第2話 憎悪の道化師
降り注ぐ雨も止み始め、村を包む炎が完全に消えたころ
どこからともなく拍手をする音が聞こえてきた。
???
「いやぁ、おもろいもん見せてもろたわぁ。
まさか全部一撃で倒すとはなぁ~」
小太りの黒いスーツを着た男。
顔にはピエロのメイクがされていて素顔がわからない。
このふざけたヤツはなんだ?
ヴィントカイザー
「誰だ!?」
アカネ
「……あ、あなた……は……」
ガクガク震えるアカネ姉さん。明らかに怯えている。
???
「まさかキメラに偵察させて、アーマーギアまで出してこれか
はー、つっかえねーなぁー」
キメラ? アーマーギア!?
まさか、こいつが!
ヴィントカイザー
「お前の、お前の仕業か!!」
俺はヴィントカイザーの体のままその男に斬りかかった。
その一撃で砂煙が上がる。
しまった、これじゃ前が見えない。
砂煙がなくなったあと、周囲を見渡すとその男はいなくなっていた。
???
「ここじゃバカもん!」
瞬間移動してきたかのような速さで俺はピエロ野郎に蹴りを入れられた。
相手は生身だ、なのに……。
ヴィントカイザー
「ぐわぁあ!」
蹴りの一撃で近くの建物まで吹き飛ばされた。
ガラガラと建物が崩れ去り、俺はそのままズルズルとしゃがみ込んでしまった。
そんなばかな……!
???
「お前に用はあらへんわガキが……さぁて、
あーかーねーちゃあああん!」
ねっとりとした口調でアカネに近づくピエロの男、アカネの目つきが変わった。
アカネ
「ズオ……ろす……殺……す」
おかしい、アカネ姉さんの体から黒い煙のようなものが立ち上っている。
しかもヴィントカイザーの装甲にも伝わってくるような強い、殺意。
???
「おおん? やんのか? しかし困ったもんやな
今本気で来られるとちょっと手間取るわ」
アカネ
「……殺す……」
アカネがその握りしめた拳をさっと振ると黒い波動が飛んでいき
ヴィントカイザーが倒した青いアーマーギアの残骸がバラバラに砕け散った。
???
「おー怖っ。今日は挨拶に来たってことで帰るわぁ、じゃあなアカネ」
シュッと風を切るような音が聞こえたと思ったら、もうすでにそこにはピエロ野郎はいなかった。
俺はヴィントカイザーから人間の姿に戻ってしまう。ガレキの山の中、壁に背中をもたれさせてしゃがみ込んでいる。
走り込んできたファントムさんが
ファントム
「あれはミスターK!」
と叫んだのはハッキリ聞こえた。
ファントムさんが近づくと、アカネ姉さんの周りから出ていた黒い煙のようなものも消えていった。
そして俺の意識もそこで途切れた。
@@@
翌日のことだ。
家をなくした人や家族を失った人たちが、ガレキの中で遺留品を探したり、呆然としている人もいる。
自警団の誘導の元、ヘイロウの近くの集落に避難するそうだ。
ファントム
「ヒロト君、アカネ君。私は会わなければならない人ができました。集落には避難しません」
アカネ
「会わなければならない人、ですか?」
ファントム
「はい。共和国への抵抗勢力ホワイトガーディアンズです。
そのためにアダマントの街にいかなければなりません」
ヒロト
「ファントムさん、いろいろ説明してもらえますか?」
ファントム
「そうですね、移動しながら状況を説明します」
俺たちは壊された自宅に戻り、残っている必要なものや食料を荷物にまとめて
移動することになった。
タイヤのついた小さな荷車に荷物を乗せてガラガラと引っ張るファントムさん。
アカネ姉さんは腰に剣を帯剣し、俺はあの黒い剣を背中に担ぎ、ファントムさんは刀を腰に差している。
俺たちは今、ノワールという森を移動している途中で、ファントムさんはいろいろ語ってくれた。
俺のことは後でいい、それよりもアカネ姉さんのことだ。
まずは一つ、アカネ姉さんが狙われている理由について
ファントム
「アカネ君が狙われているのは、ユグドラシルの巫女だからです
おそらく、巫女を手に入れて 何か をするつもりでしょう」
流石に何をする気なのかまではわからないらしい。
アカネ
「私が、巫女……」
困惑するアカネ姉さん。どうやら知らなかったらしい。
次に二つ目、あのピエロ野郎は何者なのか?
ヒロト
「あのピエロ野郎は何者なんだ?」
ファントム
「あの男はミスターKと呼ばれています。
現在の共和国の国王の側近。悪名高くて有名な人物です」
少し早歩きで歩くファントムさん。
俺たちもその歩幅を合わせていた。
ファントム
「その側近の部下に三賢者という人物たちもいます。
彼らについては、私も詳しくは知りません」
アカネ姉さんがユグドラシルの巫女、共和国、ミスターK、三賢者……。
しかし、何故そこまでファントムさんは詳しいんだ?
疑問が残る。
ヒロト
「ファントムさん、なんでそんなに詳しいんだ?」
ファントム
「私は、以前に共和国の研究室にいましたからね。
その時に、ホワイトガーディアンズと接触しました」
アカネ
「抵抗勢力、っていってましたよね?
二重スパイみたいになっちゃいますけど、大丈夫だったんですか?」
当然の疑問だ。
そこは俺もおかしいと思った。
ファントムさんは振り向かずに、森の中を進む。
まるで道を知っているようだ。
ファントム
「ははっ、そうですね。そのころはすでに共和国を抜けた後でしたよ」
軽く笑うファントムさん。
まだ疑問はある、俺の正体だ。
ヒロト
「ファントムさん、教えてくれ。
俺は何者なんだ?」
ファントム
「覚悟はできましたか、ヒロト君?」
覚悟……、あの時の言葉だ。
真実を知る覚悟、俺に今、足りないものだ。
アーマーギアは倒した、アカネ姉さんも守った。
けれど、自信があるわけじゃない。
俺の中の何かが不安をあおる。
ヒロト
「そ、それは……」
ファントム
「……」
黙り込んだファントムさん。何か裏があるのか?
それともそんなに言いたくないのか?
アカネ
「ファントムさん、顔が怖いですよ……」
ファントム
「あ、あはは……。いえいえ、すみません
ヒロト君はもう少し世界を知る必要があります」
ファントムさんが足を止めて、振り向いた。
俺とアカネ姉さんも足を止める。
そして強い風が森の中を駆け抜けた。
ファントム
「ヒロト君、貴方にはまだ覚悟が足りません
あなたの責任ではありませんが、まだその時ではないんです」
@@@
その夜、今日は森で野宿することになった。
ファントムさんが魔石で起こした炎で枯れ木の枝に火を灯し、
焚き火の周りをアカネ姉さん、俺、ファントムさんの三人で囲んで座る。
俺は心の中の不安を取り除けないままだ。
さっと椅子の代わりにした木の上から立ち上がると
歩き出した。
ヒロト
「ちょっと夜風に当たってくる……」
アカネ
「あっ、ヒロ君……」
ファントム
「……」
ファントムさんとアカネ姉さんからかなり離れたところで
俺は拳に布を巻いて、大木を殴り始めた。
ヒロト
「なぜだ! 俺はいったい何に怯えている!
覚悟? なんで、俺は……!」
何が怖いんだ、何に俺は……。
真実を知るのが怖い。
夜の森に響き渡る大木を殴る音。
ヒロトの拳が赤く染まっていく。
その数分後、アカネ姉さんがやってきた。
アカネ
「ヒロ君。なにがあったかは知らないけど、手……痛くない?」
焦っていた俺は自分の拳が血に染まっていることに気が付かなかった。
不思議と、痛みもない。
ヒロト
「いや、大丈夫さ。気にしないでくれ姉さん」
アカネ
「気にするよ! ちょっと待ってね」
魔石の欠片を手にして、ヒールの魔法で傷を治療し
包帯を取り出すアカネ姉さんは、心配そうに俺の拳にそれを巻いた。
アカネ
「たとえ、本当の姉弟じゃないとしても。辛い事があったら相談してね」
ヒロト
「あ、あぁ……」
そうだったな、アカネ姉さんと俺は義理の姉と弟だったな。
正確には弟分みたいなものだが。
アカネ
「あ、汗もかいてる」
腕にかけていたタオルで、俺の額の汗をぬぐうアカネ姉さん。
なんだか母親と息子みたいな構図になってしまっている。
気恥ずかしくなった俺は、いいよ自分でやるといって
タオルを受け取った。
ヒロト
「今日はもう休もう、明日に備えて」
アカネ
「うん、それがいいと思うよ」
@@@
次の日、森を抜けた俺たちはファントムさんの案内で
アダマントという街に到着した。
人通りが多く、海沿いにある街。貿易も盛んなようだ。
ファントム
「ここが、共和国に対して反対派が多い街
アダマントです」
アカネ
「うわぁ、人がたくさん。
ヘイロウ村の何倍の規模があるんだろう」
ヒロト
「……」
チラリとファントムさんを見た、横顔は無事に到着したことを喜んでいるようだ。
それに対して俺は、昨日の覚悟の意味を考えていた。
アカネ
「ヒロ君?」
ヒロト
「ん? あぁ、なんでもないよ姉さん」
ファントム
「さて、それじゃホワイトガーディアンズと連絡をとりましょうか」
ヒロト
「連絡って、どうやって?」
ファントム
「そうですね、まず団員を探して……」
そんな会話をしている最中だった。
共和国兵
「朝から飲んで何が悪いんだこらぁ!」
ガシャン、と大きな音が響いた。
酒場の方からだ。
その酒場の店主と思われる男性が鎧を着た共和国兵士に胸倉をつかまれて
外へ連れ出されてくる。
店主
「で、ですからお代を……」
共和国兵
「よく見ろ、俺は共和国兵士だぞ?
代金ぐらいでグダグダいってんじゃねぇよ!」
その様子を見ていた俺たち。
ファントムさんがかすかに「愚かな……」とつぶやいていたのが聞こえた。
アカネ姉さんは口元を抑えて
アカネ
「ひどい……なんてことを」
気に入らない、というよりもアカネ姉さんが不愉快そうに立ち尽くしている姿を
見るのが何より気に入らない。
……潰すか。
ヒロト
「俺、止めてくるよ」
_息の根を_
そう思った瞬間に、ファントムさんに静止させられた
ファントム
「ヒロト君、待ってください」
共和国兵士が店主を殴ろうとしてる最中に、頭にバンダナを巻いた筋肉質の男が
現れ、兵士に蹴りをいれた。
共和国兵士
「ぐふっ! 何しやがる!」
???
「共和国の兵士だから? だったらこの街がどういう場所かもわかってんだろーな?」
共和国兵士
「その鋼のブーツにバンダナ……キサマまさか!?
ロディ・ハイドランク! 鋼の猛獣!!」
ロディ
「あたりだ、共和国の兵士が真昼間からこんなところうろついて、暴れてたら
どういう目に遭うかぐらい、わかってんだろ?」
少し離れた場所からでもわかる、あのロディという男の闘気と殺気。
よく見れば、ロディの鋼のブーツのかかとには出し入れ可能な鋭利なナイフがついている。
共和国兵士
「いきがるなよ、テロリスト!」
剣を抜き、ロディに斬りかかる共和国の兵士だったが、その一撃をロディは紙一重で回避し
兵士に膝蹴りを腹部に当て、かがんだ兵士の背中にナイフの飛び出したブーツでかかと落としを決めた。
叫び声とともに、共和国兵士は背中をブーツで刺され絶命した。
ロディ
「安心しろ、お前は行方不明ってことで処理されっから」
さてと、とロディは言うと腰を地面につけ座り込んでいた店主に声をかけた。
ロディ
「大丈夫か? 救急隊呼んでやろうか?」
店主
「い、いえ大丈夫です。助かりました」
周囲の通行人がロディの行動を見て拍手する。
そして絶命している共和国兵士の死体を子供たちが数人で蹴り飛ばしている。
どうやら共和国は、よほど嫌われているらしい。
ファントムさんがそのロディと呼ばれた男にかけよると
ファントム
「久しぶりですね、ロディ。お変わりないようで」
ファントムさん、知り合いか?
ロディ
「お、おお! ファントムじゃねぇか! どうしたんだ、引っ越したんじゃねーのか?」
ファントム
「そうだったんですけどね、ちょっと事情がありまして
あ、紹介しますね。彼はロディ・ハイドランク。ホワイトガーディアンズの団長です」
アカネ
「あ、初めまして。ユカリノ・アカネといいます」
一応、挨拶しておくか……。
ヒロト
「弟のヒロトです」
ロディ
「……なんか訳アリみてぇだな」
ファントム
「とりあえず、あなたの隠れ家へ案内していただけませんか?」
ロディ
「あぁ、いいぜ」
このロディという筋肉質のバンダナを巻いた男は
ファントムさんと話しながら俺たちを小さな家へと案内した。
第二話 憎悪の道化師 終
導入部分の終了です。
ここから物語の本編がはじまります。