9 来訪者
ミレイアのすぐ横にクレーターのようにぽっかりと穴が開いている。
砂埃が舞うなか、ミレイアは回避行動を取ろうとしないでそのままの恰好で空を見続けていた。
「おやおや? こんなところでどうしたのです? 相変わらずつまらなそうにしていますね」
砂埃の向こう側で優しそうな女性の声が聞こえた。
「はぁ……アデール先生こそ相変わらずですね。例えばこうやっていきなり攻撃してくるところとか。ていうかどうやってこの学校の結界を抜けてきたんですか」
「ふふふ……」
呆れながら言うミレイアにアデールと呼ばれた女性は誤魔化すように笑う。それからミレイアの横にゆっくりと座った。
「で? 今日はなんの用ですか?」
「おばあ様から伝言を授かっています」
ミレイアの眉がぴくりと動く。
「どのような?」
「あなたの謹慎処分についてです。あなた、他の生徒さんと衝突して問題を起こしたそうですね」
「ま、まぁ……」
「そのことについておばあ様はかなりお怒りです。問題を起こすな、と申していました。つまり目立ちすぎるなということでしょうね」
「…………」
「それと困ったことがあるのなら言いなさいとのことでした。なにか困ったことはありますか?」
「うーん、そうですね……。図書館の司書がなんか怪しいから調べるように言っておいてください」
「わかりました。それでは――」
「あ。待って」
帰ろうと立ち上がったアデールをミレイアは引き留める。
「なにか他に?」
「うん、あとひとつだけ伝えてください」
「なんでしょう」
「誰か高難易度の魔法を扱える人――まぁアデール先生でもいいんだけど誰か知っていないか教えてほしいと伝えてください」
「りょーかい! じゃあ、また今度」
「はい、また今度会いましょう」
アデールはそう言うと虚空へと姿を消していった。
「無詠唱魔法……さすがアデール先生。サンドラおばあちゃんがここに送ってくるわけだ」
そのアデールが消えた場所を見つめてミレイアは関心したようにぼそりと呟いた。
そもそも魔法はこの世界では脳内でその魔法をイメージして作り出すものだ。魔法に詠唱というものがあるのはただ具体的にその魔法を想像するためにあるのだ。
ちなみに無詠唱で通常の魔法を発動させるのはかなり困難だと言われている。
透明化の魔法は彼女の一家――パウエル家――の秘匿情報だ。だからミレイアにはその魔法の構造がわからない。
その上それを無詠唱で行っているというのだからミレイアが驚くのは当然のことなのだ。
ミレイアは再びドサッと草のなかに倒れた。
「私も無詠唱魔法、使ってみたいなぁ」
不思議なほどに青い空を見ながらミレイアは呟く。
いつ叶えることができるかわからないことを夢見ながら。
※
「ミレイアさん、ただいま戻りました……ってなに寝てるんですかッ!」
「あ……おかえりー。どうしたのぉ? そんな怒ったような顔してぇ」
「怒ってるんです! まったく感想文がまったく進んでないじゃないですか!」
「なに母親みたいに怒って――痛いッ! ふぁめてふぁめて!」
リーリヤは机に突っ伏すようにして寝ていたミレイアの頬を引っ張りながら説教する。
「私が帰ってくるまでの六時間、ミレイアさんはなにをやっていたんですか!」
「散歩、読書、作文、読書、昼寝……えーと昼寝、昼寝、昼寝――」
「寝てばっかなのかいッ!」
リーリヤにしては珍しくキレたように声を荒げてミレイアの頭をはたく。
それにミレイアは寝ぼけながら自分の頭をすりすりと撫でた。
「もうこれに懲りたらちゃんとやってくださいね」
「はーい」
地味に涙ぐみながらミレイアは適当に答える。
そのとき部屋の扉を誰かが叩く音がした。
「ミレイアさんはそのまま反省文を書いていてください。私が出ます」
「わかった」
言葉を返すとリーリヤはミレイアから遠ざかって扉の方向へと向かっていった。
「すこし待っててくださいねー。いま出ますよー」
扉がガチャリと開く音がする。
それと同時になにやら元気そうな女の子の声がした。その声がリーリヤと言い争っている。
「リーリヤ、どうしたの?」
ミレイアは気になって扉へと向かう。
そこにはリーリヤともう一人、金髪の女の子がそこにはいた。
「ダメですミレイアさん! 来ちゃダメ!」
しかしその言い方ではミレイアの興味をそそるだけだった。
「あなたがミレイアさんですか?」
金髪の少女が言う。
「うん、そうだけど。なに?」
「突然ですがすみません――」
金髪の少女は思いっきり息を吸ってミレイアに叫ぶように言った。
「私を弟子にしてくださいッ!」
「……は?」
神聖歴1023年6月16日のことだった。