8 あの空のように
部屋にカリカリとペンでなにかを書く音が響く。
「あー面倒くさい」
一人の少女が机に頬杖をつきながら言った。
「だから、その面倒くさいっていう口癖やめましょうよ。それとこんなことになったのはミレイアさんのせいですからね」
机に向かっている少女の隣でもう一人の少女が言った。
「そうだけど! あのジジイ、言ってることとやってることが違うじゃん! 嘘つき! なにが『この試合で負けたほうが処罰を受けるのじゃ』だよ! 思いっきり処罰受けてるじゃん!」
「ジジイっていうのもダメです! あと校長先生の言う事は絶対ですよ?」
「ぐぬぬ……あのジジイ一生恨んでやる」
「また言った!」
リーリヤが怒ったように言う。それにミレイアは面倒くさそうに、はぁ、とため息をついた。
ミレイアがこのように校長の悪口を言うのにはわけがある。
本日――神聖歴1023年6月16日――から一日遡って神聖歴1023年6月15日。
この日、水色の髪の少女はどちらが処罰を受けるか賭けた試合で野球部の少年に勝利した。
そして処罰は野球部にだけ下される――はずだった。
はずだった、というのはもちろん実際は違ったということである。
水色の髪の少女は試合が終わってすぐに部屋に帰ろうとした。しかしそれを止めて校長は言ったのだ。
『おやおや? 一体誰が帰っていいと言ったのかね? それとまだ君には話さなければいけないことがあるよ』
その次に言った言葉が。
『君にも処分は受けてもらうよ。そうだな……一週間の謹慎と反省文かな』
という言葉だった。
もちろんこの校長の言葉にミレイアは猛反発した。しかし。
『話が違う? いやいや、ワシは君が言ったのは君が野球部の練習を妨害したことをナシにしてやるということじゃよ。しかしワシは野球部員を怪我させたことについては言っておらん。よって君は明日から一週間の謹慎と反省文じゃ。おぉ、言い忘れておったが反省文は5枚書くことじゃ』
これを聞いてミレイアは嵌められた、と思った。
たしかに校長、改めジジイは何に対して処罰を与えるかは言っていなかった。結果としてこういう処罰を受けることになったのは自業自得だとはいえ、さすが祖母の知り合い。頭がよろしい。
しかしミレイアにはこれは認めがたいもので、謹慎処分中に反省文を書きながら愚痴を言いまくっていたのであった。
「じゃあ私、授業に行ってきますからね。決して脱走なんて考えたりしないでくださいね」
「はーい」
そう言ってリーリヤは部屋の扉を開けた。そして閉める直前で顔を覗かせてミレイアに言い聞かせるように言う。
「もう一度言いますけど、決して! 決してですよ? 決して変なことをしないようにしてくださいね?」
「はーい」
「はぁ……本当にわかってるんですか……」
リーリヤは一言、ため息をついてから部屋を出ていった。
部屋が妙な静けさに包まれる。
「リーリヤがいないとなんか静かだな……」
ミレイアはそう呟いてよろよろと席を立ちあがった。そして窓に近寄って外の様子を見る。
窓の奥には草原と綺麗な池が広がっていた。ミレイアたちが通う学校の敷地内にはこのように自然に生徒たちを触れさせるために池や木々などがある。鳥も結構いるので生徒たちには好評だ。ミレイアもこの景色がかなり気に入っていた。
ずっと見ていたいとも思ったが、いまは反省文を書く時間。はやく机に戻らないと、とミレイアは机に戻ろうとした。しかし遠くから聞こえる小鳥の鳴き声がそれを引き留める。
「……ちょっとだけなら、いいよね?」
ミレイアは杖を部屋から取ってくると窓を開けた。それから部屋の外へと足を踏み出す。
草を踏みつける感覚が足から伝わってくる。
それにミレイアは満足して、池に向かって走り始めた。
この時間は誰も外にいない。だからミレイアは人の視線を気にする必要はなかった。
ミレイアは突然鼻歌を歌ってくるくると回りはじめた。傍から見れば変人のように見えるのだろうが、こんな時間では関係ない。
自由という何にも束縛されない気持ちよさがミレイアの心を満たしていた。
「ふんふふ~ん」
いきなりミレイアは回転しながらスキップをするという謎行動に出た。それほどミレイアは上機嫌だったということだろう。
ミレイアが仰向けにドサッと地面に倒れる。その顔は楽しそうに微笑んでいた。
この彼女の顔を見た人たちはきっと驚いたことだろう。なぜなら彼女は基本的に感情を表に出さないからだ。
ミレイアが感情を表に出すことはリーリヤといるとき以外ほとんどない。だから人々が認識しているミレイアのイメージは寝てるか、面倒くさそうにしているかなのだ。
ミレイアは青空のどこかをじっと見ていた。
あの空のようにもっと自由になりたい。あの空で鳥のように自由に飛びたい。自分を縛る様々な感情から解き放たれたい。きっとそんなことを考えていたのだろう。
でも血の束縛からは逃れられない。
そう同時にミレイアは自覚していた。すぐ近くで聞こえた爆発音とともに。