味がわからない
「ねぇ、父ちゃん。」
「ん、なにした?」
「なんでこの辺って、ラーメン屋と蕎麦屋ばっかりなのかな。」
「さぁ~、昔は色々あったんだけどみんな年取って店続けられなくなったんだと思うよ。だから陽太はその点に関しては残念だべげども、その代わりコンビニとかチェーン店いっぱいあっでや。おらだの時にはほだなないっけもの。」
「でも、マックならいいけど、ファミレスなんて行こうなんて言われた日にはなんて断ればいいか毎回必至だよ。」
そんな会話をしながら、昨日と変わらない今日を何となく締めくくろうとしている。
スーパーから、シールが重ね貼られた商品ばかりを狙ってかごに入れる様は、しょうがないとは思いつつも、なんとも虚しく、周りの客層との容姿からも、自分が同じレベルだということ認めたくはないものだった。
そして、背に腹は代えられないのは事実であるが、この生活でも家族みんな笑顔で暮らしているのだから、これでもいいのではないかと時折思ってしまい、自分の無力さと親の望みの狭間に日々苦しんでいた。
次の日、学校に行った僕はここでも代わり映えのしない一日を過ごした。
唯一一つだけ違った点を上げれば、いつもは先生の愚痴を吐露するばかりの孝介が、「高校卒業したら就職するか大学行くかどっちいいかな?」と聞いてきたことだった。
そして、その質問に僕は「自分で決めないとでしょ」と言い放った後、何故か熱くなった体を冷やすために自販機に水を買いに行った。
教室に帰ってくると、またいつもと変わらない孝介に戻っていた。
その日一日は何も頭には入ってこなかった。自分で決めろと言いながらも自分が一番揺れ動き、分からなくなっていることに、焦燥感を抱いた。
「俺はこの先何になるのだろう。」
布団の中で、何のヴィジョンも浮かばない自分に不安が押し寄せてきて眠れなくなった。
そんな眠れない日々を繰り返す内に、僕たちは高校三年生になった。
学年と入る教室が変われども、他の事はまるで変わらず、少しの緊張感をもって新・一年生をむかえたのだった。
無駄に式を長くするだけの来賓者を睨むように見送ると、隣で爆睡していた孝介を起こした。
「おい、もう式終わったぞ~結局ずっと寝てたな。後ろ詰まってんだからはよいけ」
眠そうに眼をこすりながら、僕らは退場した
その四時間後、いつもより早めに学校の終わった僕たちは、時間潰しのために行きつけのマックに来ていた。
電車が一時間に一本しか走っていないことを何度も恨んだことはあるが、電車に乗る人の少なさを思えば当然なのが悲しいところである。
「あぁ~こっから宮駅行くのだり~」
ピカピカに掃除された机に突っ伏しながら気怠そうにそう言った。
「行かなきゃ帰れねーんだからしかたねぇよ」
と言いながら、孝介のポテトを一本頂戴した。
「めんどくせぇから5時電にしようかな~。」
「そんなこと言ってたら一生帰れねーぞ」
愚痴ばかりの孝介を何とか電車に押し込んで、自分の家に帰った。
-午後九時半-
「そろそろなんか安くなってんじゃないかな?」
「んだらちょっといってみっか?」
「んで無かったら帰ってくればええさ」
三日前とまるで変わらない会話を交わした我々は、閉店時間30分前のスーパーに足を踏み入れた。
「そういえば今日駅の近くのファミマでさ、南高の女子ですっごいかわいい子いたんだけどさ、もう一人のあんま可愛くないほうにグミおごらせてて、なんか世の中の嫌な部分を見た気がした。」
「ふっ、でもいいんじゃね?その本人が嫌な顔してなければ。」
「でもそんなことする奴は、絶対下にしか見てないからいいことないとは思うなー、いやー、一回でいいから性格のいい美人をみてみたいもんよね」
「んだね」
そんな会話の間にも慣れた目で安くなった商品をカゴに入れていった。
気が付けば学校は制服でいるにはとても暑く、うちわであおぎ続ける人も増えた。
野球部が最後の大会に向けて、より一層気合の入った声が聞こえてくる教室で、
「俺、とりあえず大学いってみるわ」と言った孝介の顔は、夕陽によって後光がさしているように見えた。
「大学行って何すんの?」「さあ、とりあえず入った後の四年で何か見つかったらいいなって思って。」
「陽太はどうすんの?」「あぁー俺も大学いこっかな~、これといって何も見つかってないし、もっと世の中知りたいし。」
「じゃあまたマックで勉強だな。とりあえず今日は、俺六時電で帰らないとだからまた明日で」
そうして孝介は帰っていった。