴族位を持たぬけれど、大公家の客人として、並な貴人以上の格をお持ちでした。

 そのアイナ様の、というよりは空見の血筋を絶やさぬためにと大公家現当主ザルト閣下の公妾となられ、その結果としてお産まれになったのがラデウス様でした。貴族位を持たず、妾の立場の子ですから、庶子となりますが、受け継いだ空見の血と、母親譲りなのでしょう、大変に優秀で、我が国では珍しい闇夜のような漆黒のお(ぐし)に燃えるような紅い瞳、やや浅黒い肌でアイナ様譲りの女神の如き美貌と話題となっておりました。

 嫡男であられる兄のバルネス様も、少し頼りない表情をされているものの、すらっと伸びた長身に金髪碧眼の美男子です。今年で数えで18になられるため、婚約者がいないのがおかしいのですが、近しい年齢のご令嬢とでは血が濃すぎると忌避されたようで、先代ではルルド閣下の姉や兄、先代当主の弟や妹にあたる方が男女で一人づつ死産になったそうで、先代当主も元来が病弱であり、外戚から側室として迎えた第2婦人から産まれたルルド閣下が壮健であったこと、ご自身もやや病弱な体質であることから、外の派閥から婚約者をと考えておられたようです。


 父たちが談笑するなかで、困り顔のバルネス様はラデウス様に語りかけました。

 「会の目的を忘れているな、全く。ラデウス、お姫様が退屈なされてはいけない。我が家の薔薇園をご案内差し上げなさい」

 そう言われてラデウス様は怪訝な表情に成りかけて、押し留められたように見受けました。

 「兄上がご案内差し上げるべきでは、私はただの庶子でございます。格があわず、失礼かと」

 「病弱で知識も心許ない兄より、鍛えられて武にも長け、ルルド閣下の覚えもいい優秀なお前の方が適任だ、シェルリア様は大変に優秀だそうだから、私では退屈させてしまう」

 「兄上とて、優秀ではありませんか」

 「喧嘩をしても仕方ない、ホスト側の務めだ。私は次期当主同士でつもる話といくよ」

 そう言って本当に私の兄と話し始められるバルネス様は、更に相手がいないとつまらないだろうと、予め呼ばれていたという従者の方の弟妹を弟に紹介して、その従者の方に噴水近くにあるという屋外遊技場へと案内させてしまいました。

 確かに兄はバルネス様と同い年だった筈、すでに兄は婚約者もいらっしゃいますが、派閥の違いでバルネス様とはあまり交流はなかったと言っていらした。

 「成る程、年の近いもの同士で交流ですか」

 思わずと一人言が口をつきましたが、大公家の従者となれば、臣下の家よりそれなりの家格の方が側付きの見習いとして付いている筈、ならば弟と共に遊びに行かれたのも、ヤキーム大公派閥の重鎮の家柄のご子息、ご令嬢の可能性もありますわね。

 そのように考えを廻らせておりますと、父から声をかけられます。

 「考えごとをしていると、注意が散漫になるところだけは直さないとね。ラデウス殿がご案内下さるようだよ」

 そう言われて顔をあげると、困惑気味に笑顔を浮かべるラデウス様がこちらに手を差し出しておりました。


 「シェルリア様、ご不満かと存じますが、不肖、このラデウス、我が家自慢の薔薇園へとご案内差し上げます」

 何処か困り顔をしていると、あーこの表情はお兄様とそっくりですわ、作りも色も違うのに兄弟って不思議ですわね、なんて少しばかり浮世から飛び出しておりましたが、直ぐ様に我に返りまして返答をいたしました。

 「勿論、喜んでお受け致します。ラデウス様、どうぞよろしくお願いいたしますわ」


  微笑みを浮かべた私に、ラデウス様が頬を染めたように見えたのは気のせいでしょう。



 

評価は皆さんのお気持ちにお任せいたしますが、(貰えたら嬉しいですが(笑))出来ましたら感想など貰えたら嬉しいです。

簡単な一言でもお待ちしていますm(_ _)m



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