連携、最強の“矛と盾”
聖依が闘志を燃やしている一方で、ベリンダもまた心を痛めていた。
自分の父親のような“犠牲者”を、ついに民人の中からも出してしまったことに。
(これではいけません……これでは、私は何のために立ち上がったのかわかりません!)
決意したベリンダは、前に出る。はめていた“腕輪”を、正すように調整する。
それは、“戦場”へと赴く決意の表れだ。
キースは見逃さない。自らと同じ立場であるベリンダの身を案じ、忠告する。
「無茶だ! あの中に入って無事で済むとは思えない!」
「それでも闘わねばならないのです! 逃げていては、何も得られません!」
「だがしかし――!」
「キース殿……私はもう、“氏族”ではありません。あなたが心配することなど、何もないのです」
ベリンダの眼は、キースを見てはいない。
その先にあるのは、数多もの“使い魔”たちだ。
彼女の覚悟を垣間見たキースは、ある1つの可能性に思い至る。
(まさか陛下は、“枷”を外すつもりで――! いや、それは私の考えすぎか……?)
――そう、彼の主であるエルメイダの目的が、ベリンダを“縛る”ものを取り払うことである可能性である。
“氏族”の名を取り払って、彼女を自由にしようとしている可能性だ。
キースは一瞬だけ考えたが、頭を振ってその思考を霧散させた。
そして、ベリンダの動きに注目したのはキースだけではない。
丑尾もまた、彼女の動向を伺っていたのである。
「ほう……そこまで言うのなら、その“召喚杖”で召喚してみたらどうかな! “現世人”である君には、できないはずだがな!」
「そりゃおもしれえ! “乱入”ってわけかよ!」
丑尾の挑発に乗っかって、寅丸も嗤う。
ベリンダは少し悔しそうに顔を歪めたが、取り乱さない。
静かに、杖を構えて唱える。
「来てっ! 私の“使い魔”よ!」
――沈黙が、場を支配した。
ベリンダの“召喚杖”に反応はなく、何か出てくる気配もない。
ただ、誰もが黙ってそれを見守ったという“結果”だけが、そこに残った。
「……お願いっ! お願いです! 来て、私の使い魔……!」
何度も何度も、杖を振り回すベリンダ。
しかし、一向に変化はない。ただ、滑稽な姿を晒すだけに終わってしまっている。
「はっ……! ダメみたいだな」
「はははははっ! バッカじゃねーの!? 」
「くっ……やはり、我ら“現世人”には使えないのか……!」
「何故……どうして……!」
それぞれの反応を示す一同。嘲笑する者もいれば、落胆する者もいる。
それでも、ベリンダは諦めない。振り方を変え、唱える言葉を変え、無駄な試行錯誤を繰り返す。
見ていられなくなった聖依は、気を引き締めて1つの決心をした。
(やはりだめか……! なら、僕だけで決着をつけるしかない!)
当初の予定通り、聖依は1人で闘う方向で舵をとることにしたのだ。
そのために、彼は新たな使い魔を召喚する。
結果的に、ベリンダに見せつけるような形となって、杖は輝きを秘める。
「『生贄を求めるエビル・デーモン』召喚――!」
地に、6重の円陣が現れる。
現れるのは、残虐なる“悪魔”。邪悪さを隠そうともしない、暴力の化身である。
その黒き存在が姿を現すと、人を本能的に恐怖させる、低い笑い声が響いた。
『グフフフフフフフ……!』
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生贄を求めるエビル・デーモン
レベル6
悪魔種・雷属性
戦闘力:2500
受動技能
魂屠りの雷撃:この使い魔が相手使い魔と戦闘を行った時、戦闘終了時に自分のデッキからカードを1枚消滅させる。
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エビル・デーモンの召喚によって“召喚力”を使い切った聖依は、続けて能動技能を発動する。
「そしてさらに――! デッキからカードを2枚消滅させ、『狂乱剣闘士』、『マッド・マックス』!」
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狂乱剣闘士
レベル1
霊長種・地属性
戦闘力:100
能動技能
マッド・マックス:(コスト:自分デッキから2枚までの任意の枚数消滅)コストとして消滅させたカードの枚数×1000このカードの戦闘力に加える。また、このカードが戦闘を行った場合、戦闘終了後にこのカードを消滅させる。この効果はターン終了時まで適用される。
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「――戦闘力をアップさせる!」
『うおぉぉぉぉぉぉっ!』
剣闘士の全身の筋肉が膨れ上がり、皮膚と血管がちぎれて血液が飛び散る。
だというのに剣闘士自身はそれを気にすることはない。
ただ、強靭なる力に魅入られて、ニヤリと笑うのみである。
『狂乱剣闘士』 戦闘力:100 → 2100
聖依の場には、使い魔が3体。丑尾と寅丸の場には5体の使い魔がそろった。
使い魔たちは睨み合う。己が対峙する敵を見据えて、相手の力を推し量るように――
そして、そんな彼らが動くきっかけを作ったのは――寅丸であった。
「まずは行けよ! 『グラップラー・ブルー』!」
『しゃあっ!』
“ブルー”と名乗る異形の格闘士が、駆け出した。
すさまじい勢いで迫るその勢いを前にして、咄嗟に聖依は命令する。
「防げ、『盾持ち奴隷』!」
聖依の前に、『盾持ち奴隷』が庇い立った。
ブルーは奴隷と対峙して、それを目標と認識する。
指の骨を鳴らすと、ブルーは――
風を巻き起こすほどのすさまじい勢いで、“突き”を繰り出した。
その狙いは奴隷の“頭”だ。だが、狙いからは大きく上にそれていた。
瞬間、鉄板を弾いたような金属音が、こだまする。
「ちっ……!」
――そう、奴隷の盾によって、ブルーの“突き”は軌道を逸らされたのだ。
一撃必殺の技が防がれたことを認識すると、ブルーは回転蹴りを繰り出しながら引き下がる。
奴隷はそれすらも盾で弾いたが、大きく体勢を崩されてしまっていた。
すかさず聖依は、次なる使い魔へと指示を出す。
「今度はこっちの番だ! 行け、エビル・デーモン!」
「『グリーン・タイタン』!」
ブルーと奴隷が構えなおす間もなく、次の対戦カードが組まれた。
エビル・デーモンは腕に電流を帯電させると、折り曲げた腕を上に向ける。
――瞬間、エビル・デーモンは“消えた”。
使い魔たちは困惑し、ただキョロキョロとあたりを見渡す。寅丸や丑尾、ベリンダやキースさえも、見失ったことに驚いていた。
だが、ただ1体、動じずに佇んでいる者がいる。
そう、その使い魔こそが、『グリーン・タイタン』だ。
そんなタイタンの目の前に、瞬時にしてエビル・デーモンは現れた。そして、腕を肥大化させ――
その前に、タイタンの前蹴りがエビル・デーモンを押し倒していた。
あおむけに倒れたエビル・デーモンは飛びのいて、その翼で宙を舞い、逃げる。
そして聖依のデッキから、1枚のカードが消えた。エビル・デーモンが力を行使した代償である。
「駄目か……!」
聖依が落胆していたのもつかの間、調子づいた寅丸が叫んだ。
「よし今だ! 蹴散らしてこい、『リザード・ウォリアー』!」
「返り討ちにしろ! 剣闘士!」
リザードが迫る。それに反応して、剣闘士も動き出した。
素早い動きで駆けたまま、リザードは爪を繰り出す。剣闘士の胸を突き破らんと、寧猛なる貫手が差し出される。
そして次の瞬間――爪は確かに剣闘士に突き立てられた。
――しかし、その胸板を貫通することはない。
リザードの爪は、折れたのだ。胸筋に僅かに食い込んだが、負荷に耐えられずに壊れてしまったのだ。
剣闘士は勝利を確信してニヤリと笑うと、その手に握る剣を振り上げた――
そして、全身全霊の一撃が、『リザード・ウォリアー』の頭蓋を砕く。
剣闘士も、力を失ってよろめく。
力尽きた両者は倒れ伏して、やがて消滅した。
「『リザード・ウォリアー』撃破! さあ、どうする!」
「リザードがやられただと……!? 相打ちかよ!」
「だが、そっちの奴隷は攻撃できないはず! 攻めろ、『オーク・ガードナー』!」
丑尾が指示すると、大きい豚の鎧戦士が歩みを進めた。
その向かう先は、同じく盾を構えた戦士――すなわち、『盾持ち奴隷』である。
十分に近づいたオークは、盾を打ち付ける等に押し付けた。
先の戦いでよろめいている奴隷には、臨戦態勢をとる間もなく、その盾の暴威に晒される。
弾き飛ばされた奴隷は、2度3度と地面を跳ねて転がり、倒れた。
その前に立ったオークは、容赦なく頭を踏みつぶして止めを刺す。
立ち上がろうとしていた『盾持ち奴隷』の躰は、頭という“司令塔”を失って力尽き、そして消滅した。
「『盾持ち奴隷』粉砕!」
「くそっ!」
丑尾は得意げに、使い魔の勝利を喜ぶ。
聖依は歯噛みしたが、冷静さを失ってはいない。
そして寅丸もまた、性格に状況を分析できていた。
(『ハンター・ホーク』じゃ、多分エビル・デーモンにゃ勝てねえ……攻撃はさせない方がいいな)
命令を踏みとどまり、寅丸は新たな使い魔を召喚する。
「まだまだ攻めるぜ! 『ミュータント・ソルジャー』召喚!」
地に4重の召喚陣が現れた。
現れるのは、“人間”――。だが、そのシルエットは禍々しく、凄惨に歪んでいた。
不自然なほどに筋肉が膨らみ、その肉の壁の上からでもわかるほどに、節々から骨は盛り上がっている。
そしてその“異形”は、悲鳴にも聞こえる凄まじい叫びを上げた。
『グオオォォォッ!』
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ミュータント・ソルジャー
レベル4
霊長種・地属性
戦闘力:1600
受動技能
歪なる改造人間:このカードは哺乳種または無命種としても扱う。
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寅丸のアイ・コンタクトを受け取った丑尾も、さらなる手を打つ。
“陣形”を整えるべく、補強のカードを行使する。
「俺はこのカード――強化呪文『身代わりの呪符』を発動!」
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身代わりの呪符
レベル4
強化呪文
効果
自分フェイズ時:自分使い魔1体を選択して発動。戦闘フェイズ時、対象の使い魔が存在する限り、自分は迎撃の使い魔を選択することができず、相手使い魔が攻撃する場合、対象の使い魔を攻撃しなければならない。
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「――『グリーン・タイタン』に付与する!」
タイタンの目の前に、禍々しい雰囲気を発する札が現れた。
その札はタイタンの胴体に張り付き、そしてタイタンの体は札を吸収していく。
完全に札を取り込んだタイタンは、前に出た。まるで、「自分が“盾”になる」と言わんばかりに。
その姿を認めた丑尾は、勝利を確信した。
「ふっ、鏡とやら……貴様はよく戦った。だが、この“陣形”が完成した以上、貴様にもう勝ち目はない!」
丑尾の言う“陣形”は聖依にもはっきりと理解できていた。
『グラップラー・ブルー』の素の戦闘力の低さを、“呪符”を取り込んだタイタンで補い、攻撃できない『グリーン・タイタン』に代わってブルーが敵を撃破して行く――
(確かに丑尾の言う通り、状況は“最悪”だ……!)
それは、聖依も認めるほどの立派な“戦術”であった。
事実として聖依には、この陣形を打破できるだけの策はない。
(放っておけば、エビル・デーモンはブルーにやられるし……かといってブルーを倒そうとすれば、確実にタイタンに防がれてしまう!)
聖依は今一度、自分の召喚している使い魔と、左腕の腕輪を確認する。
敵の使い魔たちと比較して、その差に悲観する。
(戦力差も絶望的だ。今持ってる“4”の召喚力で、レベル2使い魔を2体召喚したとしても……敵はどれもレベル3以上、防ぎきれるわけはない!)
採れる戦術を吟味して、聖依は次にするべきことを考える。
しかし、思いつける手段はあまりにも少なかった。
(何も手が打てないわけじゃないが……! しかし、1歩間違えば“敗ける”ような、そんな綱渡りな方法しかないぞ!)
時間は過ぎていく。
丑尾も寅丸も、考える時間を与えてはくれない。何もしないとみれば、すぐにでも襲い掛かる。
何も行動をしなければ“死”が待っているし、何か行動を起こした先にも“敗北”が待っているかもしれない。
聖依は、選択を迫られる。