2 チェスと策略
神聖歴1023年6月14日。
それは二人にとって大変な日だった。二人はいままでこれほど部屋に帰りたいと思った日はなかっただろう。
なぜならミレイアが授業中に寝たことで生活指導の先生に捕まり、野球部員に追っかけまわされたのだから。
まぁ、そうなったすべての元凶はミレイアなのだが。
そんな二人は部屋に帰って二段ベッドの二段目で向かい合って話し合っていた。
「まったく……。なんでいつもあなたはこう、問題を持ってくるんですか」
リーリヤがため息混じりに言う。
「仕方ないじゃない。そういう体質なんだから」
「どんな体質ですか……」
「そうだな……巻き込まれ体質?」
「別に聞いたわけじゃないですし、答えてもらわなくてもよかったんですけど、なんですか? 巻き込まれ体質? 逆じゃないですか! 巻き込まれてるんじゃなくて自分からトラブルを呼んでるんですよ! 言うなら巻き込み体質です! 痛ッ!」
リーリヤは興奮しすぎたせいで、天井に頭をぶつけてしまった。かなり鈍い音が鳴ってリーリヤは痛そうに頭を抱える。
「大丈夫?」
さすがに痛そうだったのでミレイアは心配そうに声をかけた。
「だ、大丈夫です」
まだ痛そうだが、先程よりは痛くなさそうだ。
そのことに安心したように息をつくとミレイアはチェス盤取ってくる、と言って梯子を降りた。そしてかばんからチェス盤と駒が入っている箱を取り出すとベッドに持っていく。
「まだ痛い?」
ミレイアは心配になって再度リーリヤに聞く。しかしその声は届いていないようだった。
「ミレイアさんが急に優しくなった……おかしい……絶対におかしい……」
「おい」
そう言ってミレイアはリーリヤの頭をチョップした。
リーリアは痛ッ、とすこし痛そうな素振りを見せたが言うてそこまで痛くなさそうである。
「はやくやるよ」
「はーい」
二人はチェス盤の上にそれぞれの駒を並べ始める。それが終わると対局が始まった。
「ねぇ……」
「なんですか?」
「リーリヤの級っていま、どこだったっけ?」
「私はまだポーンですね。そう言うミレイアさんは?」
「私はルークだよ」
級というのはこの世界での個人個人の強さを表す、いわば位のようなものだ。それを人々は級と呼ぶ。
この級というのは基本的には神が決める。神が決めてその人の強さを表すのだ。しかしこれには例外があり、この世界で神に次ぐ二番手のセラフィムである元老院最高議長もこの権利を行使することを許されている。
級はすべてで六つ。下からポーン、ルーク、ナイト、ビショップ、クイーン、キングだ。つまりチェスの駒と同じというわけである。
この級が上にいくほど国家機関では就ける役職が上になる。しかし元老院議員や法務省の一員になるためにはビショップになることが最低条件だ。
「でもいきなりなんでそんなことを?」
リーリヤが不思議そうに尋ねる。
「ほら、級ってチェスの駒と同じでしょ?」
「ああ、なるほど」
リーリヤは納得と言うように頷いた。
「リーリヤ、この世は平等じゃない。そう思わない?」
「どうしたんですか、いきなり。ミレイアさんらしくないですよ」
「そうかもしれないね。でも真面目な話なんだよ」
「…………」
リーリヤが盤上にナイトを置く。
「そもそも神様はなんで級なんていうものをつくったんだろう?」
ミレイアはクルクルとポーンを回転させるとコツンと盤に置いた。
「それは……私たちの強さを明確にして、優秀な人材を選別するためじゃないですか?」
「かもしれないね。でも私には神様が私たちを見て楽しんでいるようにしか思えないんだよ」
「楽しんでいる?」
「そう、楽しんでいるんだよ」
ミレイアはそう言ってキングを前に進ませる。
「神様は慈悲があって無慈悲で、その上全員を幸せにはできない。でも幸せに『できない』んじゃなくて『していない』だけなんじゃないのかって私は思うんだよ」
ミレイアの表情が暗くなった。まるでなにか思い出したくないものを思い出したように。
部屋のなかに駒を置く音が響く。
「なんかごめんね。よくわからないけど暗くなっちゃった」
「いえ、気にしな――」
「チェックメイト」
ミレイアが無表情で宣告した。自分の勝ちだと。
「なっ!?」
確認するとたしかにリーリヤの負けだ。
「……嵌めましたね?」
「リーリヤ、戦っているときに違うことを考えているから敵の策略に嵌るんだよ」
ミレイアはドヤァ、と得意げに胸を張る。
リーリヤはミレイアのドヤ顔を見て悔しそうに唇を噛んだ。
「もう一戦やる?」
「お願いします!」
数分後。
リーリヤは再びミレイアに負けた。そしてまた悔しそうに唇を噛むのであった。