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姉ちゃんが死んだ  作者: 遠野しん
2/3

はじまりの日〜その2〜

4月18日(水)  17時40分


玄関が開いた音がした。

お父さんが帰ってきた。

私は今の今まで、お姉ちゃんのベッドの上で眠っていたらしい。

涙を流しながら。

お姉ちゃんの枕が私の涙でシミができてしまっていた。


袖で顔を拭う。

窓の外は真っ赤な夕焼け。

もう少しで紫色になって、暗くなる。

紫色になる前の、一番真っ赤な時間帯。

お姉ちゃんが好きな赤に近いオレンジ色の世界。


お姉ちゃんはたまに変なことを言う。

「オレンジ色はね、世界が終わる前の色なんだよ」

何変なこと言ってんの?その時はそう思った。

「植物でも、黄色や赤色に色が変わるでしょ?命が終わる前の色なの」

「うん」

「生き物はね、この地球が誕生してから長い長い歴史の中の、ほんの一瞬しか生きられないの…」

「うん?」

「一瞬の中の、最後の煌めきがオレンジ色なの」

「意味わからない」

「そうだよね、わからなくて普通かな?この感覚は他の人に理解してもらいたいわけじゃなくてね、私の考えの一つだよーって話」

「余計にわからない」

お姉ちゃんはふふっと笑って私の頭を撫でてくれた。


それが半年前のお姉ちゃん。

オレンジ色が好きと言うのも、その時に初めて聞いた。

好きな色、というのは同級生でもたまに話題になるけど、私は特に気にしたことがなかった。

いつも適当に答えていた。

でも、お姉ちゃんの話を聞いて、色の意味を考えた。

色には意味がある。

色の意味を考えてみるのは、大切なことなのかもしれない。

そう思えた。


私の頭ではいくら考えても、色の意味を理解することができなかった。

お姉ちゃんの言った「オレンジ色」の意味だけは、

今理解できたように思えた。

お姉ちゃんが好きだったオレンジ色の世界。

命が輝く最後の瞬間。

今、お姉ちゃんは輝いているのだろうか?

やっぱり、

やっぱり私には理解できなかった。



ーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーー


4月18日(水)  17時55分


下で二人で話し合ってる声が聞こえる。

ドナーがどうのこうの、と聞こえる。

声の感じからお母さんが反対してて、お父さんが賛成しているような気配。

今私が降りていっても大丈夫だろうか…

下に降りて会話に加わる。

「ドナーって移植とかの?」

前にお姉ちゃんが言ってた、移植提供用の意思表示のカードがあった。

それがドナーカード(臓器提供意思表示カード)だったと記憶してる。

お姉ちゃんはそのカードを書いてた。

で、お父さんのサインも入ってたはず。

私はそれを知ってる。

だから会話に参加できるはずだ。

「私は反対です!」

お母さんが怒鳴った。

「ただでさえ……、私はあの子にこれ以上傷ついてほしくない」

「晴美は優しい子だった。それを尊重したい。」

「私も、お姉ちゃんの一部が少しでも生きられるのなら他の人に助かってほしい」

言った。

自殺した人の体から移植ができるのか私は知らない。

でもお父さんがこの話をしていると言うことは、何か使える部分があると言うことだ。

お母さんは一瞬私を見て、目を逸らしてしまった。

「わかりました…」

お母さんはそう言って居間から出ていった。


お父さんはどこかに電話をかけた。

で、家族全員が了承したことを伝えた。

私はお父さんのことをぬぼーっとしただけのオジサンだと思ってかけど、

たぶん、強い人なんだと思った。


多分家族が自殺したら、生前にドナー提供するかどうか聞かされても、お母さんと同じ反応になったと思う。

でもお父さんも「他の人のため」に動いている。

お姉ちゃんの強さや優しさは、お父さんから受け継いだものだったのかもしれない。

私が受け継いだのは何なんだろう。

お母さんの卑屈さかな…


「すまないな、お母さんの敵になってしまった」

電話を終えたお父さんが、私の頭をぐりぐりと撫で回してきた。

「お父さんは哀しくないの?」

聞いてしまった。

一瞬目を大きく見開いて、優しく笑った。

「悲しいし、辛いし、苦しいさ」

「じゃあ、なんで!?」

「お父さんは大人だから、今は悲しいけど動かなくちゃいけないんだ。やらなくちゃいけないことがいっぱいある。今動けるのはお父さんだけだから」

頭の上に乗ってる手に、少しだけ力がこもるのが分かった。

「ごめんなさい、嫌なこと聞いちゃった…私も悲しい。私はどうしたらいい?」

「全力で泣いて、全力で弔えばいい。正直言うと、お父さんもよくわからい。なんだかどっと疲れたなぁ…」

お父さんは私の頭から手を離して、そのままソファーの背もたれに寄りかかって大きなため息をついた。


「私、部屋戻るね」

「今日は出前取るから、何食べたい?」

部屋へ戻ろうとした私をお父さんの声が引き止める。

ちょっと考えてみた。

食べたくない、という考えももちろんある。

今は全然お腹すいていない。

でも、

「オムライス」

それだけ伝えて、部屋に戻った。

オムライス。

お姉ちゃんの一番好きな料理。

黄色い中のオレンジ色の世界。

世界が終わる時の、朱色。

お姉ちゃんの色。

私は卵料理はあんまり好きじゃないけど、お姉ちゃんが好きだった世界を知るために食べたくなった。



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