炎の断捨離10
おはようございます。
最近は夜書いて朝投稿しています。
お付き合いよろしくお願います。
※
「サナレス、ご無沙汰しております」
恭しく頭を下げるアセスを見て、サナレスは目を細めた。
ラーディア一族とラーディオヌ一族をつなぐベミシロードを僅かにそれた星光の神殿。そこが二人の待ち合わせの場所だった。
互いの立場上、人に見られないように夕刻を待って示し合わせた。
「せっかくの再会なのだから、美味い飯でも食べながら、というわけには行かなかったもんかな?」
唇の端をあげてそう言うと、アセスは軽く肩をすくめた。
「お前から連絡をもらい、正直驚いた。そして礼を言う。私が不在の間、リンフィーナをよく守ってくれた。それから今も」
水月の宮に張り巡らされた結界は、アセスの手腕に相応しい重厚なものだ。サナレスは頭を下げた。
「あなたのそんな態度、らしくもないですね」
暗闇に陶器のような白い顔が近づいてくる。
かつては人で賑わったが、今は崩壊して久しい神殿には、話をする場所もなく、サナレスは適当な石段に腰を下ろして足を組んでいた。先日の地震はこの辺りの遺跡跡を更に崩壊させており、足場も悪い。
馬を引きながら近づいてくる青年はゆっくりと歩いてきた。
「らしくないね……。お前が私に対してどう印象付けているのかはわからないが、今日ここに来るのは、本音を言うと少し怖かったよ」
相変わらず氷のような凍てついた表情をした美男子を前に、サナレスは苦笑した。
少し見ないうちに、どうしてもう女人と見紛うことはなさそうなほど、彼は成長している。
「奇遇ですね。ーー私も、今日ここであなたにお会いするのが、少し怖かった」
微動だにしない表情とは裏腹に気持ちを伝えられ、サナレスは更にアセスの成長を感じずにはいられない。
「互いに怖かった理由について話してみるか?」
「相変わらずあなたは頭がいい」
話さなくても、双方その理由を推測することができたが、あえて口に出してみることを提案すると、アセスはくすと笑った。
「その前に、互いの違和感について弁論しては?」
アセスに言われて、サナレスの方も敏感なアセスには全て話さなければならないことを覚悟した。
「おまえ、ラバース能力を使ってまでリンフィーナを守ろうとしてくれたよな。だから、ある程度の事情は把握しているんだろ?」
「ええ。リンフィーナの中に別人格がいると、ーーそしてその別人格が物騒な相手だと言うことぐらいは、私の作り出した分身が消失したときに、記憶と感情を受け止めましたけれど」
「まだ、別人格は消失していない」
サナレスは今にも崩れそうな笑みを見せて、吐息をついた。
アセスは何食わぬ顔をして、馬をつなぎながらサナレスの話に耳を傾けている。
けれど、アセスの言葉は貫いてくる刃のように鋭かった。
「他にも、隠していることがあるんですよね?」
「そうだ」
サナレスは肯定した。
ごくりと生唾を飲んで、決心したことを口に出す。
「リンフィーナ、彼女自身が体神だ」
出生も、寿命ですら定かではない。自分が知りうる事実を黙っていたことを、アセスに詫びなければならないと視線を伏せる。
「ーーなるほど」
胸中はどうなのか計り知れないが、アセスはチラリと自分を見た。
「以前私が知る範囲でリンフィーナは、この世に彼女の体神を誕生させた。体神が体神を生むことなんてできるんですね。どれほどの呪術量でしょうか」
アセスの口からは素朴な疑問が紡ぎ出され、彼らしさにサナレスは頭をかいた。
「わからないよな。体神って存在……。生み出した者の願いが成就されれば消えるし、生み出した者の命が消えても消えるって言うんだから。すまない、まず第一にそれを詫びる」
アセスにリンフィーナを引き合わせたこと、アセスの進む道を違えさせたことについて、気不味さが残っており、サナレスは頭を下げた。
はぁ。
真摯な態度で謝っても、大仰にアセスはため息をついた。
「それはリンフィーナが短命であるかもしれないのに、私の伴侶にしようとしたことを言っているんですか?」
眉の端をあげて、自分を見る眼差しはどこまでも冷たい。
アセスは「そんな上辺だけの謝罪なら聞きたくもない」と一笑した。
見込んだだけの男ではある。
リンフィーナの出自などどうでもいいことなのだと言ってくれているアセスに、サナレスは心から頭を下げた。
「サナレス、私はあなたの紹介だろうと誰だろうと、自分が決めたことを人のせいにする器ではありません。リンフィーナ・アルス・ラーディア、彼女がラーディア一族の皇女であろうとなかろうと、それから彼女の出生がどうであろうと、自分が納得して彼女を伴侶に望んだのです」
ただーー。
アセスはため息をつく。
「ご存知かと思うのですが、私は魔道に落ちました。そして一時はあなたの暗殺をも企てようとした、常軌を逸した人に成り果てた。リンフィーナの相手として相応しくはない者に成り果てたのだと、あなたには報告しなければならないでしょう」
アセスが創り出した体神が死んで、かろうじて手放しかけていたリンフィーナへの思いが甦り、正気を保っているのだと言った。
「あなたの留守を守ると言いながら、有限実行できずにリンフィーナを危険に晒し、自分自身が後ろ暗い存在になった。これが私が今日、あなたに伝えて謝らなければならないことです、サナレス」
アセスは膝をついて頭を下げた。
サナレスは咄嗟にアセスの前に膝をついてその肩を掴んだ。
「その件については私の方が罪が重い」
アセスの地位と力を利用してまで、リンフィーナを守ろうとしたのは自分で、それによってアセスが魔道に落ちたことは、どう詫びればいいのか。
「全ては私の不甲斐なさが招いたことで、現実を直視しなかった自分が悪い」
サナレスはアセスの肩に頭を乗せた。
呼吸を整えるのには数秒かかった。
頭を回せ。
全神経を集中して、この惨事の幕を開けなければならない。
「アセス、ここからは最大の謝罪だ。私はおまえからリンフィーナを奪う」
「彼女はものではありませんよ」
宣戦布告をアセスが受け止めてくれることを、サナレスは知っていた。けれどあえて火をつける。
千年前に大陸が滅びの時を迎えたという地質変動の時代に差し掛かり、タイミングよく魔女ソフィアがこの世に生を受けてしまい、今後安らかな未来など想像できない状態でいると言うのに、ただ妹リンフィーナの幸せを最優先にしてしまう自分がいる。
「あなたはいつも、彼女を妹と言っていたのに、リンフィーナと呼んだことに私が気がついていないとでも? やっとーー、土俵に乗っていただけると解釈してよろしいのですね?」
「彼女に約束した。兄でないことを打ち明けて、おまえとの勝負に打って出ること。ーーこれが一番、詫びなければならないことだろ?」
アセスは自分の横に、無造作に腰を下ろす。
「そんなのはずいぶん前からわかっていたので、むしろその勝負歓迎したいくらいですよ」
サナレスはアセスの肩を抱いた。
こいつなら、そう言ってくれるとわかっていた。
こいつしか、もういないのだとわかっていた。
「それで、ーーあなたからどうして、こうも禍々しい術力を感じるのでしょうか?」
核心に切り込まれて、サナレスは「遠慮ない尋問だな」と諦めたように髪をかき上げた。
「どうやら私も魔道に落ちたようだ」
「術師でもないあなたが?」
これにはアセスも驚いたようで、僅かにその切れ長の目が角度を上げた。
偽りの神々シリーズ紹介
「自己肯定感を得るために、呪術を勉強し始めました。」記憶の舞姫
「破れた夢の先は、三角関係から始めます。」星廻りの夢
「封じられた魂」前・「契約の代償」後
「炎上舞台」
「ラーディオヌの秘宝」
「魔女裁判後の日常」
「異世界の秘めごとは日常から始まりました」
シリーズの7‘作目になります。
異世界転生ストーリー
「オタクの青春は異世界転生」1
「オタク、異世界転生で家を建てるほど下剋上できるのか?(オタクの青春は異世界転生2)」




