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「僕の望みは間違っていたのかな。何かを成さなくてもただ生きるだけで良かったのかな……」
膝の震えが止まらない。自分が正しいのか、正しくないのか何も見えなくなっていた。否定されることは身を削る拷問のようだった。
「生きることは綱渡りみたいなものだよ。こんな不安定な足場はそうそうないからね、何が確かで何が不確かなのか、それすらも不安定なんだから」
そういうと、死神はクスリ、と笑う。何がおかしいというのだろう。死神に対し、僕は問い掛けてみることにした。
「ねぇ、君は自分の今いる場所は正しいのか、疑問に思ったことはない? 僕は時々思うんだ。今とは違う、別の人生もあったんじゃないかって。ただ、その疑問はまた同時に今の自分を否定することでもあるんだ。だから、あまり考えないようにはしてるけど」
「でも、時々考えちゃう、と?」
「うん」
「弱いんだね、人間って」
その言葉に返答をしない僕に対し、死神は次のように続けた。
「君は信念という言葉の意味を考えたことがあるかい? 信念、それは信じ、念じること。望みが叶うことを信じ、そして念じる。信じたいことは多すぎて、でもその内、本当に信じていいものは限られている。そう、例えるなら爪楊枝の先っぽくらい……かな。だけど、疑うことなくそれらを最期まで信じ続けられること、それがその人間にとっての信念と言えるんじゃないかな」
「……ぷっ、」
もし、彼女が死神だと仮定して、けれど死神にしては随分と庶民的な例え方だな、と思った。マジメな答えだけど、それはいつものひょうひょうとしておどけた様子とはかけ離れていて、誠実だった。そのギャップに思わず噴き出してしまう。けれど、それが自分の欲しかった答えだったのかも知れない。気がつけばずっと続いていた膝の震えは止まっていた。
「今の自分にでも、出来ることはある……のかな」
「さぁね、でも諦めるよりその生き方はずっと大変なことだと思うよ。それに、そうだね……自分という存在を認められるにはどうしたらいいかな? 強くなりたいとか、志を持ちたいとか、そんなことははっきり言って、どうでもいいことなんだよ。自分が自分らしく生きるにはどうしたらいいのか。一生をかけて、人はその答えを追い求め続けるんだ。見つからないことの方が多いらしいけどね」
その時、僕は理解した。あのダークネスは自分のもうひとつの可能性だということに。自分も家族を殺されたら、同じように復讐を望んだかもしれない。最後の最後で自分が正しいか、正しくないかを証明できるのは自分自身しかいない。
……でも、もし、自分が正しいか正しくないかを認識できていないものにとっては、そもそも何を証明すればいいのかも不明瞭である。
でも、僕は僕だ。他人じゃない。闇とは違う、でも光でもない。そう、僕は夜を駆ける黒き馬、夢の魔族、ナイトメアとなろう。
窓ガラスに映る自身の姿は今や憧れるヒーローのものとなっていた。全身が銀色のボディーとなり、一部にアクセントとも言える紅いラインが走る。胸にはブルーの明滅する発光体があった。力強く雄々しく、自身の望むヒーローの姿になっていた。
間違った世界を前にして、間違いを理解しても認めずに真っ向からぶつかってボロボロになる者。
間違った世界を認めて傷つくのが嫌だから、何もかもから逃げ出してそのために傷つく者。
どちらにせよ、矛盾している。