没落!お嬢サマナーと異世界を!
異世界転移をしても良い結果が得られるとは限らない。
彼はそんなことを思って、ただひたすらに走っていた。
「あっつ!」
熱気が体を包み込む。狭い通路の中で、彼は悲鳴を上げた。
黒い衣服は熱くなりやすい。彼の足――特にふくらはぎ辺りは火傷寸前だった。
「通路まで火が迫って来たのですわ! 早く出ないと焼けてしまいますわよ!」
彼に背負われた少女が言葉の鞭を打つ。彼女もまた全身黒いドレスに覆われていた。熱気が迫るたびに体をこわばらせることから必死に我慢していることが窺える。
「分かってるそんなこと! てか足動かしてんのは俺なんだからな!? お前はちょっと黙ってろ!」
「なんですって!? 使用人が主人にそんな口の聞き方をしていいと思っていらして?」
「使用人じゃねーって!」
こんな言い合いをしつつも、とにかく命の危機にあることは確かである。
一人の女を連れて、燃える屋敷からの脱出。それが異世界転移を果たした彼の最初のミッションだった。
没落!お嬢サマナーと異世界を!
数分前に遡る。
時は現代、場所は日本。
ガリガリガリ。枝が地面を走る。
「ほい、どうだこれ」
狭田寿哉は、地面に半径一メートルほどの魔法陣を描いた。細部までこだわった自信作だ。滑り台の柵にもたれかかって見下ろす友人からは「いい感じじゃん。上手い上手い」との感想を得た。
友人たちと一緒に下校する際、いつもたむろする小さな公園。毎度こうやってふざけるのが楽しみだった。
「じゃあ俺からな」
寿哉は自らが描いた魔法陣の上に立ち、ポーズを決めた。
仲間からあがる笑い声。スマホで写真を撮る者もいる。それを聞いて湧き上がる満足感。やはり、友達とバカやっている時が一番楽しい。
「はい交代交代。次――」
その時、一瞬だけ立ちくらみがした。内臓が一瞬持ち上がる感覚。背筋を走る寒気と吐き気。なったことがないから言い切れないが乗り物酔いのような、雰囲気はそれに近しいものだろう。
「うぅおっ!?」
寿哉はうめき声と共に、その場に膝をついた。何やら変な臭いもしてきた。
「なあ、俺、なんか気分悪く――」
目線を上げたその先の景色はすでに変わっていた。
そこにいたのは薄汚れてくたびれた制服を着た男子高校生たちではなく、深い黒の綺麗なドレスに身を包んだ女だった。
「え?」
これはゴシック系、というのだろうか。いかにもコスプレイベントにいそうな格好をしている。その割に生地はよくできていて、本物感が強い。ちゃんとカラコンも入れているのか、目の色も紫色になっている。
そんなコスプレ姿の彼女の表情は苦しそうであり、額からは汗が流れている。せっかくの衣装が台無しだ。
寿哉が立ち上がると、背の高さ的に彼女は彼を見上げるかたちになった。
「ど……どうして……!」
そう言って、彼女の口元が歪む。と、同時に目が潤む。ぽろぽろと大粒の涙をこぼしながら、その場にへたり込んだ。
寿哉は状況が飲み込めない。いきなり場面が変わり、目の前で女の子が泣き崩れている。声をかけるべきかかけないべきか。それすら彼には難問だった。
とりあえず彼女を泣き止ませた方が良いと判断した寿哉が視線を下ろすと、足下には見覚えのある魔法陣があった。
「ってうわ! これ、俺がさっき作ったやつじゃん」
魔法陣の上から離れ、まじまじとそれを見つめる。高級そうな絨毯に、ペンか何かで魔法陣は描かれている。せっかくの絨毯が台無しだ。
「何を申しているの? これは私が発動させた召喚陣ですわ!」
「しょーかんじん?」
「ああ! こんなところに間違いが……! もう文字も全て燃えてしまいましたし……どうしましょう!」
寿哉の聞き返しを無視する。少女は一人パニックになる。
寿哉はきょろきょろと周りを見る。
いつの間にか屋内に移動している。先ほどいた公園ほど広くはない。壁には木の本棚がぎっちりと並び、天井には小さなシャンデリアが吊られている。床には焦げた本が散乱していて、中には煙を上げているものもある。
変な臭いの正体はこれか。寿哉は鼻と口を手で覆い、一部炭化した本を蹴って遠ざけた。
「あなたッ!」
「はい!」
本を蹴ったのを見られたのか。寿哉はビクッとして少女に向き直った。
「なにをしているのッ! はやく私を連れてここから逃げるのですわ!」
「ですわ?」
少女は背筋をピンと伸ばした寿哉に、そう言い放った。その口調に違和感がある。お嬢様言葉を実際に耳にしたのは初めてかもしれない。
「聞こえなかったのかしら? 私を連れてここから逃げろと言っているのだけれど!」
「……はい?」
「〜〜! はいじゃないですわ! 彫刻のように突っ立ってないで、言う通りにしなさい!」
「あのー、すいません。ここってどこです?」
小さく手を上げて質問する寿哉に、少女はこう答える。
「ここはアルグレイド家の屋敷の禁書庫ですわ」
「なに?」
聞いたことのない名前だ。寿哉は今一度辺りを見回した。日本のものとは思えない部屋。『屋敷』『禁書庫』といった言葉。本の焦げ跡に残った文字は見たことのないもの。目の前には日本人離れした見た目の少女。そして公園から瞬間移動した事実と足元の魔法陣。
「まさか……」
寿哉は呟く。
「異世界転生……?」
厳密に言うと、元の世界と同じ体を持っている場合は異世界転移である。
どうして自分が。寿哉は思わず天を仰いだ。そこには黒く焼けた天井があるのみ。
彼の思考をかき乱すように、扉の奥からワアと怒号が聞こえる。続いて何か陶器が壊れる音。
「……なんかパリーン言ってますけど? あと、さっきから暑い気が……」
「どうやら屋敷に火がまわり始めたみたいですわね」
「火!?」
「だから早く逃げないといけませんの。こちらに脱出通路がありますわよ」
少女は本棚の一つを動かす。寿哉の背の倍はある本棚も、軽い力でも動くようになっているようだ。
横幅一メートル、高さ二メートルほどの通路が現れた。数メートルおきに明かりが設置されている。特別頑丈に作られている様子はなく、これもいつ崩れるか分かったものではない。
「そういうことは最初に説明しないとダメだろ! 命あっての物種だ!」
「時間がありませんわね。あなたの知りたいことは移動しながら話しますわ。さ、行きますわよ。準備なさい」
「行くって、どこへ? 準備って、なに?」
「もう! 使えない! こちらを見なさい!」
使えないとはなんだ、と寿哉はムッとする。
少女は床に座ったまま「んっ」と両手を上げて見せた。何を言いたいのかさっぱりだ。
「……? 見たけど」
「ぐっ!? 見て分かりませんの!?」
「ごめん。ちょっと分からない」
「そのっ……はっ、早く私を抱きかかえるのですッ! ……ああっ、どうしていちいち説明を。こんな辱めを受けるなんて! ああ! ああ!」
彼女は顔を真っ赤にし、両手で顔を覆う。
「なんで?」
「なっ!? 私に自分で歩けと!?」
彼女は手を下ろし、寿哉に信じられないという目を向けた。寿哉は彼女の言うことの意味が分からず、大声で言う。
「まさかお前は、俺に運べと言うのか!?」
「おまッ……!? 私に向かってなんたる言葉遣い! 私はあなたの召喚主であり、八名家アルグレイド家の娘、クロロリディア・アルグレイドですわよッ!」
「それがどうした!」
「どうしッ……!?」
少女は涙目になる。
「うううっ……うわああああん! いくらなんでもあんまりですわぁあ!」
「うわあ。泣くな泣くな」
わんわん泣く彼女の背中をさする。寿哉は年下であろう女子に対して少し怒鳴りすぎだったかもしれない、と反省した。悪かった、と何度もなだめる。
しばらくすると少女は泣き止んだ。
「もう……ひぐっ。こんなことしている間に火がさらに勢いを増してますわ。ひぐっ。間に合わなくなっても知りませんわよ……」
「お前が泣いてるからだろ!」
「う……」
「いや、俺だ。俺が悪いよ。全部俺だ。な? だからもう行こうぜ」
彼女はうん、と頷き、再び両手を差し出す。
どうしてこんなことをしなければならないのか。寿哉もまた、泣きそうだった。
異世界になんて来たくはなかった。現実世界で十分だった。少なくとも、命の心配がない程度には。
お嬢様らしくお姫様抱っこでもしてやろうかと彼女の体に手をまわす寿哉だったが、あろうことか体が持ち上がらない。寿哉は非力だった。
「重い! お前、体重どんくらいだ!? これ50はあるよな!?」
「失礼なッ! 50グラトですって!?」
「ああ、異世界だと単位が違うのか」
「私は48グラトですわ!」
「ん、キログラムからそのまま名前変わっただけだなこれは。……すまん、お姫様抱っこは無理だ」
作戦変更。寿哉はクロロリディアを背中におぶった。彼女は顔を真っ赤にして声を震わせる。
「わ、わ、私がこんな、足を広げ……!」
「俺からは見えてないんだら、我慢しろよ」
「ひっ! 変なところ触らないでくださいまし!」
「グエ! 触ってない!」
後ろから首を思い切り絞められる。ゴキッと骨がズレる音がした。
そんなやりとりがありつつも、おんぶ作戦は上手くいったようで、彼らは順調に脱出通路を進んで行った。高さの関係でクロロリディアが密着よりも少し浮いた状態になり、さらに寿哉の首に手を回しているため、いつ首が締まるかヒヤヒヤするのが懸念点だが。
「あなた、異世界と言ったけれど、どういうことかしら」
「聞かれてたか」
「当たり前ですわ! あなた私をなんだと思っていらして!?」
「分ーかったから暴れるな」
寿哉は自分のいた世界のことを説明した。
自分がどんな人生を送ってきたか。どういった文化があるのか。人々はどういう暮らしをしているのか。自分のわかる範囲で話した。
そして、おそらく自分にはたいした価値がないことも。
「まさか禁書庫の文字を全て燃やしてもあなたみたいなのしか召喚できないとは……。アルグレイド家の名に泥を塗ってしまいましたわ……」
「んー。その辺の設定が分かんないんだよな。俺にもこの世界のこと、説明してくれないか?」
「仕方ありませんわね」
クロロリディアはこほんと咳払いをし、話し出す。
「アルグレイド家は、聖飾八名家のうちの一つですわ」
「素人に専門用語出すな」
「ちゃんと話して差し上げますわ。せっかちな人はこれだから」
「んだと!?」
クロロリディアはやれやれとため息をつく。一瞬、背中から落としてやろうと思ったが、そうはしなかった。
「聖飾八名家とは、王に仕える八つの貴族ですわ。国の八方位に各々領地を持ち、それぞれの特技で王を支えたのですわ」
「ふーん。アングラ家は何してんだ?」
「ア・ル・グ・レ・イ・ド・家! 何度も言わせないでくださいまし!」
「アルグレード家は何してるんだ?」
「召喚術ですわ」
「サマナー? インチキくさいと言うかなんというか……」
寿哉がそう言うと、クロロリディアは否定した。
「いいえ。あなたも身をもって体験したはずですわ、アルグレイド家に伝わる魔術《召喚》を!」
「召喚ね……」
寿哉はここにワープさせられたことを思い出した。あれは間違いなく魔法の類だった。
「そうだ。俺、お前に呼ばれたんだよな」
「あなたを呼んだわけではありませんわ。ただ、私の描いた魔法陣に……その……間違いがあって……」
クロロリディアはうつむき、両手の指を合わせてもじもじさせる。
「俺、ミスで呼ばれたのかよ……。本来ならどうなるはずだったんだ?」
「私を禁書庫から、アルグレイド領の領主の屋敷――つまり私の父のもとへ移動させるつもりだったのですわ」
彼女は声のトーンを落として言った。
「あの部屋の魔導書は30万冊。文字に直すと300億を越えますわ。それが全て燃えてしまったのが、異世界の民であるあなたを呼び寄せてしまった原因でしょうね。あれだけの文字を燃やすとなると、強大な魔術が行き場を無くしてしまうのも頷けますわ」
「文字を燃やす?」
寿哉は聞き返す。
「ええ。書かれた魔導文字を燃やせば魔術が発動する。それが魔法の仕組みですわ」
「ああ、火事のせいで予期してなかった分まで全部燃えたってことか?」
「そういうことですわ」
寿哉は頭の中で整理し、こう結論づけた。
「簡単に言えば、ここは剣と魔法の世界。んで、お前はいいとこのお嬢様ってワケだな? んで屋敷が燃えて今日から没落人生スタート、と。おめでとう」
「は?」
「く、首ッ!」
クロロリディアは寿哉の首をグッと締めた。寿哉の足が止まる。そして彼女は、こう言った。
「これは事故ではないですわ。明らかに何者かによって仕組まれていますわ」
「根拠は?」
「魔術を使うには火が必要というのは話しましたわね。この屋敷で火が使われる場所は限られていますし、その部屋は耐火の素材で作られていますの。火が早く回るのは誰かが屋敷を移動しながら魔術を使ったから。一人ではそう何度も魔術を使えませんし、複数犯であると見られますわ。一人の魔力にも限度がありますし、現に私が……動けないでしょう」
彼女はそう言いつつ、声を小さくした。寿哉に運ばれていることを恥ずかしく、または申し訳なく感じたのかもしれない。
「それ、お前がなんかしたんじゃないか? 何もしてないのに命狙われるわけないだろうに」
「そうかもしれないわね」
「え? マジか」
狙われるということは、何か原因があるということである。だが、こういう気の強いタイプは何が悪かったのか自覚していない場合が多い。寿哉は冗談のつもりで言ったため、彼女がそれをあっさり認めたのは意外だった。
クロロリディアは躊躇しながらもその理由を語る。
「私は……アルグレイド家領主の側室の娘なのですわ」
「へー。この世界は一夫多妻オッケーなんだな」
「……一言目がそれですの!? その……がっかりしたとか……生き残るべきではなかったとか……恥ずかしくないのかとか……ありませんの!?」
「ないね」
寿哉は即答した。
「異世界人の俺からしたらそんなの気にならねーよ。なんも変わんない。お前はお前。だろ?」
寿哉の言葉に、クロロリディアは頬を赤らめる。だがその表情は、彼女をおぶる俊哉には見えない。
「なんだよ、返事しろよ。俺がスベッたみたいじゃねーか」
「あなたがそんな言葉を言えることに少々感心しただけですわ」
「ま、俺をもとの世界に返してもらわないといけないしな。しばらくお前と一緒にいるしかないだろ。頼りにしてるぜ」
「……同じ数の魔導書を集めるのには時間とお金がかかりますわ。ここはアルグレイド領の南端で、ろくな魔導書も置いていないでしょうし……」
「はっ、なんだお前辺境に飛ばされてんじゃん。さすがは側室の娘」
「うぐっ。し、失礼ですわよっ! 私はあなたを召喚した主ですわよ。あ・る・じ」
「手違いでな」
彼女はカウンターをくらい、むーっとふくれる。
「さっきから我慢していましたが、お前お前とあなたは何様のつもり!?」
「はいはい。悪かったよ。えーと……お嬢様の名前、なんだっけ」
「クロロリディア・アルグレイドですわ」
「クロラらら……言いにくい」
「それなら……く、クロリーで許してあげますわ」
「んー、お嬢で」
「はああああああ!? 私の提案を蹴ると!? 私が譲歩していますのよ!? 愛称は信頼と親愛の証ですわ! それを無視!?」
「お嬢も十分愛称の範囲だぜ。あ、俺、狭田寿哉。無難にトシヤとでも――」
「セバスで」
「はああああああ!? なぜそうなる!」
「使用人らしい名前をつけてやりますわ。あなたのような生意気な奴には呼び捨てで十分ですわ。おっほっほ!」
楽しそうなクロリーを、寿哉は冷ややかな視線を向けながらツッコむ。
「セバスチャンのチャンはそのちゃんではないぞ……」
「う、うるさいうるさい! セバス、さっきから揺れすぎですわ! もっとしっかりしなさいっ!」
「それは無理だ! お前が重いからな!」
「重くないですわ!」
「また首ッ!」
その後、しばらく走っていると、通路の壁から砂がこぼれているのが分かった。
「なあ。これ、崩れかけてないか?」
「そろそろ限界ということですわ。セバス、もっと速く走りなさい」
「ったく。はいよ!」
いい返事をしたが、寿哉の体力も限界に近くなっていた。時たま意識を飛ばしながら足をまわす。
「あっつ! なんだ!?」
ふと、熱気が二人を通り過ぎていった。目が覚めた寿哉は叫ぶ。
「通路まで火が迫って来たのですわ! 早く出ないと焼けてしまいますわよ!」
クロリーが急かす。彼女も体力の限界に近づいていた。魔術を使って動けないほどに疲弊した体は、寿哉に運ばれているだけで悲鳴をあげていた。
「分かってるそんなこと! てか足動かしてんのは俺なんだからな!? お前はちょっと黙ってろ!」
「なんですって!? 使用人が主人にそんな口の聞き方をしていいと思っていらして?」
「使用人じゃねーって!」
疲れていても口は動く。むしろこのやりとりがあるから意識が保てる。
そしてついに景色の変わらなかった通路に、光が現れた。
「おっ、あれは……」
「見えましたわね! 出口ですわ!」
長い長い通路の先、微かに自然の香りがした。
その瞬間、爆風が二人を背を押した。二人は吹き飛ばされ、通路から勢いよく発射される。
もう少し爆風が来るタイミングが早ければ、通路の中で焼け死んでいたかもしれない。
「危ない……ところでしたわね」
「全くだ」
二人は崖の上に出た。数分ぶりに見上げた空は赤く、見下ろした先の大地は雄大だった。
寿哉は、眼下に広がる大森林を前に、ここが異世界であるという事実を改めて受け止めた。自分が知っている範囲では、こんな景色見たことがない。
振り返り、崖のさらに上を見てみると、クロリーの屋敷はすでに崩れ去っていた。天に向かって煙が立ち、辺りを暗くしていた。
「……」
クロリーは変な手の組み方をし、目を閉じた。これがこの世界の手の合わせ方なのだろう。寿哉もそれにならって手を組む。
しばらくして、二人は顔を上げた。
「お嬢、ここはどこか分かるか?」
「屋敷の立つ丘の裏手ですわね。あそこに見える滝がアルグレイド領の端ですわ」
クロリーは寿哉の横を指差す。細く長い滝が夕暮れの太陽光を浴びて光っている。滝の下は川があり、森の中へと流れている。
「ふーん。そっから先は何の領地なんだ?」
「トエルヴィア領。剣術に長けた一族ですわ」
「剣か……。あ、そうだ。領に勝手に入ったら首はねられる、とかあるのか?」
「ないはずですわ。それぞれの領としつつも、全て同じ国ですもの」
「そうか」
寿哉は振り返る。
クロリーの屋敷からは今も黒煙が上っている。
「今から戻ってもぶっ殺されるだけだよなあ」
寿哉はうーんと考え、クロリーに一つ提案をした。
「じゃあいっそ、別の領に行ってみるか?」
「え!?」
クロリーは驚く。
「没落貴族のお嬢様をほっとくわけにゃ行かねーし、俺も行くとこないしな。それにさっきも言ったろ? もとの世界に返してもらわないとってさ。そのためにはお嬢に死なれたら困るんだよな」
「だからといって別の領へ行くなんて。私は一刻も早くお父様のところへ行かなくてはならないのですわ!」
「そこもそのうち行く。でも今は無理だ。屋敷の方にはお前を殺しにきた奴らがいるかもしれないんだろ?」
「う……そうですわね」
クロリーは納得した。
「じゃあ早速行こう。日が暮れ切る前に街が見えるといいな。お嬢も野宿は嫌だろ?」
「街で宿を借りるつもり? 私は何も持っていませんわよ!?」
「じゃーん」
寿哉はポケットから貨幣を取り出した。禁書庫の中に落ちてあったのを拾ってきたのだ。へそくりか何かだろうか。せこい貴族だ。
「自慢の使用人だろ?」
「まあまあですわね」
二人はトエルヴィア領に向かって歩き出した。