6 試合開始
神聖歴1023年6月15日。放課後。
二人は学校のグラウンドに呼び出されていた。それも校長によって。
なぜグラウンドに呼び出す必要があるのか気になっていると二人の目の前に野球部のメンバーが現れた。どうやらあちらも校長に呼ばれたらしい。
「やぁやぁ! 元気だったかい?」
突然の老人の声。その声は校長以外の誰のものでもなかった。
それにしても今日は昨日と様子が違くないか、とミレイアが動揺していると校長が楽しそうな口調でみんなに話しかける。
「えー、今日みんなに集まってもらったのには理由がある。昨日、そこの二人と野球部が超つまらん理由で戦ってたらしいんじゃが――」
「つまらない理由じゃねぇよ! 俺たちが練習してるのに途中で妨害してきたんだ!」
昨日のキレやすい男子生徒が言う。
「しかしボールは壊されていないじゃろう。ただ追い返せばよかったのに、なぜこんなにもしつこく追いかける」
「それは……」
校長の質問に男子生徒は黙ってしまった。なにか言いたくない不都合なことでもあるのだろうか。
「でも校長先生は優しいからその理由は聞かないでやろう。それより私が君たちを呼んだ理由じゃ。これから君たちには試合をしてもらう。一対一でやるから互いに一人ずつ選びなさい。この試合で負けたほうが処罰を受けるのじゃ」
校長の説明不足でその場にいる全員が校長の言っていることが分からなかったが、校長が言っていることはこうだ。他人に迷惑をかけてまでも魔法を一生懸命練習していたミレイアと、部活を大切にしている野球部。どちらの気持ちが上かを試したいのだ。
ミレイアとしてはどちらも処罰すればいいのに、と思っていたがどうやら校長は戦っているのを見るのが好きらしい。
「私が出ます」
「ミレイアさん!?」
「当たり前でしょ。だってあっちは私が目的だったんだから。出るしかないじゃん」
校長の決定には逆らえない。ここはこの争いの原因の自分が出るべきだとミレイアは考えたのだ。
「そちらはどうじゃ?」
校長は野球部のほうを見る。
「こっちからは俺が出ます」
そう言った生徒はあのキレやすい男子生徒だった。
あとは二人の級が同じということが条件だったが、それもクリア。あと10分後にスタートすることになった。
「《デストロイビーム》ッ!」
男子生徒が派手に魔法を放つ。その爆音を聞いてか、校舎からぞろぞろと人が集まってきた。
それを見て男子生徒は誇らしそうに胸を張る。
一方、ミレイアのほうはというと……
「ミレイアさん! あっちは練習してますよ! 練習しなくていいんですか!」
「えー面倒くさい」
ミレイアは人工芝に座っているリーリヤに膝枕をしてもらっていた。やる気がまったく見えない。
「それにあんなに馬鹿みたいに魔法を発動しまくってたら、こっちの魔力が切れちゃうし。あっちは注目を集めて盛大に私に勝とうとしているんだろうけど、そんなのはアホのすることだね」
「でも!」
「ああ、大丈夫、大丈夫。ちゃんと毎日欠かさず練習はしているから」
「いつ、どこで、魔法を練習しているんですか?」
リーリヤが呆れながらミレイアに聞く。
「たまに放課後にやってるけど、いつも夜に学校の外でやってるよ」
「ああ、だからいつも眠そうにしているんですね」
「そゆこと」
「へー」
「…………」
「…………」
沈黙。二人がそのままの状態で静止する。
「――って、違ーう! なんですか!? 夜? 学校の外? ふざけてるんですか! どっちも校則違反じゃないですか!」
リーリヤが唾を飛ばしながら詰め寄るようにミレイアに言う。
「だから言ったでしょ。私が校則なんていう、つまらないものを守るわけがないって。まぁとにかく私は絶対に勝つから」
「どこからその自信は出てるんですか……。すこしその自信を分けてほしいくらいです」
「お褒めいただき光栄です」
「いや、褒めてないですから」
リーリヤは笑いながら言った。それを見てミレイアもすこし口の端を上げるような動作をする。
その時、校長がミレイアと相手の男子生徒にむけて大声で呼びかけた。
「試合始まるぞ! 準備しておきなさーい!」
ミレイアはすくりと立ち上がった。その手にはいつの間にか杖が握られている。
「じゃあリーリヤ、行ってくる」
「はい、勝ってくださいね」
「もちろん」
そしてミレイアはグラウンドの中央にむかって歩き始めた。
処罰? 知ったことじゃない。私は悪くない。だって私はボールが壊れないように風属性の魔法でエイムを練習していたんだから。でも部活の妨害はやり過ぎたな。でも私の実力を試すいいチャンスだ。
相手の男子生徒を見るともう勝利を確信したように、にやりと笑っている。
少年よ、自分の勝利を信じるのは人の勝手だが、あまり油断はしないほうがいいぞ、とミレイアは心のなかで呟いた。
「ルールを説明する。試合時間は5分。相手を死に至らしめる魔法、重症を負わせるような魔法、回復不可能になる魔法の使用は禁止。また武器による直接攻撃は禁止じゃ。しかし武器を使わんのなら攻撃は可能。攻撃は捻挫以上のダメージではなければ許可する。以上」
二人は杖を構えた。
「それでは――始め!」
その合図とともに試合の火蓋が切って落とされた。そして一瞬にして魔法が二人から同時に放たれようとしていた。