第12話 世捨て人の街
トドメと言わんばかりに、足でソウルイーターの鏡を踏みつぶしたヒロトは
キャンピングカーでカルコスの街の0番街を目指した。
共和国からはだいぶ離れている。
廃墟と化しているその街の25番通りと書かれた場所を曲がった。
アカネ
「この街のどこに行くの?」
ヒロト
「どこか目立たないところを探す」
そう話していると、一人の老人が手を振っていた。
ヒロトは車を止める。
ヒロト
「……誰だ?」
老人
「ヒロトじゃないか、久しぶりだな
姿はまったく変わってない」
アカネ
「ヒロト、知り合い?」
ヒロト
「いや、初対面のはずだが……」
老人
「元共和国研究機関のナッシュだよ
覚えていないのか?」
ヒロト
「もしかしてファントムさんの知り合いか?」
老人
「ファントムさん?
ともかく、お前さんがここに来るということは
何かわけありなんだろう。それにその車は目立ちすぎる。
こっちへおいで」
アカネ
「どうするの、ヒロト? 罠かもしれないけど……」
ヒロト
「それなら突破するだけだ。
一度、ついていってみて様子を見よう」
キャンピングカーを路地裏まで移動させて、
ナッシュという老人の家まで案内された。
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倉庫に車を隠して、ナッシュに部屋に案内される。
ちょっと古ぼけた廃墟を、人が住めるように無理やり改造した感じだった。
ヒロトは事情を説明したら、ナッシュは黙り込んだ後、うなずいた。
ナッシュ
「ということは、お前さんたちはファントムの忘れ形見のようなものなわけだ」
ヒロト
「そういうことになるな」
アカネ
「……」
ナッシュ
「最近、ニュースで共和国とホワイトガーディアンズが揉めてるのは知っているが
まさかヒロト……いや、ファントムが死ぬことになるなんてな」
ヒロト
「俺たちはほかに行くところがない、この家を貸してもらえないか?
もちろん、ただでとは言わない宿代ぐらいは払わせてくれ」
ナッシュ
「かまわんよ、どうせここには共和国の兵士も入ってこない」
アカネ
「助かり、ます」
ナッシュ
「ここ、カルコス0番街。世捨て人の街はカルコスと違って平和だよ
元犯罪者や脱獄してきた死刑囚がうろうろしてるが
カルコスはもっとひどい」
アカネ
「そんなに治安が悪いんですか?」
ナッシュ
「あぁ、特にお嬢さんみたいな人は狙われやすいから気を付けるんだよ」
アカネ
「ご心配、ありがとうございます」
ヒロト
「アカネ姉さん、聞いてのとおりだ。
ここの街は共和国の手の届かないところにあるみたいだが、
俺がアカネ姉さんを守り切れない可能性が高い。
自分の身をある程度自分で守れるようにならないとね」
アカネ
「私も、ヒロトに助けられてばかりは嫌だよ。
だから私、強くなりたい」
そういうと、ヒロトは無言でうなずいたあと にっこりと笑った。
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ナッシュから大量のテニスボールを買い取ったヒロトは、
私に刀の練習を勧めてきた。
時間は朝9時。
外にある誰も使っていない駐車場で
私とヒロトは特訓をする。
ヒロト
「アカネ姉さん、俺がボールを投げるから
その刀で斬って」
アカネ
「うん、わかった!」
ヒロトが手に持ったテニスボールをひよぃっと目の前に投げる。
私は抜き身の刀でそのボールを切ろうとするが、かすめただけで当たらない。
アカネ
「もう一回!」
ヒロト
「次々、いくぞ!」
上手く斬れない、というよりそもそも当たらない。
次々にポンッと投げて宙を舞うボールを
日本刀で斬ろうとするが、どれも当たらなかった。
それから数時間後。
ようやく宙を舞うボールを一刀両断にできるようになってきた。
アカネ
「はぁ……はぁ……」
ヒロト
「いいね! 良い感じだ、アカネ姉さん」
アカネ
「ありがとう」
ヒロト
「今度は、アカネ姉さんにむかって軽く投げるから
それを刀の側面ではじき返してみて」
アカネ
「うん」
テニスボールがフワフワと飛んでくる、それを刀の側面で
受け流す、つもりが。
アカネ
「いてっ」
ヒロト
「アカネ姉さん、よく見て _俺の目とボール_を」
アカネ
「はいっ!」
特訓は、しばらく続いた。
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__ここからヒロトの視点に切り替わります
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時間は昼の12時ごろだ、
俺はカルコスという街がどんな場所なのか気になっていた。
危険な街だとはいうが、物資を調達するなら街にいかなければならない。
さすがにアカネ姉さんを連れて行くわけにもいかない。
ヒロト
「アカネ姉さん、一人で練習できるか?」
アカネ
「うん、大丈夫」
ヒロト
「そうか、なら練習を続けてくれ
あと、怪我に気を付けて」
アカネ
「ありがとう」
そう話すと、俺はナッシュにこの周辺の地図を譲ってほしいと頼み
金を払い、カルコスの街に出た。
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カルコスの街はファースト、セカンドと区分けされていて
ファイブカルコスまであるらしい。
そこは、随分と近代的な町だった。
たくさんの車が走り抜け、立ち並ぶ大きな建物。
なんとなくだが、アカネ姉さんがヴィントカイザーの入った倉庫を
ビルと言ったが、その言葉を思い出していた。
この沢山の建物はおそらくビルと呼ばれるものだろう。
周囲を歩く人間はみな、背中あるいは腰に武器をもって歩いている。
丸腰の人間はほとんどいない。
手近な店に入り、値段を見ながら食料を調達する俺。
店に客はおらず、食品と飲み物を買う。
合計で3300エストほどだ。
店主
「6600エストになります」
ヒロト
「ちょっと待て、額がおかしいぞ」
店主
「お客さん、因縁つけられては困りますよぉ」
ヒロト
「3300エストだ、間違えるな」
この男、完全に舐めているな。
そう感じた俺は店主と口論になった。
ヒロト
「ふっかけるのも、たいがいにしろよ」
すると、店の奥から大男が二人出てきた
店主
「お客さん、ここはてめぇのようなガキが
生意気言っていい場所じゃねーんだよ!」
二人の大男は拳銃を向けて、俺にむかって撃った。
その瞬間を見逃さなかった俺は心で風を念じた。
俺の目の前で銃弾が止まる。
そしてその銃弾が大男の頭に直撃し、倒れた。
ヒロト
「生意気言ってるのはお前だろう」
そういって、レジを剣で叩き壊す。
店主
「ひ、ひぃぃ!!」
ヒロト
「……」
風を心で操るのもだいぶ慣れてきた。
寿命が縮むらしいが、それでもミスターKとの闘いでは必要になるだろう。
それなら今のうちに鍛えておいて損はない。
店主
「わ、わかりました 3300エストにします!」
ヒロト
「0エスト」
店主
「ひえ!?」
ヒロト
「これからこの店の商品は俺だけ、0エスト」
店主
「し、しかしそんなことをしたら赤字に……」
剣を店主に向けて小さくささやく。
ヒロト
「これからの命と、少額の金、どっちがいい?」
店主
「わわわ、わかりました。好きなだけもっていってください」
物分かりがいいな。
そうか、ここはこういう街なんだ。
店主
「あ、ありがとうございました……」
店から出た俺のことを、店内で店主が愚痴っていた。
店主
「あのガキ、次来たらぶっ殺してやる」
その言葉が聞こえたので、店にもう一度戻る。
ヒロト
「そうそう、言い忘れたが
次、ふざけた真似をしたら店ごと焼くぞ」
店主
「……」
口を開いたまま、動かない店主。
ヒロト
「……」
俺は無言で店から出た。
少しうろつきたい気分だったが、家ではアカネ姉さんが待っている。
それに両手には食料の入った袋。
途中に通った店で遊女に声をかけられる。
遊女
「ねえ彼氏ぃ、どこ行くの? お姉さんと遊んでいかない?」
ヒロト
「悪いが女の子を待たせてるのでね、他を当たってくれ」
遊女
「ちぇっ」
軽くスルーする俺。
アカネ姉さん以外に俺は興味がない、それに化粧の濃い女は嫌いだ。
女……か、俺はアカネ姉さんをどう思っているだろう。
アカネ姉さんは俺の義理の姉。守るべき人。ファントムさんとの約束。
約束だから一緒にいるのか? 守るべきだから守ってるのか?
女だから守っているのか?
どれも違う、俺はいつもアカネ姉さんのことばかり考えている
アカネ姉さんの笑顔、振り向いた微笑み、そして泣き顔。
考えるだけで胸が少し苦しくなる。
俺はただ、アカネ姉さんを悲しませたくないだけだ。
そう思うと、俺は愛するということの意味をずっと考えていた。
あの柔らかそうな肌に触れて、頬にキスをして……照れているアカネ姉さんを
抱きしめて……、どうしたい?
唇に、キスを? ゆっくり下着を脱がせたい?
そんなことはどうでもいい、ただ側にいられれば俺は幸せだ。
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そんなことを考えていたら、もうすでに家の前までついていた。
カルコスまで徒歩で片道1時間といったところか、そこで俺が見たのは
まだ練習を続けているアカネ姉さんだった。
テニスボールを片手で高く投げて、刀で斬る。
ひたいには汗をかいており、服も汗で濡れている。
まさかずっと練習してたのか? 食事もとらずに?
ヒロト
「アカネ姉さん」
俺の声に気付いたアカネ姉さんは、こちらを振り向く。
刀を鞘にしまって、手を振っている。
しかし、俺が近づいたときにはアカネは膝をついてへたり込んでいた。
ヒロト
「大丈夫か、アカネ姉さん?」
アカネ
「はぁ……はぁ……大丈夫……はぁ……」
俺は買ってきた水の入ったペットボトルをアカネの頭に当てると
アカネは喜んで受け取り、そのペットボトルのキャップを開けて
飲んでいた。
ヒロト
「今日の練習は一旦、このぐらいにしておこう。
さぁ、中に入って食事だ」
アカネ
「うん!」
そして時刻は夜の7時
食事を済ませた後、俺もアカネ姉さんもシャワーを借りて
一日の疲れを洗い流す。
寝間着はナッシュが用意してくれた。
昔住んでいた女性ものの服もあるとのことで、アカネはそれを借りることにした。
今着ている服も洗濯しておいてくれるとのことだ、
もちろん有料だったので、俺は10000エストを支払った。
食料はあの店で調達すればいい、100%OFFだ。
だが宿代はどうする?
どこかで稼がなければならない。
アカネ
「ヒロト、交代!」
ヒロト
「あぁ」
俺は扉を閉めて、服を脱ぎ
シャワールームに入る。
温水を体に浴びながら、宿代をどうやって稼ぐか考えていた。
そうだな、カルコスの街で仕事でも探すか。
そして着替えた俺はシャワールームから出た。
アカネ姉さんが驚いたようにこちらを見ている
どうした?
ヒロト
「アカネ姉さん、どうかしたか?」
アカネ
「それが……」
ナッシュ
「すまんが、ベッドは私の部屋のベッドと
そこのダブルベッドしかなくてね」
なるほど、そういうことか。
ヒロト
「安心しろ、俺は床で寝る」
アカネ
「そんな、ダメだよ!」
ヒロト
「なら、俺と寝るか、アカネ姉さん?」
アカネ
「……えっと……」
言い淀むアカネ姉さん、ナッシュは自室に戻ると
俺は電気を消して、床に腰を下ろした。
アカネ姉さんはベッドで一人で寝ている。
俺は床で腕をくの字に曲げて枕の代わりにして眠ろうとしていた。
そして時刻は夜10時ごろ。
アカネ
「ヒロト……起きてる?」
ヒロト
「あぁ、起きてるよ」
アカネ
「あ、あのね……あの……」
控えめな小さな声でアカネ姉さんがぼそぼそとつぶやく。
俺はアカネ姉さんのほうを見る、電気を消していて暗くて表情が見えない
アカネ
「その、一人で寝るの怖くて……
一緒に……寝てくれない、かな……」
ヒロト
「……あぁ、かまわないよアカネ姉さん」
ベッドをそっと、アカネ姉さんがまくると
俺はそこへゆっくり入った。
ダブルベッドにしては狭い。
アカネ姉さんとの距離が近い。
胸元に両手を当てているアカネ姉さんは
茶色の瞳で俺をうるんだ目で見ている。
ヒロト
「可愛い……」
アカネ
「えっ!?」
ヒロト
「あ、いや……忘れてくれ、何でもない」
しまった、つい言葉に出てしまった。
アカネ姉さんが目をそらして顔を赤らめている。
時計の音がカチカチとなり続ける。
ヒロト
「アカネ姉さん」
じっとアカネ姉さんを見て、俺は右手を差し伸べる。
もちろん、触れてはいない。
アカネ姉さんはその右手に左手を一瞬ためらったみたいだが、そっとのばし
握りしめる。
アカネ
「ヒロトの手、暖かい……」
そのまま目をつぶる俺。
今はアカネ姉さんのことしか俺は考えてなかった。
いつ眠ってしまったんだろう……。
そのまま俺は深い眠りに落ちて、気が付けば朝になっていた。
時刻は朝8時。
目を開ける俺は、自分の胸の中にアカネ姉さんが飛び込んできていることに気が付いた。
アカネ姉さんが俺を抱きしめて、すぅすぅと眠っている。
幼い子供のような寝顔だ。
そう思って見つめていると、何かをつぶやいていた。
アカネ
「……大好き……」
思わずクスリと笑ってしまう。
本当に、アカネ姉さんは可愛いな。
流れるような黒髪をなでると、アカネ姉さんは目を覚ましてしまった。
アカネ
「う、うん……あっ! ごめんなさい、そんなつもりじゃ……」
そういって離れようとするアカネ姉さんの手をしっかり握りしめた
俺は、アカネ姉さんをじっと真剣な目で見つめた。
そっと目を閉じるアカネ姉さんはゆっくりと俺に身を任せる。
唇と唇が、ゆっくりと近づく……。
ナッシュ
「若いっていうのはいいもんだな」
その声に驚いて、俺もアカネ姉さんもスッと手を離した。
ナッシュ
「愛し合うのなら自分の家でやってくれ」
アカネ
「あ、あ、あ、愛し合うって……そんな!」
ヒロト
「まったく、タイミングの悪い爺さんだな」
やれやれ……、それよりも。
ヒロト
「アカネ姉さん、今日からまた練習だよ」
アカネ
「う、うん!」
アカネは顔を赤らめながらうなずいた。
まだ宿代に余裕がある。
そんな日々が1週間ほど続いた。
第12話 世捨て人の街 終