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07:初めての贈り物


 (すめらぎ)と共に帰宅した俺は、彼女の家の玄関の前に立ちながら爆発しそうな心臓を押さえていた。

 この扉を開けた先にカヌレがいるかもしれないのだ。

 先日のような失態は犯せない。悪印象を拭って、少しでもカヌレに害の無い人間であることを証明しなければならないのだから。


「……ちょっと、緊張しすぎなんじゃないの? 猫に会うだけなんだけど」


「会うだけって何だ……! 俺にとっては印象を(くつがえ)せるか、一世一代の大勝負なんだよ……!」


「あっそ……」


 皇は呆れた様子で俺のことを見ていたが、彼女のことを気にかけている余裕などない。

 購入したばかりの猫じゃらしを握り締めて、俺は皇が玄関の鍵を開けるのをじっと見つめていた。


「ただいま~」


「お、お邪魔します……」


 扉を開けた先に、出迎えるカヌレの姿は無かった。

 初めて訪問した時もそうだったが、いつも出迎えがあるというわけではないらしい。

 皇は気にした様子もなく家の中に上がり込んでいくので、俺も靴を脱いでその後に続いた。

 猫は大きな音を嫌うというので、できる限り足音を立てないよう気をつける。


「カヌレは二階にいるのか……?」


「そうじゃない? 誰かいる時はリビングにいたりもするけど、基本的には二階の出窓がお気に入りだから」


 俺がいつもカヌレを見上げている、あの出窓。

 やはりあそこが、カヌレのお気に入りのポジションになっているらしい。


 玄関からすぐに目に入る階段の上に視線を向けてみるが、薄暗いその先にカヌレらしき姿は見つけられない。

 眠っているのかもしれないし、はたまた俺の気配に警戒しているのかもしれない。


「カヌレ~、おやつあるよ」


 二階に向かってそう呼びかけつつ、皇はリビングへと足を向ける。

 俺はソワソワとしながら後についていくと、彼女に促されるままリビングのソファーに腰を下ろすことにした。


(大丈夫、今度はカヌレが来ても大きな声は出さないようにするんだ……!)


 先日は不意打ちのあまりに声を上げてしまったが、今日は自らカヌレに会いに来ているのだ。

 俺がぐるぐると思考を巡らせている間に、皇はまた紅茶を淹れてくれたらしい。この間のそれとはまた違った良い香りがする。


「あ、ありがとう」


「一応お客様だから。呼んではみたけど、カヌレが来なかったら帰ってよね」


 俺の隣に腰掛けた皇は、そう言いながらテレビのリモコンを手に取る。

 特に観たい番組があるわけではなく、やってくるかもしれないカヌレのためにいつもの空気を演出しようとしているのだろう。

 適当なワイドショーにチャンネルを合わせると、見慣れた芸能人の姿が映っていた。


「……そういえば、ご両親は今日も仕事なのか?」


「そうよ。アタシが一人でも寂しくないようにって、カヌレを飼うことにしたの。……別に、一人で寂しいなんて思ったことないけど」


「そっか……俺が上がっちゃって良かったのか? って、もう二回目なんだけど」


「構わないわよ。……アンタの目当てはアタシじゃなくてカヌレなんだし」


「ん?」


「な、何でもない! ホラ、冷める前に飲む!」


 皇の声が小さくて後半はよく聞き取れなかったが、客人を招くことに問題はないらしい。

 カヌレには会いたいが、皇に迷惑をかけたいわけではないのでそれを聞いて安心する。

 そうして紅茶を飲みながら少しまったりとした頃、俺の耳は確かにその音を聞き取っていた。


(こ、この音は……!)


 テレビの音に紛れてしまい、気のせいのようにも思える。だが、その音を俺は確かに聞いたことがあった。

 階段を駆け下りてくる、人間とは違う小さな足音。


 そろりとリビングの扉の方を向いてみると、そこには俺の方をじっと見つめる小さな姿があった。


(カヌレ……!!!!)


 思わず声が出そうになるが、どうにか飲み込むことができたのは幸いだ。

 カヌレへの視線はそのままに、テレビに夢中になっていた皇の腕を肘でつつくと、彼女もカヌレがやってきたことに気がついたようだった。


「……目、合わせたままにしてると喧嘩売ってることになるわよ」


「え、そうなのか……!?」


 カヌレを見つめたい気持ちは山々だが、皇の助言を受けて俺は慌ててカヌレから視線を逸らす。

 こちらの様子を(うかが)っていた小さな気配は、やがて少しずつ動き出すのがわかる。

 テーブルを挟んで俺から距離を取るように移動するカヌレは、皇の足元へと擦り寄っていった。


「ふふ、おやつ食べに来たの? あげるけど、今日はお土産があるんだよ」


 カヌレの頭を撫でる皇の声は、心なしか先ほどまでよりも柔らかいものに変わっている。

 スマホのカメラロールを見た時もそうだったが、皇はやはりカヌレを溺愛しているのだろう。

 お土産という言葉に、俺は思い出したように猫じゃらしを差し出した。


「か、カヌレ……この間は驚かせてごめんな。俺、犬飼愛人(いぬかい あいと)っていうんだ」


 自己紹介をしつつ反応を見ていると、カヌレは俺に対して警戒している様子はあるものの、明らかに猫じゃらしに興味を示している。

 触りに来たいが、俺という見知らぬ人間に近寄っていいものか悩んでいるようにも見えた。


 ネズミが揺れるように棒を振ってみると、カヌレのグリーンの瞳がその動きを追う。

 カヌレが怯えない程度にそちらにネズミを近づけてみたが、結局カヌレが猫じゃらしに飛びついてくれる姿は見られなかった。


「ま、逃げ出さなかっただけでも上々じゃない? 多分、敵意が無いことはわかってもらえたと思うわよ」


「だといいんだけど……」


 その後、皇からおやつを貰ったカヌレは満足したらしく、再び二階へと姿を消してしまった。

 だが、距離があるとはいえ交流を持てただけでも一歩前進といえるだろう。

 玄関まで見送りに来てくれた皇に猫じゃらしを渡して、俺は自分の家へと帰ることにした。


「皇……また、カヌレに会いに来てもいいか?」


「まあ、気が向いたらね」


 こう言ってはいるが、皇はまたカヌレに会わせてくれるような気がする。

 見上げた出窓の向こうにはカヌレの姿があって、俺は思わず手を振ってみたのだが、ツンとした様子のままカヌレは部屋の中に姿を消してしまった。


 前途は多難。

 だが、少しずつでも興味を持ってもらえたらいいと思う。


Next→「08:肉球はピンク色」

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