3 図書館と司書
神聖歴1023年6月15日。
この日は珍しく午後の授業で寝ることはなく、二人は図書館に来ていた。
「今日も『黒』について調べるんですか?」
「うん」
そう言いながらミレイアは図書館の入り口をくぐった。リーリヤもそれに続く。
図書館は円形になっていて下に向かって三角錐のように面積が小さくなっていた。
その壁には本棚が収納されており上の棚から図書分類に従って0番、1番、2番、3番、4番、5番、6番、7番、8番、9番と階で分けられている。
一番下の階の広さだけでも広いので大きさとしてはかなり大きい。その棚と一番下の階のカウンターの11階で構成されている図書館はすべて階段で繋がっていた。
ミレイアは迷わず2番の階――上から三階に位置する歴史のスペース――に行く。そして国の歴史のブースへと移動した。
「どれがいいかなー」
「これなんてどうですか?」
リーリヤが一冊の本を取り出してミレイアに渡す。
「『リーベタス書記』……。たしかにいままで900年代の本ばかり見ていたから書いてなかったのかもしれないけどこれみたいな古文書なら書いてあるかも。これを借りよう」
「はい」
「あともう一冊欲しいな。私の読むスピード速いからね」
「いつものミレイアさんでは誰も想像できないぐらいのスピードですからね」
と、リーリヤはくすくす笑った。ミレイアもつられてくすくすと笑う。
「さて、本を選ばなきゃね。なにがいいかな……」
ミレイアはそう言って本棚から古そうな本を探す。
その時、一人の女性が話しかけてきた。
「そこのあなたたち、なにか困ってることはない?」
その人物は眼鏡をかけた長くて黒い髪の女性だった。
瞳が異様に怪しい光を放っていて、ミレイアは警戒するようにかばんのロックを解除した。
対して女性はミレイアのほうをずっと見つめている。
「はじめまして。私はフラヴィ=ホワイト。この図書館の司書をやってるの。何回かカウンターで会ったことあったかな? まぁいいや。それでなにかお困り?」
司書の質問に対して答えたのはリーリヤだった。
「はい。私たち『黒』についての資料を探していたんですけど、なかなか見つからなくて……。なにかいい本ないですか?」
「ああ、『黒』ね」
そう言うと司書はしゃがんで棚から一冊の本を取り出した。
「これなら載ってるんじゃないかな? 結構古いし」
司書が選んだ本のタイトルは『アストルムの書』という、何とも厨二臭いタイトルだった。
そんなことを気にもせずリーリヤは礼を言っている。ミレイアもリーリヤに倣って司書に礼をした。
「いいのよ、いいのよ。これが私の仕事なんだから」
司書はじゃあね、と手を振ってどこかへと行ってしまった。
「私たちはカウンターに行きましょう」
「うん、そうだね」
二人は短く会話してから階段を降りて行った。
途中、ミレイアは司書の自分を見る視線が普通ではなかったような気がして司書を確認しようと後ろを振り向いた。しかしすでにそこには司書の姿はなく、ただ他の生徒たちが小さな声で談笑しているだけだった。
「どうしたんですか?」
リーリヤが足を止めてミレイアに聞いた。
「ううん、何でもない」
ミレイアは再びリーリヤのほうを振り向いて言葉を返した。しかし彼女の頭からはあの司書の怪しげな視線がなかなか離れなかった。
ミレイアはそれらすべてを吹っ切ってリーリヤにむかって歩いて行った。
※
「よかったですね。いい本が見つかって」
「うん」
ミレイアはそう言って胸にある二冊の本を強く抱きしめる。
これで『黒』のことがわかる。あの日なにもかもを壊していった『黒』のことがと、ミレイアは表情を引き締めた。
今すぐにでも部屋に帰りたかった。
それなのに。
「いたぞ! 眠り姫だ!」
後ろから男子生徒の声が聞こえる。振り向くとそれは見たことのある野球部の部員だ。
その生徒の後ろからぞろぞろとお仲間がやって来た。今日も凝りもせず二人のことを探していたようだ。
「はあ、これだから男どもは……」
ミレイアは大きくため息をつく。そして腕に抱えていた本をかばんのなかにしまった。
「私もここまでしつこいのは初めて見ました。まぁこれ全部ミレイアさんのせいですけどね」
「メンゴ」
「いえいえ」
リーリヤは気にしないでと言うようにひらひらと手を振る。
「で、こいつらどうする?」
「ひとまず逃げましょう。こんな汗臭い人たちの近くにはいたくないですし」
「んだとッ!?」
リーリヤの挑発的な発言に先頭の男子生徒がキレたように声を荒げた。
「おやおや、みんなから大人気の野球部員がそんなこと言ったら嫌われちゃいますよ」
リーリヤはミレイアの手を取って駆け出した。その顔は楽しそうに笑っている。
そんなリーリヤを見てすこし微笑みながらミレイアは廊下を走っていった。