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姉ちゃんが死んだ  作者: 遠野しん
1/3

はじまりの日〜その1〜


昨日、

一瞬で私の世界は一変した。


ーーーーーーーーーーーーーーーーーーー


4月18日(水曜日) 13時25分


休み時間が終わり、午後の授業が始まって5分。

教室に教頭先生が飛び込んできたと思ったら、強制的に連れ出され病院まで連れて行かれた。

病院の受付で教頭先生が姉の名前を伝え、ある一室に通された。

そこには両親も揃っていて、何故か悲しそうな顔をしていた。

部屋の中央にただ一つだけ置かれたベッド。


その上に寝ている「何か」。


顔が白い布で覆われていて、誰かはわからない。

いや、わからないフリをしていた。

わかりたく無かった。

こういうシーンは漫画やドラマで見たことがある。

だから知ってる。

知ってる。


さっき教頭先生が受付で伝えた姉の名前。

で、この状況。

この状況だけで全てを察することができる。

そういう状況が用意されていた。

ドッキリのネタでもここまではやらないと思う。

明らかに不謹慎だ。


呆然と立ってると、お母さんが私をぎゅっと抱きしめた。

「お姉ちゃん死んじゃったの…」

そう言って泣き崩れた。


普段からあまり考えることのない私の頭は、いきなりの情報量にショートしかけた。

私の頭で考える内容と実際に言葉として聞かされる内容、心に届く衝撃はこんなにも違うモノなのか、と一瞬目の前が真っ暗になったように感じた。


私は何故か教頭先生を見上げた。

教頭先生は哀しそうな、私たち家族を慰るような表情をしていた。


姉は何で死んだの?

言葉に出して聞きたかった。

でも、私の喉に力は入らず、ただただ空気だけが漏れていった。

喉だけじゃない、今は全身の力が入らない。

指一本動かすことができなかった。


なんだろう、なんなんだろうこの感覚は。

今朝まで一緒にいたお姉ちゃんが死んだ?

わからない、わかりたくない。

その感情で脳が汚染されていく。

何一つ理解しちゃいけない感覚。

理解するのを脳が拒んでいく。

体に力が入らない。

私が私じゃなくなる。

そう感じた。


ふと私にしがみついている母の力が強くなった。

それで、私は全身の感覚を取り戻した。

「おかあさん、痛いよ」

お母さんは私から体を離した。

「ごめんなさい、でも」

何か言いたそうなお母さんを遮って、足を動かした。

「お姉ちゃん、見せて」

私は姉に近づく。


腕を掴まれ、

「今は見ないであげて」

お母さんに止められた。


ここで父が

「教頭先生、娘を連れてきてくれてありがとうございます。」

涙を拭いながら、力強く言った。

「できれば、妻と娘を家まで送っていただけませんか?私はここで色々手続きがありますので…」

お母さんと私を部屋から追い出した。



ーーーーーーーーーーーーーーーーーー



4月18日(水曜日) 14時40分



私とお母さんは教頭先生の車で家まで送ってもらった。

病院から私の家までは車で10分くらいだった。

あんなに大きな病院は行ったことがない。

風邪や怪我の時は家の近くの診療所に頼ってた。


車の中では誰も一言も喋らなかった。

たぶん、喋れたとしても話は続かなかったと思う。

家の前で教頭先生が

「お悔やみを申し上げます。今後の美潮さんの出欠に関しましては事情が事情ですのでしばらくは配慮いたします。」

と、私の名前を言って、

「気丈に生きてください」

私の頭をぽんぽんと撫でて、去っていった。


お母さんはお礼を言い、家の中に入っていった。

去年新しく建てた、一軒家。

家族四人でずっと幸せに生きていける、とお父さんがニコニコしながら言った。

一年で幸せが亡くなってしまった。

文字通り、亡くなった。

お姉ちゃんと一緒に。


私も家の中に入った。


一階には台所と居間と客間。

二階に私たちの部屋と、両親の寝室。

それとちょっと狭いけど屋上もある。

去年の夏に、お父さんとお姉ちゃんがリクライニングチェアを並べて昼寝してるところに、ゲリラ豪雨が来てびしょびしょになったのは笑えるエピソードの一つ。

でも今のこの状況でそれを思い出しても、ちっとも笑えない。


たった一年住んだだけでも、家の中には小さな傷がいっぱいある。

お姉ちゃんと遊んだ時にできた傷も。

「・・・・・・。」

正直なところ実感がわかない。

さっきまでお姉ちゃんの死んだ姿が目の前にあった。

でも私は見ていない。

お姉ちゃんが本当に死んだのか、私はまだ目で確認していない。

だから、実感が湧かない。


あの優しかったお姉ちゃんが、本当にこの世界から居なくなるなんて…

正直言って、信じられない。

私から見たら何でもできて、勉強も、家事も、18歳になったからと言って車の免許を取りに教習所に通ってたお姉ちゃん。

何もできない私から見たら、スーパーマン、いや、スーパーウーマンだ。

女性だからウーマン。

英語は全然分からないけど、多分これであってると思う。

そんな完璧超人に見えたお姉ちゃんが、死んだとか…

まだ納得していない部分がある。


私は二階に上がり、お姉ちゃんのベッドにボフッと倒れた。

お姉ちゃんの香りがする…

その香りに包まれたら、途端に涙が溢れてきた。

涙が溢れて止まらない。

息も苦しくなってきた。

本気で泣いたことなんて、今まで一度もなかった。

だけど、今だけは…

今だけは本気でないで良いよね?



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