ふしぎのかがみの☆ありすくん
気が付くと、オレ…有砂有司は見知らぬ場所にいた。
「………どこだ?…」
辺りを見回すと、一面に赤い葉をつけた木々がしげっている。森…のようだ。妙に赤いけど。
歩きだそうとすると、スカートが引っ張られる感触がする。振り向くと、藪の枝に裾が引っ掛かって……
「………ってなんだこれ!?何でスカートなんだオレ!?」
慌てて全身を確認する。黒いワンピースに白いフリルのついたエプロン。黒い靴に白い靴下。穿いているのもかぽちゃパンツだったが、中身に異常はない。
これっていわゆる、
「メイド服じゃねーか!何でこんな格好してるんだよ自分ッ!?」
意味分かんねぇ……
「え〜っと………?」
しばらく考え込んだが、今ここにいる理由も、こんな格好をしている理由も思い出せない。
これって世に言う、
……“キオクソーシツ”って奴?
「ああ駄目だオレ………もう駄目だ……」
だが、だからといってずっとここにいてもラチがあかない。とりあえずオレは、辺りをうろうろしてみることにした。
5分ほど歩いた頃、不意に視界が開けた。森が終わり、どぎついピンク色の、なんだか精神衛生上良くなさそうな野原が広がる。
所々、蛍光色の花が風にそよいでいる。
「なんかきた」
「へんなのきた」
「きれいじゃない」
「まっくろだ」
「………?」
ひそひそと声が聞こえたのだが、人影は見えない。
「…誰?」
「きづいてない」
「わかってない」
「めのまえなのに」
「あしもとなのに」
足元?
……見下ろすと、蛍光オレンジの花がわさわさと動いている。
「何だ、花が喋ってるだけか……
……って何でだよ!?何で喋るんだよ!?」
「ツッコミだ」
「ノリツッコミだ」
どうやら花が喋っているのは間違いないようだった。残念なことに。
「待て、待つんだオレ……落ち着くんだ……」
オレは頭を抱えて自分に言い聞かせた。
そうだ……ここはピンクの野原で赤い森のあるところだ、常識が通用するなんて思っちゃいけない。
「そうだ、ねえ、ここはどこ?」
とりあえずこの現実を受け止めることにして、オレは花に聞いてみた。
「しらないんだ」
「わからないんだ」
「ここはふたりのはなぞの」
「ふたりのひみつのはなぞの」
「二人って……誰?」
『花園』と言うにはあまりにも貧相な気がしたが、そこは放っておこう。
つーか、単なる野原だろ?ここ…
「いまにわかる」
「こっちにきてる」
「えっ、どこに………」
言い掛けて目をあげた途端、たくましく筋肉のついた四本の足が目に入った。
恐る恐る顔を上げていくと、ぴちぴちのタンクトップの上に角刈りの頭が乗っている。
「あら、不審者が来たっていうから来てみたのに」
「カワイイ子じゃないの」
「うっ……!!」
なんかウインクされたんですけど!!
「ねぇ、ちょっ……本当にコレ?二人ってコレなの?」
思わず足元の花に尋ねる。
「そうだよ」
「ふたりだよ」
マジでか!?
「初めまして。アタシはトゥイードル・ティー。ティーって呼んでね☆」
「アタシはトゥイードル・タム。タムって呼んでね♪」
「トゥイードル・ディーとトゥイードル・ダム?」
「違うわぁ、ティーとタムよん☆」
「ああそう、濁点が無い…んですね………ははは……」
オレの顔の笑いが引きつっているのが分かる。
「で、あの、ここはいったいど……」
「キミの名前は?」
オレがまた尋ねようとすると、ティーだかタムだか(オレには見分けが付かない)に遮られた。
「有砂有司、だけど………で、ここは一体……」
「まあ!アリスなのね!」
「違ぇ!アリスナだ!」
「久しぶりねアリス!」
ばんばんと肩を叩かれる。……だから違うっつーの!!
「で、ここは一体どこなんで……」
「すっかり見違えちゃったのねアリス!分からなかったわ!」
「とっても可愛いわアリス!」
二人して好き勝手なことを言い始めた。
「だーかーらー違うって!て言うか人の話聞け!」
「今はやりのツンデレアリス♪」
「ツンデレ違う!」
「恥ずかしがらなくていいのよアリス☆」
「恥ずかしがってないっ!」
ああもうこいつらはっ!!
◇
「ああ疲れた……なんだったんだあいつら……」
結局二人とマトモに話が出来ないまま終わり、オレはまた森の中を歩いていた。
「いつになったら帰れるんだこれ?」
大体、何でこんな世界に迷い込んでしまったのか、というところから分からない。
やれやれだ。
ふと目をあげると、二股の分かれ道になった所の木の上に、猫耳と猫尻尾をつけた女の子がいた。
「…………」
また変な奴だったらどうしよう。
しばらく下で考えた後、とりあえず話しかけてみることにした。
「ねぇ、キミ」
「キミじゃないよ、チェサ猫だよ」
多分『チェシャ猫』と言おうとして噛んだのだろう。
でも話は通じそうだ。よしよし。
「じゃあチェシャ猫ちゃん、この道を行くと、どこに着くか知ってるかい?」
「うん」
そう言うとチェシャはひらりっ、と木から飛び降りて、ミニスカートから伸びた尻尾で右を指差した。
「あっちにいくと、帽子屋の家だよ」
次に左を指して、
「で、あっちが、三月ウサギの家だよ」
まあ今は、両方ともお城に行っちゃってていないけどね、と続ける。
「………お城?」
そういえば、森の向こうに高い塔が見える、あれがお城だろうか。
「うん。今日はね、皆でお茶会してるから。アリスも来る?」
「いいの?」
「招待状を持ってないなら大丈夫」
そう言ってチェシャは笑った。ぴこぴこと動く紫の耳がカワイイ。
…て、何で招待状が「無いなら」大丈夫なんだろう?そこおかしくね?
「それじゃあ行こう。しっかり掴まっててね!」
「えっ?」
でもその疑問を聞く前に、いきなりチェシャが俺の手を強く握って引っ張り、
「ついたよ」
―――そして、オレが目を開けたときには、城の門の前にいた。
「………え?何で……」
さっきまで森の中だったのに。
一瞬で城の前まで来ちゃった……みたいだ。
り、理解できねぇ…
「チェシャちゃん……?」
隣を見たが、チェシャ猫はいない。
どこ行っちゃったんだろ。
「………行ってみるか」
でも、ずっとここに立っていても仕方ない。
しばらくぽつねんと立ち尽くした後、俺はそう決めて城の中へと入ることにした。
◇
トランプの門番(もうここにツッコむ元気は無かった)に扉を開けてもらって中に入ると、いきなりホールからお茶会をやっていた。
長テーブルに白いクロスを引いて、その上にお菓子とポット、カップが並べられている。
意外なことに3人しか客はおらず、そしてなぜか、全員隅っこの方に固まって座っていた。
「あらあらあらあら、お久しぶりのアナタはだれさんなのだ?」
三人のうちの一番右側、大きなシルクハットをかぶった女の子が、ティーカップの皿に紅茶を注ぎながら顔を上げた。
「え?あ、オレはアリス。
…じゃなくて有砂!
有砂有司!!」
あ、あぶねぇ……危うく自分の名前間違えるところだったぞオレ。
どんどんこの世界に適応してきている自分が怖い。
「そんなの知ってるのだ。ボクは帽子屋なのだ」
「私は三月ウサギ」
「僕は……眠り………ねず…み……」
ずずず、と皿から紅茶を飲み、帽子屋が笑う。
お前、知ってんなら聞くんじゃねーよ!
……ていうか、皿に紅茶注ぐなよ!思いっきりこぼれちゃってるじゃねーか!
「それじゃあアリスのためにお茶を出さなきゃ!」
とりあえずオレが帽子屋の隣に座ると、ぱんぱん、と三月ウサギが手を叩いた。
ティーカップの中に茶葉を入れ、そこにお湯を注ぐ。
しばらく蒸らして、それから3人分のティーカップに均等に分け……って、
「オレの分は!?」
俺の分無いんですけど!?
「やだなぁ、アリスの分はちゃんと出したよ」
「出したって?」
「茶葉を、『抽出した』でしょ?」
「『出す』の意味違うだろが!」
もう意味わかんねぇ……おうち帰りたい。
ていうかオレにも紅茶下さい。
「ああもう……仕方ないな…」
オレが自分で注ごうと紅茶のポットに手を伸ばした瞬間、
カァン!
木槌の音が鳴り響いた。
「へ?」
振り向くと、いつの間にか背後に机がコの字型に並べられていて、まるで裁判のような様子になっていた。
一番奥まっていて、一段高い位置に座った、赤い服を着た女王が木槌を構えている。
「被告人、アリスに判決を下す!」
そして彼女は声高らかに叫んだ。
「え、ちょ、いやオレ何もしてないんですけど!」
「判決、死刑!」
……………え?
………………はい?
待て!待て待て待て!?
「い……異議ありッ!!
何でだよ!何でなんだよ!何で死刑なんだよ!?
オレは何もしてないぞ!」
オレは自分がメイド服だということも忘れて力いっぱい叫んだ。
な、何でオレがいきなり死刑なんだよ!?
突然現れて一体何なんだ!?
た、確かに常識の通じない世界みたいだけど、それは無いだろ!?
「何もしていない?キサマは今そこに立っているだろうが!」
見た目に似合わず古風な口調で女王が叫ぶ。
「そ、そりゃ立ってますけど…」
「つまり『立つ』ということをしているではないか!
そしてそれがキサマの罪じゃ!」
「え、えええええっ!?いや、それはコトバのアヤって奴で、つまり……」
でもオレが最後まで言い切る前に女王が再び叫んだ。
「皆のものっ、こやつを捕らえい!」
その声とともにトランプが、トランプだけでなく傍聴席にいたトカゲもイモムシもサカナも一斉にオレに向かって突進してきた。
必死に振り払おうとしたが、数が多くて対応できない。
そしてオレは、
◇
「…有砂………有砂っ…………」
「………?」
気が付くとそこは、ベッドの上だった。
「あっ………良かった!良かった!有砂の目が覚めた!」
ベッドサイドに垂れ下がった紐を持ちながら、ぴょんぴょこと同級生のチサが跳ねている。
「………オレは…?」
「やだっ、覚えてないの?飼育小屋から逃げたウサギを追い掛けて鏡にクラッシュ☆したんだよ〜!」
そう言えばそんな気もする。やたらとすばしこいウサギだったんだ。大体、何で高校にまで来て飼育小屋があるんだろうか。おかしいだろそこ。
……って事は、今のは全部夢だったのだろうか。いやそうに違いない。
メイド服で死刑とか、悪夢以外の何物でもない。
「いやぁ、それにしても大冒険だったね!」
突然、チサが不吉なことを口走った。
「……………は?」
「次はぜひ『白雪姫』でっ………」
し……白雪姫……だと………?
王子様のキスで目覚めろってか!?
「断固拒否し………」
「それではっ、お一人様ごあんないだよ〜!!!!」
「ちょっ、えっ!?」
ガチャン!
チサが紐を引いた途端、音を立てて床が抜けた。
「うわあぁぁぁぁぁ〜………………」
そしてオレはなすすべもなく、ベッドごと漆黒の穴に落ちていったのだった。
<Fin>




