1 プロローグ
男の怒鳴る声。女の叫び声。これらを聞き流して少女は瓦礫と地獄の業火に包まれた街を歩き続けた。
街には崩壊した建物の残骸が広がっていて、いまにもどこからか出てきた炎に飲み込まれようとしていた。
年は10を過ぎたぐらいだろうか。綺麗な顔立ちだが、まだ顔には幼さが残っている。髪の毛の色は鮮やかな水色で、長い髪を肩まで垂らしていた。
どうやら足を怪我しているらしく、少女は左足を引きずって歩いている。
「あっ」
石畳の隙間に足を引っかけてつまずいてしまったようだ。そう気づいた次の瞬間、少女の身体が宙に浮いた。少女がバタンッと地面に倒れる。そして何かを求めるように少女は手を伸ばした。
その目線の先には所々色が剥げている白色の魔法の杖があった。その上部には透明な石があり光に反射してキラキラしているのが確認できる。
「ッ!」
少女は思いっきり手を伸ばしてそれを掴んだ。金属のような冷たい感触。しかし、わずかにまだ温かさが残っていた。
石が青く発光する。少女を自らの主であることを認めた様子だ。
しかし少女はそのことよりも、その杖がいま自分の手元にあることのほうが幸せだった。
だが、そんなことはどうでもいい。肝心なのは少女のすぐ近くにいる尾の長い龍のような形をしたバケモノだ。
この世界には『龍』という存在はいない。つまり少女の目の前にいるあのバケモノは存在しないものとなる。ならば一体あれは何なのか。
少女は目の前で天に向かって吠える『龍』を憎悪の視線を向けて見ていた。
少女はまだ知らない。
自分の胸に『黒いなにか』が生まれ始めているということを。
※
「もう! なんで毎回毎回、寝ちゃうんですか!」
「聞くの面倒くさいから」
「ほんとそういうの、直したほうがいいですよ!」
道を歩いたら誰もが振り返る。そんな美少女二人が仲良さそうに話しながら歩いていた。
片方はベージュの髪に三つ編みを肩に垂らしたような髪型で、すこし怒ったように頬を膨らませている。
もう片方は水色の髪を後ろでポニーテールにしているが、会話を聞くかぎり残念な美少女という感じだ。
「そんなんだから生活指導の先生に捕まるんですよ」
ベージュのほうの少女が膨れっ面で言う。
それに対して水色の髪の少女は無表情でなにも言わなかった。
「で? 今日も図書館に行くんですか?」
それに水色の少女は首を振って返す。
「今日はあのハゲのせいで気分が台無しだからやめとく。それよりチェスしよ。チェス」
「いいですよー。でもどこで出来るんですか?」
「寮の部屋」
「…………」
ベージュの髪の少女が歩みを止める。
それに合わせて水色の髪の少女も足を止めた。
「どうしたの? リーリヤ」
「いや……」
ベージュの髪の少女――リーリヤはすこし目をそらしたかと思うと再び水色の髪の少女に向き直った。
「――それ、校則違反じゃないですか?」
「そだよ」
「……ダメじゃないですか」
呆れたように言うリーリヤに水色の髪の少女は真顔で答える。
「逆に聞きたいんだけど、私がそういうことを気にしているとでも?」
「……期待はしていませんでしたが、そんな最低限のルールも守っていなかったとは思いませんでした」
「そんなのいちいち考えていたらすぐに学校生活が終わるからね。三年間なんてあっという間だよ?」
「まぁ、そうですが……」
「面倒くさいから早く行こ。早く、早く」
水色の髪の少女はリーリヤに早く行こうと急かす。
「はい、はい、わかりましたよ。本当ならダメなんですが……」
リーリヤはしょうがないと言うように歩き始めた。
と、その時。
「あ! いたぞ、あいつだ!」
前で一人の男子生徒がこちらに向けて指を指している。
二人は同時に後ろに振り向いた。しかしそこには誰もいない。
「あいつか! 一年A組の眠り姫は!」
ぞろぞろとやって来た男の一人が言う。
「眠り姫? 一体、誰のことを言ってるの?」
「ミレイアさん以外いないじゃないですか! 今回は何をやらかしたんですか!」
リーリヤが顔面蒼白で水色の髪の少女改め、ミレイアに聞く。
「えーと……」
「あいつを捕まえろ!」
ミレイアが悩んでいる間に男どもがミレイアを捕まえようと全速力で走ってきた。
二人は慌てて踵を返して、もと来た道を走る。
「ミレイアさん! なにか覚えてないんですか!?」
「覚えてない! ああ、これだから男どもは嫌いなんだよ……」
「なに呑気なこと言ってるんですか! はやく思い出してください!」
「うーん……」
ミレイアはしばらく走りながら考え続ける。すると、あっ、と思い出したように言った。
「なにか思い出したんですか!?」
叫ぶように言うリーリヤにミレイアは頷いて返した。
「あいつらは野球部だよ! 魔法の練習のために飛んだ球を撃ちぬいていたら追いかけまわされたんだった!」
「なんでそんな大事なこと忘れてたんですか!」
「知らない! 私の記憶力知ってる!? ニワトリが三歩歩いて忘れるんだったら私は一歩も歩かずに忘れられるんだよ!」
「そんないらない知識はいいですから! それよりもあの人たちをどうにかしないと!」
「えーい! もうどうにでもなれ!」
ミレイアはそう言うとなんでも入る魔道具の手提げかばんのなかから魔法の杖を取り出した。
「《アクアプリズム》ッ!」
二人の追っ手に向けて放たれた魔法は敵を泡で囲むというものだった。つまり足止めである。
二人は混乱している追っ手を背に大疾走して逃げていった。